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戦場の裏側


 じりじりと、敵が迫ってきている。

 だが、士魂号複座型はその場から動こうとはしなかった。
「まだだ……まだだ……」
 胸の中で少女が呟く。ミサイルのトリガーにかかった彼女の指が、コツコツと時を刻む。

 先ほどから鳴りっぱなしの接敵警報の中に、別の警戒音が混じった。
 それに反応した複座型がわずかに上体をずらす。

 左肩の展開式増加装甲に、生体ミサイルが突き刺さった。爆発の激しい振動が機体に襲いかかる。ダメージは……無い。

「……今だ」
 それは、幻獣に対する死刑宣告。
 複座型の背中から、無数の死を呼ぶ妖精達が解き放たれた。ぎりぎりまで引きつけられた幻獣の群れに、マイクロミサイルが次々と突き刺さっていく。
 レーダーが討ちもらした敵の存在を伝えた。

 跳躍。今まで盾代わりに使っていたビルの向こう側に、スキュラの姿が見えた。ビルの屋上を蹴って、もう一度跳躍する。
 視界いっぱいに広がるスキュラの背に、上段に構えた超硬度大太刀を振り下ろす。
 真っ二つに両断されたスキュラと共に着地した複座型は、返す刀でその場に居たミノタウロスを切り捨てた。新たな接敵警報。ゴルゴーンがこちらに照準を合わせるよりも速く相手の懐に跳びこみ、一突き。さらにもう一撃。

 周囲の敵は殲滅した。戦いはまだ終わってはいないが、少しの間だけ空白が生まれた。

 太刀を振って、消えゆく幻獣の血を払い落とす。
 慣れれば、太刀は使いやすい武器だった。壬生屋に色々と教わったおかげで、戦術も広がった。次の戦闘では彼女のように、両手に太刀を装備するのもいいかもしれない。

「ほほう」

 しまった。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか」
「え、いや、あのね。ちょっと勘違いしてない?」
「勘違いとは、何だ? 私が何をどう間違っている?」
『お取り込み中のところ悪いが、お嬢ちゃんの士魂号が突っ込みすぎて大破した。助けに行ってやってくれ』
 瀬戸口の声に即座に反応する複座型。
 嬉々として、という表現が似合ったが、それは不謹慎というものだろう。
「舌を噛まないようにね!」
「……後できっちり白状させてやるからなッ」

 複座型が敵を求めて走り出した。
 
 

「また壊してしまいました。てへ」

 こつん

 戦闘後のハンガー。沈みがちな周囲を和ませようと、未央は精一杯の笑顔で自分の頭を叩いた。
 壬生屋未央、一世一代のギャグに笑う者が一人。
 原整備主任。
「また直さなくちゃならなくなりました。てへ」

 ごりゅ

 田代から借りたライダーグローブを装備して攻撃力が+250された原のかなり本気パンチが、未央の頭部に炸裂した。
 吹き飛ばされて自ら士魂号の脚ぶち当たったその状況を、はたして『士魂号に蹴られた』というのかどうか。
 ウォードレスを着ていなかったら、死んでたかもしれない。
「戦争なんだから壊すなとは言わないけど、もう少し戦い方というものがあるでしょう! ちょっと、聞いてるの!?」
「聞いてないと思いますけど……」
 森の言葉どおり、一撃でノックアウトした未央には原の声は届いていない。これから先ずっと、誰の声も届かない可能性もなきにしもあらず。
「まったく根性がないったら! ……壬生屋さんには後でたっぷりお仕置きね」
 邪悪っぽい笑みを浮かべながら呟いた原の台詞を聞いて、森の顔から血の気が引く。
 思い出した、過去の惨劇。

「は、原13人殺し……」

 田辺が口元に手をあてて、わなわなと震えた。
「あ、あれってやっぱり原主任の事だったんですか!?」
 新井木がその横で、まるで化け物を見るような目で原を見る。田代も同様だった。

