すぺしうむその3
 〜イモの香りはひそやかにの巻・前編〜


 「あー……最近ヒマねー……」

 ぽかぽかと晴れた、気持ちのいい昼下がり。これでお昼寝などできたら最高なのだが、お昼寝のために次の町へ行くのを遅らせるわけにもいかない。
 世間様一般は、平和そのもの。このぽかぽか日和を象徴したかのような。

 「ほんっと、ヒマねー……」
 「お前さんなあ、年寄りみたいだぞ」

 ずぐっ

 「うぐぅっっ……!」

 よけいなことを口走るガウリイを肘鉄で黙らせ、あたしはのんびりした歩調に合わせて、のんびりと雲を見上げた。

 「気持ちいいくらい、ヒマねー」

 誤解しないでほしい。
 あたしは別に、ヒマが悪いと言っているわけではないのだ。むしろ、最近はあまりにも、あたしたちは忙しすぎた。

 このガウリイと出会ってからというもの、魔族との戦いが絶え間ない。むろん単にガウリイは時期的な指標であって、ガウリイ自身が悪いわけではない。どちらかと言えば、原因はあたしだろう。もっとも、一番の原因はたいてい、魔族や他のやつらにあるのだが。
 それもようやく一段落ついた今。こうやって、ヒマだヒマだと憎まれ口をたたきながら平和をかみしめて、なにが悪いというのか。

 できることならこの平和、いつまでもとは言わないが、もう少しだけ続くとい――

 「大変だーーーー!!!!」

 あたしの思考は、突然上がった叫びに遮られた。
 混乱の叫び。トラブルのにおい。つまりは……

 「お金のもとぉー♪ よっしゃ行くわよガウリイ!」
 「あー、はいはい」

 うんざりしたような口調ながらも、一応ついてくるガウリイ。
 あたしは、彼の姿を横目で確認してから、全速力で走りだした。
 街道の横合いにある茂みに飛び込み、森の中へ。猟師か誰かのつけた道を走りながら、さっき声のした方へ走ってゆくと。

 「た、た、……大変だ!」

 こちらへ走り来る、兵士姿の男が1人。その顔には、驚愕と恐怖がはりついている。
 ラッキー♪ あれがお金のもとね!

 「どうしたの? なにがあったの!」

 内心の喜びをおさえ、心配した表情を作って問いかけるあたし。
 男は、あたしたちを――というより、人を見つけた安堵感から、一瞬顔がゆるむ。しかし、またすぐに険しい表情に戻って、

 「た、助けてくれ……。イモが、イモが!!」
 「……イモ?」

 イモ。こんなトラブルの中では似つかわしくない単語である。
 魔族、とまではいかないが、せめてトロルとかドラゴンとか、そーいう強い生き物の名前であれば、まだわかる。そんなのに襲われて、平静でいられる訓練など、兵士は積んでいないだろう。
 しかし。イモごときで、こんなに取り乱すとはどういうわけか。

 頭の中に思いっきり疑問符を浮かべるあたし。すると今度は。
 がざがざっ!
 すぐそばの茂みをわって、5、6人のこれまた兵士姿の男たちが現れる。
 先頭に立つ男には、なんとなく見覚えがあるような――――って!!?

 「おぉ!? お前、もしやあのときの女魔道士か!! これは奇遇だ!」
 「…………そーゆーあなたは…………あの時の…………」

 走馬燈のごとく、脳裏に蘇る忌まわしい記憶。できることなら……封じておきたかったはずの。
 何が悲しゅうて……こんなうららかな小春日和の日に……。

 あたしの気持ちがげんなり落ち込むのも、無理からぬことであろう。あの記憶は、どう考えても平和な午後と見事なまでに反発する類のものだ。
 しかし。次の瞬間、先頭の男――隊長の発した言葉は、あたしをさらにドン底へと突き飛ばすものであった。

 「ちょうど良かった! また手伝ってはくれまいか!
  ……おっと、手伝う、という表現は的確ではないかもしれんが。なにせ前は、我々がお前たちを手伝ったのだからな」
 「ま……『また』……?」
 「ああ」

 イヤな汗をにじませて、先の言葉を拒否するあたしに、隊長は少し声を落としつつも、

 「例のイモの――生き残りが発見された」













 スイートポテト。
 煮てよし焼いてよしケーキにしてよし。
 野菜でありながらほのかな甘みをもつ、この秋の味覚は、老若男女多くの人に愛されている。この野菜がキライ、って人は、きっと滅多にいないだろう。
 誰もが知ってる、知名度も人気も高い野菜。それがスイートポテト。

