7.マキーナ・インフェルノあるいは倒立したクリフォトの木
≫ 最悪の社会の想定::「幸福な家庭はみな一様に似ているが,不幸な家庭はみなとりどりに不幸である」*1と言われる.最良の社会を想定するより,最悪の社会を想定する方がはるかに容易いので,それを試みてみよう.
*1 (多分)トルストイの言葉
≫ 最悪の社会の仕様1::情報システム
- コンピュータシステムの要塞化→何重もの物理的,ソフト的ゲートで固め,特権的キーを持った人間しかそこをパスできない.――アラビアンナイトの盗賊団の巣窟(IDカード,パスワードによるエントリチェック),情報の暗号化.*2
- システムに対する忠実度による人間の選別とランク付け(このような構成員に対する情報は最高度の機密に属し,自分自身がどの順位にランクされているかは,自分のカードを見ただけでは分らない!盲目的な忠誠こそが要求されている)*3
- 相互監視と密告のシステム化.防災=防共システム.*4
- ストアされるデータの選別→いわゆるオーソリティの極めて陳腐な確立.全ての人がたった1つの決まりきった論文を読まされるようになる.*5
- 高度の情報システム上の低度の情報社会→マスコミ,情報産業,公報機関による低レベルの情報の散布.(ユーレイや占星術,オカルト,スキャンダラスなゴシップ,恐怖を掻き立てるさまざまなデマ,エセ科学,etc...)*6
- 割り込みプログラムなどを用いたさまざまの重要な政治的犯罪→投票システムの裏操作,裏金の収受(オンラインで処理されるので,かさばるものはもう運ばなくてよい).統計の組織的改ざん,政敵に対する情報戦,その他.(実行プログラムは処理完了とともに自動消滅し,プログラマも消去される.)*7
- 脱税,その他,ありとあらゆる企業犯罪のオンライン処理による容易な証拠隠滅とその止めどもない拡散,波及.*8
*2 筆者の部屋のドアには(金目のものが何もないから)何時も鍵がかかっていないからといって,鍵が不用であると言うつもりはない.問題は隠匿される情報の内容である.つまり,それが正当なものか,否かということが問題になる.ここにはその情報を取得する方法ないし,手段の正当性が含まれる.国家権力による通信傍受,盗聴の問題はこの当時はまだ存在しなかった.少なくとも,合法ではなかった.情報を排他的に使用する権利,つまり知的所有権についてはここでは触れない.
国内には公共のサイト,たとえば教育機関あるいは資格認定機関などで,パスワードがないとアクセスできないページを持つところがある.少なくとも米国ではこのようなサイトを見たことがない.
*3 いわゆる国民総背番号制と言われるもの.ジャン・バルジャンが持たされた黄色いカード.このシステムが実施されると,徴税に関する公正を確立できる可能性がある.しかし,それはあくまで可能性に留まる.本体の税制自体が完全にガラス張りの分りやすいものにならない限り効果は期待できない.
*4 いわゆる隣組,ナチスでは第5列と呼ばれた.
*5 むしろ国内のサイトには,オーソリティどころか学術的な情報はほとんど見当たらなかった.米国には整備された有用でかつ新鮮な情報がふんだんにある.サイトは通常大学のホームページ内にあるが,運営はおそらく個人的なボランティアである.ほとんどのことをネット上で聞くことができる.
*6 このカテゴリに属するものを挙げていたらきりがないという状況になっていた.「オウム」はテレビないしテレビ文化の申し子であり,嫡子である.インターネットもまた,「悪貨は良貨を駆逐する」という,テレビが(視聴率という標識に導かれて)堕落していった道をたどることになるのか?(ネットでは視聴率に代ってアクセスカウントが用いられる.)消費者は市場で商品を選択することによって自己の投票権を行使する.視聴率として集計されるチャンネルの選択も同様に投票行動である.これらは,何年に一度しか巡ってこない代議員選挙などに比較すると,はるかに徹底した直接民主主義的シテムである.だが,プラトンはすべての民主制は衆愚制に堕すると断じている.