『原13人殺し』

 それは、整備学校に伝わる恐怖の伝説。

「私はたまたま実家に帰ってたから無事だったんだけど……」
 森が、震えを抑えるように自分の体を抱く。
「その日、ぜ……男の人にフられた原先輩は、かなり酔っ払って寮に帰ってきたらしいわ。それを寮母さんに怒られて、それで……」
 田辺はすでに両手で耳をふさいでいる。田代や新井木がそうしないのは、変なプライドが邪魔をしていたせいだった。
「二人きりの部屋であがった悲鳴。それを聞いて起き出してきた寮生の女の子たちを原先輩が次々と……。翌日には、翌日にはもう……」
 森が、涙を堪えるように上を向いた。

「その場に居た13人の女の子がみんな、原先輩の事を『お姉様』と呼んでいたという……」

「きゃぁーっ」
「嫌ー!!」
 叫び声があがる。田辺は失神していた。
「正確には14人なんですよね。寮母さん、若くて美人だったから……」
 自嘲気味に笑う森。まるで、今自分がここに居るのが恥だとでも言うように。

「そこ、過去を蒸し返さない」

 ごっ

 スパナが森の頭に命中。
 原、2人抜き。

 伝説についての否定は無かった。

「新井木さん、2番機はどう!?」
「ひっ! は、はいっ 傷一つありませんっ!」
「森さん、いつまでも寝てない!」
 原の手には、先ほどの数倍はある、まるで棍棒のような士魂号用の巨大なスパナ。
 生命の危機を察知した森が飛び起きる。
「さ、3番機もかすり傷程度です!」
 いつの間にか原の表情は、いつも通りの人にも自分にも厳しい、仕事人の顔になっていた。
「2番機は茜君、3番機はヨーコさんと狩谷君お願い。新井木さんと田辺さん、森さんは1番機のサポート!」
「はいっ!」
「ただいま戻りました」
「フフフ、まさか自分で運ぶ事になるとは思いませんでしたよ……」
 裏マーケットへ強化人工筋肉の買いつけに行っていた遠坂と岩田が帰ってきた。二人とも原の命令で全力疾走してきたせいか、かなり疲労している。
 ちなみに原が持たせたお金は100円だったが、それでも買ってくるあたりが適材適所。
「覚悟なさい! 1番機が動くようになるまで1人も帰さないわよ!」
「はいっ!」
 全員の声が重なる。戦闘後、整備班たちの戦いはまだ続いていた。彼ら、彼女らの戦いが終わるのはずっと先かもしれない。
 ただ言えるのは、整備班の先頭に立つ原素子の表情はこんな状況でも生き生きとしていて、とても美しかったという事。そして、彼女の事を皆尊敬していたという事。
 そして、いつかこの戦いが終わると信じている事。
 整備班の戦いの第2ラウンドが始まった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「う……ううん?」
 目を覚ました未央は、自分が整備班詰所の布団に寝かされているのに気がついた。
 ウォードレスは脱がされている。代わりに着ているのは……
「……なんでわたくし、制服を?」
「気付いたようね」

 未央の傍らに立つ原。
「ロッカーをこじ開ける訳にもいかなかったから、ありあわせの制服を着せてあげたけれど、サイズは大丈夫?」
「え? ええ」
 原の微笑みに、なにやら危険なものを感じる未央。
 その顔が、真面目なものになる。
「壬生屋さん、戦い方を少し考えたらどう? このままだと、あなたも士魂号ももたないわよ?」
「……でも、わたくしにはこの戦い方しかできません」
「そう」
 原の顔が微笑みに戻る。邪悪度当社比3倍。
「ところで壬生屋さん。けっこう胸、あるのね」
「な! 何をいきなり!?」
 突然の話題の変化について行けない未央。
 そして気付く。原が手に持っているデジタルカメラに。
「肌も白くて綺麗。そうね、逼迫した小隊の財政を建てなおせるくらいに」
 未央の目の前に差し出された何枚かの写真。それを一言で表現するならば、

 無修正

「いっ いぃーーーやぁーーーーーっ!!」
「ふふふ、壊すだけ壊したんだから、これくらいは協力してもらわないとねぇ?」
「かっ 返してください! そんなものばら撒かれたらわたくし、生きていけません!!」
「なら、戦い方を変える事ね。もし今度壊すような事があったら……」
「わ、分かりました! 変えます、変えますからそれだけはっ」

 原主任、パイロットへのアフターケアもばっちりだった。


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