見渡す限りの敵、敵、敵。恐怖は無い。
士魂号は敵の只中に立つ。ミサイル発射。
射程内の敵が次々と弾け跳ぶ。
わずかに生き残った敵を撃ち殺し、切り殺し、蹴り殺していく。
……敵?
いや、違う。あれは敵ではない。あんなものが敵であるはずがない。
あれは獲物だ。狩られる為だけに存在する獲物だ。
あれは生贄だ。真の敵をおびき出すための生贄だ。
するとこれは儀式か? いやいや、そんな大層なものじゃない。
これは作業だ。退屈で欠伸が出る。
考えている間にも体は勝手に殺していく。しばらくするとそこは戦場ではなくなっていた。
ただ屍の転がるのみ。動いているのは、生きているのは己のみ。
己のみ。
己。
?
なぜ?
みんなは?
振りかえればそこには、幻獣の残骸が消えた後に仲間の死体が散らばっていて――
目が覚めた。
荒い息を整えながら、厚志は汗に濡れた自分の手を見た。意識が急速に覚醒していく。
夜明け前の部屋の中は暗く、夢から覚めても自分がこの世界に一人で取り残されたような気持ちになって、泣きそうになった。
時計を探すために辺りを見回す。そして、自分の方をじっと見ている舞と目が合った。
そういえば、明日は日曜だから泊まっていくと言っていた。
毛布からはみだした舞の白い肩が、暗闇にうっすらと浮かびあがっている。
「もしかして、ずっと起きてたの?」
「そなたがうるさくて眠れなかったのだ」
舞の眼光が、厚志に今出来る精一杯の作り笑いを切り捨てる。
「うなされていたぞ」
「うん、まぁね」
あいまいに肯定しながら、舞から目をそらした。
なぜだか、自分がひどい裏切りをしたような気分になっていた。理由は分からない。分からないが、舞の顔を見ていられなかった。
「ひどい夢を見た」
舞の無言にうながされるように、ぽつりぽつりと記憶に残る夢の断片を語って聞かせる。思い出しただけで訳もなく喚きたくなった。怖い。
でも、なにが怖いのか分からなくて、それが余計に怖い。
「そなた、戦うことに疲れたのか?」
「違う。……違うと思う。たぶん、その逆なんだ。戦うのにはどんどん慣れていって……ああ、そうか」怖いのは、変わっていく自分自身。
「滝川にも、壬生屋さんにも言われたんだ。僕が、戦ってる時に笑ってるって。戦いを楽しんでないかって。気づかなかったけど、たぶんそうなんだ、僕は」
「厚志」
「僕は、なぜ戦っているんだろう?」
「厚志!」
突然、舞が厚志の上に覆い被さる。
解かれた舞の髪がベールのように外界を遮って、厚志の視界は舞でいっぱいになった。
「そんなに嫌ならば、やめればいい」
「え?」
舞の表情が読み取れない。怒りか、悲しみか。
「そなたは強い。普通に戦っていればこの戦争、まず生き残れるだろう。そなたが決戦存在にならずとも、いずれ誰かがなるだろう。そなたである必要はない。そなたが無理をして戦う必要は、ない」厚志は、舞が泣くところを見たことがない。恐らく、これからもないだろう。
だからこれは、たぶん夢なんだ。
「私は弱くなった。笑え。私はそなたが生きていれば、そなたが私の傍に居るならそれでいいと思った。他のことなど、どうでもいいと思った。私は……」
最後までは言わせなかった。舞の鼓動を感じるほど、きつく抱きしめる。
「……痛い」
それだけ言って、舞も抵抗はしなかった。
「それが君の本心なら、僕もそうしたいんだけどね」
厚志の顔には、いつもののほほんとした笑顔が戻っていた。いつの間にか厚志がこの笑顔を見せなくなっていたことに、舞は唐突に気づく。
「本当はね、世界を救うとか言われても最初はぴんとこなかったんだ。でもね」
舞の耳に口付けをするようにそっと囁く。
自分が戦う理由を。
「君の為にできることが、他に見つからなかったから。君の為なら、なんだって出来ると思ったから」だから、僕は戦ってきた。
「君の為なら、何があっても絶対に生き残ってみせるから。いつまでだってそばに居るから」
そのために、僕は戦ってきたのだから。
「君の事が、好きだから」
一息にそこまで言って、厚志は朱に染まった舞の首に唇を寄せた。
「こんな時、なんて言ったらいいかわからない」
「愛してるって言ってくれると、とっても嬉しい」
「……馬鹿者」そう言ったあと、聞こえるか聞こえないかの声で舞がつぶやいた言葉を聞いて、厚志はもう一度舞を強く抱きしめた。