セイラ・2


 すぐにでも飛び出さんばかりにとり乱すガウリイを、アメリアとゼルガディスが必死に押し止め、なんとか昼食後にリナを探しに行くということで決着がついた。
 2人にしてみれば不思議なのだ。あれだけリナの安否に無関心を装っていたガウリイが、なぜ突然豹変したのか。

 むろん、昼食まで何もせず待っているわけではない。とりあえず、リナらしき人物の姿を見なかったか、聞き込みが先である。情報の集まりそうな宿屋や食堂を中心に聞き込む3人。
 しかし、何の手がかりも得られないまま、太陽は中天にさしかかっていた。

 「――宿のおじさんが早朝リナを見て、それ以降の足どりはわかりません」

 昼食を食べながら、アメリアが自分の聞きこみの結果を報告する。

 「俺の聞いた中でも、町の人間でリナを見かけたやつはいないらしい。――ガウリイの旦那はどうなんだ?」

 ゼルガディスに話をふられても、ガウリイは小さくかぶりを振るだけ。昨夜の夕飯で、リナと舌つづみをうちながらあっという間にたいらげていた宿のおばさんの料理は、今ほとんど手がつけられていない。

 ゼルガディスはうつむきっぱなしのガウリイの頭に手を置き、ぐいっと上向かせた。

 「しっかりしろ、ガウリイ。お前がそんなんじゃ、リナを見つけられないぞ」

 「そーですよっ! ガウリイさんの野生のカンが、リナを探すのに必要なんです。ちゃんと食べてください。でなきゃわたしたちがリナにしかられます」
 「言えてるな。『ガウリイが食べ物を粗末にした責任』が、俺たちにもあると怒鳴られかねん」

 冗談めかした軽い口調と、『リナは必ず戻ってくる』と暗に示された言葉に、ガウリイの気が少しだけ軽くなる。

 それと同時に、こんな時さりげなくはげましてくれるゼルガディスとアメリアに、仲間の存在に感謝した。

 「…そうだな。帰ると同時にリナからスリッパ攻撃もらっちゃたまらないからな」

 安堵の表情を見せる2人の前で、ガウリイはテーブルの料理に手をのばした。

 リナは必ず帰ってくると。その時に心配させてはいけないと。
 自分自身へ言い聞かせるように。









 午前中何も手がかりを得られなかった彼らは、まず昨夜リナが目をつけていたであろう、盗賊団のアジトへ行ってみることにした。

 これにも一応理由がある。ひとつめは、希望的観測だがリナがそこにいるかもしれないということ。
 リナは闇に姿を隠すため、もっぱら盗賊いぢめを夜中に行うが、昼にやらないという約束をしているわけでもない。

 もうひとつは以前、リナが盗賊同士のネットワークはバカにできないと言っていたためだ。
 もしかすると、追いはぎをやってる野盗がぐーぜんリナに出会い、魔法で吹っ飛ばされたかもしれない。
 そういう情報が手に入ることを期待して、3人は森の中へと入ってゆく。

 昼なお暗い森の中。整備されていないとはいえ、簡単な道が1本ゆるやかにのびている。鳥たちのさえずりと森特有のひんやりした空気が、身体にふれて通りすぎてゆく。
 こんな状況でなければ、ピクニックしたいくらいに心地よい。

 「あー…弁当持ってくりゃ良かったなぁ…」
 「食べたばかりだろうがっ」

 食欲魔人なセリフを吐いたガウリイに、ゼルガディスが呆れる。

 「でもなあ…」

 なおも言いつのりながら、ガウリイは腰の斬妖剣(ブラストソード)に手をかけた。

 「――どうせ運動したら、また腹が減るだろ?」
 「…確かに」
 「一理ありますね――」

 続いてゼルガディスとアメリアも、臨戦態勢に入る。
 アメリアがびっ! と頭上の空を指して叫んだ。

 「そこの人っ! すでにあなたが隠れてることはわかってるわっ! 観念しておとなしく、正々堂々出てきなさいっっ!」

 相変わらずこれは少し気恥ずかしいのか、ついつい視線をそらすガウリイとゼルガディス。

  ――がささっ

 突如聞こえた葉音に3人が上を振りあおぐと、前方の木にある太い枝の上から、1人の女が出てきた。

 一見したところかなり小柄で、まだ若い。短くした金髪と同じ色をした三角形のイヤリングが、両耳でゆれていた。

 女が何事か呟く。声が聞こえる、というより唇が動くのを見て、彼らは呪文攻撃が来ることを予測し、身構えた。
 だが、予想に反して炎も氷も飛んではこない。代わりに出てきたのは女の声。

 『あなたたち……リナ=インバースの仲間、ね……?』

 「――――!」

 いきなり核心をついた言葉に、ガウリイが息をのむ。
 鼻にかかったような感じで、女の声は続けた。

 『彼女は私が預かってるわ――。ねえ、彼女のこと、心配?』

 おそらくさきほどの呪文は、声を風に乗せて拡張させるものだったのだろう。女の声は少しエコーがかっていた。
 からかっているかのような女の口調に、ガウリイが一歩進み出る。その瞳には怒りの色。

 「…心配じゃないわけがないだろ…。リナを、返してもらおうか…」
 『そうねぇ…。じゃ、私の遊びにつきあってくれたら、考えてあげる』

 声と同時に、まだ木の上へ立っていた女が、右手をあげる。
 それに応えるかのごとく、彼ら3人を十数匹のレッサー・デーモンがとり囲んだ!

