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隣の御手洗君


 私の隣の席の御手洗冬馬君は、成績優秀スポーツ万能おまけに顔もよかったりして、クラスはおろか学校中の女子のアイドル的存在だった。
 あまり人付き合いのうまい性格ではないことが災いして、男の子たちからはあまりよく思われていなかったが、呼び出した上級生5人をたった1人で返り討ちにしてからは、もう「御手洗には手を出さない」「御手洗相手ではどうしようもない」ということになっていた。

 そんな御手洗君が、最近変わった。表情も明るくなって、誰とでも話すようになったのだ。
 授業中に前の席の秋山君に話し掛けて先生に注意されたりなんて、今までの御手洗君では考えられない事だ。
 女子の中には「前の方が良かった」と言う子もいるけど、私は、
 ……私は、それで御手洗君が好きになった。
 今までの御手洗君は、なんだか何を考えているかわからない、そう、まるでロボットのような雰囲気だった。表情一つ変えずに黙々と授業を受けている姿は、隣で見ているとなんだか怖かった。
 そんな御手洗君が笑顔を見せるようになって、私はその笑顔を好きになったのだ。

 そして今日、私は御手洗君に告白することにした。

 そのべったりぶりから、血迷った漫研がミタ×秋本をつくった程(秋×ミタ本の方が人気があった)いつも一緒にいる秋山君が今日、風邪で休んだのだ。こんな言い方をしては秋山君に悪いけど、チャンスは今日しかないと思った。御手洗君の家まで行く勇気はなかったし、ましてや他の人の前で告白なんてできるほど大胆じゃない。

 今日しか、今しかない。

 そっと、屋上のドアを開ける。いつもは二人でいる御手洗君が、今日は一人で沈む太陽を眺めている。
 まるで以前の御手洗君にもどったような、表情のない顔。それは彫刻のように美しかったが、同時にとても冷たかった。

 躊躇。

 でも、なけなしの勇気を振り絞って一歩を踏み出した。足が重い。
 ふっと、私に気が付いた御手洗君が振り返った。
「君は……西原さん」
 確かめるような、御手洗君の口調。その瞳に、ゆっくりと温かさが戻っていく。やわらかい笑顔。
「どうしたんだい? こんな所に」
 その顔を見て、心拍数が2倍に跳ねあがった。
 いやそんなことはないんだろうけど、そんな感じだ。鼓動がうるさい。
「あ、あのっ」
 うまく言葉が出ない。緊張で頭がくらくらする。

 いっその事、このまま気を失ってしまいたい。いや、それじゃいけない。

 近づけない私のかわりに、御手洗君が歩み寄ってくる。
「ぼくに、何か用かい?」
 首をぶんぶんと縦に振る。
 頭の中が真っ白になった。ずっと前から何回もこのシーンを思い浮かべてイメージトレーニングしてたのに、現実はうまくいかない。
 乾ききった口の中が気持ち悪い。それでも一生懸命口を動かした。
「わ、私は」

 一言一言が苦痛だった。
 あと、もう少し。

 御手洗君が、好きです。

「御手洗君が……ッ!?」
 突然御手洗君の手が私の肩にかかり、ぐっと引き寄せられた。
 まるで予想していなかった状況に、私の思考はパンク寸前になった。
「み、みみみ御手洗君!?」
 真っ赤になった私は、御手洗君の顔を見る事もできない。

 御手洗君が口を開く。

 それは、ぞっとするほど冷たい声だった。
「お前は……」
 どきりとして、御手洗君の顔を見る。その瞳は私を見てはいなかった。御手洗君の視線を追う。

 その人は私の背後、屋上へ出る扉にいつのまにか立っていた。

 老紳士、といった感じの人だ。まるで、コナン・ドイルの推理小説に出てくるような英国紳士。
 真っ黒なタキシードにその身を包み、手には白手袋、そしてステッキ。真っ白なヒゲをたくわえた顔には片眼鏡、頭にはコンニャク。白いワイシャツにはしわひとつ無い。

 ……コンニャク?

 頭にコンニャク。
 確かにコンニャクがのっている。

 なんで?

