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後ろの御手洗君


 僕の後ろの席の御手洗冬馬(みたらいとうま)君は、成績優秀スポーツ万能おまけに顔もよくて、クラスはおろか学校中の女の子のアイドル的存在だった。
 あまり人付き合いのうまい性格ではないことが災いして、男子からはあまりよく思われていなかったが、呼び出した上級生5人をたった1人で返り討ちにしてからは、もう「御手洗には手を出さない」「御手洗相手ではどうしようもない」ということになっていた。

 そんな御手洗君は、放課後になるとよく誰もいない校舎の屋上で一人たたずんでいる。どうして僕がそんなことを知っているかというと、実は僕も同じ趣味を持っていたからだ。
 多分、僕のほうがここを見つけたのは先だったと思う。僕が非常口の反対側でぼーっとしていたら、彼がふらりとやってきたのだ。
 御手洗君の方は、僕のことに気が付いていないようだった。でも、僕はそんなこともあって、なんとなく彼に共感を覚えていた。

 その日も、御手洗君は屋上にやってきて、夕暮れの空を眺めていた。僕も壁に背を預けて、違う方向の空を眺める。
 ふと、声が聞こえた。
「……来たか」
 ぼそっとつぶやいた御手洗君のその言葉が気になってふと彼の見ている方向に目をやると、空に黒い、小さな点が浮いていた。
 その点は段々大きくなってきて――つまりこちらに近づいてきて、その形が判別できるようになった時僕は、驚きのあまり凍り付いてしまった。
 UFOだった。円盤の形をした、俗にアダムスキー型と呼ばれるタイプ。雑誌にでてくる想像図にあまりにそっくりで、かえって現実感がない。
 ひよひよひよひよ……という気の抜ける音が接近してくる。
 それをじっと見据えた御手洗君の瞳が、突如激しく発光した。
 空に向けて一直線に光線が放たれる。大気を瞬時にイオン化させながら疾ったその光はそのままUFOを貫き、あっけなく爆発させた。
 まるで特撮映画を見ているようだった。
「な、なんなんだ……」
 思わずこぼれた僕の言葉に、「ん?」と御手洗君が振りかえった。
 
 光線を出したままで。

 間一髪でしゃがみこんだ僕の上を光が薙ぐ。光線はそのまま屋上の一部を綺麗に切断し、裏庭に落下させた。
 轟音。
 なんだか下の方で大騒ぎになっている。
 その時はじめて自分が光線出しっぱなしなのに気が付いたらしく、御手洗君の瞳の発光が止まった。
「君は……秋山君?」
 御手洗君が僕の名前を呼ぶ。僕は腰が抜けてしまって動けなかった。
「立てるかい?」
 差し伸べられた手を取って、やっと立ちあがった僕を見て、御手洗君は悲しそうに笑った。
「大変な所を見られてしまったね」
「い、いったい何が?」
 混乱している僕を落ちつけるようにしばらく時間をとった後、御手洗君は厳かにこう言った。
「地球は狙われている」
「はぁ?」
 また混乱した。なんだか、どこかで聞いたような台詞だ。
