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戦いの序章


 超長距離移民船『パイオニア2』某所――

 ランディール王国諜報室、地下20階。相対する2人。

「やれ」
「し、しかし……」

 そのレイキャシールは、精神を侵食される苦痛に顔を歪ませながら、自分を破壊するように目の前の青年に命令した。
 躊躇する青年に、鋭い視線を向ける。

「どうした? 青玉騎士団筆頭騎士がそのざまか? こいつらも浮かばれないぜ」
 二人の周囲には、数人の騎士たちが倒れていた。揃いの青い鎧を身に纏った彼等はまだ息があったが、かなり危険な状態だ。

「ディジーさん」
「ヴァン」

 お互いの名を呼び合う。
 レイキャシール・ディジーの足が一歩前に出た。だがそれは彼女の意思によるものではない。彼女の内に眠る、もう一つの魂の力だった。
 その名をサム。肉体と魂を分断され、封印された重罪人。

 罪状:ランディール王国第一王女、キリッシュ姫の胸を触る(尻を触った前科あり)

 馬鹿みたいだけど本当の話。その馬鹿みたいな話のせいで、この状況である。

 本人たちはいたって真面目だった。

「急げ。時間がない」
『……おやりなさい。青騎士ヴァン・セイク』
 ヴァンのインカムから、第3の声が割りこんできた。王女にしてディジーの製作者でもあるキリッシュ姫の声。
『時間がありません。あれを復活させるわけにはいかないのです』
「しかし姫!」
『勅命です。青玉騎士団筆頭騎士の責務をはたしなさい』
「だとよ」
 ディジーが、もう一歩前に出る。それはヴァンの剣の間合いに入る事と同義だったが、彼は剣を抜かなかった。
「やれよ。どーせあたしはアンドロイドだ。壊れたってすぐ直るさ」
 嘘だった。パイオニア2の、そして、その上を行くランディール王国の科学力をもってしても、一度失われた心を完全に復元することは不可能だった。もちろん、ヴァンもそれを知っている。
「ディジーさん……」
 シャットダウンできない苦痛を無理やりおしこめて自分を睨むディジーを、ヴァンは力なく見返すことしかできなかった。
 ディジーの歩みは止まらない。ついに、ヴァンの横をすり抜ける。
「馬鹿野郎。だからお前は……」
 ディジーの右手か、ゆっくりとヴァンの方に向けられた。
 
 ディジーの顔が笑みを浮かべる。だがそれは、彼女の笑顔ではなかった。

「甘チャンなのDeath!」
 ラバータ。
 それは、本来ありえない事だった。突然のことになす術のないヴァン。
 そのヴァンを振りかえることもなく歩み続けるディジー……だったもの。
「短いようで長かったDeath。アァ、いとおしいワタシの体」
 両腕を広げる。

 閃光。そして爆発。

 それが、ヴァンが意識を失う寸前に見た光景だった。



「困った事になりました」
「……ええ。状況は?」
 諜報室室長のモノを連れたキリッシュ姫の表情は厳しかった。モノが眼鏡に指をかける。
「やはり、微弱ながらDFの反応が出ています。このまま放置すれば、いずれは……」
 惑星ラグオルの異変がダークファルスの影響であることは、パイオニア2総督府が有人調査を開始する以前からつきとめてはいた。
 いらぬ混乱を防ぐため、騎士団の熟練を図るためにしばらく様子を見ていたのが裏目に出たようだ。
「青玉騎士団はセイク筆頭騎士を含め半数が重軽傷を負っています。サムは以前姿を消したまま。ディジーのサルベージは間に合いました」
「そう。セイク筆頭騎士は団規にのっとりこの事件が収束した後に一ヶ月の騎士位剥奪と謹慎処分。……それと、ありがとうと伝えておいて」
「は」
「あれの趣味は分かっています。パイオニア2の全医療機関に紅玉騎士団を潜り込ませなさい。黄玉騎士団の配置は?」
「すでに完了していますが、……本当にやるんですか?」
 いままで真面目だったモノの顔が、急に情けないものになった。
「当然。だってあそこが一番情報処理能力が高いんですもの。すぐに作戦開始の指示を。でも、正体はバレないようにしてくださいね」
「……了解しました」

