聖なる迷い子たち・7


 日中の太陽はあたたかく、優しい光を投げかけているが、日の落ち始めた今の時間はみるみるうちに空気が変わる。肌を撫でゆく風の冷たさに、近いうちの冬の到来を感じさせる、夕暮れ前。
 リナとガウリイは、一路教会に向かって歩いていた。

 ランチェッタさんとこの犬に子供が生まれたらしい、とか、キースさんがまたお見合いにシッパイしたそうだ、とか、今年の栗は甘くて大粒のができるだろう、とか。
 他愛ない日常の会話は、いつもの彼らと、なんら変わりがなかった。

 ――そう、ガウリイが、その飛び抜けていい視力で、騒動の種を発見するまでは。

 「ねーガウリイ、さっき言ってたアメリアに頼んだケーキ、明日にでもおすそわけもらいに行っていい?」
 「ああ、かまわんぞ。…………あれ?」
 「ん? どったの、ガウリイ?」
 「あれは……何をやってるんだ?」

 彼らの進行方向の先で、なにやら騒ぎが起きている。甲高い声が、かなり離れたガウリイたちのところまで聞こえてきた。
 どうも、子供が集まって騒いでいるらしい。子供特有の、周波数の高い声が、あたり一面に響きわたっている。

 「そこだー!」
 「ジョージ、もっと右だよ!」
 「違うってバカ! そんなに上から手ぇ出すな!」

 道の脇にしつらえられた休憩所。とはいっても、少し余分にあるスペースに、木製のベンチを置いただけのそこで、子供たちが激しく歓声をあげている。かなり熱中しているようだ。

 見ると、皆一様に、丸太で作られた仕切から身を乗りだし、下を覗いていた。あの下はたしか、20mはある崖だったはずだ。子供ばかりかと思っていたら、中に一人だけ大人も交じっている。
 その顔に、ガウリイは見覚えがあった。

 「ブレイダーさん。どうかしたんですか?」
 「あ、神父さま。いえね、うちのバカ息子が……」

 近所で鍛冶屋を営むブレイダーという男が、ガウリイを認めて答える。鍛冶屋という仕事上、筋肉ががっしりとついており、以前から何度もガウリイと腕相撲勝負をしているが、いまだに勝ったことはないらしい。
 ブレイダーは、再び崖下の方へ視線をやって、

 「あのバカ息子、なんでも子猫を追いかけまわして、ここから下へ落としてしまったそうなんです」
 「えっ!? 大丈夫なんですか?!」
 「ええ。幸い、一番下まで落ちずに途中の木に引っかかったらしくて。
  しかし、なにぶん子猫ですから、降りられないようなんですよ。それであいつ、自分が降ろす、って……」

 いつも乱暴なブレイダーの口調にも、不安の色が混じっている。
 それはそうだろう。ここらの木は背が高いものが多く、万が一にでも落ちようものなら、大ケガはまぬがれない。
 いやむしろ、最悪の状況になってしまう可能性だって十分にある。

 ガウリイとリナが、他の子供たちと同じように下を覗くと、よりによって一番高い木のてっぺんに10歳ぐらいの少年がいた。地上からだと15mはある高さだ。
 多少は想像していたとはいえ、目に入った光景に、思わずガウリイは息を飲む。彼には、今の状況がどれだけ危ないか、よくわかっていた。

 しかし、それを『ちょっとしたスリル』程度にしか認識していない子供たちは、主役であるジョージをひたすらはやしたてる。

 「おい、ジョージ! いつまでかかってんだよ!?」
 「子猫がひからびちゃうぜー」
 「うるっさいな! ダマって見てろよ!」

 焦れたような子供の声が、崖下から響く。この声も、ガウリイには覚えがあった。
 よくブレイダーに連れられて、教会に来る子のうちの一人。間違いなく、鍛冶屋のジョージだ。
 苛立ち混じりの少年の声が、ふたたびガウリイの肝を冷やす。

 「まずいな……あいつ、焦ってやがる」
 「そうね。もっと冷静にならないと……」

 ふと、隣で声がして、ガウリイは視線を走らせた。見ると、リナもジョージの声のような、わずかな焦燥を表情ににじませている。きっと自分も、同じような顔をしているのだろう。
 ジョージはおぼつかない腰つきで、そろそろと梢にいる子猫の方へと向かってゆく。彼が身じろぎするたびに揺れる枝が、余計にガウリイ達の緊張を煽った。

 「いいか、動くなよ……」

 少年が、子猫に話しかける。とはいえ相手は猫だ。おとなしく人の言うことなど、聞くはずがない。ましてや、それが今まで自分を追いかけ回していた相手なら、じっとしているわけはなく。

 フギーッ!