「銀河系辺境の青く輝く宝石、地球。その宝石を手に入れようと、悪の宇宙人たちがこの惑星を狙っている。その魔の手から地球を守るのが、ぼくの仕事だ。……ぼくの正式名称はR・御手洗冬馬。正義の秘密結社『V』によって造られたロボットさ」
 僕は思わずカメラを探してしまう。これはきっと、映画同好会の自主製作映画かなにかで、僕はアドリブで参加させられているのだ。
 だが、残念ながらカメラはどこにも見つからなかった。
「さて、秘密を知られたからには君を生かしておくわけにはいかないんだが」
 自分でべらべら喋っておいて、勝手な事を言う御手洗君。正義の秘密結社がそんなことをしていいのか?
「秋山君はぼくの大切なクラスメートだ。君が今起きた事を誰にも話さないと約束してくれるなら、このまま帰ってもいい」
 僕は即座にうなずいた。
「は、話さないよ。話したって誰も信じてくれないだろうし」
「賢明な判断だ。……ああ、そうだ。ついでにもう一つお願いがあるんだけど、いいかな?」
「な、何?」
 おびえる僕に、御手洗君は照れくさそうに言った。
「友達に、なってくれないかな?」
「え?」
「ほら、ぼくは秘密結社のロボットだから、秘密を守るためにあまり人と親しくしちゃいけなかったんだ。でも、君はもうぼくの秘密を知っている。だからさ、もしよかったら友達になってほしいんだ」
 そう言ってはにかむ御手洗君がおかしくて、僕は思わず吹きだしてしまった。今までの非日常から、一気に日常へ帰って来たようだ。
 ロボットだろうがなんだろうが、御手洗君は僕のことをクラスメートと言ってくれた。御手洗君が友達になりたいというなら、断る理由はない。
「ああ、そういうお願いだったら大歓迎だったのに。僕も実は御手洗君と友達になりたいと思ってたんだ」
「本当かい!?」
 叫んで僕の手を握る御手洗君。顔には満面の笑みを浮かべている。
「だったら今日からぼくたちは『心の友』と書いて心友だ」
 また訳のわからない事を言った。
「え、知らない? 日本に古くから伝わる思想で、たしか『ジャイアニズム』とか言うんだが。『お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの』という……」
「あ、あんまりそういった友達にはなりたくないなぁ」
「そうかい? じゃあ普通の友達でいいや」
 ちょっと残念そうな御手洗君。しかし僕は心友とやらにはなりたくなかった。の○太にされてたまるか。
「あの、もう帰って大丈夫かな?」
「ん? ああ、引き留めて悪かったね。また明日」
 これまで、そんなことを誰にも言った事がなかったんだろう。御手洗君が嬉しそうに言った。
「また明日」
 ガタガタになった扉から校舎に入ろうとした僕に、御手洗君がもう一度声をかけた。
「ああ、それから。今日のこと誰かに話したら」
 目線の高さにもっていった拳をぱっと開く。
「ボンッだから」
 僕はその場から走って逃げ出した。
 