 ランディール王国特務部隊、黄玉騎士団は優秀だった。
 わずか3分で誰にも気付かれることなく総督の部屋を占拠。訳もわからず拘束された総督その他もろもろを掃除用具を入れるロッカーに放りこみ、事実上パイオニア2の全情報を掌握したのである。

「さて」
 本来ならば総督の座るべき椅子に腰掛けるキリッシュ姫。その右手にはモノが、左手にはキリッシュ姫の後輩にしてディジー開発スタッフの一人であるマギーが立つ。参謀室室長代理という肩書きを与えられた彼女は、今はモニターとにらめっこをしながら、指示を出していた。
 その周囲には諜報室と参謀室の面々が持参したパソコンを部屋の端末につなぎまくり、即席の作戦司令本部を作っている。
「あれの所在は?」
「動きがありましたぁ」
 緊張感のかけらもない声で、マギーが報告する。これでも精一杯真面目なのだが、なかなか人には伝わらない。
「東ブロックにDF反応です。初期に比べて、わずかに反応が強くなっていますね。出現予測地点はここです」
 モノはそう言って、前面にマップを広げた。東ブロックの中央、総合メディカルセンターが赤くポイントされる。
「周囲の紅玉騎士団を集結させますかぁ?」
「いえ、彼女たちは一時退去させなさい。逆効果のおそれがあります」
 紅玉騎士団は、女性VIPの護衛などを目的とした女性のみで構成される部隊である。その危険は充分にあった。
「では、どうしましょう?? 翠玉騎士団が待機中ですが、市街戦には向きませんよぉ?」
「青玉騎士団が出撃許可を求めていますが」
 その報告にキリッシュ姫が眉をひそめる。青玉騎士団は現在、半壊の状態だ。
「指揮は誰が?」
 確認したマギーが顔を上げる。ちょっと心配そうだった。
「ヴァン君……、いえ、セイク筆頭騎士ですぅ」
 ヴァンはマギーの義理の弟なのである。
 納得した。くすりと笑う。
「よろしい。汚名返上の機会をあげましょう」
「了解しましたぁ」 



「フフフ……」
 サムは笑っていた。楽しくてしょうがなかった。

 生きてるって、素敵。

 満面の笑みを浮かべ、スキップをしながら大通りを進むサムは不気味だった。そしてその姿は、以前の彼を知るものならが驚愕したことだろう。
 巨漢のアフロ。それは以前と変わらない。だが、別名黄色いアフロと言われたそのサムが、黒くなっていた。

 服が黒いのは分かる。着替えたのだろう。だが、金髪だったアフロまで黒くなっていた。
 どう贔屓目に見ても、悪者っぽい。以前からその濃いキャラクターで周囲を混乱と恐怖に陥れていたサムだったが、これでは「正義の名の元に倒してください」と言わんばかりである。

「起きぬけでワタシは飢えてマース。愛に、愛に飢えてマース」

 その上、口からでるのはこんな言葉だった。愛を求める男、サム。
「看護婦サ〜ン、待ってて下さ〜イ」
 ちょっと歪んでいた。いや、前から歪んでいたが、さらに輪をかけて歪みまくっていた。
 もう、以前の彼ではない。
 いわば、ダークサム。
 目指すは総合メディカルセンター。看護婦さんハーレムがすでに脳内で出来あがっていた。スキップのジャンプが大きくなっていく。 
 3mを越すジャンプのそれをスキップと呼べばの話だったが。

