安アパートの鉄骨の階段をカンカンと小気味良く2段飛ばしで登っていく買ったばかりのスニーカー。手には近所のスーパーのビニール袋(食材入り)、顔にはとびっきりの笑顔。最近伸ばしはじめた髪が揺れる。
目的のドアの前にたどり着くと、少し息を切らせながらチャイムを鳴らした。返事なし。
笑顔が引きつった。
しかも鍵かかってるし。
スカートのポケットから取り出した合鍵を使って中に入る。うーわ、寝てるしなこの馬鹿は。
「こーらぁ! 昨日携帯にメール入れといたでしょーがっ かわいい彼女がせっかく飯作りに来たのにその態度はなんだー!」
部屋の主はうっすらと眼を開けると、
「……あと5分……」
定番中の定番だった。
「ぐふぁっ!?」
布団越しに鳩尾に一撃決まる。
「目ぇー覚めた?」
「え、永眠しそう……」
「これくらいで死んだら後腐れないのにね」
憎まれ口を叩きながら台所へ向う。そこに架けてある自分用のエプロンを身につけた時にはもう笑顔だった。ころっころと表情が変わる。
そんな様子をぼけーっと見ていた視線が、ちらりとふくらはぎに。あ。
ぱんつ見えそう。
意識してか無意識か、顔が下のほーうに下がって行く。もうちょっと。もうちょっと。1秒前までみそ汁をかき混ぜていたおたまがものすごい勢いで顔面に飛んできた。
叫ぶほど熱い。100%自業自得な辺りがまた。
「馬鹿! スケベ! 変態!」
毎度毎度の事ながら、大騒ぎであった。
「いただきます」
ご飯にみそ汁、焼き魚と、典型的な日本の朝食。もっとももう昼だったが。休日なんてそんなものである。
うむ、我ながらおいしくできた。わかめが妙に長いのは、というか切り忘れてるのは、言わなければわからないだろう。何も言ってこないし。
「しっかし……」
周囲を見ながらため息。
「また本、増えてない?」
質問のようで確認だった。所狭しと置かれている本、本、本。地球の陸地に対する海の割合程度には畳が見えない。
「あー、丁度いい文献が見つかったんで、つい」
口からわかめをびろーんとたらしながら応える。
「悪いとは言わないけどさー なんであたしの身内って本好きばっかしなのかねー」
色々と思いつく顔があった。本人はどちらかというと本なんて嫌いなのに、妙な縁である。
「で、なんでそこでにやにやするかな?」
「いや」
やっとの事で長大なわかめを食べ終わって笑顔。
「身内と思ってくれてるとは」
「言葉のあやー」
う、ちょっと頬が熱い。
「結婚してくれー」
「うわー、かっるいプロポーズだなー」
「いやもう本気本気。お前の為なら一流企業に入ってサラリーマンだってしてみせる。我ながらそうは見えないが、頭はいいのだ。」「いいよ、別に」
毎度毎度の馬鹿なやり取りに、ぽつりと本音が漏れた。
「あたしはさ、その……馬鹿みたいに夢ばっか見てるトコが好きだから。そのままでいいよ、別に」ぎゅう。
「わー!? 食事中に何すんだいきなりー!」
「いやー感動した。もう抱きしめずにはいられないほど」
不意に、その声がまっすぐ胸に届いた。
「頼む。お前を俺に幸せにさせてくれ」あー
熱い。
今のあたし、顔がふにゃらけてるんだろうなー
「あー、うん。よろしく」あ。
キスされそう。
そんな事を直感して、目を閉じた。
空は快晴、部屋はぽかぽか。
幸せになるには絶好の陽気だった。