午前中特有の、清々しい空気が町全体を包んでいる。
今日も空は雲ひとつない晴天。太陽は気持ちいいくらいまっすぐな光を投げかけていた。
しだいに人通りも多くなる広場の真ん中を、あたしとガウリイは二人で歩く。てくてくと。
それだけなら、いつもと何も変わりない、うららかな春のひとときなのだが――
「……なあ、リナ……」
「なによ」
「どうして腕組んで歩くんだ?」
「いーからだまってついてきなさい」
ガウリイの疑問はもっともである。しかしあたしは、一言も説明することなく、彼と腕を組んで歩き続けた。
もちろん、ただ歩くだけじゃない。今日は1日、魔法道具店(マジック・ショップ)やら武防具店やら雑貨屋やらを歩き回り、旅に必要な買い物をするつもりだった。そして明日にはこの町を発つ。
いくらか大きめの町に着いたら、いつもやっていることなので、ガウリイも行き先については聞いてこない。
通りの角をいくつか折れ、ちょっと小さめの魔法道具店へ。商品の説明を聞いてる途中、居眠りこいたガウリイに、容赦なくスリッパを3連続で食らわしてやった。
店を出て、2つ先の十字路をまっすぐ進み、ちょっと大きめの雑貨屋に入る。
保存食の干し肉を少しでも安く手に入れるため、店のおばちゃん相手に値切り倒す。百戦錬磨のおばちゃんも、そうカンタンに値を動かしてはくれない。
熱い商売人同士の戦いが繰り広げられる店内。
第1ラウンドは、そこで始まった。
「あのぉ〜……」
「へ?」
何をするでもなく、ぼーっと激戦を続けるあたしたちを見ていたガウリイに、高くか細い声がかけられる。あたしも思わず話を止めて、そちらを振り向いた。
鈍い光沢を放つ美しい銀髪が、背中まで波打っている。緑色の澄んだ瞳を持つ、愛らしい少女が一人、恥ずかしそうにガウリイを見上げていた。年はあたしと同じか、ちょっと下くらいだろうか。
女子供に親切なガウリイは、わざわざ腰を屈めて、目線を近くしてからたずねる。
「なんだ? オレに用か?」
「はい。あの……わたしとつきあって、いただけませんか?」
時が凍りついた。
店先で乾燥キノコを見ていたにいちゃんも、アクセサリーをひやかしていたねえちゃんも、あたしとバトルを熱戦していたおばちゃんも、犬をつれて通りがかったじいちゃんも、ガウリイをジッと見ている。
彼は、そんな周囲の視線などおかまいなしに、口を開いた。
「かまわないぞ。それで、どこまでだ?
あ、でもあんまり離れるとリナとはぐれるから、近くがいいんだが」
あたし以外の人間は、あまりといえばあまりにもベタなセリフに皆コケた。
うーん、アクセサリーにカオから突っ込んだねえちゃんは、なかなか痛そう。
いきなりガウリイに告白した少女もかなり姿勢を崩しているが、気丈にも身を起こして、なおガウリイに詰め寄った。
「違います! わたし……あなたが好きなんです!」
時は、ふたたび止まった。
口をあんぐりと、マヌケみたいに開けたガウリイ。頬を紅潮させ、ジッと彼を見つめる少女。そして2人を見つめるギャラリー。
このままほっといたら、日が暮れて月が出て明日の朝日がのぼっても、みんな固まりっぱなしなんじゃなかろうか、と思えるほどの、ミゴトな止まりっぷり。
……ったく、しょうがない。
膠着しきったガウリイに向かい、あたしが内心でためいきをつきながら、一歩を踏み出した、まさにその瞬間。
時が動き出した。
事態を見守っていたにいちゃんがねえちゃんがおばちゃんがじいちゃんが、我先にとガウリイに襲いかか……もとい、飛びかかり、口々に告白を叫びだす。
「ちょっと待ったぁぁ! おい、金髪にーちゃん! 俺もお前のことが好きだぜ!」
「なに言ってんの! あたいなんてさっきからずっと一目ぼれしてるんだよ!」
「わたしだって、さっきこの店に入る前に見かけたときから、永遠の愛をこの胸に誓ったのですわ!」
「好きじゃ! わしと一緒になってくれ! ふぉーりんらぶじゃ!」
「うどうええぇぇぇええ!?」
ガウリイの悲鳴は、人々の勢いに飲まれてしまった。かわいそうに。
もみくちゃにされる彼は、まさに困惑の極みといった風体だ。なまっちょろくてもリッパな成人男性の乾燥キノコのにーちゃんは、ぐいぐい押し返しているものの、女子供、そしてご老人にも優しいガウリイは、その他の人々の攻撃をつっぱねきれずにいる。
あたしは興奮のるつぼの中に押し入り、なんとか中心にいるガウリイを引っ張り出した。
当然あたしたちに注目する人々に、声をはりあげて言い渡す。
「あなたたちがいつどこで好きになったかは知らないけど!