 総合メディカルセンターまで、化け物スキップであと10ステップという所まで来た、その時である。

「そこまでだ!」

 聞き覚えのある声だった。ほんの少し前に倒したはずの声。
 メディカルセンターの前に、十数人の青い鎧の騎士たちが立ちはだかる。周囲を見れば、先ほどまでいた市民が一人もいなくなっていた。
「邪魔シナイでクダサーイ」
「そういう訳にはいかない」
 今度は相手がディジーではない。躊躇する理由も必要もなかった。
「抜刀!」
 ヴァンの声に、青玉の騎士たちが各々の武器を構える。眼前に構えた大剣が、青いフォトンの刃をまとった。
「騎士ヴァン・セイク、参る!」
 掛け声と共に向かってくるヴァン達を、ダークサムは先ほどとはうって変わった不機嫌そうな眼差しでねめつけた。
 不敵な笑みを浮かべる。
「どうしても邪魔をスルのであれバ、仕方ありまセン。他人の恋路を邪魔スル人は、馬に蹴らレテGO TO HELL!!」
 両腕を交差させ、力をため始めたダークサムに危険なものを感じて、ヴァンが立ち止まった。
 その両脇を、他の騎士たちが走り抜けていく。
「待て!」
 だが、もう遅かった。
 ダークサムのアフロヘアが、ブフィスライムのように波うちはじめる。
「拡散アフロッ!!」
 死の宣告。ダークサムのアフロから、無数の小さな毛玉が飛び散る。騎士たちの頭に付着したそれはみるみる成長をはじめた。
「な……」
 ヴァンは、わが目を疑った。
 成長した毛玉が、立派なアフロになったのである。
 悪夢だった。

 部下全員アフロ。

 しかも体に付着したそれは、成長して彼等の動きを封じ込めている。それぞれに苦悶の表情を浮かべる騎士たち。だが、全員アフロだけにかなり間の抜けた光景だった。

 ダークサムに一太刀もあびせる事なく、青玉騎士団はヴァンを除いて全滅した。

 かなりイヤな全滅のしかただった。

「残りはアナタ一人Death」
 ダークサムが再び腕を交差させた。
「拡散アフロッ!!」
「くっ」
 散弾のように飛び散る毛玉を、出力を最大にした大剣でなぎ払う。たしかに恐ろしい攻撃だが、撃つ前に技名が入るので、注意すればなんとか対処できた。
「拡散アフロッ 拡散アフロッ 拡散アフロッ」
 ぎりぎりで毛玉をさばきながら、じりじりと距離をつめていく。神経の磨り減る攻防だった。失敗すれば即アフロである。

 絶対に嫌だった。

「拡散アフロォッ!!」
 その攻撃をかわした瞬間、ダークサムの身体が、ヴァンの剣の間合いに入った。
「もらった!」
 上段に振りかぶった剣を、渾身の力を込めて振り下ろす。

 ばいん。

「!?」

 アフロに跳ね返される大剣。ヴァンの全身に鳥肌がたった。自分が戦っている相手がすでにただの人間でない事を、今更ながらに気付かされたのである。
 バックステップで間合いをとる。だが、ダークサムの動作はそれより速かった。
「お終いDeath! 収束アフロォッ!!」
 ヴァンに向けて、無数の毛玉が一直線に飛翔してくる。とてもさばける量ではなかった。
 アフロになった自分を想像して戦慄する。
(ごめん、義姉さん……)
 迫ってくる毛玉を見ながら、ヴァンはなぜかマギーに謝りたくなった。
 構えた剣に焼かれながらも毛玉が迫ってきて――

「まだまだだな」
 
 ヴァンの眼前でその毛玉がフォイエの炎の中に消える。

「NO!! 誰Death!?」
 必殺の攻撃をかわされ、怒るダークサム。
「お前の敵だよ、サム」
 その声は、ヴァンのすぐ後ろからした。その声をヴァンはよく知っている。いや、王国の騎士ならば誰でも知っている声だった。それは最強の称号、ガーディアンズの名を与えられた一人。
「小夜さん!」
「ま、前座にしちゃ上出来だ」
 肩を叩かれて振りかえる。その黒衣のヒューマーは、敵を目の前にして狂暴な笑みを浮かべていた。
 