 しっぽをたて、激しく威嚇する子猫。
 せっかく助けようという好意を無視されて、ジョージの感情が一気に高ぶる。

 「なんだよ、かわいくねえな! 人がここまで来てやったってのに!」

 憤懣やるかたない、といった顔で、ジョージは無造作に身体ごと手を伸ばし、いきなり子猫をつまみあげた!

 「っっ! そんなことしたら――!」

 必死の叫びは、誰のものだったろうか。

 しかし、その叫びが届くか届かないかのうちに、細い枝は突然重心を移したジョージの重さに耐えきれず、音をたてて根本からへし折れる。
 皆の焦りは、一瞬の硬直ののち、最高潮に達した。

 「ジョ、ジョ、ジョージ!!」
 「うわああぁぁぁん!! ジョージが、ジョージが落ちたぁぁぁ!!」

 蒼白な顔と、涙目で叫ぶ子供たち。
 もはやその場は、完全なパニック状態となっていた。

 「ジョージ! ジョージ、無事か!?」

 ブレイダーの血を吐くような叫びに、ガウリイたちも目を皿のようにして、ジョージの姿を地上に探す。まもなく、リナが大声を出した。

 「見て! あそこ!」
 「――うわっ!」

 リナの指さす先をたどり、思わずガウリイも声をあげる。
 ジョージは片手に子猫をかかえたまま、もう片手で木の途中の枝をなんとかつかんでいた。

 どうやら地面にたたきつけられるのはまぬがれたようだが、誰が見ても、単にその未来がほんの少し先延ばしになっただけ、という状況なのは明らかだった。
 すでにジョージの手は、がくがく震えだしている。同じくらい細かく震える唇から、恐怖を色濃くあらわした、かすれ声がもれた。

 「……た……たすけ……!」

 必死の訴えを耳にして、最初にガウリイが正気に戻る。彼はすぐさま身をひるがえして、リナたちに叫んだ。

 「いいか! オレはなんとかあの木に登ってみるから、リナたちはなにかクッションになるものを――」

 ガウリイの言葉が、途中でとぎれる。
 思いもかけず視界に入ってきた、その光景に頭を支配されて。

 ――ひらりっ……

 ガウリイの目には、軽やかに仕切を飛び越え、崖下に飛び降りたリナがいたように見え――いや、そうとしか見えなかった。

 再び、一瞬の硬直がガウリイを襲う。ガウリイのみならず、そこにいた人間は全員が固まった。
 そんな中、やはり最初に動いたのはガウリイ。

 「リッ、リナ………………リナアアァァァァァ!!?」

 混乱と驚愕をそのまま音にしたような叫び声。それはガウリイの頭の中を、如実にあらわしていた。

 当然の話だが、リナは命綱などつけていない。そんなものはここになかった。
 つまり、リナはただ無造作に、崖下へ飛び降りたことになる。
 まるで、教会の窓を飛び越えるように、軽々と。なんのためらいもなく。
 自殺志願者だって、こう思い切りよくは飛べないだろう。リナの行動をすぐに理解できた者は、当然一人もいなかった。

 「リナッ! リナ! リ………………、――――ッッッ!!!??」

 ひたすらリナの名を叫びながら、崖下を覗き込んだガウリイは、もう一度、しかし先ほどよりさらに強く、言葉を飲み込んだ。
 代わりになにかしゃべろうとして――出てくるのは、かすれた呼気だけ。

