お大事に!


 ぺち、と額から軽い音が聞こえる。
 別に痛いというわけではないのだが、何となくぞんざいなその扱いに、ガウリイは不平をもらした。
 「リナー。もうちょっと優しくやってくれよ。オレ病人なんだぜ?」
 「なに贅沢言ってんのよ。ハイ、おしまい」
 ベッド横の椅子に座り直しながらリナが言った。汗ばんだガウリイの顔を拭ってやり、額の濡れタオルを新しいものと交換してやったのは、つい今しがたのことである。

 そうしてリナは、パジャマ姿のガウリイを見て、苦い息を吐いた。
 「ったく…。どっちが子供だか、わかりゃしない」
 「そうか? 風邪くらい誰だってひくだろ」
 「そうじゃないっ! お祭りだからって騒いで熱出すなんて、あんたいくつよっ!?」

 この町で、年に一度の春祭りが行われたのは昨日。この周囲では他に大きな春のイベントがないせいか、近隣の町や村からも人の集まる、かなり盛大な祭りだった。
 二人はいつも以上に、やれ出店だ名物料理だチンピラとのケンカだと騒いでいたが、一夜明けた今朝方リナがガウリイの部屋に行ってみると、もうガウリイは熱を出していたんである。
 その当のガウリイは、熱を出しているというのに異様な元気の良さだ。やっぱり子供っぽい。

 リナはハアァ、と大げさに首を振ってみせ、更にぼやく。
 「まったく、最近路銀が乏しくなってきたっつーのに、こんな所で足止めくらうなんて…。サイテーだわ。ガウリイが治るまで、路銀がもつかしら」
 「だからって、オレが寝てる間に盗賊いぢめなんか行くなよ」
 「ちぇっ、ケチ」
 口の中で小さく呟くリナに、ガウリイは言い諭した。

 「最近風邪がはやってる、って宿屋のおかみさんも言ってたからな。夜ふかしも夜間外出も絶対厳禁だ」
 「風邪なんて、このリナ=インバースにかかったらすぺぺのぺぃっ!よ」
 「そうとは限らんだろうが。ダメと言ったらダメだ」
 「まあねー。どうも今の風邪は珍しいみたいだから」
 「??? そうなのか??」

 顔に疑問マークを浮かべたまま、リナの言葉の意味がわからず問い返すガウリイに、リナはいたずらっぽく笑って、

 「『クラゲ頭のバカでもひくカゼ』!」
 「なんだと、こらっ!」
 「きゃー♪」

 捕まえようとするガウリイの手をするりと抜けて、リナはタタタと扉へ駆け寄った。そのままドアを開けて、くるりとガウリイを振り返る。

 「また後で来たげるから。さっさと治すのよ」
 じゃあね、と手を振って出ていくリナを笑って見送ってから、ガウリイは再び布団に潜り込んだ。





 カチャ、キィ…

 小さな音がして、ドアは部屋の内側へと開いた。真っ暗な部屋の中に、廊下のわずかな明かりがさしこむ。

 「ガウリイ…?」

 リナは部屋にいるはずのガウリイに声をかけた。が、返事はない。

 身体を乗りだし、一歩、二歩と前に踏み出す。そぉっとベッドの上を覗き込むと、月明かりに照らされ、闇の中でも目立つガウリイの金髪が見えた。
 ちゃんと眠っていることを確かめてホッとする。

 (これなら盗賊いぢめに行けそうね♪)

 ガウリイの病状は落ち着いているようだ。少しくらいなら出かけても構わないだろう。
 そう思い、部屋を出ようとしてリナはふと気づいた。

 「…ガウリイ?」


 おかしい。
 寝息が静かすぎる。
 うなされているのも困るが、これではいつもの寝息より静かなくらいだ。

 急に頭の中に、昼間の冗談がよみがえる。

 『今の風邪は珍しい――』
 『バカでもひくカゼ――』


 ―――風邪じゃなかったとしたら?
 もし、何か命にかかわる病気だったら―――!


 次の瞬間には叫んでいた。

 「ガウリイッ! ねえ起きて、ガウリイ、ガウリイィ!」
 「どわっ!? 何だ、何が起きた!?」

 がくがくと胸元をゆさぶられ、とび起きるガウリイ。
 目の前に必死な形相のリナを見つけ、驚いたような声を出す。

 「……リナ? どうしたんだ、こんな時間に?」

 「…良かっ……生き、てた……」

 「へ?」

 へなへなと座り込んで、リナは両手で目をおさえ、うつむいてしまった。

 「ガウリ…あんま、り、静か、だから……死んじゃっ、思っ……」

 声を喉に詰まらしながら言った言葉に、意味がわかったとは思えなかったけれど。
 ガウリイはそれでも、優しくリナを抱き寄せた。

 「…オレはどこにも行かないよ」
 「………」
 「お前を守るって。約束しただろ? だから大丈夫だ」
 コクリ、とガウリイの胸の中で、小さくリナが頷く。
 ガウリイの髪を撫でる手にまかせたまま、リナはぼんやりと思った。



 どうしてガウリイは、こんなになんでもわかってるんだろう。
 何だか悔しい。でも、こんなに嬉しいのはなんでだろう。

 まあいいか…。ガウリイの心臓の音、聞こえるから…。



 やがて、リナはガウリイから離れた。
 「ゴメンね。こんな時間に起こしちゃって」
 「ああ、構わないけどな。ただ目ぇ覚めちまった。どうせならリンゴでもむいてくれるか?」
 微笑んで言うガウリイに、リナも微笑みを返した。
 「…うん」




 翌朝。
 宿屋の女将さんは、二人分の朝食を持って一つの部屋を訪れた。
 小さなベッドを持ち込んで同じ部屋で養生する、夜中に起きていたため未だ風邪の
治らない青年と、夜更かしのため新たに風邪を引いた少女のための朝食だった。







 <大きいお友達のための二人の会話>

 「なぁリナ。どうせなら栄養のあるもん食わせてくんないか? 今夜あたりさ♪」
 それの裏の意味を察したリナが、真っ赤になって言う。
 「……! …何考えてんのよ、バカ」
 「ダメかぁ?」
 「ダメに決まってんじゃない! あんた風邪ひいてんでしょぉ!?」
 「お前も風邪引いてんじゃないのか? 顔が真っ赤だぜ」
 「ほっとけ!」
 さて、この夜ガウリイくんは、果たしてご馳走を食べられたのでしょうか(笑)




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こらぁ、大人なんでしょうね!?