 ガーディアンズが一人、マル。

「お前が主役じゃないだろう」
「わーってるよ、んな事。だが、サムごときで姫さんの手を煩わす事でもないだろう?」
「当然だ」
 軽口をたたきあっていても、二人には髪の毛ほどの隙もない。
 小夜がアギトを抜き放ち、胸の前で掲げた。マルもそれに倣う。

「告げる。ランディール王国第2王女、リンネ・セク・ランディール・イェスタ殿下である。戦闘中故、各々そのまま最大の敬意を持ってお迎えせよ」

 小夜の声に、場の空気が変わった。今の今までアフロになって転がっていた騎士たちもその身を正す。

「小夜は大げさじゃな」
 純白の戦闘甲冑に身を包んだリンネは、少し照れくさそうにしながらその姿をあらわした。傍らには、彼女とそっくり同じ顔をした少女、リンネ・Gを従えている。
「戦の中では、わらわたちは仲間じゃ。主も家臣もないと、前に言わなかったか?」
「けじめですので」
 ため息をつきながら、リンネは愛用のツインブランドにフォトンの双刃を出現させる。Gも銃を構えた。
「ヴァン」
「は、はい」
 リンネの声に振り返ろうとして、やめた。戦闘中である。
「そなたは、まだ未熟じゃ」
「はい……」
「じゃが、これから強くなる。今日破れた敵に、明日も負けるとは限らぬ。精進せよ」
 身の引き締まる思いだった。
「はいっ」

「さて、説教もすんだ事だし、そろそろやるか」
 マルが、片手で大剣を構え直した。その足が地面を蹴る。

 疾い!

 雷鳴のごときスピード。次の瞬間には、マルの大剣はダークサムのアフロにめり込んでいた。ヴァンのように押し戻される事もなく、じりじりとその刃を押しこめていく。
「OH! 我心友マルサン! 逢いたかったDeath!」
「俺は遭いたく無かったよ……。だが、それも今日で終わりだ」
 大剣にさらに力を込める。
「俺の女に手を出した奴は、死ね」

 ほんの冗談のつもりだった。

「ルル・メイヤー筆頭騎士。本部から命令です」
 自分の祖母でもある副官に名前を呼ばれて、まだ9歳の翠玉騎士団筆頭騎士は彼女の方を向いた。
 重装部隊である翠玉騎士団は現在、戦場の周囲のビルから戦況をうかがっていた。言わば、最後の切り札である。
「なんですか? おばあさま」
「部下の前でそう呼ぶのはおよしなさい。……まぁいいでしょう。読み上げます。『ガーネットよりエメラルド。全力攻撃命令。目標あれのちょい右、ていうかマル』(原文のまま)」

「……は?」

 ガーネットと言うのは本部の暗号名である。エメラルドは翠玉騎士団の事だ。そんな事はルルも知っている。

「『ガーネットよりエメラルド。全力攻撃命令。目標あれのちょい右、ていうかマル』(原文のまま)です」
「なんでマルさん?」

 ルルの位置からは、マルの声が聞こえなかった。聞こえていたら深く納得していたのだが。
「実行命令を」
「で、でもマルさんが」
「大丈夫、責任は本部……もとい、彼は不死身です」
 投げやりな意見だった。
 しかし、ルルも本人からそんな事を聞いていた。まだ子供のルルは、その時のマルの寂しそうな表情には気付かなかった。
「……わかりました」
 ルルは、周囲のビルの騎士たちにも見えるように大きく手をあげると、さっとそれを振り下ろした。

「なっ!?」
 マルのその声は、爆音にかき消されて誰の耳にも届かない。
 爆炎の中に消えたマルの方向を眺めながら、リンネとGを後ろに庇った小夜がぼそっと呟く。
「ミンチになっても、リバーサーってかかるかな?」