 「…………っ…………ぁ」

 「な……なんだ? ありゃあ……」

 同じように呆然とした、ブレイダーの声がする。しかし、それは誰の耳にも入らず、風に流れて消えていった。

 リナの身体は、まるで風にのった羽のように、ふわりと空へ浮いている。そしてそのままの高度を保ち、ゆっくりと宙づりになったジョージへ近づいた。
 ジョージも、自分の今の状況すら忘れ、ぽかんとした顔でリナを見つめている。

 「だいじょうぶ? ジョージ」
 「……あ……う、うん……」

 リナの問いかけに、おそらく無意識で答えているのだろう。今の彼なら、ジョージだけでなくこの光景を目にしている者なら、どんな問いにもイエスと答えそうだった。

 リナはジョージの脇の下から手を入れて身体を抱きかかえると、強く握りしめた手を離すよううながした。頭が真っ白になっているジョージは、逆らわず手の力を抜く。
 すると、今度はまたゆっくりと、二人の身体が地上に降りていった。ゆるやかな速度は、おそらくタンポポの綿毛が落ちてきても、もっと速いのではないかと思えるほどだ。

 「……天使だ……」

 子供たちのうちだれかが、小さくつぶやいた。
 そう、その情景は、翼こそないものの、天使が子供を抱いて降りてきたかのようで。
 皆は一様にみとれて、もはや声を出すこともできない。

 ――すとんっ

 やがて、リナの身体はまったく危なげなく、地上に降り立った。続いてジョージも、リナに降ろされて地面に足をつく。
 その瞬間、全員の魔法がとけた。

 ワアアアァァァァァ!!!!

 あたりを、ものすごい歓声が支配する。

 「すっげーー! リナねーちゃん、すげーや!!」
 「なあなあ、あれってなんだ!? どうやったんだ!?」
 「初めて見たよあんなの! すごいすごい、信じられないや!!」

 子供たちは、生まれて初めて見る『人が空を飛んだ』という光景に、すっかり舞い上がっている。ひたすらに、すごい、信じられないを連発して、瞳は興奮できらきらと輝いていた。
 ……しかし。一人だけ、違った反応を示した者がいた。

 「なっ、なっ、なななななな…………」

 ブレイダーは、ジョージが落ちた時よりも青い――青を通り越して、紙よりも白い顔になっている。血の気はないのに、顔中びっしょりと冷や汗をかいていた。
 大きく見開かれた目と、震える唇が示すのは……未知なるものと出会ったとき本能的に感じる、己でも御しきれない、恐怖。

 「なんなんだ?!! 今のは!!!」

 ブレイダーの、絞り出すような叫びが響いたとたん。
 びくんっ! とリナの身体が大きくはねた。

 はじかれたように上を見上げたリナと、ガウリイの視線が合う。その瞳に、ガウリイはまた驚かされた。
 ガウリイの視力は、リナの瞳にも、ブレイダーと同じものを見つけたからだ。

 あふれんばかりの恐怖。そして直後、深く純粋な哀しみが混じる。

 一連のことを受け止めきれず、ガウリイがただ食い入るようにリナを見つめていると、突然リナは踵を返して走り出した。

 「……リナ!」

 慌てて声をかける。制止して、なにを言いたいのかまでは考えていなかった。
 それでも、とにかく声をかけた。
 なんとか、彼女を引き留めねばならない。理屈ではなく、直感だった。
 だがしかし。リナは立ち止まることなく、そのまま走り去ってしまった――――












       ☆★☆★☆★☆★☆★☆












 ふわり、ふわりと淡いオレンジ色の光が灯る。
 ……ああ、これは自分の生み出した光だ。
 幼いリナが、自分の手から生まれた明かりを、ぼんやり見つめている。

 いつからかは覚えていないが、リナには不思議なチカラがあった。光を生み出すチカラと、身体を空中に浮かせるチカラ。といっても大層なものではなく、光はランプぐらいの明るさであったし、身体も自分一人を支えるのがやっとで、なにか重いものを持っているとだんだん落ちてしまうのだけど。