 混乱する私を背中にかばい、御手洗君が身構える。
「何をしに来た? リューク78系星雲人」

 益々混乱していく私。
 老紳士が厳かに口を開く。

「すめらヴぁー」

 その、両手を真上にびしっと伸ばしたポーズは、この際見なかったことにしよう。
 だから、今までの事の一つでいいから説明してほしい。

 唯一の救いは、言った本人も驚いている事だった。
 頭のコンニャクを手にとってまじまじと見た後、もとに戻す。
 そして、もう一度。

「すめらヴぁー」

 今度は片足もあげている。
 何がなんだかわからない私と、無言で相手を睨んでいる御手洗君。

 やるせない時間が流れていく。
 
 と、謎の人の顔がみるみる赤くなり、頭のコンニャクをコンクリートの床に叩きつけた。
 べちゃ、という気の抜けた音がした。
 何事か、早口でまくしたてている。聞いたことのいない言葉だった。
「『これだから現地の翻訳機はっ!』と言っている」
「翻訳機って……、あのコンニャクのこと?」
 それは、もしかして多分きっと確実に情報元が間違っている。
 あの青い自称猫型ロボットの話を信じてはいけない。そもそも耳があっても猫に見えない違う違う今はそれどころじゃない。

『R・御手洗冬馬!』

 その声は、突然頭の中に響いてきた。
 どうやら、目の前の変な人から発せられているようだ。でも、口が動いていない。
「テレパシーだ。リューク78系星雲人の特殊能力さ。疲れるから、いつもは翻訳機を使っているらしいがね」
 説明してくれる御手洗君には悪いが、彼の言葉もよくわからない。

『アキヤママコトを引き渡してもらおう!』
「なんだと!?」
『お前たちVでは話にならん! まともな人間を出せと言っているのだ!』
 御手洗君の顔が怒りで紅潮する。
「秘密結社『V』を過激派集団みたいに言うな!」
『過激派集団ではないか! 全面戦争でも始めるつもりだろうお前らは!!』
「その通りだ! 地球の平和は我等『V』が守る!」
『それが過激派集団だと言うのだ!』

 謎のやりとりだった。
 ただ、あの人だけでなく御手洗君も変な人だということはわかった。

『だいたい、お前のようなロボットに交渉役などつとまるものか!』
「それは偏見だ!」

 ロボット? 御手洗君が?

「み、御手洗君。ロボットって……」
「ん? ああ、奴らはロボットは有機生命体の下僕だと信じて疑っていないんだ。まったく、偏見もいいところさ」
「そ、そうじゃなくて」
 御手洗君の顔が一瞬しまった、というような表情になった。そして、また厳しい顔に戻る。
「そう、ぼくは秘密結社『V』によって作られたロボットさ。正式名称はR・御手洗冬馬。地球を狙う悪の宇宙人を倒すのがぼくの使命だ」

 どうしよう。

 ついていけない。

『おとなしくアキヤママコトを交渉のテーブルに立たせないと言うならば、力ずくでいかせてもらう!』
 あっちの変な人がこっちの変な人に向けて両腕を突き出す。
 なにをするのかと思っていたら、突然肘のあたりから煙を吹き上げた。

 ごごごごご

 両腕が私たちに向けて飛んできた。俗に言うロケットパンチというやつだ。

「うそっ!?」
「させるか!!」

 とっさに私を突き飛ばすと、御手洗君も両腕を前に出した。

 ごごごごご

 飛んでいく御手洗君の両腕。

 二対の腕が空中で激突する。
 はじかれて転がる御手洗君の両腕。
 ワイヤーが仕込まれていて、巻き戻される変な人の両腕。

「う、嘘……」
 御手洗君、本当にロボットだったの?
 今までの謎の会話とは違う『事実』に愕然となる私。その上、なんだかとってもピンチだ。
「貴様のような模造品とは出来が違うのだ!」
「くっ さすがに高性能か……だがっ!」
 御手洗君の目は死んでいなかった。
 肘から先のなくなった右腕を天に掲げる。

 一瞬、あたりが暗くなったような気がした。

「サモンッ ノーム!!」

 閃光が、空に向けて放たれた。そして、今度は空から御手洗君に向けて轟音と共に光が降り注ぐ。
 光が消えた時、御手洗君のう
「説明せねばなるまいッ!」
 ……なぜか嬉しそうに叫ぶ御手洗君。
「R・御手洗冬馬専用装備、EWSかっこエレメンタル・ウェポン・システムかっこ閉じるが一つ、ノームユニット! 全てを貫くこのドリルが、貴様の野望とどてっ腹を打ち砕く!」
 あまり正義の味方っぽくない事を言いながら、御手洗君は新しい両腕となったドリルを回転させる。
 こんな事を言うと御手洗君に悪いが、おもちゃっぽいデザインであまり強くなさそうだった。
 