 『なっ……!?』

 3人が驚きの声をあげる。
 何の気配もないところから、レッサー・デーモンは突如、姿を現したのだ。

 しかし、驚いてばかりもいられない。デーモンたちは一声吼えて、それぞれ炎の矢を出現させている。
 一カ所にかたまらないよう、彼らはバラバラに散った。
 レッサー・デーモンたちが一斉に、炎の矢をとき放つ!

 「うそっ……!?」

 その時、アメリアが再び驚愕の声をあげた。
 炎の矢はなんと『全て』、ガウリイ1人を目がけて放たれたのだ。

 「くっ………!」

 常人とは遠く離れたスピードで、ガウリイはどうにか身をかわす。
 しかしデーモンたちの集中砲火は、間をおかずガウリイへと降り注いだ。
 さすがのガウリイも、防戦一方。飛びくる炎の矢をよけたり、剣でなぎはらったりするのが精一杯である。
 そこへ。

 「烈閃槍(エルメキア・ランス)!」
 「冥壊屍(ゴズ・ヴ・ロー)!」

 アメリアとゼルガディスの呪文が、3匹のレッサー・デーモンを塵へ返す。
 デーモンが1匹残らずガウリイに向かったら、ゼルガディスとアメリアはノーマークになるのが道理だ。なににも気をとられることなく、攻撃に専念することができる。
 今ので数匹のレッサー・デーモンが振り向いた。だが、もう遅い。

 「烈閃咆(エルメキア・フレイム)!」

 ゼルガディスの呪文で、また1匹デーモンが倒れた。









 勝敗は、あっという間についた。
 なにせデーモンたちは、始終ガウリイのみに攻撃をしかけ、アメリア達への攻撃は実におろそかなものだった。

 いくらガウリイが身を守るのに手一杯で戦えないとはいえ、アメリアとゼルガディスが片っぱしから呪文を唱えていけばすぐ終わる。
 これは明らかに、デーモンを操っている者の采配ミスといえた。

 最後の1匹が倒れると、ゼルガディスが剣についた血をはらい、木の上で彼らの戦いを観戦していた女をにらみつけた。

 「次はお前か!?」
 「…………」

 女は答えない。その態度に、ガウリイの苛立ちがつのる。

 「名前ぐらい名乗れ! リナをどうしたんだ!?」

 ガウリイの、半ば殺気すらこもった問いかけに、

 「―――『セイラ』」

 『……!?』

 ポツリと答えた女の声。それを聞いて、全員が動揺した。
 最初に聞こえた声とは全く違う。ねちっこく、少し高めだった最初の声とは違い、どちらかといえば低めな、けれどどこか凛とした声。
 おそらく、これがこのショートカットの女の肉声だろう。

 ということは、どこかにまだ最初の声の女がいる可能性がある。ゼルガディスは剣を青眼にかまえ、アメリアは呪文を唱え始めた。
 だが、ガウリイは。

 「ガウリイ!? ガウリイ!」

 ガウリイは、剣に手もかけぬまま、呆然と女を見ていた。ゼルガディスの声でやっと我に返ったらしい。

 「ガウリイ何してる!? その女を捕まえるんだ!」
 「! ……お、おう!」

 たたみかけるようにゼルガディスが言い、それに反応して走り出すガウリイ。
 しかし、ガウリイが走りだした直後、セイラは胸元からナイフを数本取り出した。
 それをガウリイに向かって、投げる!

 「!」

 思わず一瞬ガウリイが足を止めた隙に、セイラは身をひるがえした。
 敬遠のつもりだったのだろう。見る間に姿が消えてしまう。
 そこへまるで託宣のように、最初の女の声が降ってきた。

 『ホホホホ……。リナ=インバースを返してほしかったら、港町フロゥエイブへいらっしゃい……』

 その声を最後に、森は静けさを取り戻した。
 後にはただ、レッサー・デーモンの死骸が残るのみだ。

 そして、もうひとつ。

 ガウリイは、セイラの投げたナイフのひとつを拾いあげる。
 それをそっと手のひらに包みこみ、

 「リナ……」

 口の中で小さく呟いた。




 3話へ進む
 1話に戻る
 小説2に戻る