森の方から、さやさやと風が吹き梢を揺らしてゆく。柔らかい空気が頬をなでていった。 日も高くなってきて、外に長くいれば少し汗ばむその季節。 白い壁の建物から、数人の人影が出てきた。
「ガウリイ神父、さよならー」 3〜4人の子供たちが、パラパラと金髪碧眼の神父の元から、迎えに来た母親の方へと走ってゆく。母親らしき女性が2人彼に向かって会釈すると、神父も同じく会釈を返す。頬を染め、顔をよせ合い嬉しそうに話している母親達の後ろ姿を、彼は少しの間見送っていた。 妻帯の許されていない美形の神父は、”永遠の独身者”としてひそかに奥様方の間でアイドル化しているのだが、彼もそれを薄々感づいて利用しているフシがある。
どこにでもありそうな、静かな町の一角。神父はこの町が好きだった。そこそこに人は多いわりに皆あくせくしていない。他の町に比べると、時間が3割ほどゆっくり流れているような気がする。 (…平和だなぁ)
彼はゆっくりと、その気持ちをかみしめた。せわしなく荒んで見えた砂漠のような世界で、やっと見つけたオアシスなのだ、この町は。
礼拝も終わり、日曜学校に来ていた子供も帰った。そろそろ彼のオアシスの中心、泉ともいえるべき存在が来るはずだ。
「ガーーウリイ♪」
目を向けると、そこにはいつものたんぽぽ色のジャンパースカートを着た少女が立っていた。いや、もちろん他の服を着ている時だってある。しかし、彼が初めて少女と会った時から今まで1番多く見たことがあったのはその服だったし、彼もその格好が1番好きだった。 いつも通り、ふわりと笑って彼に話しかける。
「ねえガウリイ、今日は何が採れてるの?」
この町の人の信仰心はあつく――というより、ガウリイが顔で集めてる『信者』がほとんどだが――ガウリイ1人が食べ、この教会を維持してゆくのに充分な寄付は集まっていた。 「……オレが大変だと思うなら、少しは持ってく野菜の量、遠慮してくれ」
ちなみにリナがインバース家の分として持っていく量は、全収穫量の7割を占める。それにつられて、ついついガウリイの栽培量も増えてしまったのだ。 「あはは、だってここの野菜、下手すりゃ他の農家のよりおいしいんだもん。うちのねーちゃんも、『あんたおねだりして、もっともらってらっしゃい』とか言うわよ」
屈託なく笑う少女を見て、ガウリイは小さく肩をすくめた。
そして、自分はこの5年間、少女と共に変化してきた。
―――こんなにいっぱい野菜があるんだから、ひとつくらいいーじゃないっ! 「どったの? ガウリイ」 知らず口元に浮かんでしまった笑みを見て、リナが可愛らしく小首をかしげた。 「いいや。――それより、暑かっただろ。何か飲んでくか?」 嬉しそうな顔で頷くリナに「ちょっと待ってろ」と言い残し、ガウリイは冷たいものを用意しに向かった。リナお気に入りのアイスティーを手に、元の場所へ戻ろうとする。 「…と」
しかしいきなりガウリイは、途中で方向転換して礼拝堂の方へと歩みを進めた。 「やっほー、ガウリイ。こっちー」 礼拝堂の扉を開けると同時に、その中からリナが手をふって呼んだ。 「お前さん、礼拝堂好きだなー」 言ってガウリイ苦笑い。 「だってえ、涼しいんだもんココ」 リナはなぜか、いろいろな理由からよくここに入り浸る。ようは礼拝堂が気に入っているのだ。一応ここは神聖な場所なんだが、と初めはガウリイも言っていたのだが、結局リナは今もここをくつろぎの場にしてしまっている。
広い礼拝堂には、リナとガウリイの2人きりだ。ガウリイの手にあるグラスの、氷が立てた小さな音さえよく響き渡る。
「あー…気持ちいー……。ガウリイ、なんか話聞かせてよ…」
すっかりくつろぎモードに入ってしまったリナが、目を閉じたまま手をパタパタさせて言う。 「まず1日目、神は――――」
「まったく…相変わらずなヤツだな」
ガウリイは小さく笑って、すでに礼拝堂備えつけになってしまった、薄い毛布を取り出した。 ゆったりと時の流れるこの町の中でも、特に変わらない彼と少女の『日常』。
夕焼けの頃になるとリナを起こし、野菜を持たせて家に帰すのだ。これも『日常』である。 「―――あ……」 ガウリイは、それに気づいた。 (肩――大きくなってる、かな……)
先程、5年前の彼女を思い出していたからだろうか。5年前に比べると確かに、肩幅が広くなっているとわかる。 「やっぱり、少しずつ、変わってきてるんだな………」 子供のように無邪気な顔で眠るリナに、ガウリイはそっと毛布をかけた。 |