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ダイアリー


6月2日 月曜日 晴れ
 偶然、だったのだろうか。
 その日は寝坊してしまって、閉まる寸前の電車のドアの隙間に滑り込んだ。いつもと違う車両。少し息を整えて、乱れてしまった髪を整えてから、いくつか先の駅で友達が乗ってくるいつもの車両へ向かおうとして。
 そして、彼と出会ってしまった。
 一目見ただけで、目が離せなくなってしまう。胸が苦しい。顔は多分赤くなっている。どうも私は恋愛と縁がないような気がしていたのだが、まさかこんな事になるなんて。
 ドアにもたれて友達と話していた彼が、不意にこちらを向いた。視線は、あわない。私はずっと、下を向いていたから。
 そして、学校の最寄り駅に着くまで、私はずっと下を向いたままだった。
 彼も同じ駅で降りる。どうやら同じ高校の生徒らしい。

6月3日 火曜日 曇り
 私らしくない。ずっと彼の事を考えていた。自分でもどうにも説明のつかない期待を抱きながら、昨日と同じ車両に乗る。
 いた。当たり前のように昨日と同じ場所で、昨日と同じように友達と話している。
 当たり前のように頬を熱くしてうつむいてしまう私。胸がどきどきする。困った。こういうのには慣れていない。
 話がしたいな、と思った。話なんて大層なものでなくていい。ちょっだけ、一声だけかけてみたい。それで気が済むのかと言えば、きっとそんな事はないのだろうけれど。
 彼の友達が、彼の事を榊原と呼んでいた。どうやら榊原君と言うみたいだ。
「榊原君……」
 思わず呟いてしまって、慌てて周囲を見回してしまった私はきっと変に見えただろう。榊原君もちょっとだけ不思議そうにこっちを見ていた。
 ……恥ずかしい。

6月4日 水曜日 曇り
 友達には悪いが、今日も昨日と同じ車両に乗る。昨日と同じに乗っている榊原君。
 私が車両に乗ってきた途端にこっちを見られた。慌ててうつむく私。うう、昨日の変な女とか思われていたらどうしよう。
 うまく気持ちの整理がつかない。昨日と同じ姿でそこにいる榊原君に対するこの安心と焦燥が入り混じったよくわからない感情。
 もう少し自分はハキハキした人間だと思っていたのだが、どうやら買いかぶりだったようだ。頭の中で気持ちがぐるぐる回っている。
 ホームに着いた時、偶然同じタイミングで降りそうになって、榊原君が道を譲ってくれた。
「あ、あの、ありがとう」
 ちょっとどもった。
「いや」
 とだけ応えた榊原君の顔は、うつむいたままの私には見えなかった。
 でも、少しだけ前進。

6月5日 木曜日 雨
 榊原君が乗っていない。
 彼の友達は乗っているから、私が車両を間違えたとか、榊原君が車両を間違えたとかではないみたい。
 多分、遅刻したか風邪でもひいて休んだだけなんだろうけど、なんだか、とても不安になる。
 もう、あの榊原君の姿が見れないような気がして、昨日ちゃんと話をしていればよかったと、そんな後悔で頭がいっぱいになる。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 明日になれば多分また会えるんだろうけれど、それは私の知っている榊原君じゃないかもしれない。そんな事はないんだろうけれど、ああ、自分の考えがまとまらない。

6月6日 金曜日 晴れ
 榊君がいた。前と同じ姿のままで。私は嬉しいような頭にくるような、よくわからない気持ち。
 明日明後日は学校がお休みで、何故だか私は今日しかないような気がしてきた。
 心臓が、痛い。緊張して喉が渇く。ぐっと、指が白くなるくらいのグーをつくる。
「あ、あのっ 榊原君っ」
 改札を出た所で、彼に後ろから声をかける。榊原君と、当然その友達が振り返る。
 私の顔はきっと、リンゴのように真っ赤だったと思う。
「話がっ 話があるんです!」
 自分でも何を言ってるかよくわからなかった。とにかく人前で言うには私のなけなしの勇気じゃ足りない。
 榊原君の手を掴んで引っ張っていく。あー、何をしているんだ私は。
 ちょっとびっくりしながらも、案外素直について来てくれる榊原君。

 通学路から少しだけはずれた裏路地。

「話って?」
 人通りはない。私は大きく深呼吸をして、もちろんそんな事でどきどきがおさまる訳がない。
「あの…あの! 私、ずっと榊原君の事、気になってて、ずっと言おうって思ってたんだけど……!」
 人と話す時は相手の目を見るように教えられたけど、そんな余裕なんてない。
「……何?」
 榊原君の、少しだけ何かを期待しているような声。もしかしたら榊原君は、これから私が言おうとしている言葉がわかっているかもしれないと思った。
 もう一度だけ深呼吸する。一気に言わないと、絶対最後まで言えない。睨むように榊原君の目を見る。静かに見つめ返してくる榊原君。めげそうになったけれど、ここまで来て引き返す事なんてできなかった。

「あの! チャック! ズボンのチャックっ 何で月曜から今日まで全開のままなんですか!? 何かの罰ゲームですかっ それともそういう健康法ですか!? 親が泣きませんか!」

 言った。ついに言った。この一週間気になって食事もろくに食べられなかった。
 榊原君はゆっくりとズボンのチャックを上げると、私の両肩に手を置いた。

「ありがとう。君みたいな女の子を待っていた」

「……は?」

 何故か、ちょっとだけ涙ぐんでる榊原君。

「俺、好みのタイプを聞かれてさ、『例えばズボンのチャックがあいてたらたとえ他人でも突っ込むような娘』って答えたんだ。そしたら奴等、口を揃えてそんな奴はいねーとか馬鹿にしてさ……」
「えっ? あの……えっ?」
「俺と、付き合ってくれないか」
「あの、あの……あ、あ…ああ」

 大きく息を吸い込んで。

「あほかーっ!?」

 私は榊原君を思いっきり殴り倒した。


















6月15日 日曜日 晴れ
「なんで私デートなんかしてるのっ!?」
「まぁ、恋愛なんて何がきっかけで始まるかわからないって事で」

 そんな話。


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