幾年経ても・1


 ――始まりは、ささいな事だった。
 変化とはいつも、気づかないほど少しずつ、それでも確実に起こっているものなのだ。



 『ああっ! ちょっとガウリイ、何よこれぇっ!?』
 『へ? どうかしたのか?』
 『これっ! このスタールビー! こないだ失くしたヤツじゃないの!? 何であんたが持ってんのよ!!』
 『……何でなんだ? リナ』
 『あたしに聞くなあああぁぁぁっっ!!!』

 リナがインネンつけてきたチンピラをぶっ飛ばす間預かっていたサイフをポケットから引っぱり出した拍子に、転がり落ちたスタールビー。とっさにボケたのでこっそりとくすねたのはバレなかったが、思いっきりスリッパでどつかれルビーも没収された、その日の夜――。                       


「あれ? リナじゃないか」
 窓から見える人影に、オレは足を止めた。

 遠くからでも間違えようのない、栗色の髪と小柄な後ろ姿。ここ数年、毎日見続けてもまだ飽きない彼女の姿。見慣れている分、どこかおかしな所があったら、その違いもすぐわかるというもので……。

 「何だぁ…? あいつ…」

 よくよく見なければ気づかないくらいわずかだが、どことなく足取りがおぼつかない。おかしいな、昼間歩いてた時は普通だったし、晩メシの時も特に異常はなかったのに?

 (追いかけるか――?)

 そんな考えがチラリと頭をよぎる。そうでなくてもこの時間、リナが外出する理由といったら盗賊いぢめしかない。
 だが、今日の昼すぎ見つかってしまったルビーのせいで、リナはやや機嫌が悪かった。ルビーが見つかった嬉しさより、なぜオレが持ってたのかわからん不快感の方が大きいらしい。女の子ってのは複雑だな…。

 「…邪魔しない方が良さそうだな」

 オレはそう判断した。帰りが遅かったら迎えに行けばいい事だ。幸い、下の食道兼酒場で食事した時聞いたウワサ話で、盗賊団のアジトは察しがついていた。
 ここで行けなかったら、またイライラするだろう。あまりストレスを溜めすぎない方がいい。そう思ってオレは自分の部屋に戻った。

 後から考えると、これが大きな間違いだったんだ―――。



 翌朝の明け方近く。やっとリナは帰ってきた。
 いつもは夜半過ぎには戻ってくるはずなのに、これはいくら何でも遅すぎる。

 一度心配してアジトとおぼしき場所に行ってみたが、そこは完全に無傷で、盗賊たちが徘徊していた。
 見張りの一人を絞めあげ、リナが来なかったか聞いてみたが、やはりリナは来てないらしい。帰ってきた時間の遅さも考えると、よほど遠くの盗賊団を潰しに行っていたのだろう。

 リナは今朝も勢いよく朝メシのサンドイッチとチキンの唐揚げをぱくついている。
 ったく、いい気なもんだ。
 こっちは心配で、一晩中ほとんど寝てないってのに。

 つい意地悪をしたくなって、言葉が口をついて出る。

 「それで? ゆうべの稼ぎはどのくらいだったんだ?」

 「稼ぎ? ……何のこと?」

 きょとん、とした顔で問い返すリナ。――おや?
 いつものごまかしとは違う。本気でわからない?

 「それじゃお前、ゆうべはどこへ行ってたんだ」
 「ゆうべ? ゆうべはね……あ、あれ?」

 「?」

 「えーっと、うーん、何かの理由で宿を出たとこまでは覚えてるんだけど……ちょっと待ってね、うーんと…。宿を出て、それから、それから……」

 かなり真剣に考え込んでいる。オレが素早くリナのサンドイッチを取ったのにも気づかないようだ。

 「うーん、ん〜〜〜…。ダメだわ。どーしても思い出せない」
 ついにあきらめ、組んでいた両手をとき、リナはバンザイをしてみせる。

 「おいおい、ゆうべの事――というより明け方の話なのに、覚えてないのかぁ?」
 「悪かったわねっ! 思い出せないんだもん、しょうがないでしょ」

 言ってプイッ、と横を向いてしまった。その隙に、オレはもう一度皿に手を伸ばす。

 「忘れるのはオレの仕事だろ? お前までボケてどーすんだ」
 「知るかっ! いつの間にかあんたがうつったのよ! 責任と……あああぁぁ、何やってんのよあんたはああぁぁぁ!?」
 さすがに二度目は気づいたか。そして激しい食事バトルが展開された。



 食事も一段落ついた頃。香茶を飲みながらリナが言った。

 「ねえ、ガウリイ。しばらくこの町に滞在しない?」
 「? 何でだ?」

 いい仕事でも見つけたんだろうか。

 しかしリナは、少し戸惑ったような顔をして、

 「んー…。どうしてかわかんないけど、まだこの町にいなくちゃいけない気がするの」
 わかんないけどって…。
 「何だそりゃ」
 「だけど、いて困る事もないでしょ。…いや?」
 「まあ…お前がいいって言うんなら……」

 わけがわからぬまま同意する。

 この時オレは寝不足のため、リナの表情の一瞬の変化に、気づく事ができなかった。




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