あたしとガウリイは、正真正銘、愛し合ってるんですからね!」
「なにいいぃぃいいぃぃぃ!?」
再びひびく、ガウリイの絶叫。さっきの悲鳴より大きい気がするのはちょっと納得いかないけど。
つま先をさりげなく踏んづけて(グリッとひねる小技も入れて)ガウリイをだまらせると、あたしはまたしても彼らに向き直り、
「あたしたちは、スィーフィードの愛ゥの祝福を受けた、愛し合う二人なんだから!
ねっ、ダーリン♪」
「だだだだ、だありん???」
(……いーから、話を合わせなさい!)
小声でささやき、鋭く一瞬にらみつけると、ガウリイはわけがわからないながらも頷いた。
考えることを放棄しているため、説明なしでこちらの意に従ってくれるのが、彼の便利なところである。
「あー、そうだ。オレはリナのダーリンで愛し合ってるんだ」
「いやん、ダーリンったら♪ いつもみたいに、ハニーって呼んでゥ」
「ははは、はにい?」
「なあに、だありんゥ」
互いに棒読み口調は否めなかったが、そんなことを改善している余地はない。
なんとしても、周囲にあたしたちのことを納得させねばならないのだ。
ちろりと偉そうに視線をやると、おっちゃんたちは悔しそうな顔をしている。それは嫉妬ではなく無念の表情。
じりじりと雰囲気だけで睨み合うあたしたちの均衡を破ったのは、さっきの銀髪の少女だった。
「い、今はそうでも! わたし、あなたに負けないぐらい彼を好きなんです!」
「そう、けど残念ね。ガウリイはあたしに夢中なの。なんてったって、身も心も捧げ合ったコ・イ・ビ・トゥ 同士なんですものゥ」
あー、自分で言ってて身体がカユいぃぃぃぃ!!
隣のガウリイはパカンと口が開ききっている。彼のオツムは言うまでもなく空っぽだが、こーやってアホ面さらしてると、いつもの倍はアホに見えるから不思議だ。
「じゃあダーリン。そろそろ帰りましょうか♪」
ボーゼンとするガウリイ引きずり、敗北の色を濃くする一連を置き去りにして。
あたしは店を後にしたのだった。
「………………………………えっと。
説明をしてほしいんだが……」
広場の噴水の水でタオルを濡らし、ボケッとしていたガウリイにかけてやると、ほどなく息を吹き返した。
もう少し復活しないようなら、噴水に顔をつっこんでやろうと思ってたんだけど、それは必要なかったらしい。彼にとっては幸いなことに。
そして正気に戻った彼が、最初に口にした言葉がそれ。まあ気持ちはわからないでもない。
「じゃあまず結論から言うと。
さっきの店の人たちは、みんなあの縁切り業界の二人の仲間ね」
「ええっ!?」
驚愕の声をもらすガウリイ。
「そりゃあの女の子ぐらいなら、これまでもあったけど。あんなじーちゃんまでガウリイに一目惚れ、なんておかしいと思わなかった?」
「いや思ったが……」
「つまり、あの人たちはサクラ。金で雇われたかなにかした、ギルメジアとルロウグの仲間よ」
始めからあの店を舞台にするつもりだったのかどうかはわからないが、『街中で一目惚れされて囲まれるガウリイ』っていうのをやりたかったのは確かだ。
今朝ギルメジアたちが言っていた。ガウリイは、他人を自分に惚れさせて別れさせるプロだ、と。
ならば同じ手段で来るかもしれない。その読みが見事当たったわけである。
「ガウリイが目移りする様を見せてあたしに幻滅させたかったか、それともあたしの嫉妬心を煽ろうとしたか。どっちにしてもやりすぎよ」
「……けどなんで男まで……」
「さあ? 人手が足りなかったか、ガウリイをそーいうシュミの人だと思ったか――――」
「げっ!?」
ガウリイが潰されたカエルのような声を出す。普通の男性はどうだか知らないが、彼は特にホモと間違われることに拒否反応を示す。
