ビュンッ ビュンッ真っ白に雪がつもった中庭に、俺の振るう木刀が風を切る音だけが響く。
雪の上には、俺の足跡しかない。
あたりまえだ。この寒い中、こんな所に来る馬鹿はいない。
要するに、俺は馬鹿なのだ。
舞のために出来る事、舞の傍にいるために出来る事を考えて始めた、一人っきりの部活動。木刀を振って、振って、振って、ただそれだけ。
それだけしか出来ない自分がもどかしい。
時間が無い。決戦は今日の夜かもしれないのに!ビュンッ ビュンッ
焦燥感とともに、木刀が大気を薙ぐ。
汗がひとしずく、額を流れた。
もうどれくらい続けているのだろう?舞は、今日も来るのだろうか?
どこで聞きつけてくるのか、俺が練習をしていると突然やってきて、タライやら消火器やらを投げつけてくる舞。俺に何かを教えたいらしいのだが、いかんせん無口な上に説明が苦手ときているあいつが何を言いたいのか、さっぱりだった。「あーあ、手負いの熊ぐらい現れないかな、そしたらいい実践訓練になるのに……」
言った瞬間だった。
突然背後から風を切り裂く音が聞こえた。
俺は咄嗟に振りかざしていた木刀を音の正体に叩きつける!めきょ
北川だった。
人間の顔に物がめり込むなんて、マンガの世界だけだと思っていた。
事実は小説より奇なり。
どうする事もできずに振り抜いてしまった俺の木刀を離れて、鼻血の弧を描きつつゆっくりと宙を舞う北川。
どさり、と着地した音が、妙に耳にこびりついた。
白い雪に北川の鼻血の赤がゆっくりと広がっていくのを、俺はただ見ていることしかできなかった。
夢。
夢を見ている。
毎日見る夢。
終わりのない夢。
赤い雪。
流れる夕焼け。
赤く染まった世界……
「現実逃避してる場合じゃねーっ」
木刀を放りだし、あわてて北川を抱き起こす。
よかった、まだ死んでない。
「北川っ おい、しっかりしろ! 傷は浅くはないかもしれんが、直接の死因になる程ではないと俺は願ってるぞ!」
俺の励ましの声が届いたのか、北川がうっすらと目を開けた。
あ、やば。焦点が合ってない。
「み、みさ……か…。ほん、と……は、お……、す…き……」かく。
「わーっ!? なんか重大っぽい事を言い残して逝くなーっ!」
がくがく北川をゆするが、目を覚まさない。鼻血はいまだにだくだく溢れ出しているから、まだ生きてるんだろうけど!
思わず目撃者がいないかどうか、あたりを見回してしまう。いた。
俺たちから少し離れた所に突っ立っている、おそらく北川を投げつけた張本人。
「くまさん」
舞が、こちらをじっと見つめている。
「がおー」
このロボピッチャ女。
「……」
「……」
「……」
「……」
「俺か! 俺が悪いのか!?」
「祐一が殺した」
「まだ死んでない! それにお前が投げつけたんだろ! 剣の修行してるときにモノが飛んできたら切るだろ普通!?」
「だったらなおさら」
は?
わめき散らす俺とは対照的に、いつもの無表情で舞は俺の顔をじっと見る。
「そうやって祐一はまた、男子生徒の頭をかち割るのね」
「かち割るかーっ」話は終わったとばかりに、動かない北川の両足を持って、うんせうんせとずるずる引っ張っていく舞。
それを黙って見送るしかない俺
はっ
もしや舞は俺に攻撃をかわす事を教えたかったんじゃあ……!
「って、訳わからーんっ!!」
後日、『なぜか』中庭の隅に埋まっているところを発見された北川は、いい感じにここ数日の記憶がクラッシュしていて、もちろん俺はしらばっくれた。