ラブ・ストーリーは突然に・5


 「リナぁー! よかったわよーーー♪」

 楽屋に入るなり押し倒さんばかりの勢いで飛びついたアメリアを、リナは上手に力を逃がしつつ回転しながら受け止める。
 なんだか前にも、どこかで見たことのある光景だな、とガウリイは思った。

 小さなライブハウスの楽屋だから、当然スペースは狭い。リナとガウリイたち、それにバックバンドのメンバー2人が入っただけでもういっぱいだ。
 さらにその間へ、おそらく最終日だからなのだろう、花束がぎゅうぎゅう詰めにつまっている。
 四方八方どこを向いても、花の見えない場所はない。色とりどりと言うべきか、乱雑すぎると言うべきか、少々迷う情景だ。

 ガウリイがそんな事を思いながら辺りを見回していると、リナの方でガウリイに気づいたようである。
 リナは目をぱちくりさせて、

 「…あれ、あなたどーしてこんなところにまで?」
 「わたしが連れてきたのよ。リナの歌を聞きたい、って来たんだから」
 「アメリア、ったく余計なことを…」
 「いいじゃない、せっかくのインディーズ最終ライブだし。それにガウリイさん、わざわざ時間作ってまで来てくれたのよ」
 「ふーん…。ねえ、あなたはどうだったの? あたしのライブ」

 これは言葉からすると間違いなく、ガウリイに投げられた質問であろう。しかしリナは彼と目を合わせず、突然そこらへんの片づけなどを始めている。
 なんと答えようか、ガウリイが考えていた、その時。

 「ガウリイさん、ガウリイさん」

 アメリアが服の裾をちょいちょいと引っぱっている。耳をかせ、というそのアクションに、ガウリイは素直に従った。

 「なんだ?」
 「リナですけどね、恥ずかしいから素っ気ないフリしてますが、本当はすごく感想が聞きたいはずなんです。
  ここは真面目に、思った通り答えてあげてください」

 それなら至極簡単だ。
 ガウリイはリナに向き直り、ニッコリ笑って、

 「すごいキレイだったぜ? お前さん」

 とたんに、リナが訝しむ顔になる。

 「はああぁ? あたしは歌の感想を聞いてんのよ。なんなの、それは?」
 「んー…。だから、歌がどうこうっていうより、歌ってるお前さんの方が目に灼きついてな。
  歌が変わると印象も変わって、それがなんか宝石みたいにキレイだったと思ったんだが。キラキラ光って見えて、まるで女神が歌ってるみたいだったぞ」
 「なっ…! ちょ…!? な、なによそれぇ! よくそんなクサいセリフが口からっ…! あんたドラマの演りすぎよ、演りすぎっっ!」

 リナでなくとも恥ずかしいセリフを大マジメに言われ、彼女の口調がしどろもどろになる。
 ガウリイの視界の隅で、アメリアがニヒヒと笑い、それを見つけたリナに懐かしのウメボシ責めをやられていた。耳がまだわずかに赤いところを見ると、照れ隠しも兼ねているのだろう。

 歌ってる時のリナを、今宝石のようだと言ったが、こうしていると万華鏡のようだとガウリイは思った。
 宝石は見る角度によって光り方を変える。それは「光」という枠を出ないが、輝きはどれも等しく美しい。仕立て方によってその印象を変え、穴のない、いわゆる「完璧」な美しさだ。さらには魔性のような魅力で、人を強くひきつける。

 一方、万華鏡は宝石に比べて変化のバリエーションがはるかに上だ。時には意外すぎて驚きもするが、人間味ある愛嬌にあふれている。それほど珍しくはない物を元に、信じられないほど美しいものが生まれたりして、その多彩さにはまさに圧倒される。できたものの中に美しさの差があるにはあるが、やはりどれも総じて綺麗なものだ。
 そして万華鏡はすぐに表情を変え、同じ模様は1つとしてない。だからこそ、どの模様も全て見たくなるし、いつ変わるかわからないから目が離せない。

 宝石のような美しさと万華鏡のような愛らしさ。その両方をうまく表に広めることができれば、リナは間違いなくトップアーティストになれるだろう。

 そこまで考えて、ふと、ガウリイは気づいた。
 そういえばずいぶん前、やはり誰かのことを、万華鏡のようだと思ったことがあった。笑う時は楽しそうに笑い、ちょっとからかわれるとすぐに拗ねるその表情を。

 (……どんなヤツだったっけ?)

