ラブ・ストーリーは突然に・3


 二週間後。
 ガウリイは再びアメリアと、ドラマの収録で一緒になった。
 今日は、リナは来ていない。収録に関係のない以上あくまでも彼女は部外者であり、部外者がそう毎回出入りするわけにはいかないのだ。それに、そんなに出入りする理由も彼女にはない。

 「ガウリイさん、おはよーございますっ!」
 「―――ああ、おはよ」

 元気にあいさつするアメリアへいつもより少し覇気のない返事をするガウリイ。
 普段なら、ここで2人ともそれぞれ別方向へ歩きだすのだが、今日のガウリイは何か言いたいことがありそうな様子を見せていた。

 アメリアもそれが予想できていたから、ニコニコしながら黙ってその場に立っている。
 ガウリイは少し躊躇した後、思いきって切りだした。

 「リナって―――歌手だったんだな」
 「ようやくわかりましたか?」

 アメリアはいたずらっぽく笑ってうなずいた。








 ドラマが始まって最初の1〜2分。まずは前回までのあらすじが流される。
 そういえば撮ったような、といった感じのシーンがダイジェストで映っていた。

 その次の時間。そう、オープニングと主題歌の番だ。

 『それ』を聞いて、ガウリイの口から言葉がもれた。

 「リナの声だ…」


   たとえふたりの思い出  セピア色に褪せる日がきても―――


 少しアップテンポの曲にあわせて、リナの歌が流れてくる。昨日と少し雰囲気は違うが、まぎれもなくリナの声だ。

 やがてスタッフロールが画面に出てきた。ガウリイやアメリアや他の役者たちの名前が出た後、今度は主題歌の曲名とアーティストの名前が出る。
 ”リナ=インバース”
 そこにははっきり、そう書かれていた。

 「そっか…」

 ――あたしはドラマに出てないんだけど……――

 昨日のリナのセリフが思い返される。たしかに彼女がこのドラマの主題歌を歌っているのなら、撮影現場の見学もいくらか勝手がきくのかもしれない。よくよく考えてみると、一般人がそれほど軽々しく入れる場所ではないはずなのだ。


   逃がさないから  覚えておいて  わたしのことを―――


 テレビの中で、リナはまだ『歌って』いる。画面はガウリイと主演女優がお互いを見つめあっているシーンになっていたが、彼の目にそれは映っていない。
 ただ、ずっと脳裏にやきついている、リスみたいに小さくてパワフルな彼女だけが、そのままテレビに映っているような気がしていた。









 「………でもさ。なんでリナは、テレビに出ないんだ?」

 ここ2週間疑問に思っていたことを、ガウリイはアメリアに聞いてみた。例のドラマを見たその日から、ガウリイは音楽番組を片っぱしからチェックし、時間の許す限りCD店を回ったのだ。しかし、CDは1枚も見つからないし、番組もたったひとつ、それも”ドラマ主題歌”としての扱いだった。プロモーションビデオがわずかに流れただけである。

