幾年経ても・2


 用を足しに部屋の外へ出た帰り道。オレは廊下で宿屋のおばちゃんに呼び止められた。

 「ちょいと、にーさん。にーさん」
 「は? オレ?」
 「そうだよ。コレ、あんたのお連れさんのじゃないかい?」

 そう言いながらおばちゃんは、右手の握り拳を開く。そこにあったのはイヤリング。オレには見覚えがあった。間違いない。リナのだ。

 「脱衣所に忘れていったんだよ。悪いけど届けておくれ」
 「ああ。わかった」
 ドジだなぁ、あいつ。と思いながら、オレはリナの部屋へ向かった。この時間ならまだ起きてるはずだ。…まさか盗賊いぢめに行ってていない、とか言わないよなぁ……。

 あれこれ想像しているうちに、リナの部屋へ着いてしまった。いやな考えはとりあえず置いておき、ドアをノックする。

 ………。

 …返事がない。これはやっぱり…

 (あーあ。また盗賊いぢめかよ)

 ここんとこ、いい収穫があったようには思えなかったからな。けど、こう連日で抜け出されたんじゃ、さすがに放ってもおけない。
 ドアノブに手をかけると、鍵はあいていた。部屋の中をのぞいてみたが、やはりリナの姿はない。

 階下に下り、偶然そこにいた宿屋のおばちゃんからこの辺で一番物騒な場所を聞きだして、オレはリナを探しに出た。




 月が中天にかかる頃。オレは小さな篝火を見つけた。こっちへ向かってくる。
 気配を消して横合いの茂みに隠れていると、やってきたのは男三人。お世辞にもいい人相とはいえない。おそらくはこの辺を根城にする野盗だろう。

 男達の話し声がかすかに聞こえてくる。

 「そろそろ一働きしねーとなぁ。頭領に何か言われねーうちによぉ」
 「どうすんだー。やっぱり引き返して、さっきのヤツ売るなりなんなりするかー?」
 「あの栗色のチビか? 今から探して見つかるのかよ?」

 最後の男の言葉が終わる前に、オレは飛び出していた。我ながら頭に血がのぼっていたようで、物も言わずいきなり男の一人の喉元に剣をつきつける。

 「ひ、ひええぇぇぇ!!」

 「質問に答えろ。――さもなくば、斬る」

 オレの一睨みで、やつらは腰を抜かした。野盗のくせによっぽど度胸がなかったのか、中には歯の根が合わないやつもいる。

 「おとなしく答えれば殺しはしない。お前ら、この辺で栗色の髪の女魔道士を見なかったか?」
 「みっ、見ましたああぁぁ!!!」
 「長い髪で、チビで、ペチャパイの…!!」
 「おっ、おれたち、見ただけです!! 何もしてませえぇぇん!!!」

 助かりたい一心で、我先に答える男達。いつの間にか敬語になってるし…。

 「それで? そいつはどこだ?」
 「あっ、あっち、あっちの方です!!!」

 指先を震わせながら、一人が一方向を指し示す。…あれ、あの方向は…。

 「よくわかった。手間をとらせて悪かったな」

 そう言ってオレは剣を腰に戻した。それでようやく、男達が安堵の息を吐く。やっと心のゆとりができたのか、一人の男がおずおずと口を開いた。

 「あの…でも、まだあそこにいるかは…」
 その言葉に隣の男も頷いて、
 「ああ。おれたちが見た時、フワッて空に飛び上がって、ふよふよ飛んでく時だったもんな」

 「どういう事だ?」

 おかしいな。リナが盗賊いぢめの時空を飛ぶ呪文を使うのは、早く移動したいからだったと思っていたのに。

 「へえ。それが…」
 男の中で一番ガタイのいいのが話した事によると、やつらが見かけた少女は夜着姿で、空を飛ぶところを見て初めて魔道士とわかったらしい。おまけにその少女は、人の身長ほどの高さの高台から、フワリとゆっくり上の方へ飛び立っていったという。

 オレは猛烈に胸騒ぎがした。

 (リナ―――)

 あいつが防具もつけずに外へ出るなんて滅多にない。少なくとも盗賊いぢめじゃない事だけは確かだ。イヤな、胸の奥がチリチリ焼けるようなすごく嫌な予感がする。

 「リナ!!」

 オレはその場を駆け出した。




 ――どのくらい走っただろう。

 男達の言っていた場所であろう高台は見つかったが、すでにそこにはリナの姿はなかった。
 これ以上手がかりは何もない。あてずっぽうに、いるかも知れない方向目がけて走り出す。

 「リナー!!」

 森の中にはオレの声だけがむなしく響く。息が乱れ汗が落ちるが、そんなこと構っちゃいられない。リナの姿を求めて、オレはひたすら走り続けた。

 「どこだー!! リナー!!」

 そうしてどのくらい経ったのか――

 少し大きな道の向こうから、ふらふら歩いてくる影に気づいた。足取りはおぼつかないくせに、気配がほとんどない。何かのワナだったらやっかいだな。オレはその影を見定めようと目を凝らした。

 すると、そこにいたのは―――

 「リナ!」

 オレは叫んで駆け寄った。間違いない。夜着を着ているが、リナだ。
 だが、近くまで来た時、オレはハッと足を止めた。

 「…リナ…?」

 いつも輝いている彼女の目には、意志の光がまるでない。しかも、この距離なら確実にオレの姿が見えているはずなのに、人形のようなその瞳にはオレが映っていないようだ。

 いや、オレの姿が見えてはいるのだろう。ただ、見えているだけだ。そこらの木と何の変わりもない扱いで…。
 現にオレの呼びかけにも答えず、リナはフラフラと通り過ぎようとしている。

 オレは慌てて前に回り込み、肩を掴んでゆさぶった。

 「おいリナ! 目ぇ覚ませ、リナッ! リナッ!!」

 力いっぱい首が前後にゆれるほどゆさぶりながら怒鳴っていると、突然リナの体からクタッと力が抜けた。

 「リナ、どうした!?」

 手を止め、リナの顔を見ると……目が、閉じられている。

 思わず最悪の事態を想像してしまい、オレはおそるおそるリナの顔へ手を近づけた。わずかに感じる空気の流れ。

 「…脅かすなよ…」

 大丈夫。呼吸はしっかりしている。少なくとも命に別状はない。だが。

 「…だが…。これは一体、どういう事なんだ……?」

 オレは一人、答えの出ない問いを呟いた。




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