ラブ・ストーリーは突然に・1


 リナ=インバースとガウリイ=ガブリエフ。

 後に世間を巻き込んで大騒ぎをやらかす二人の、
 初めての出会いは。




 とあるドラマの撮影スタジオだった。




 「あれー、アメリア、そいつ誰だっけ?」

 どことなく間延びしたその声に、呼ばれたアメリアと、話題にされたもう一人が振り返る。
 そこには、男にしておくには惜しいくらい美しい金髪、その髪に負けないほど美しい蒼い瞳の、これまた整った美しい造作を持つ青年が立っていた。

 アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンは前に進み出て、両者の間に立ち、

 「紹介しますね、ガウリイさん。この人はリナ=インバース。わたしの友人です。リナ、こちらは……」
 「あたしは知ってるわよ。ガウリイ=ガブリエフでしょ」

 リナと呼ばれた女性は呆れたように言った。気まぐれにはねた栗色の髪と、仔猫のようにいたずらげな瞳が、彼女の性格を如実に表している。

 が、リナの指摘も当然であろう。このガウリイという青年、二年前の人気ドラマに主演してからというもの、今日まで人気うなぎのぼりの有名俳優なのだ。この国では、名前を知らない人の方が少ない。

 そのガウリイは、リナの言葉に目を見張った。
 「へえ、よく知ってるなあ。そう、オレ、ガウリイっていうんだ」

 そう言って差し出されてきた手を、リナは変なヤツ、と思いながらも握りかえした。
 手を放すと、今度はガウリイ不思議そうな顔になる。

 「なぁ……。お前さん、どっかで会ったことなかったっけか?」
 「はあ?? なにそれ、ナンパのつもり?」

 「いや…。そーじゃなくて、もっとずっと昔に……」

 リナは間髪いれず、ビシ、とガウリイに指をつきつけて、

 「気のせい♪」
 「お、おう、そうか……」

 一瞬ひいたガウリイだが、リナが指をおろすと、すぐまた人懐こい顔で笑う。
 「まあ、今日は一日、よろしくな。仲良くやろうぜ♪」

 そしてそれを挨拶とし、ガウリイはスタスタと行ってしまった。リナは隣で一部始終を見ていたアメリアに、ぎこちなく首を向ける。

 「………”今日は”、よろしく?」

 まるで自分をこのドラマの共演者のように認識してる言い方。
 そう言いたいリナへ、アメリアはわかっているとばかりに大きく頷いた。

 「…ガウリイさんは、物覚えがとにかく悪いから。本人もそれを自覚してるし、きっとリナのこと、自分が忘れた今回の共演者だと思いこんでるのね…」
 「なんちゅーヤツよ………」

 リナもげんなりと肩を落とす。自分は本来、ドラマとは無関係の部外者なのだ。もっとも、スタッフに「見学に来た」と言えば顔パスで通るからここにいるようなもので、わざわざ手続きを踏むくらいなら遊びになど来ないのだが。

 うーん世も末だわ、とリナがしみじみしてるところへ。
 「じゃ、トリ(収録)始めまーす!」
 「あ、それじゃあリナ、行ってくるわね」

 アメリアは軽快に片手をあげて、去っていった。

 一斉にともるスポットライトを見ながら、リナは『始まり』を感じていた。
 それは単に、収録の始まりだと本人は思いこんでいたけれど。

 本当は長い長い舞台における、始まりの一幕だった。








 このドラマでのアメリアの役は、ガウリイ演じる主人公の妹という役どころだ。アメリアもデビュー以来、まじめにコツコツ実績を積み重ねてきた人気アイドルである。ずいぶん似てない兄妹だな、と思ってはいけないことを思っていたリナだったが、アメリアならガウリイの演技に食われまいと安心もしていた。
 (食われる…簡単に言うと相手の芝居のペースに引きこまれ、自分の演技ができなくなること)

 どこかに座らせてもらおうと、リナが視線を巡らせた時。

 (……ん?)

 AD(見習い番組スタッフ)の1人が、でかでかと文字を紙に書きこんでいるのが視界に入った。それはいい。バラエティ番組で出演者に時間を知らせる時などに、結構使われる手段だ。

 問題は、そこに書かれている文字がどう見ても話し言葉だということである。

 「ねえ…。それ。…なに?」
 なんとなく予想はつかないでもなかったが、とりあえずリナは近寄って聞いてみた。

 「あ、これっすか? カンペ(カンニングペーパー)ですよ」
 「カンペって……まさか………」
 「ガウリイさんのです。あの人、長いセリフ覚えられないんですよねー。仕方ないから、こうやって演技してもらうんです」

 リナは頭を抱えたくなった。
 人の顔を覚えられないのはまだいい。そういうのが苦手な人は世の中にごまんといる。
 だが、役者のセリフはそれとはあまりにレベルの違う、必要最低限のものではあるまいか。

 リナが悶々と悩んでいる間にそのADはセリフを書き終え、すでにドラマの収録の始まっているセットに近づいてゆく。問題のセリフのシーンが近くなった頃、セリフのカンペがカメラの真上に置かれた。

 (なるほど……)

 そういうことか、とリナは半ば呆れながらも納得する。カメラの真上なら、カンペを見たせいで視線がおかしな方向へ行く、ということも少なかろう。

 それにしても、ガウリイ=ガブリエフがドラマの時、やたらカメラ目線が多いというウワサの真相はこれだったのか。テレビ越しとはいえあの目に見つめられながらドラマのセリフで口説かれてるような気になってファンになったたくさんの女の子たちがこのこと知ったら、いったいどんな顔するかしらね。
 リナは意外にバカらしい世の中のしくみを思ってため息を吐く。

 そんな彼女を横に置きつつも、収録はクライマックスのシーンを迎えようとしていた。アメリアとガウリイの会話シーンだ。

 「『兄さん! どうしてあの人の告白を断ったりしたの!?』」
 「『オレはまだ―――あいつが忘れられないんだ……』」

 (ほえ?)

 収録中の2人を見つめていたリナの目が、ガウリイのセリフと同時に、一瞬、彼の目線と合った。


 どきっ
 (…な……え!?)


 わずかではあるが心臓のはねあがる音を自覚してリナは慌てる。
 なぜそうなったのかは彼女自身にもわからなかった。

 そして、今日の収録は終了した。




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