 ガウリイに、歌はよくわからない。それでも、リナの歌はとても魅力があると思う。
 彼女ほどの実力があれば、もっと表に出ている方が自然だろう。

 ガウリイ自身は気づいていないが、いつの間にか彼は相当リナに入れ込んでしまっている。
 時々カンの鋭いアメリアは、それに気づいたようだった。

 「ガウリイさん、リナが歌ってるとこ、見たいんじゃないですか?」
 「え゛っ!?」

 しばし時間を使って考える。そうかもしれない。

 「んーー………」
 「それじゃ、あさってオフだったら、ここへ来てください」

 ガウリイがうなっている間に、アメリアは小さな紙片にスラスラと文字を書きこんだ。それを半ばおしつけるような形でガウリイへと渡す。

 「アメリア?」
 「そこであさって、リナが歌うんです」

 ガウリイは渡された紙片に目を落とした。そこにはここから電車で15分ほどいった辺りの住所が書かれている。しかし、場所の名前は聞いたことのないものだった。

 「”リアランサー”……」
 「あ、駐車場はないので、車で来ないでくださいね。じゃっ!」

 しゅたっ!と右手をあげると、アメリアは準備中のスタッフの方へ駆けだしてしまった。
 残されたガウリイは、わずかに数秒考えこむと、マネージャーの元を訪れた。










 翌々日、人々は多忙なはずの人気俳優を、”リアランサー”の前に見ることとなる。
 その姿には、”リアランサー”に入る人だけでなく通りを行く人までが振り返った。

 「…ここかあ?」

 ガウリイは頭上に書かれた看板の文字を見上げる。

 ”リアランサー”。

 それは小さなライブハウスだった。





 ガウリイが、小さな店にありがちな小さめの扉をくぐろうとした、その時。

 「ガウリイさん!」

 後ろから聞きなれた声が呼び止める。振り向くと、そこには見覚えのある人が立っていた。

 「よー、アメリア。言われた通り来たぜ」
 「ホントに来たんですか!? てっきりムリだと思ってたのに……」

 この間、「リナを知りたければドラマを見ろ」と言ったのとはわけが違う。
 ドラマは本人がどこにいようと、ビデオのタイマー録画という手がある(もっともガウリイにそんな技術があるかは不明だが、その時は誰かにやってもらえばいい)。しかし、ライブハウスに来るには、本人が身をあけてそこへ出向く以外方法はない。

 アメリアも、どちらかといえば来ない確率の方が高かろうと思いつつ、ここを教えたのだ。

 「ああ、この時間はスケジュールあいてたからな」

 軽く答えるガウリイだが、本当は『あいていた』のではなく『あけた』のである。

 アメリアに教えてもらったその足で、ガウリイはマネージャーになんとかスケジュール調整して、仕事をあちこちずらし、この時間をあけてくれるよう頼んだ。当然マネージャーは拒否したが、やってくんなきゃこの時間の仕事すっぽかす、と単なる脅しかそれとも本気かわからないのほほん口調で言われるとなすすべがない。泣く泣く電話口で頭を下げたおしていた。

 そのため昨日、今日とかなりキツいスケジュールになってしまったが、そんなことを微塵も感じさせないあたり、恐るべき体力といえよう。

 「それじゃ入ろうぜ」

 ガウリイがうながすと、アメリアもその後へ続いた。地下へのびる階段を降りると、ひんやりした冷気が身体を包みこむ。
 階段を降りきった受付には、男が1人いた。ジロリとガウリイに向けられる一瞥。

 「――あんた、見ない顔だな。チケットは?」
 「え? …ないぞそんなの」

 男はガウリイの答えにニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべ、

 「それがないんじゃ、入れてやるわけにはいかねーなあ。どうしても入りたいって言うなら、この当日チケットを5万円で…」

 「レンツォさん! なにやってるんですか!」

 凛としたアメリアの声が、暗くて狭い廊下に響きわたる。レンツォと呼ばれた男は、そこで初めてアメリアの存在に気づいたようだった。それまでガウリイの背の陰になっていて、見えなかったらしい。

 「ア…アメリアちゃん。あ、この男、アメリアちゃんの知りあい?」
 「わたしとリナの知りあいです。何も知らないガウリイさんに高値でチケットを売りつけようとは、さてはあなた、悪ですか?」
 「へへへ、それがここの決まりなんだ。悪く思わんでくれ。あんたらなら自由に出入りしていいぜ、リナに特別扱いしろって言われてるからな」

 2人に―――どちらかというとアメリアの方に、先程よりいくぶん親しげな笑みを見せ、レンツォは彼らを通してくれた。

 「…なんだったんだ? あれ」

 まだよく状況のわかっていないガウリイが、アメリアにたずねる。

 「リナのライブは人気があるので、広報を極力おさえてもこの小さなライブハウスには入りきらないんです。そうするともちろん、聴きたくても入れない人が出てきます。それでもここまで来る人や、軽い興味程度で立ち寄った人を、あーやって追い返してると聞きました」

 チケットもなしに飛びこみで立ち寄ったガウリイには何とも言えない。
 さして長くない廊下の先にある重そうな扉を、アメリアが両手で開けると、

 人と熱気が密集した部屋の、小さなステージで、ライブは今まさに始まろうとしていた。




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