ラブ・ストーリーは突然に・2


 「リナーーー! どうだったーーー!?」

 終わると同時にアメリアが、まったく遠慮のない勢いでリナにとびついてくる。その力をうまく逃しながら、リナはアメリアを受け止めた。

 「良かったわよアメリア! だんだん演技うまくなってきたんじゃない?」
 「やだ、そんなこと言われると照れちゃうわよー」

 それでもやはり嬉しいらしく、アメリアの頬はゆるんでいる。
 その時、2人のところへあのガウリイ=ガブリエフが近づいてきた。逆光のライトが少しまぶしい。

 「よお、アメリア、お疲れさん」
 「あっ、ガウリイさん。お疲れさまです」

 撮影前と同じようににこにこしながら、ガウリイ今度はリナへと向き直る。

 「えーと…リナだっけ? お前さんもお疲れ」
 「って、あたしはドラマ出てないんだけど……」
 「あれ? そうだっけ?」
 「……………。……もういいわ」

 どうやら彼は自分の記憶があやふやなのに、なんの疑問も抱いていないらしい。まるでボケ老人の症状だ。
 まじめに説明すると間違いなくバカを見る。リナは的確にそう判断した。これ以上、頭が痛くなるのは得策ではない。

 「それよりさ。オレ、夕食まだなんだけど、お前さん達も一緒に行かないか? いい店見つけたんだけど、1人じゃちょっと行きづらくてな…」

 「あ、わたし行きたいです! ね、リナも行くわよね!」

 急に目を輝かせたアメリアは、やけに乗り気だ。リナにはわけがわからない。
 説明を求める視線を送ると、アメリアはこっそり耳打ちしてきた。

 「ガウリイさんってけっこう舌が肥えてて、おいしいお店いくつも知ってるの。わたしや他の人も何度か連れてってもらったことあるけど、いっつもおいしい思いさせてもらってるのよ♪」

 リナはもう一度ガウリイを見た。彼はいまだ笑みをたやさぬまま、リナの答えを待っている。

 この男と話してると、なんだかこっちまで頭がボケてきそうな気もする。だが、リナとてかなり食べるのが好きで、「おいしい店」と聞くと放っておけないたちなのだ。それに、この美形俳優が「1人で入りづらい」店というのはどんな店かすごく興味がある。

 「オッケー。あたしも一緒に行くわ」
 「おしっ、決まりだな。オレの車、下に回しておくよ」

 まるで子供みたいな表情で嬉しそうに笑うと、ガウリイは自分の車を用意するため、くるりときびすを返して走ってゆく。

 それがなんだかおかしくて、リナは知らず知らずのうちに笑っていた。







 「あっ、おっちゃんこっちーー! カルビ追加ねーーー!!」
 「あと、タン塩も追加なーー!」
 「2人とも、野菜を食べなきゃダメです! 身体の中に悪の血がたまって…!」

 ガウリイに連れていかれた先は、リナを仰天させるのに充分だった。

 それはなんと焼肉屋。はっきりいって、この男に世間が持つイメージとあまりにもかけ離れていたため、一瞬目まいを起こしかけたほどだ。
 しかし、これなら1人で行けないという言葉も納得がいく。20代の男がたった1人で焼き網の前に陣どり、肉や野菜をひっくり返してる図というのは、確かに少々情けない。

 しかしこうして3人で網を囲んでいるのはしごく自然だ。じゅうじゅうと肉や野菜の焼ける音がやかましいほど辺りに聞こえ、熱気と食欲をそそる匂いがたえず伝わってくる。

 それにしても、いったい誰と来てここの味を知ったんだろ?
 リナの頭に、もう何度目かわからないガウリイに関する疑問がよぎる。

 「ちょっとガウリイ!? それあたしが焼いといたお肉さんでしょーー!」
 「なに言ってんだリナ、名前も何も書いてないじゃないか」
 「おにょれ許さぁんっっ! こーなったら取り返してやるうっ!」

 食事の間に、すっかりリナとガウリイはタメ口になっていた。
 ガウリイは最初からリナを呼び捨てにしていたが、それで相手も呼び捨てにするようなリナではない。とはいえ、この焼き肉争奪バトルで、すっかりお互いに対する遠慮というものがなくなってしまったようだった。
 『ガウリイ』は呼び捨てで、『肉』にさん付けというのもどうかと思わないでもないが。

 それにしても、この豪華な顔ぶれがこの庶民的雰囲気の店にピタリと合っているから不思議だ。
 周りの客も店員も、今現在店内で一番騒がしいこの3人に注目している。何度も言ったが、ガウリイは非常に顔が売れている。彼だけなら”他人のそら似”ですむかもしれないが、すぐそばに共演者のアメリアもいるのだ。中にはリナの顔を見知っている人もいるだろう。

