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ののみがんばる


 その日、東原ののみは燃えていた。

 大事にしていたぬいぐるみを、迷いを断つために力強く目の前に突き出す。
 その瞳には、怒りと悲しみと、そして揺るぎ無い決意があった。

「鉄アレイもってたでしょ? このぬいぐるみとこうかんして」
「……は?」

 目の前のぬいぐるみと、その向こうにあるののみの顔を交互に見ながら、若宮康光はこの男に似合わず混乱していた。

「こうかんして」

 もう一度繰り返される言葉。その中に秘められた思いの強さに押されて、若宮は我知らず「うむ」とうなずいていた。
 かわいいねこさんのぬいぐるみを受け取り、その何十倍もの重量をもつ鉄アレイをののみに渡す。

 ごて

 持った瞬間、鉄アレイは地面と接触した。それに引っ張られる形でののみも前のめりに転がった。2回転半して停止する。
「お、おい。 大丈夫か?」
 なんだか自分がとっても悪い事をした気分になって、若宮はあわててののみに駆け寄る。
 だが、ののみは涙をぐっとこらえて一人で立ちあがった。
 転がっている鉄アレイを持ち上げようとする。
「んーっ、んーっ」
 ぴくりとも動かず。
 若宮おろおろするばかり。
「やっぱりやめた方が……」
「だめなの。ここであきらめたら、めーなの」
 ののみの決意は微塵も揺らいではいなかった。
「わかった。少し待ってろ」
 若宮はどこからか調達してきたロープで鉄アレイの両端を縛ると、ののみの肩からかけてやった。
 おそろしく不恰好なポシェットだったが、これならののみでもなんとか大丈夫だ。
「えへへ、ありがとう」
 よろよろしながらお礼を言うののみに照れながら、若宮はその場を去ろうとした。だが、ののみの小さな手が、彼の制服のすそをしっかり握っている。
「まだ何かあるのか?」
「いっしょにくんれんして」

 若宮は、ののみの訓練に2時間みっちり付き合わされた。
 
 

「いっしょにくんれんして」
 そう言って自分を見るののみを、森精華は怪訝なまなざしで見返していた。

 鉄アレイのポシェット。

 謎だ。

「今ちょっと手が離せないの。後にしてくれる?」
 実際、前回の戦闘で破損した士魂号3番機の修理は難航を極めていた。このままこの機体を使うか、それとも予備に切りかえるか。限りある時間の中で、精華は決断を迫られていた。
 それだけ言ってディスプレイに目を戻す。

 ふと、視線を感じた。
 
 ののみが、今にも泣きそうな顔でじっとこちらを見ている。

 反則技だった。

 助けを求めるように周囲を見まわす。
 当然の事ながら見て見ぬふりをする整備班一同。
(……どーせうちは田舎者やもん。のけものやもん)
 心の中で泣きながら、精華はもう逃げられない事を知った。

 そして精華もまた、ののみと一緒にハードな訓練をこなすことになる。
 
 

「いっしょににくんれんして」
 鉄アレイのポシェットによろめきながらそう言う同僚の顔を、瀬戸口隆之はまじまじと見つめた。
「俺なんかが協力しなくても、君は充分かわいいよ?」
 9歳の少女に言う台詞ではない。守備範囲無限大は伊達ではなかった。人はこれを平等ではなく無差別と呼ぶ。
「ちがうの。あっち」
 ののみの指さす先には、校舎裏で揺れるサンドバッグがあった。
 
 

 翌日、午前8時。
 会議室は5121小隊の面々で埋め尽くされていた。
 議題は『昨日の東原ののみの行動について』
 なぜか全員ウォードレスを身にまとい、完全武装している。
 ここまで来ると過保護というか親馬鹿というか、単なる馬鹿であるが、皆ののみのことが心配なのだった。
「ふん、勝手にやらせておけばよかろう」
「どーせ僕たちは関係ないもんね」
 自分たちが訓練に誘ってもらえなくて、隅の方でふてくされている芝村舞と速水厚志の両名はとりあえず無視されていた。
「本田先生も訓練に付き合わされたらしいデス」
「この、坂上先生がりぼんとサングラスを交換した、というのは事実か?」
「なけなしの小遣い握り締めて、裏マーケットに行くのを見たで」
 様々な情報が錯綜している。
「つまり」
 善行忠孝委員長が、眼鏡に指をかけながらつぶやく。
「東原さんは昨日丸一日かけて体を鍛えていたと、そういう事になりますか」
「しかし、なぜ?」
「あの子がそんなに鍛える必要はないはずでしょ」
「いったい、何の目的が」
 回答は、新しい謎を呼ぶ。
 体を鍛える理由。体を鍛えて有利な事……

「喧嘩とか」

 誰かのそんな台詞で会議室は一瞬静まりかえり、そして、前を上回る喧騒に包まれた。
 壬生屋未央は愛刀の手入れを始め、滝川陽平はサブマシンガンの残弾を確認した。来須銀河がレールガンを担ぎなおす。
「司令、若宮戦士から報告です」
「繋げ」
 いつのまにか善行の呼称が司令になっていた。戦闘モードである。
『目標が動き始めました。S-023へ移動中』
「総員戦闘配置。壬生屋、滝川の両名は士魂号にて待機。速水、芝村は若宮と来須のサポートに回れ。整備班は1秒でも速く3番機を動かせるようにしろ。動けばそれでかまわん」
「了解」 
 5121小隊の動きは、戦闘時よりもよっぽどきびきびしていた。
 
 

 若宮と合流した戦闘部隊はその場所、S-023(校舎裏)を固唾を飲んで見守っていた。
 ののみとブータが、一言も喋らず向かい合っている。
(やはり喧嘩か)
(昨日まであんなに仲がよさそうだったのに……)

 9歳VS巨大猫

 勝敗は神のみぞ知る、といったところか。

(!? 来須貴様、猫を撃つつもりか!)
(……非常事態だ)
(許可する)
(司令!)
(恨んでもかまいませんよ。それが私の仕事です)

 外野の場違いなまでに深刻な葛藤をよそに、ののみとブータの距離は縮んでいく。
 ののみがブータの背後に回った。その太い胴体をむんずと掴む。
「んーっ」
 ブータの体が宙に浮く。なぜかブータはされるがままだ。来須がレールガンで狙っていることに気づいているのか。
 ののみは、ブータを抱きかかえたまま一歩、また一歩と前進していく。
 そして、自分たちの事をはらはらしながら見ている集団に気づいた。

「あっ みてみて。ねこさんだいてもよろよろしなくなったのよ」
 
 

 ……力尽き、倒れていった第5121小隊の隊員たちの顔は、なぜだか一様に幸せそうであったという。


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