 だが、マルは原形を留めていた。ダークサムの方は、全身を守っていたアフロが元に戻っていく。無傷だ。

「な、なぁ小夜」
「なんだ?」
「今の、俺を狙ってなかったか?」
「そう見えたが」
 ボロボロになりながら、マルがニヒルな笑みを浮かべる。
「ふっ 照れ隠しにしちゃ豪快だな」

 第2次全力攻撃

 マルは原形を留めていた。

「な、なぁ小夜」
「なんだ?」
「なんで会話が姉姫さんに筒抜けなんだ?」
「ああ、それは僕のマグが本部と直結していて……」
「お前かっ お前のせいか!?」
 がばっと起きあがり、ヴァンの胸倉を掴む。けっこう元気だった。
「ぼ、僕よりサムをなんとかしないと」
 苦し紛れのヴァンの言葉通り、今回の攻撃でもダークサムは無傷だった。

「……オゥ、いぢめられるのも、ちょっと好きDeath……」

 しかも、少し恍惚としている。アフロをもとに戻しながら頬を赤らめるその姿は、とんでもなく恐かった。
 小さい子供が見たら、確実に泣く。現に、リンネとGはちょっと泣きそうだった。
「泣くなよG。泣いたら負けじゃ」
「は、はい。でもちょっと自信ありません」
 だが、しれで終わりではなかった。ダークサムのアフロが、淡く発光しはじめたのである。
 その眼がギラギラと充血していく。息も荒い。完全に変質者である。
 Gが鼻をすすった。
「リンネ様ごめんなさい、私負けそうです」
 そんなGの方を見て、ダークサムがにやりと笑う。充血した眼が燐光を放ち始めた。
「アナタ……、アナタはワタシの敵ですネ? もう少し成長していタラ許してあげたのDeathガ」

「何訳のわかんねぇ事言ってやがる!」
「死ね」

 ダークサムがGを見た隙をついてマルが右上段から、小夜が左下段から斬撃を放つ。一瞬遅れてヴァンが正面から顔面に向けて大剣を突き刺した。

 だが。

「なっ」
「に……」
「ま、まさか」

 ダークサムの笑みは収まらなかった。
 交差させた両手と口で、一撃必殺の威力を込めた3つの攻撃が防がれていた。
 硬質な音を立てて、ヴァンの大剣が噛み砕かれる。
 小夜のアギトを掴んでいた腕が、倍の太さに膨れ上がった。恐るべき勢いで小夜ごとヴァンとマルを薙ぎ払う。
 吹き飛ばされる3人。

 ついに発光はダークサムの全身を覆った。
「コレがワタシの本気と書いテマジ攻撃ィ!」
 片足を曲げ、右手の人差し指を唇にあてる、ダークサムがやると不気味なだけのポーズをとる。顔は、リンネとGの方を見ていた。
「アフロ砲ッ!!!」

 ダークサムが似合わないウインクをした瞬間。

 音が、一瞬消えた。

 ダークサムの眼前の空間が歪む。

 ダークサムを包んでいた光、がその空間に吸い込まれる。

 そして。

 轟音と閃光。

 その場にいた誰もが視力を奪われた。
 その視力が戻った時には、景色が一片していた。周囲のビルの窓はことごとく粉砕され、ガラスの雨を降らせている。空間が歪んだせいか、周囲の空気が帯電して、スパークした。
 そして、ダークサムの足下から一直線の伸びる破壊の爪あと。道路は完全に消失していた。

 リンネとGごとである。

「ククク……。これデ、あと一人」

 呆然としていた戦士たちは、ダークサムのその呟きで我にかえった。
「サム……。貴様の命だけじゃ足りねぇが、苦しみながら殺してやる」
 ぼろぼろになった鎧を片手で引き千切りながら、マルが立ちあがる。半ばで折れた大剣はもうフォトンの刃を産み出す事はできないが、今のマルにはこれで充分だった。
 小夜も、人ならざる妖気を発しながらその身を起こした。手にしたアギトには傷一つついてはいない。それどころか、主の妖気を受けて怪しくも美しい光を放つ。
 脳裏に自分を慕う者たちの姿が一瞬浮かんだが、すぐにかき消した。
「たとえ私たちが死んでも、奴だけは殺すぞ」
「ああ、わかってる」