 にもかかわらず、誰も確信をもって声をかけてこないのは、彼らの食べっぷりがあまりにも自分達のイメージとかけ離れすぎているからだ。ゆえにみんな、『恐ろしいほどに偶然な他人のそら似』ですませてしまう。大声で名前も叫びあっているはずだが、皆イメージを保つため必死で聞かないフリをしているらしい。
 おかげでリナ達は、心ゆくまで焼き肉を堪能できた。

 「あ〜、もうお腹いっぱい
 「お前さん、よく食ったなー。いつもこんな食うのか?」
 「なによ! ガウリイなんかあたし以上に食べたじゃない」
 「…わたしもつられて食べちゃいました…。アイドルなのに…」

 1人、アメリアだけが多少後悔しているようだが、リナとガウリイはすっかりご満悦だ。
 これだけ食べると、さすがに「食事は男がおごる!」などとは言っていられない。それはリナもわかっていたようで、ガウリイの出したワリカン案に素直に首を縦にふった。とはいえ、まったくの3分割ではなく、アメリアの出した分より残り2人は少々色をつけたけれど。

 3人分のお金を預かり、アメリアがレジへと向かった。

 「あ、オレちょっと便所行ってくる」
 「うん。じゃ、あたし外で待ってるわ」

 その間に、リナは外へ、ガウリイはトイレへ行ったのだった。







 ガウリイが用をすますと、アメリアはまだレジに並んでいた。彼女に一声かけて、ガウリイは外に出る。
 彼の目は、そこにいるはずのリナを自然と探していた。

 しかし、それより先にガウリイの耳が、あることに気づく。


 ――……ぁ……ぃぇ………


 (歌?)

 どこかから小さな、けれどとてもひきつけられる歌声が涼しい夜風に乗って聞こえ、ガウリイは無意識にその主を探す。
 が、探すまでもない。その人は、視界に入るほどすぐ近くにいた。

 (…リナ…)


   あなたに出会えたこと
   好きになったこと  抱きあえたこと
   たくさんの奇跡をもらえた日が―――


 彼女はガードレールに腰かけ、歌っていた。まだガウリイが出てきたのには気づいていないらしい。
 ガウリイは一瞬にして、リナの歌声に魅了されていた。


   2人会うまでの時間
   埋めていこう  この想いで
   あなたとならできるはず
   あなたとだから願うよ―――


 声量を抑えているため囁き声のようになっている歌が、ガウリイの耳に届いては離れない。高く澄んだ声はなめらかな旋律を紡ぎだし、先程までの彼女の印象をくつがえす、神秘的な響きがあった。

 ずっと聞いていたい。なぜか、そんな気にさせる。

 ふと、彼女の囁く歌声が自分の耳元だけで歌われているような錯覚を起こし、ガウリイは顔を赤くした。

 (何考えてんだ、オレはっ……!)

 彼が不可解な感情から立ち直れないでいるそのうちに。
 歌声が消えた。どうやら歌が終わったらしい。
 ガウリイがリナに声をかけようとした時、逆に後ろから声をかけられた。

 「どうです? きれいでしょう、リナの歌」
 「…っアメリア…! 見てたのか…?」

 自分がリナを見ていたのと同じく、自分もアメリアに見られていたようである。アメリアは無言で頷いた。

 「なあ、アメリア…。そういやあの娘、いったい……」

 考えてみれば、リナの話は何も聞いていない。どこで、何をやってるどういう人間なのかも。いや、聞いたけど忘れたという可能性もあるのだが、だったらもう一度聞いておきたいと強く思った。それに、なぜ昔会った気がするのかも。
 アメリアは彼の言葉に顔をしかめ、

 「ガウリイさん。自分の主演ドラマぐらい、たまには見てください」
 「いや、あんまりテレビは見なくって……。え? なんでそうなるんだ?」
 「見ればわかります。明日の夜9時、ちゃんと見てくださいね。きちんとテレビ欄でチェックしてくださいよ」

 それだけ言い捨てると、アメリアはリナの方へ走っていってしまった。リナもそこでようやく2人に気づいたようだ。これではもう聞き出せない。
 今日は電車で帰ると言う女性2人と別れると、ガウリイは車の中で1人呟いた。

 「あのドラマに何があるってんだ…?」







 明けて翌日、夜の9時。
 めずらしく夕方からオフだったガウリイは、家のテレビの前にいた。
 …といえば聞こえはいいが、忘れないよう2時間も前から、そこに座ってテレビもつけっぱなしにしていたという裏があったりもする。

 やがて、ドラマが始まり―――

 (あっ……!)

 ガウリイはそこに、『リナ』を見つけた。




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