 

 次の日から、御手洗君は突然明るくなった。
 女子の半分は「とっつきやすくなった」と喜び、もう半分は「クールなところが魅力だったのに」と落胆した。そんなものだろう。
 周りのみんなにもよく話しかけるようになったが、当然のことながら、一番の話相手は僕だった。
「ねぇ秋山君、120円貸してくれないか?」
「秋山君、500円持ってない?」
「う、20円足りない。秋山君?」
「あ、そうだ秋山君。200円貸してくれ」
 ……。
 なんで金銭がらみばかりなのだろう?
「お金がからむと友達は離れないって、母さんが。昨日の心友も母さんに教えてもらったんだけど」
 激しく間違っていると思う。しかも、御手洗君案外マザコン?
「母さんって君を造った人?」
「そうだよ。ぼくに色々なことを教えてくれたんだ。それに美人だしね」
 うっとりと語る御手洗君。
 余計な事を。

 そんなこんなで、御手洗君の借金が5000円に達しようとしたころ、また事件が起こった。
 いつものように屋上で話していた時のことだった。御手洗君は話に夢中で気づくのが遅れた。
 気が付いた時にはそれはもう僕たちの目の前にあった。
 瞬間移動したようにも見えた。おそらく、その通りなのだろう。

 全長5メートルほどの、葉巻型のUFOが目の前に浮いている。
 その下部が音もなく開いた。
 床にけて放たれた光の筒のなかから、そいつは現れた。
 赤い顔。
 長く伸びた手足。
 なんだか未来っぽい銀のベルト、もしくは首輪。
 とがった口
「……タコ?」
 いや、タコではない。正確にはウエールズの『宇宙戦争』に出てきた火星人みたいだった。
 どちらにしろタコだが。
 御手洗君が出てもいない額の汗をぬぐう。
「あれはタコだが、タコじゃない。マジデスカー星人だ」
「ま、まじ何?」
 タコの方がマシのような気がした。
「本当は長ったらしい名前があるんだが、『V』では彼らの会話からマジデスカー星人と呼んでいる」
「マジデスカー、マジ、マジデスカー?」
 タコもといマジデスカー星人が喋った。
 なるほど。
「圧縮言語だ。あれだけの音節の中に色々な意味をつめこんでいる」
「意味はわかるの?」
「ああ。『最後通告だ。謝罪する気になったか?』と聞いてきている」
「謝罪?」
「とんでもない話さ」
 そう言って、御手洗君はため息を一つついた。
「数ヶ月前、彼らの辺境宇宙探査船が、地球の人工衛星と衝突した。マジデスカー星人は地球に謝罪の通信を送ると共に、救助部隊を送ってきたんだ。だが、地球側は彼らの言語を理解できなかった。地球に来たなら地球の言葉喋れってんだ」
 全然とんでもなくなかった。嫌な予感がして、少し青くなる。
「救助隊をマジデスカー星人の侵略部隊と勘違いした我々は、地球を守るために総攻撃を開始した」
「……それって、もう少し冷静に話しあったら良かったんじゃないかな?」
「そんな悠長なことを言っていたら地球は守れないよ。それに」
「それに?」
「彼らが人工衛星に衝突したおかげで、我が『V』日本支部のトップである神林長官が楽しみにしていたBSのフットボールの中継が見れなくなった!!」
 僕は無言で御手洗君を張り倒した。
 ダメじゃん。
「今すぐ謝るべきだ!」
「下手にでたらつけあがるんだよ。それに、その件についてはもう話がまとまってるんだ」
「じゃあ、なんで?」
 御手洗君の顔が歪む。
「マジデスカー星人側は、地球の総攻撃により幾人かの死者が出たが、非は自分達にあるとして、改めて講和を申し込んできた」
 めちゃめちゃいい人(?)たちだった。
「それはまさしく、人類が宇宙デビューする歴史的瞬間になるはずだった」
 宇宙デビュー。なんだか、ペットの公園デビューのような軽さだ。
「だが、それは奴らの罠だったんだ! その講和の席に出席していた神林長官のお孫さんが……」
 くっ と御手洗君が顔をそむける。
 ま、まさか。
「彼らの顔を見て泣いた」
 僕はもう一度御手洗君を張り倒した。
「失礼な事するな! 謝って済むうちに謝ろうよ!」
「もう、遅いんだよ。だから奴がここに来た」
 マジデスカー星人をにらむ御手洗君。
「マジデスカー?」
 待ちかねたようにマジデスカー星人が喋った。
「何だって?」
「『話は終わったか?』だそうだ。会話の途中に割りこむのはタブーだそうだから」
 マジデスカー星人、恐ろしく礼儀正しい。どこぞの政治家に見習ってもらいたい。
「マジ…」
「マジデスカー。マジデスカ、マジ、マ、マジデスカー、マジ?」
 いきなりタブーを犯す御手洗君。
 マジデスカー星人の顔が黒く変色した。あまり、いい雰囲気には見えない。
「な、何?」
「『おととい来やがれタコ野郎。てめぇは刺身とたこ焼きどちがいい?』」
 御手洗君を張り倒すのはこれで3度目だ。
「最後のチャンスをいきなり潰すな!」
「心配しなくてもぼくは負けないさ」
 そんな心配を微塵ほどもしていない僕を後ろに下がらせると、御手洗君はマジデスカー星人と相対した。じりじりと二人の距離が縮んででいく。
 マジデスカー星人が銃を抜いた。
 なんだかオモチャっぽい。