 本部も騒然としていた。
 怒り叫ぶ者、何ながら崩れ落ちる者。
 モノは取り乱しそうになるのを必死に抑えながら、モニターから片時も目をはなさないキリッシュ姫を見た。
 
 そして、目を疑う。

 その口元は、笑っていたのだ。

「無駄Death」
 マルと小夜の攻撃を避けようともせず、ダークサムは笑う。
 2人の攻撃は、ダークサムにかすり傷一つつける事ができないでいた。
「なぜだか解りマスカ? アナタ達には愛がないからDeath。 愛のない攻撃は、ワタシには効きマセン」
「うるせぇ。それでも」
「お前を殺す」
 ため息をつくダークサム。片腕で2人を蹴散らす。
「解らない人たちDeath。つまり……」

 その先は続けられなかった。今度はダークサムが閃光の中に消えたのである。
 グランツの光の柱が消えた時、ダークサムは片膝をついていた。

「つまり、愛があればよいのであろう?」
 その声は、マルと小夜には聞き慣れたものだった。
「姫さん!」
「姫……」
 慌てて周囲を見渡す。
 そして

「なあ、小夜」
「なんだ?」
「ありゃ、誰だ?」

 声の主は、黝い髪をなびかせながら空に浮かんでいた。
 戦闘杖、カジューシーズを構えたその姿は、たしかにリンネに見えた。だが。

「なんか、成長してないか?」
「そう見えるな」

 二人の困惑をよそに、その少女はカジューシーズを高く掲げた。
 すぅっと息を吸い込む。

「輝く希望をその身に受けた! 愛と勇気の魔法のプリンセス! マジカル・リンネ、推して参るっ!!」

 決め台詞だった。

「ダークファルスに囚われたその魂、わらわが解放してやろう!」
「オ、オノレー! たとえ萌エ萌エの姿をしていテモ、敵ナラ容赦しまセン!!」
 脱力するマルと小夜をおいてけぼりにして対峙する、マジカルリンネとダークサム。
 最初に仕掛けたのはダークサムの方だった。
「アフロラァンスッ」
 アフロが変形し、無数の槍が飛び出す。
 だが、巨大な剣山のごときその攻撃を、マジカルリンネは易々とかわしてみせた。背後にあったビルが粉々に砕け散る。
「その程度では、わらわは倒せぬぞ!」
「ナラバ!」
 槍状になっていたアフロが、今度は鞭のようにしなる。
「アフロネビュラァッ!」
 そんなんもうアフロじゃねぇというツッコミはこの際無しだった。四方から迫るアフロの鞭。だが、それもマジカルリンネを捉える事ができない。
「炎よっ」
 マジカルリンネの周囲に炎の蛇が生まれ、一瞬にして鞭を焼き尽くす。焼き尽くされたにもかかわらず総量の変化していないダークサムのアフロは、もはや髪の毛ではないのだろう。
「今度はこちらから行くぞ!」
「ヌウウッ」
 防御姿勢をとろうと、アフロを元に戻すダークサム。だがそれはかなわなかった。
 突然、足元が崩れたのである。通常攻撃ではビクともしないダークサムだったが、これにはコケた。
「光よっ」
 通常のグランツとは比較にならない巨大な光条。
「アウチッ!?」
 さしものダークサムも、たまらずのたうちまわる。

「作戦成功。ま、当然だな」
「……何を偉そうに。あなたが立案した訳ではないでしょう」
 紅玉騎士団の筆頭騎士とその副官コンビ、レイとコメットは撤退命令を無視してこの場に残っていた。総合メディカルセンターは、彼女達の担当だったのである。まだ、ナース姿のままであった。
「仕返しはできたな。協力感謝するよ」
 3人目の声は、ディジーだった。一次装甲の大部分を取り外された姿ではあるが、主機能にそれほどの影響はない。
「気にすんな。さて、あとは姫にまかせて帰って寝よ」
「またあなたはそう言う無責任な……」
 そう言うコメットも理解していた。

