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fateのネタバレSSです。エンディングフルコンプしてからご覧ください。

お弁当戦記


「ありがとう三枝さん。けどごめんなんさい。わたし今日は学食なんです」
 遠坂凛は、申し訳なさそうに頭を下げる。なけなしの勇気で彼女を昼食にさそった三枝由紀香は「あ、や、そうなんですか」などとしどろもどろになりながら、これまた謝っている。しゅーんとなっている由紀香を、凛は「また明日、これに懲りずに声をかけてください」と、笑顔で慰めた。凛も彼女を嫌っている訳ではない。凛には凛の事情があるのだ。
「お、フラれたね由紀っち。だから言ったでしょ、遠坂は弁当もってこないって。釣りたかったらあいつの分もメシ用意しないとねー」
 帰ってきた由紀香を慰めているのは蒔寺楓。
「……蒔、それは、私たちも食堂に移動すればいいだけの話では?」
 その隣には氷室鐘。3人は共に陸上部に所属しており、由紀香はマネージャーだった。ちなみに運動は全然できない。騒がしい楓とクールな鐘、ほにゃっとしている由紀香。バランスのとれた3人組である。
 凛の悪口で盛り上がる楓と、それにツッコミを入れる鐘の間で、由紀香はうーん、と考える。
「遠坂さんの分のお弁当、かぁ」
 料理にはちょっと自信がある。楓に(無理矢理)陸上部に勧誘されていなければ、料理同好会に入ろうと思っていた。
「よし」
 ぐ、とあまり力の入ってなさそうな握りこぶしを作る。
 明日はちょっと早起きして、がんばってみよう。

で。

「がんばりすぎた〜」
 よろよろと両手の弁当箱に重心を取られながら歩く。一体何人分作っちゃったのだろうかこれは。作ってる途中で「あ、多いかな?」とか思わないでもなかったのだが、がんばってる手前行く所まで行っちゃおうと決意した結果、すごい量になってしまった。家に置いておいても弟達にお肉とかそういう所だけ食べられて無残な残骸になってしまうので、一生懸命学校まで持って来たのだが、まぁ、蒔ちゃんとかにも食べてもらおう。
「遠坂さん、今日は一緒に食べてくれるかな?」
 ほにゃっと笑う。由紀香は凛の事が好きだった。もちろん変な意味でではない。美人であるとか、優等生であるとか、憧れる所はいくつもあるのだが、一言で言ってしまえば、彼女は鮮やかであった。間違うかもしれないけれど挫けないし、傷ついたとしても逃げないし、失敗しても後悔しない。そんな感じがする。だから、遠坂凛という少女は鮮やかで、眩しい。
 普段の倍はある荷物を持ちながら、陸上部の朝練に遅刻しないのはさすがであった。
 よいしょ、と傍らに弁当を置き、着替える。
「おはよー。あれ由紀っち、それ何?」
 少し遅れて入って来た楓が、目ざとく由紀香の荷物を発見した。
「あ、蒔ちゃんおはよう。これは、その、お弁当なんだけど……」
 昨日の今日だったので、ちょっと照れくさそうに応えた。いそいそとジャージに袖を通す。
「ははーん……由紀っちもがんばるなぁ」
 にやにやと笑う楓にばしばし背中を叩かれた。結構痛い。ちょっと赤くなる。
「ま、その熱意は伝わるよ。あたしもフォローするからさ」
「うん、ありがとう……」
 やっぱり蒔ちゃんは頼りになるなぁ。そんな会話をしながら更衣室を出てグラウンドへ。部員達が集まり、ストレッチが終わったあたりで楓が声を張り上げた。
「諸君! 今日はマネージャーが君達の為に軽食を用意してくれたぞ! 練習後、心して食うように!」
「え、ええ〜」
 あわわわわと慌てる由紀香をよそに、おおー、とどよめく部員達。由紀香の弁当がおいしいのは有名なのである。特に男子部員が萌えいや燃えた。
「三枝〜、家に嫁に着てくれー」
「何を言う、三枝が嫁ぐのは俺の家だ」
「なにおう! 熟女趣味のクセに何を言う」
「しゅ、趣味は関係ないだろ!?」
 練習そっちのけで大騒ぎ。で、女子部員はそれに呆れているかというと。
「由紀香ちゃ〜ん、家にお嫁さんに着てー」
「何言ってんの、由紀ちゃんが嫁ぐのは私の家だもん」
「なにおう! ヤオイ趣味のクセに何を言う」
「しゅ、趣味は関係ないでしょ!?」
 似たようなもんだった。
「みんな、その辺にしておけ。由紀の字が困っているだろう」
 一人傍観していた鐘が制止する。そして助けを求めてやってきた由紀香の肩を抱き。
「由紀の字は私のものだ」
「ええ〜」
「く……氷室が相手じゃ、な。三枝、幸せになれよ……」
「鐘ちゃんだったら由紀ちゃんを幸せにできるね……くすん」
「な、なんでみんな納得してるの?」
 きりり、と鐘は由紀香に向き直り。
「今度、ロザリオをやろう」
 由紀香の知らない世界。
「士気も上がったし、やっぱり由紀っちをマネージャーに抜擢したあたしの目に狂いはなかったね」
 からからと笑う楓。
 こうして由紀香のお弁当の大半は無事、陸上部員の腹の中に納まったのであった。
 
 

 で、まぁ、なんとか自分と凛の分のお弁当は確保したのだが。
 
 

「遠坂は今日、休みか」

 しゅーん。

 三枝由紀香の戦いは続く。


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