聖なる迷い子たち・2


 さて、ここは静かな住宅街の中でも、ちょっと大きめの敷地をもつ一角。

 「えぇぇ〜〜〜!!? 『また』昼寝して帰ってきちゃったのぉ!!?」

 …いや、少しだけにぎやかな住宅街。大声の主・アメリアが、言葉と同時にテーブルへ勢いよく手をつく。

 「そおよ。悪い?」

 テーブルの向かいで、リナはショートケーキをひとかけ口に入れていた。
 アメリアが何を興奮してるのかわからない、といった風だ。

 「いつもの事じゃない。なんにもおかしくないわよ。
 それよりアメリア、このケーキも香茶もバツグンにおいしいわねー。どこのなの?」
 「そりゃリナは何でも食べるくせに味にうるさいから、苦労して…
 じゃなくってっ! せっかく広い礼拝堂に2人きり、『リナ、オレは神には誓えない身だけどお前に誓うよ。リナを永遠に愛することを』っていう展開になるものじゃない!!」
 「…アメリア。今どき昼のメロドラマでもありえないって、そんな展開」

 リナは呆れながら香茶をすする。ケーキの味に慣れ、甘ったるくなってしまった口の中が、香茶の風味と同じくすっきりすがすがしくなった。
 ティータイムを堪能し、幸せをかみしめているリナに、アメリアはにやにやとした笑みを浮かべ、

 「…ガウリイ神父って…町の女性たちに人気あるのよねー……」

 カップをかたむけるリナの手が、ピタリと止まる。そ知らぬ顔でアメリアは続けた。

 「礼拝の時にいつもご挨拶するけど、格好いいし礼儀正しいし。わたしもアタックしてみようかなあ?」
 「ちょっ! ちょっとアメリア! あの人は神父なんだかんね!?」

 慌ててソーサーにカップを置きながら言いつのるリナを見て、アメリアはにっこりと笑う。

 「はいはい、わかってますって。リナの大事な人に、手なんか出さないわ♪」
 「だっ……! 大事な人なんかじゃ、ないってばぁ……。ただ単に、顔見知りの神父、ってだけで………」

 どんなに弁解しても、真っ赤な顔をしつつスプーンで香茶をかき回しながら尻すぼみに言うセリフでは、まったく説得力がない。

 アメリアはそんなリナを、可愛いと思いつつ見つめていた。
 5年前、リナがこの町に引っ越してきてからの友達だ。つきあいが長い分、リナの考えそうなこともかなりわかる。
 リナが、自分と会ったのと同時期に出会った神父へ、ほのかな想いを抱いていることも知っていた。…もっとも、リナ本人が気づくより、アメリアの方が先に気づいたという裏話もあったりするが。

 そして、…なぜリナが、いまだその想いに気づかぬフリをするのかも、わかっている。

 (そう、あいつは、神父なのよ―――)

 リナは無意識のうちにため息をついていた。
 ガウリイは神父なのだ。結婚できないからと言って恋愛ができないと決めつけたものではないが、彼の性格を考えるに、そんな器用なことができるかどうか。
 神に仕える身のガウリイに、こんな想いを告げるわけにはいかない。神などという、少なくとも彼女は一度も見たことのない存在に遠慮するつもりはないが、他人の意志をないがしろにする気もなかった。

 リナが好きだと告げれば、ガウリイは間違いなく悩むだろう。それも、どう断るかについて、だ。
 結果が見えていることをして相手を困らせるくらいなら、それを口には出さない分別をリナは持っている。
 わがまま無鉄砲な性格だが、一部のスジはちゃんと通す少女なのだ。

 その胸にわだかまる思いを飲みこむかのように、リナはぬるくなってきた香茶を一気に飲みほした。香茶の香りで、胸のつかえまでスッキリするような気がする。

 「――ごちそうさま、アメリア。あたしもう帰るわ」
 「え? もう?」
 「うん。ねーちゃんから、近いうちにナスももらって来いって言われてんのよ。またガウリイのとこで、野菜分けてもらわなきゃ」

 一度だけインバース家の夕食に誘われて、その量の多さを知っているアメリアは、ひくと片頬をひきつらせた。
 町ではひそかに、なぜ神父があんな大量の野菜を作るのか、そしてそれはどこへ消えるのか不思議がっている人もいる。町に長く住み、しょっちゅうリナが野菜を抱えて教会から帰る姿を見ている人には、おいおいわかるのだが。