 両親と姉には、他人に言わないよう教えられたチカラ。幼いながらも彼女にとって、両親と姉の言うことは絶対で。逆らおうなんて夢にも思わなかった。

 けれど。そう、あれはたしか、12歳ぐらいのころだったろうか。
 大好きなトモダチのサリアが風邪をひいた。寝込んでいて、とても苦しそうだった。

 どうしても、彼女を慰めてあげたくて――チカラを使った。

 サリアの家にある大きな木に、内緒のチカラを使って、オレンジ色の明かりをつけた。いくつも、いくつも。手の届かない場所には、やはり内緒のチカラで身体を浮かせて。大きなクリスマスツリーが突然現れて、サリアは首を傾げながらも、とても喜んだ。

 ――ありがとう、リナちゃん。すっごくキレイ。

 嬉しそうなサリアの顔に、リナも嬉しくなる。

 しかし、リナのしたことが、大人たちにバレた。夢中で作業をしていたリナは、周囲の目に気づかないまま、内緒のチカラを使っていたのだ。
 昨日までリナにお菓子をくれたおばさんが、父と釣り仲間だったおじさんが、一斉にリナを恐怖の目で見た。これは悪魔の子だ、と。

 大人がそういう目で見れば、子供も同じことをする。リナの味方は、誰一人いなくなった。
 まもなく、一家は人々に追われる形で、住み慣れた町を出た。

 ――こっち来ないで! 悪魔だなんて、あたしをだましてたんでしょ!

 石を投げられたこともあったし、大声で罵られたこともあったが、何より痛かったのは。

 他の人々と同じような目で、リナを異端視する、サリアの瞳だった――







 ――コンコン

 ……がばっ
 ノックの音に起こされて、リナは突っ伏していたベッドから、上半身を上げた。
 部屋に帰ってきて、夕方の出来事から現実逃避をせずにいられず、ベッドに顔をうずめていたのだが、いつのまにか眠っていたようだ。
 どうやら夢を見ていたらしい。昔のイヤな記憶。忘れたいと思っていたのに、まだ覚えていたのか。

 ――コンコン

 「リナ? 寝てるの?」

 再び扉をノックされ、リナはそちらを振り向いた。慌ててその声に答える。

 「あ、ううん。起きてるよ、ねーちゃん」
 「そう。ならここ、開けてくれる?」
 「う……うん……」

 本当のところ、少しとまどった。もしかすると姉には、夕方のことを――他人にチカラのことを知られたと、バレてしまうかもしれない。いや、自分が家に帰ってからうたたねしているだけの時間があったのなら、すでにバレているだろう。姉は恐ろしいほどの地獄耳だ。
 とはいえ、そんなことで顔を合わせたくない、などと引きこもろうものなら、後の『お仕置き』は想像するだに身の毛がよだつというもので。

 リナはしぶしぶ、扉を開けた。
 その向こうでは、姉が腰に手をあて、呆れた顔でリナを見ている。

 「まったく……なにをいじけてるのよ。みっともないわね」
 「だって……。ねーちゃん、あたし……」
 「だいたいのことはわかってるわ。もうすっかり町中のウワサだもの。さすがに小さな町は、ウワサが広まるのも早いわね」
 「う゛っ…………」

 いったい、自分はどれだけ寝ていたのか。
 そっと窓の外に視線をやれば、すでに空は真っ暗になり、真円に近い月がうっすらと、しかしかなり高い位置に浮かんでいる。あのチカラを見られたのは、まだ夕暮れ前だったはず。姉の言うとおり、田舎の町で広がるウワサは伝染病よりも速度が速い。

 これだけ時間がたっていれば、姉でなくともこの町の住人ほとんどが、あの話を聞いただろう。
 リナは強く唇をかんだ。

 「ごめん……。ごめん、ねーちゃん……」
 「なにを謝るの?」
 「…………ごめんなさい…………」

 これから先のことは、だいたい予想がついている。
 悪魔と怯える町の人々。冷たい視線。町を追われる自分達。
 わざわざ夢で見せつけられるまでもなく、あんなこと、一度でたくさんだと思っていたのに。
 この町では、チカラを見られてはいけないと、固く誓っていたはずだったのに。

