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青の一族の少女


 薄明かりの中で目覚めた舞は、朦朧とする頭をおさえながら立ちあがった。
「ここは……」
 たしか、厚志に誘われて整備班達の慰労会だかなにかに出ていたところまでは憶えているのだが。
 記憶がはっきりしない。ふと体を見れば、自分がウォードレス・久遠を装備しているのに気づく。制服の方は見当たらない。
 周囲には人の気配はない。もちろん厚志もいない。
 ともかく歩き出そうとして、ぐらりとよろけた。平衡感覚がおかしくなっている。
「薬……いや、酒か?」
 そういえば、その場の勢いで飲んだような気もする。自分は酔いつぶれて、ここに寝かされていたのだろうか? それにしては、介抱する者もいない。
 他の何をおいても、厚志は自分の傍にいるべきではないのか? 微かに痛む頭でそんなことを考えた。
 再び歩き出す。舞が寝かされていた部屋から、一本の通路が伸びていた。向こうに光が見える。壁に手をつきながら、その光を目指していく。
 首筋がうざったいと思ったら、いつもは結い上げている髪がほどけていた。見れば、その髪は青く染められている。
 ブルーヘクサ、という言葉が頭に浮かんだ。幸運強化型人間。ならば自分は舞ではないのか?
「そんな訳があるか。私が私であるという記憶をもっている限り、私は私だ」
 しかし、状況が掴めない。
 酩酊、ウォードレス、青い髪。関連づけができなかった。今、自分の身になにが起こっているのか。答えは、あの光の向こうにあるのだろうか。
 通路の端に立つ。薄いカーテンがそこで通路を区切っており、そこから先は見えない。
 人の気配はあるが、物音はしない。
 恐れはなかった。カーテンを握りしめ、それを横に払う。

 目を刺す光。

「主役の登場だ!」
 マイクを持った瀬戸口が叫ぶ。
 それに応えるように、拍手の嵐。

「……え?」

 皆、何かを期待するように舞を見ている。

「さぁ、お姫様。自己紹介を」
「な、何を言っているのだ?」
「今、あんたに出来る事はそれだけだ」
 瀬戸口の表情が真剣なものになる。リアクションに困る展開だった。
「ま、舞だ」
「もっと元気良く!」
 もうヤケクソだった。

「舞と呼ぶがいい!」

 歓声があがった。
 まるで今、この瞬間のために生きてきたと言わんばかりの歓声だった。
「最高ですフィア(殿下)!」
「素敵ですフィア(殿下)!」
 そんな声が、あちこちから聞こえてくる。

「本物に会えるなんて……。 うち、なんて言ったらいいか……」
 感涙に咽ぶ者。

「わ、私とお揃いですね」
 何か勘違いしている者。

「すばらしい、すばらしイィィィィッ!!」
 訳がわからない者。

 表現こそ違えど、そこにある感情は唯一つ。
 喜びだった。そして、自分達はやりとげたのだという達成感。

 その歓声は、いつまでも止むことはなかったという。
 
 

 舞のこめかみのあたりで「ぶち」という音が聞こえるまでは。
 
 

「……で」
 地獄と化した会場。
 舞は、もともと瀬戸口だったものを片手で持ち上げて呟いた。
「このたわけた茶番を提案した馬鹿者は誰だ?」
「は、はやみでふ」
 
 あっさり露見する首謀者。

 見れば、ハンガーに格納されていた士翼号がなくなっていた。
「逃げたか」
 元瀬戸口を捨て、走り出しながら舞は叫ぶ。
「30秒の猶予を与える。単座型を起動させよッ! 装備は太刀1本でいい!」

 隊長室の通信機で、芝村準竜師を呼び出した。
「俺」
「翔吏、N.E.P.を用意しろ。今すぐだ。出来なければ殺す」
 決戦存在ならば効くかもしれない。相手の返答も待たずに、続いて領空警戒中の友軍機につないだ。
「こちら5121だ。支援を要請する。敵は士翼号だ。いいか、確実に仕留めよ。でなければそなた、芝村の地獄に落ちる事になるぞ」
 結構ノっていた。

『真に恐ろしく、強いのは、明確な目的を持った人間が、戦術を駆使することです』
 坂上 久臣。

 ハンガーに戻った舞は士魂号単座型に搭乗すると、凄絶な笑みを浮かべた。
「待っていろ、厚志。地獄で後悔させてやる」
 世に言う『芝村の微笑み』である。

 そしてこの笑みが、人類史上最大の被害を出し、後に『火の7日間』と伝えられる痴話喧嘩の幕開けだった。


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