 おぼろげながら、昔に見た顔が浮かんでくる。しかしそれがろくな特徴すらわからぬまま、彼の沈黙を破ったのはリナだった。

 「さーあ、今日の打ち上げは、新しいおサイフがあるからしっかり食べるわよ!
  リック! ジェミニ! 今夜はリッチにいくかんね!」

 おそらく彼らの名前なのだろう、バックバンドの男たちがうれしそうに声をあげる。
 言葉と同時にバンバン背中をたたかれ、ガウリイは一瞬遅れてようやくその意味を理解した。

 「ちょっと待て! サイフってなんだ!? どうしてオレが打ち上げ代を出さなきゃならないんだ!」
 「あーら、今をときめく人気俳優のガウリイ=ガブリエフが、そんなことでケチケチしないものよ♪」
 「オレだって、今月分まだ入ってないから、サイフが寂しいんだぞっ!」
 「だいじょぶだいじょぶ、あたしが立て替えといてあげるから、あとで払ってくれれば♪」

 「おまっ…。金持ってんのにオレに払わせる気だったのか!?」
 「気にしない気にしない。
  さあ、アメリアも行きましょ。お寿司やさんにレッツゴー!」
 「ああぁぁ……。頼むぅ、せめてファミレスにしてくれぇ……」
 「そんなのつまんないっ! ほら、ガウリイはこれ持ってってね」

 ぼす、と突然リナが大きな花束をいくつも渡してくる。ガウリイは反射的にそれを受け取った。
 ふと気がつくと、リナやアメリアも全員が、めいめいいくつも花束を持っている。どうやら今日もらった花束を手分けして運ぶので手伝え、ということらしい。
 しかし、それにしても。

 「…なんでオレだけ、みんなの倍くらい持ってんだ?」
 「ゴチャゴチャ文句言わないの。いーでしょ、1人だけ手ぶらなんだから。さあ、おスシーおスシー♪」
 「って、やっぱりスシなのか!?」

 笑いながら駆けだすリナの後を、ガウリイは慌てて追いかける。
 いいように使われているのに、なぜだかちょっと嬉しかったことは、彼の胸の中だけにしまっておいて。








 リナの歌った、ガウリイ主演のドラマ主題歌のCDはヒットチャートをものすごい勢いでかけのぼった。
 本当はドラマの始まる2ヶ月ほど前、すでに発売していたのだが、ドラマの前と後ではまさに売り上げの違いが月とスッポンだった。
 初めてのCMをドラマ番組の中で流すと、その人気に拍車がかかった。プロモーションビデオやテレビCMは彼女を撮らずに作ったので、姿を見せろとテレビ局に電話が殺到したという。

 『すごい人気になったわねー、リナの曲』

 電話越しにそう言うアメリアに、リナは憮然として答えた。

 「でも、なんか……気に入らないのよ」
 『え? なんで?』
 「…ドラマの付属物みたいな扱いだからよ」

 一度出した曲がその時は売れず、後になってから売れる。この業界ではままあることだ。
 それはその次に出した曲が爆発的にヒットしたり、人気のある人がカバーしたり、全然関係ない有名人が「好きだ」と言ったりとさまざまだ。もちろん何か番組の主題歌として使われるというのもあるだろう。
 その全てに共通しているのは、『宣伝され、多くの人の耳にふれている』こと。そういった意味では、確かにこの反応は当然なのだが―――

 自立心の強いリナは、それでは不満だったらしい。

 「みんなドラマの延長であたしの曲聞いてるみたいでイヤなのよ。こーなったら次は実力で売ってやるんだから」

 現状ではドラマとタイアップした曲の方が圧倒的に売れることは知っていたが、ドラマと無関係の曲でも別に売れないというわけではない。そこはやはり、実力が物を言う。
 熱くなったリナの心意気に気づいているのかいないのか、アメリアはふと思い出したように言い足した。

 『そうそう。ドラマといえば、ガウリイさんがまたリナに会いたそうにしてたわよ』
 「……なんで?」

 心底不思議そうな声でリナは聞き返す。
 あの男に、何か借りたり貸したりしていただろうか。あの夜の打ち上げは、結局またワリカンになったはずだし。
 まったく思い当たることがない。

 「確か、なんにも用はなかったはずだけど……」

 とたん、受話器の向こうから聞こえる、特大のためいき。

 『まったく、もう少し色めいた――あ、やっぱりいいわ、うん。
  ただドラマの収録中、しょっちゅうガウリイさんがリナの曲のメロディ口ずさんでたり、昨日なんか「リナは最近元気か?」とか露骨に聞いてきたりしただけだから』
 「やだ、どうしてあたしがそんなストーカーじみたことされなきゃいけないのよ?」
 『…………。いや、あの………』

 姿は見えなくとも、アメリアが珍しく非常に元気のない様子が目に浮かぶような声だった。
 口ではそう言ったものの、なんだかあの男が自分の曲を口にしていると思うと、妙に面はゆい。
 軽くあいさつをして電話を切ってからも、リナの頭はそのことで占められていた。

 「……なんでかな………」

 彼がやたら自分を気にかけるのも。自分の気持ちがこんなに落ち着かないのも。
 今のリナには何もかもがわからなかった。




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