家に帰ると、居間で秋子さんがモールス信号を打っていた。
確かめたわけじゃない。ただ、開けた黒いアタッシュケースの中からカチカチ音がするだけだったから。
だから、ひょっとしたら違うのかもしれない。「秋子さん?」
目が合った瞬間、殺されるかと思った。
たぶん気のせいだ。秋子さんはいつものように笑っている。「あら、おかえりなさい。早かったんですね?」
何事も無かったかのようにアタッシュケースを閉じて、どすっとテレビの後ろに隠す秋子さん。
「秋子さん、それ」
「ああ、そうだ。今日の夕食はなににしましょうか。シチューとカレーがあるんですけど」
「そのアタッシュケース」
「祐一さんはカレーの方が好きでしたよね」
「秋子さんの職業って、ひょっとして北」
「祐一さん」秋子さんが頬に手をあてる。いつものことながら、全然困ったように見えない。
いや、困っていない。「全てを知って死ぬのと、何も知らずに生きていくのは、どちらが幸せなんでしょうね?」
「俺はカレーがいいです」