*7 政治的犯罪が明るみに出ることはほとんどない.「オウム」事件を契機に日本の秘密警察の機構が大幅に強化されたことは指摘できる.県警本部長の告発という事態にまでおよんだ神奈川県警の腐敗と広域暴力団が関東進出の最初の足がかりとした拠点が神奈川であった(そしてそれを阻止できなかった)ということに関連はないだろうか?
*8 事例には事欠かないが,特に経済の暴力化という特徴を挙げる.平成大不況はそもそも,「地上げ」で始まり,「取立て」で終わるという構造を持っている.金融界では,サラ金と商工金融が勃興し,銀行が没落した.その銀行を救済するために莫大なマネーが国庫から支出された.次に続くのが経済のカジノ化である.
≫ 最悪の社会の仕様2::政治経済
- ロボットに追われた失業者の大量発生→需要は低落し,構造的不況に軍需産業のみが膨張する.*1(しかし,コンピュータはめげることなく,メツレツな分析を打ち出し続ける.)
- 人間労働は機械によいところを奪われて,完全な汚れ仕事のみが残される.(ボタンを押すだけなどという単純作業は,当然余すところなく払拭される.)
- このシステムによってメリットを受けるものとそうでないものの分化が進み,上層と下層の解離がはなはだしく*2,社会的内圧が上昇し,それを抑圧するために,政治は高度に!暴力的なものとなる.(高度にというのは,その暴力がすでに肉体的なものでなく,精神的なものとなっていることを意味している.)
- 民主的な政治形態は停止され(あるいは完全に外面的なものとなり*3)男性優位,権威主義的,エリート層優遇の独裁政治――僭主政治が行われる.
- 思想,情報,人間管理が徹底的に進行し,一種の(きわめて高度な,決して目には見えない)監獄国家となる.*4
- 戦争が遊戯化し*5,コロセウム的な局地戦がショー化する.(職を持たない人間は,以降を安楽に暮らすために進んで参加する.電子的義手,義足が十分進化している.)
*1 オフィスオートメーションやインターネットを用いた電子取引は「ロボット」と呼んでいるものの一部であり,解雇された銀行マンはロボットに追われた失業者である.軍需産業は現在の不況下で要求を多少なりとも差し控えているが,その代わりにこれまで独立独歩でやってきた民需産業までもが,我勝ちに国債発行で担保される巨大な財政資金(将来的な国民の借金)に殺到し,食い潰そうと構えている.
*2 アメリカにおける上層と下層,つまり貧富の差は日本とは比較にならないような著しいものがあり,それはさらに拡大する傾向にある.最下層に鬱積したフラストレーションはそれぞれの所属するコミュニティにより左右に分裂し,噴出しようとする.連邦政府の役割は不利な条件下にあるグループに「機会」を与えることである.自由競争と自己責任がアメリカ社会の原則である.しかし,その競争は公正な(fair)ものでなくてはならないという合意ないし,規範がこの連邦国家を支えている.
*3 民主主義ないし議会主義が形骸化しつつあるという兆候はある.もちろん,その反対も言える.アメリカはフィリピンから駐留軍を撤退したが,日本には残している.アメリカは日本(の民主主義)を完全には信頼していない.(逆にフィリピンの民主化は本物だと見ているようだ.)
*4 ○×真空内閣はこの点につき,かなりの貢献をしたと見てよいだろう.君が代・日の丸法案,通信傍受法案...
*5 湾岸戦争は記憶さるべきその最初の事例である.
≫ 最悪の社会の仕様3::文化社会
- 低年齢からの選別が進行し,人間のスクラップ思想が強力になる.*1
- 老齢者は不要視され,社会的大量殺人,遺棄が常習化する.→老人は1日1回必ずコールされ,「生きてますか?」という機械の質問を受ける.*2
- 階層意識,差別意識が強まり,弱者に対する圧迫,迫害が日常化する.*3
- 合法的殺人の蔓延,生命の換金思想の定着.*4
- 女性の全社会的な淫売化が進行する.*5
- 看護,医療,教育,保育その他,真に人間的であるべきことが(真っ先に)電子化,機械化され,人間性に対する極度の軽視,蹂躙が進行する.