――ま、妥当なところで『男に迫られる恋人(男)』という効果を狙ったもんだと思うけど。
あの二人……いや縁切り業界の考えなんぞ知らないあたしは、特に口には出さなかった。
――――ちなみに。
広場を出ようとしたら、今度はあたしに辺り中の人間が『告白』をしてきたのは言うまでもない。
全員まとめて炸弾陣(ディル・ブランド)で吹っ飛ばしたが、その中にガウリイがいたような気がするのは…………まあ、たぶん気のせいなんだろう。うん。
時刻は夜半近く。
町でこの時間も喧噪を保っているのは、恐らくここ――酒場だけだろう。
今日稼いだわずかばかりの手銭を全て飲み干す勢いで浮かれ騒ぐ男たちの集団。あるいは何かを思いつつ、一人黙ってカップを傾ける男。
酒場にはこの2種類の人間しかいない。
だが。今日に限って言えば、2人でいながら静かに酒を飲む男たちが、カウンターの端を陣取っていた。
「……本当にいいのか?」
片方の、がっしりした体型の男が口を開く。薄暗い店内の明かりで顔ははっきりとしないが、声はギルメジアのもの。
「いいって何が?」
対してその隣に腰かけるのは、乏しい明かりの下でもよくわかる長い金髪の男。長躯も合わせて考えれば、間違いなくかの剣士だろう。
「このままあの女と一緒にいて、だ」
「あの女ってリナのことか?」
「あの女、そのうちお前を捨てるかもしれんぞ」
「そうかもなあ」
「あるいは、お前をどこかに金銭で売り飛ばすかもしれん」
「それは今でも似たような事されてるし」
「……………………」
「……………………」
「あ、あんな女と一緒にいては、お先真っ暗ではないのか?」
「どうなんだろうなあ」
「お前を有象無象の輩とまとめて魔法で吹っ飛ばすような、がさつで凶暴な女がいいのか」
「はは、それ、リナが聞いたら怒るぞー」
「――――――――」
「――――――――」
「……も、もう一度訊こう。本当にいいのか?」
「いいって何が?」
「………………………………」
「………………………………」
「――――邪魔したな。失礼する」
「おう。おやすみ」
ギルメジアは自分の酒代をカウンターに置いてトボトボと立ち去り。
ガウリイは1人静かに酒を楽しみ続けた。
「――――やっぱりムダだったみたいね」
あたしはガウリイの方から隣にいるルロウグへと視線を移す。
ルロウグは店内よりなお暗いこの物陰でもわかるほど、苦々しい顔をしていた。
「……信じられない。彼には覇気というものがないのか?」
「さあ。それこそどうなのかしらね」
肩をすくめて答えるあたし。
これから寝ようか、それともガウリイの目を盗んで盗賊いぢめに行こうか迷っていた時だったのだ。ルロウグが部屋を訪れたのは。
面白い物を見せるからついて来い、と言われ、金貨3枚で手を打った。
おそらくガウリイ絡みの事だろうとは思っていたが――――
「だから言ったでしょ。たぶん面白くなんかないって」
「わかっていたのかお前は。あの男がこんな話ぐらいで心を動かさないと」
「少なくともあんたたちよりは知ってるつもりよ」
あたしは小さく息をはき、
「それに、あいつもあたしをよく分かってる」
「ほう。ノロケか?」
「さっき言ったでしょ。『リナが聞いたら怒る』って」
「……………………………………………………」
びっしりとルロウグの額に浮かぶ脂汗。
極上の笑みを浮かべて、あたしは言ってやった。
「夫の発言の責任を妻が取れ、っていうんならバカげた話だけど。
計画の協力者として、ちゃんと責任取ってもらわなくちゃね♪」
「あ、あの、待って、話せばわ――――」
……そして。
夜の静寂(しじま)に轟いた女の悲鳴は、攻撃呪文の爆音でかき消された。