 だが、あっちの変人はあきらかに狼狽した。

『くうっ ドリルとは! 漢の浪漫か!?』
「そう。全宇宙共通の漢の浪漫、ドリルだ! 浪漫に勝てるというならかかってこい!」
『しかしわたしはロケットパンチの方が趣があって好きだ!』

 嫌な全宇宙共通だ。男の人って、馬鹿だなぁと思う。

 私をほったらかしにして、2人の距離がじりじりと狭まっていく。御手洗君の両腕からたまに発せられる、ちゅいんちゅいんという音が、無駄に緊迫したムードを適度に台無しにしいた。

 その2人の歩みが、ぴたりと止まる。
 御手洗君のドリルが高速回転を始め、変な人が腰を落として両腕を構える。

 今までの全部を無視して、御手洗君の顔だけを見ていれば、かっこいい瞬間だった。

『これで……!』
「終わりだッ!!」

 夕日の逆光の中、2人の声が重なる。

 炎をあげて解き放たれる変な人の両腕。自分めがけて飛んできたそれを、御手洗君の左手のドリルが捕らえた。
 腕だったものが金属音を立てて粉々に砕け散る。そして、ドリルが腕に繋がっていたワイヤーを絡めとった。ワイヤーに引っ張られ、2人の距離が一瞬で縮まる。

 御手洗君が何か叫んで、笑った。
 右手のドリルが、変な人のお腹に吸い込まれる。
『ぐはぁっ!?』
 何かが壊れる音と、飛び散るしぶき。
 変な人が真っ二つになって、屋上の床にばらばらに落ちた。

 私はあまりの事に、両手で口をおさえてへたたりこんでしまう。腰がくだけて、力が入らない。

 ふぅ、と一息ついた御手洗君が、私の方へ振り向いた。
 その顔は、白い肌と黒い液体でまだらになっている。
「無事かい? 西原さん」
「あ、あ……」
 声が、出ない。震える体を必死になだめながら、ゆっくりと喉の奥からことばを搾り出す。
「こ、殺しちゃった……の?」
「ん? ああ、これ?」
 飛んでいた蚊を叩いたのか聞かれた程度の軽さで御手洗君が応えた。
 転がっていた上半身を持ち上げる。そのあまりのグロテスクさに、気を失いそうになった。
「これはね、彼等の『服』なんだ」
 そう言うと、おもむろに口の中に手をいれてそこから頭を裂く御手洗君。
 真っ青になった私の目の前で頭の中をごそごそと探ると、なにかを取り出した。

「ぢゅー」

 あんまりかわいくない鳴き声。
 御手洗君が取り出したのは、ハムスターをさらに丸くしたような手のひらサイズの生き物だった。鳴き声はかわいくないが、姿は思わず頬ずりしたくなるほどだ。
「これがリューク78系星雲人だ。『服』を装備していないと、ほとんど何もできないけどね。かわいいもんだろ?」
「う、うん」
 御手洗君がにっこり微笑む。私が好きになった、屈託のない笑顔だった。
 さっきまでの非常識な展開などどこへやら、私はまたどぎまぎしてしまう。自分がここに告白しに来たのだと、唐突に思い出してしまった。
 頬の火照りを感じながら、御手洗君の顔を正面から見る。

 御手洗君は笑顔を浮かべたまま、そっと口を開いた。

「さて、とどめだ」

 次の瞬間には御手洗君をグーで思いきり殴り飛ばしていた。



 次の日。
「ところでさ」
 昨日いろいろあって眠る事もできず、かなり人相の悪くなっている私に、今度は御手洗君の方から話しかけてきた。
 ざわめく周囲の女子。視線になにやら羨望と嫉妬を感じる。

 ……ああ、みんなは知らないんだ。
 思わずため息をついてしまう。

「昨日は一体何の話だったんだい?」
「昨日?」

 あー、どうしよう。困った。
 ときめきとかそんなのは、きれいさっぱりなくなってしまったのだが。
 今の自分に出来る、精一杯の笑みを浮かべる。たぶん成功してないけど。

「えーと、これからもいいお友達でいましょう」

 今度こそ大騒ぎの女子。

 なぜだか御手洗君はとても嬉しそうだった。

 かくして私は、御手洗君の友達2号になったのである。


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