 もう、常人の入りこめる戦いではない。

「ワタシをここまで追い込むとハ……」
 ダークサムも、自分の不利を認めないわけにはいかなかった。
 圧倒的である。今のままでは、負ける。
「サム。いや、ダークファルスよ」
 凛とした眼差しで、マジカルリンネはダークサムを見据える。
「そなたを封じたランディールの血は、まだ生きておるぞ。そなたを消滅させるまで、わらわは負けぬ! 負けるわけにはいかぬのじゃ!」
 マジカルリンネが、その両腕を大きく広げた。十の指先に、それぞれ強力な魔力がこもる。それは七色の輝きとなり、あたりを照らした。
「これで止めじゃ! マジカル・レイン・ボゥ!」
 虹色の閃光がダークサムを貫く。声もなく崩れ落ちるダークサム。
「やったか!?」
 だが、次の瞬間にはその巨体がむくりと起きあがる。しかし、その目はうつろだった。
『忌々しやランディールの血。口惜しやランディールの血……』
 それは、サムの声ではなかった。その場にいた者の頭に直接響く声。
『今はまだ時ではない。今はまだ力がたりぬ』
 暗い、地の底から響くような声だった。そして感じる、恐ろしく邪悪な気配。
 アフロが、ダークサムを包んでいく。黒い繭と化したそれはすぐに凄まじい回転を始め、地面にめり込んでいく。
 動けない。圧倒的なプレッシャーが、マジカルリンネの動きを止めていた。
『見ておれ、ランディールに連なる者共よ。滅びの日は近い』
 その気配が消えた時、戦場は静寂を取り戻した。おそらくダークサムは外壁を破り、ラグオルへと降りたのだろう。
「ダークファルス……」
 マジカルリンネの搾り出すような声。
「わらわが、わらわ達がいる限り、宇宙の滅びなど迎えさせはせぬ」
 ゆっくりと地面に降り立つマジカルリンネ。
 そして、それを迎える2人は困惑気味だった。
「やったな、姫さん……なのか?」
「気配は同じようですが、そう言えばGは?」
「う」
 たじろぐマジカルリンネ。自分でも説明は難しいらしい。くるりと身を翻す。
「さらばじゃ、また会おう!」

 びゅーん

「あ、逃げた」
 そして、マジカルリンネが飛び去った方向から走ってくるリンネとGの2人。遺伝子の奥底に眠る、遥か昔の記憶がよみがえるような光景だった。
「皆のもの、無事であったか?」
「良かった、皆さん生きてます」
 
 しらーっ とした空気に気付かないようにする2人。どことなく必死である。

「……まぁ、なんだ。2人とも無事でよかった。な、小夜」
「ああ」

 とりあえず家臣の義務として、主君が秘密にしようとしている事には首をつっこまないようにしようと心に決めたマルと小夜だった。

 ……一つの戦いが終わった。だがそれは、次の戦いの始まりである事を誰もが知っていた。
 だが、次の戦いにも必ず勝つ事を、誰もが信じて疑っていなかった。



























「サムは退けましたが、これは……」
 モノがディスプレイとにらめっこしながら難しい顔をする。
「街にかなりの被害が出てしまいましたね」
「そうですか、丁度いいですわね」
「は?」
 くすりと笑うキリッシュ姫のその表情を、モノは良く知っていた。
 なにか悪い事を企んでいる時の顔である。
「おしおきが足りないと思っていたところです。復興資金はマルさんのお給料から出しておいてください。そうでないと、なんの為に高いお給料を払っているかわかりませんから」
「少なくとも、こういう時の為ではないと思いますが……」
 モノの控えめなツッコミは、まるっきり無視された。


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