 「じゃーねー、アメリア」
 「ええ、また来てね」

 ひらひら手をふりながら大きなかごを片手に出てゆく友人を見送って、アメリアはこっそり息を吐いた。
 神父の容姿目当ての信者もいるが、それを差し引いてもこの町には神を信じる人が多い。アメリアもその中の1人だ。ゆえに、やはり一般的には『神父の恋』というものを応援はできない。

 だが、大事な友人の恋が、うまくいってほしいと思うのも事実である。

 信念と友情の板ばさみになり、しかも結局は部外者ということもあって手を出せない自分は、傍観者でいるしかないのだろうか。
 これからのリナの行く末を案じて、アメリアはもう一度ため息をはいた。













 リナが教会に行くと、この時間は菜園の手入れをしているはずのガウリイが見当たらない。

 「…あれ? どこいるんだろ」

 菜園からキョロキョロ見渡すと、ひとつの窓ごしに、教会の中にいるガウリイが見えた。
 あの位置は礼拝堂だ。
 リナはてててっと窓際まで近づいてゆき、コツコツとガラスをたたく。

 「ねーガウリイ、なにやってんの?」
 「おう、リナか」

 がたたん、と少々騒がしい音をさせ、立てつけの悪い窓が開かれた。礼拝堂の冷気がこちらに流れ、外の暑さに慣れきったリナの肌には心地よい。
 ガウリイは礼拝堂の中を指して言った。

 「さっきまで結婚式があったからな。その片づけだよ」
 「結婚式…?」
 「ああ。アーサー=ドイルとメアリー=ガーレンの2人だ。お前さん、知ってるか?」

 その名前はリナにも心当たりがあった。2・3度町中で、仲睦まじく歩いているのを見たことがある。そうか、結婚したのか、あの2人。

 「ねえ、ガウリイ。あたしも手伝おっか?」
 「え!? いやでも、悪くないか? まだちょっとかかるぞ?」
 「ううん、どうせヒマだし」

 リナは窓枠に手をかけ、ぴょん、と跳んで窓から入った。

 「あ〜〜〜っ、お前なあ! その入りかたするなって言っただろ!」
 「ふーんだ、入り口まで回るのメンドーだもーん」
 「まったく…。それじゃ、椅子にかけてあるテープをはずしてくれるか?」
 「おっけー♪」

 パイプオルガンの手入れを始めるガウリイと一緒に、リナはテープの片づけにとりかかった。











 「ほら、お疲れさん」

 ちょん、とガウリイがリナの頭にグラスをくっつける。
 その中には、前にリナが眠ってしまって飲みそこねたアイスティー。

 「あ、あんがとガウリイ」

 リナは礼を言ってそれを受け取る。口をつけると、ひんやり甘い液体がのどを潤していった。
 数十分片づけを手伝い、あとはゴミ捨てだけ。とはいえ、飾りに使った花とて生き物なのだから、そうそう捨てるわけにはいかない。
 ガウリイは、花を適量まとめてテープリボンでくくった。

 「リナ、これ持って帰ってくれないか。教会だけじゃ飾りきれんし」
 「どうせあたしにくれるなら、食べ物の方がいいけどね」

 そう言いながらも、花束をもらったリナの顔は綻んでいる。やはり女の子、きれいな花は嬉しいのだ。

 「なんだか…ブーケみたい」

 本物ではないけれど。それでも結婚式に似合うもの、という基準で選ばれた花。
 結婚式の、花。

 「ねえ。ガウリイ…?」
 「ん、なんだ?」
 「あたしも…いつか、こんな風にブーケを持って、白いドレス着られるかな…?」

 うつむいて、花を見たままのセリフ。
 だからガウリイには、ほとんど表情がわからないはず。

 「そうだな、お前さんもそのうちそうなるかもな。
 その時はここに来いよ。オレがちゃんと立ち会ってやるから」

 言ってガウリイは優しくリナの髪に触れる。
 いつものような、髪をくしゃくしゃにする頭のなで方ではない。そっと指で梳くような触れ方だ。
 けれど、リナの髪がそれから逃げた。

 「そう、よね……。いつか、そうなるよね……」

 小さく呟いて、リナは立ち上がる。
 きっとリナが白いドレスを着て、『誰か』と並んで祭壇に立つのを、彼は笑って見守るのだろう。
 いつもと変わらぬ、その笑顔で―――

 「じゃあ、今日は帰るわ。バイバイ、ガウリイ」

 走り出さないように。不自然ではないスピードで。
 リナは歩いて扉へ向かい、礼拝堂を出ていった。




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