 「………………」

 俯いて黙りこむリナ。その耳に、大きな大きなためいきが聞こえた。
 ちらりと視線を上げると、姉は先ほどよりさらに呆れた顔で、怒るようにリナを睨みつけている。

 「あのね、リナ。わたしは言ったでしょ? だいたいのことはわかってるって。
  ――鍛冶屋のジョージくん、あなたのおかげで無傷だったそうね」
 「う、うん…………」
 「もう一度聞くわ。なら、なにを謝るの?」
 「…………だって」

 「そのせいで、わたしたちが町を出ることになったとしても。それは、リナのせいじゃないわ」
 「……ねーちゃん……」

 リナは、今度ははっきりと姉を見た。姉の顔は薄く微笑んでいる。

 「悪いのは、ジョージくんの命の恩人であるリナを、悪魔なんて呼ぶ町の人よ。そんな町にいるのは、気分が悪いからわたしたちは町を出るの。わかった?」
 「………………。……うん」

 姉の言葉を受け取り、リナもかすかに微笑んで、小さくうなずいた。
 そう、自分は悪いことにチカラを使ったことなどない。引け目に感じる必要はなにひとつないのだが、唯一、家族に迷惑をかけることだけが後ろめたかった。
 そんなリナの後ろ暗さを、実際に笑って吹き飛ばしてくれる姉が、リナには本当に嬉しくて。
 浮かんだ笑みは、強がりでも作り笑いでもない、本物の笑顔だった。

 「……話は終わったか?」
 「!?」

 突如として割り込んできた声に、リナは驚いて戸口を見る。
 そこには、いつのまにか人が立っていた。
 一人は長い黒髪を持ち、火のついていないタバコをくわえた男。やや姿勢を崩し、斜に構えて立っている。
 もう一人は、小柄な金髪の女性。にこにこした笑顔は相変わらずだ。
 リナは思わずつぶやいた。

 「とーちゃん……かーちゃん……」
 「もうそろそろ、話は終わったかって聞いてんだ。急な話だが、明日は引っ越ししようと思ってるから、準備しとけよ。いいかげん、この町も長かったしな。
  天気もいいし、ちょうどいい頃合いだろ」
 「楽しみねえ。この町は内陸だったから、次は海辺の町がいいわ」

 にやりと口の端をつりあげる父の顔が、にこにこしている母の笑みが、いつもと同じ仕草なのにいつもよりずっと優しく思える。
 目頭が熱くなり、まぶたが震えるのをごまかして、リナはもう一度うなずいた。

 思えば5年前に住み慣れた町を追われた時も、家族はまったくリナを責めなかった。あの頃はまだ幼かったし、町中の人が向ける敵意に満ちた眼差しの痛みを耐えるのに必死だったから、気づけなかったけど。

 父も母も姉も、いつだってリナの味方だったのだ。

 涙の出そうな目を二、三度、強く袖でこすり、リナは力強く顔を上げた。もう迷いも後悔もなかった。

 「……とーちゃん、かーちゃん、ねーちゃん……。…………ありがとう」
 「なんのことだか、わからねぇな」
 「そうね。でもリナは、笑ってる方がかわいいわ♪」
 「ええ。『ごめんなさい』より『ありがとう』の方が、気持ちのいい言葉よね」

 普段は忘れがちな家族の愛情を一身に受けて、リナは心から微笑んだ。

 大丈夫。明日、この町で何があっても、大丈夫だと信じられる。
 たとえ誰が、リナを悪魔と罵ったとしても。
 それは辛いことだけど、きっと耐えられる。

 リナの脳裏に、この町の人々の顔がよぎった。
 アメリア。アーチェス。――ガウリイ。

 嫌悪の目を向けられても、裏切ったと泣かれても、自分はきっと彼らを好きだろうから。
 一人ではくじけてしまうかもしれないけど、『好き』という気持ちを返してくれる家族がいれば、たとえ彼らが返してくれなくとも、自分が彼らを『好き』な気持ちはきっとくじけないから。

 リナがそう思った、その時。

 ざわざわざわっ……

 突然、大勢の人の声がして、反射的に四人は窓の外へ目を向けた。
 母が窓辺に歩み寄り、外からは見えない程度にそっと覗くと。
 見慣れた町の住人の面々が、インバース家を遠巻きに取り囲んでいた。




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