- 食生活,娯楽,レジャーの自動化が進み,画一的なものに大多数が満足して,それに同調しないものは嘲りを受ける.
- 現在よりも,もっとはなはだしく拝金主義的傾向になっている.
- 科学の悪魔主義的な側面の跋扈,試験管ベビー,サイボーグ,その他,ありとあらゆる悪辣なこと.
- 生命のはなはだしい軽視→非常に不整備な立案による暴力的都市改造.食料生産の極めて安易な化学化.動植物の殲滅.地形の大規模な変更.*6
- 機械論的な偏狭なロジック,権威主義的なロジックが大手を振り,正当な論理は相手にされないか,踏み潰される.
- 粗悪なソフトウェアの氾濫→システムは年がら年中トラブルを引き起こすような危険極まりないものになっているが,人々はタフな神経をもってそれに立ち向かう.
- 快活でかつ無感動な――鉄仮面の文化.人間の相貌が次第にロボットの無表情に相似してくる.
- 時々サイレンが鳴りわたり,人々を活気付けるためのハンティング――人間狩り(極少数の生き残った人間に対する)が行われる.*7
- 光の受容器である木(コスモス・モデル――セフィロトの木*8)は倒立して,果てしない闇の方にブレイク・ダウンしてゆく.
*1 我々は,自分の子どもと同い年の幼稚園児を殺害する(ことのできる)母親と同じ時代を生きているのだ!特異な例だろうか?自転車の窃盗で捕まった女子高生の母親は警察で,「帰ったら被害者に電話してアイサツしなさい」とアドバイスされ,相手に電話した.そのアイサツは,「そんなところに置いとくオタクが悪いんだよ」というものだった.(この自転車がきちんと敷地内に置かれていたということまで,説明する必要があるだろうか?)あなたは多分「そのくらいのことを言う母親ならイテソーダ」と思うに違いない.
*2 「死ぬのを待たれている」と感じるほどの屈辱は他にないだろう.むしろ,野垂れ死にしたほうがはるかにましだ.屈辱を感じることなく老齢期を過ごし,(名誉ある)「自然死」を迎えることは今後,さらに一層困難なものになるだろう.
*3 ホームレスを「小学生」が襲撃するという事件が各地で起きている.
*4 カレー事件類似の犯罪は日本国中に蔓延している.商工金融の取立て人の「腎臓を売れ,角膜を売れ」という言葉が単なるセリフにしか聞こえなかった(戦慄を感じなかった)としたら,あなたは相当耳が遠くなっているか,あなた自身すでにかなり冒されていると考えていい.保険金殺害事件の誘因には支払われる死亡保険金の金額が(一生かかって残せる預金額と比較して)途方もなく大きいということがあり,その背景には不安定な社会保障制度の現状がある.(勧誘手段としてはきわめて有効なものであったから,保険会社はそれによって莫大な利益をあげ,それをディリバティブなどのギャンブルに突っ込んですったという構図.)(もっともカレー事件の容疑者は手に入れた相当な金額をあっという間に使い果たしてしまったようではあるが)
*5 高校生の援助交際から主婦売春まで,際限も無く多様に広がっている.ダイアルQ2,「携帯」などの新しいメディアがその拡散に役立っている.電話会社はこれによって,大きな事業上の利益を獲得した.
*6 事例には事欠かないが,バケツで溶融ウランを混ぜたという事件などもここに入る.生命軽視の反対側には利益重視が必ずある.その意味でこれらの事件は一義的には経済犯罪である.
*7 神戸のA少年はそれを私的に実行した.その狂気が社会全体に浸透するのにあと何時間かかるか?
*8 多分,大江健三郎の用語.手元に本がないので確認できない.タイトルの「マキーナ・インフェルノ」はラテン語で地獄機械の意.「クリフォトの木」の出所も多分,大江.