 みみみみみみ

 発射音もオモチャだった。リング状のレーザーが銃口から現れる。レーザーなのにのろい。
 大げさなくらいにそれをかわす御手洗君。今まで御手洗君のいた場所にたどり着いた光線はそのまま床をえぐり、校舎に風穴を開けた。
 威力はシャレにならないが、やはりのろい。
 だが、当人達はそう思っていないようだ。
「……マジデスカー」
「くっ、さすがに手ごわいな。……仕方ない、アレを使うしか」
 言葉は苦しげだが、御手洗君の顔はにやけていた。どうやら『アレ』とやらが使いたくてしかたないらしい。
 御手洗君が高々と右手を振り上げる。
「サモンッ サラマンダァーッ!!」
 稲妻にも似た轟音が響く。右手からほとばしった閃光が天を裂き、それに応えるように紅い雷光が御手洗君の体を貫く。
 眩しさにくらんだ目がようやく視力を取り戻したとき、御手洗君の右腕は、紅い大砲と化していた。
「説明せねばなるまい!」
 叫ぶ御手洗君。
「R・御手洗冬馬専用EWSかっこエレメンタル・ウエポン・システムかっことじるの一つ、サラマンダーユニット! 強力な火炎放射で敵を焼き尽くす最強兵器だ! 射程と使用時間が短いのが難点だが、それを補ってあまりあるこの火力を見よ!」
 説明したい気持ちはわからないでもないが、なにも弱点まで叫ばなくても。
「マジデスカー」
「あ! 待て卑怯だぞ!?」
 逃げてる逃げてる。
 御手洗君、装備が重くて亀にも劣るスピード。
 怒りに任せて当たりもしない最強兵器乱射。
 結果、エネルギー切れ。
 ぶしゅーっと体から白い煙を出して、御手洗君が膝をつく。
「マジですか?」
 今のは僕の台詞だ。
「マジデスカー」
 勝ち誇る(?)マジデスカー星人。
 御手洗君、というか、ひょっとして地球絶体絶命?
 近づいて、額に銃を押しつるマジデスカー星人を、きっ と睨み付ける御手洗君。
「……月のある夜だけだと思うなよ」
 チンピラレベルだった。
「御手洗君!」
「来るな!」
 駆け寄ろうとした僕を制する御手洗君は確かに笑っていた。
「大丈夫、ぼくは勝つから」
「だ、だって」
「マジデスカー?」
 マジデスカー星人が触手状の腕を絞り、銃を撃つ瞬間のことだった。
「殺った!」
 おおよそ正義のために戦っているとは思えない台詞とともに、マジデスカー星人のベルトに手をかける。
 力まかせにそれを引きちぎると、マジデスカー星人が驚愕の声をあげた。
「マジ!?」
 その場にべちゃっとつぶれるマジデスカー星人を踏んづけながら、御手洗君が立ちあがる。
「ぼくたちが何も知らないと思ったら大間違いだ。この重力制御装置がなければ、本星の10倍以上あるこの星の重力に耐えられまい!」
 逆の立場になった御手洗君が、マジデスカー星人の頭に銃口をつきつけた。
「たこ焼きいっこ作れるくらいのエネルギーは残ってる」
「マジデスカー……」
 サラマンダーの銃口が赤く輝いた。
 なすすべの無いマジデスカー星人の命を救ったのは、僕だった。そらされた灼熱弾はマジデスカー星人の触手の一本を焼き切ったが、それだけだった。
「…秋山君?」
「マジデスカー?」
 御手洗君とマジデスカー星人が僕のほうを見る。
「もう、やめようよ」
 じっと、御手洗君の目を見つめる。
「こっちが悪かったんだから、謝ろう。戦うことなんてないよ」
「つまり君は」
 御手洗君は僕の瞳を見かえした。
「刺身の方がいいと?」
 4度目にもなると、張り倒し方も慣れてきた。
 そして、マジデスカー星人は帰って行った。
 
 

「あれで良かったのだろうか?」
 夜の闇も迫ってきたころ、主に自分の攻撃でぼろぼろになった屋上で、御手洗君
はつぶやいた。
「いいに決まってるじゃないか」
 自信を持って、僕は言い返す。
「戦わないで済むなら、そっちの方がいいに決まってる」
「そうか……、そうだね」
 うなずいた御手洗君を見て、僕は安心した。
 危険思想を放っておくわけにはいかない。
「じゃあ、僕は帰るよ」
「うん、また明日」
「またあしっ!?」
 帰ろうとした僕の足元の床が、突然なくなった。度重なる衝撃にとうとう耐えられなくなったらしい。
 なんて、冷静に考えてる場合じゃなかった。
 一瞬、重力を感じなくなる。
「秋山君!」
 とっさに、僕の腕を御手洗君がつかんだ。御手洗君の体も相当ガタがきていたらしく、あちこちがスパークしている。
 無理をしているに違いない。それでも、顔には笑みを浮かべていた。
「御手洗君……」
「気にするなよ。ぼくたちは心友だろ?」
 それは違う。
「ところで秋山君」
「な、何?」
 御手洗君が笑顔のままで言った。
「君に借りたお金、実は返すあてがないんだが……」
 その時、僕はなんと答えるべきだったのだろう?
 
 ともかく、僕は助けてもらった。


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