 だが。
 この世には、村ひとつを滅ぼすという、恐ろしいスイートポテトがある、ということは……あまり知られていない。

 「ほんとーに……『あの』スイートポテトだったんでしょうね?」

 確認するようにあたしは訊ねる。いや、むしろ否定してほしかったのかもしれない。
 しかし、前回の事件から名も知らぬままだった隊長は、無情にも首をたてにふった。

 「ああ。我々の隊員が再びここで訓練している最中、突然襲われて、それで事態が発覚した。
  我々としても、あの事件は衝撃的だったからな……いろんな意味で。決して、見間違い、などということはないはずだ」

 うむむ……。そうすると、『あの』ときに見逃していたヤツがいたってことか。
 取りこぼしには十分気をつけていたつもりだったが、落ち葉が降り積もる山の中というのは、思った以上に厄介なものだったらしい。

 ともかく、経緯はどうであれ。知ってしまったからには、なんとかするしかあるまい。
 今回のことを再び、『あの』スイートポテトを作り上げた、大元の原因であるケーキ職人・ジョージの責任にしてケーキ食べ放題……という考えも浮かんだには浮かんだのだが、今から彼の住むキュリアン・タウンにとって返し、ジョージに話をつけて、再びここへ戻ってくるほど、時間に余裕はなかった。

 そんなことをしていたら、その間にスイートポテトは大きくなり、ふたたびタネイモから数を増やしてしまうだろう。もう一度増えたスイートポテトを探し、もしもまた取りこぼしたら。

 いつまでも同じことを繰り返すことになってしまう。
 まっぴらごめんだ、こんな面倒すぎること。

 「しかたないわね。一番いい方法は、さっさと探してさっさと殲滅。これしかないでしょ」
 「そうだな。我々も全力を尽くすつもりだが――と、確認するのを忘れていたな。
  前回同様、協力してくれまいか?」
 「当然よ。あんな危険なものがいるとわかって、見過ごすわけにはいかないしね」

 とたん、くいっ、と引っ張られる。服の端に目をやると、案の定、迷子になった子供のような、途方にくれたガウリイの瞳。

 「……なあ、リナ。なにがどうなってるんだ?」
 「あー。だからね……」

 たぶん、ムダだろうとは思うけれど。あたしは、諸般の事情を説明することにした。











 山あいの、小さな、なんにもない町。
 そんな印象の強いキュリアン・タウンに、一人のケーキ職人がいた。

 彼の名はジョージ=グッドラック。身も心も人生も、すべてケーキに捧げつくした男。
 彼の作るケーキは絶品中の絶品。うまい、なんて乱暴な言葉で評価することは罪であるかのような気さえしてくる出来の良さ。
 その味は究極にして至高、絶妙にして最高。まさに天国の味とはこのことだと、誰もが納得してくれるような味である。

 そんな他に類を見ないケーキたちは、すべて彼のこだわりからできている。
 なにせ、素材も最高のものを手に入れるため、とことん品種改良して、作物に最も適した山まで買い取っちゃったなんて言うんだから、常人にマネできることではない。
 ……まあ、その結果、ちょっと見た目がアレなものばかりというのが、難点と言えば難点だが。

 しかし、いくら見た目がグロかろうと生態的に問題があろうと、ケーキになってしまえばそんな恐ろしげな雰囲気を微塵も感じさせないのが、ジョージのケーキのすごいところだった。

 とはいえ。作物の品種改良というものは、失敗作も数多くできあがる。
 その失敗作のひとつ、スイートポテト666号が逃げだし、一騒動を起こした事件は…………数年たった今でも強く記憶に残っている。

 もちろんあたしたちはスイートポテト666号を燃やし、その特性として増殖していた子イモも全て焼き尽くしたつもりだったのだが、どうしたことか生き残りがまだいたらしい。
 それにしては、表沙汰になるのが遅いけど。よっぽど残ってたカケラが小さくて、何年もかかってやっと行動できるようになったんだろうか。

 「んで? どんな騒ぎだったんだ?」

 珍しく話を聞いていたガウリイが、至極もっともな問いを投げかけてくる。明日は雨じゃなきゃいいけど。
 あたしは、深刻な顔をつくり、

 「いーい、ガウリイ。大事なことだからよく聞いて。……そのスイートポテトは、『死んだ』植物を栄養として取り込むため、動き回るの」
 「う、動き回る!? ……しかも、『死んだ』植物って……?」

 理解できた言葉に驚き、理解できない言い回しに首をかしげるガウリイ。

 「信じられないだろうけど、事実よ。
  敵は、動き回る植物。それこそ動物ぐらいの速さでね。しかも、『死んだ』植物をエサとしているの。たとえば、家とか――服とか」

 そう。
 だからあたしたちは、必死になってスイートポテトを殲滅したのだ。

 もしそのスイートポテトが、大挙してひとつの村を襲ったら、その村にはほとんど何も残らない。家も家具も食いつくされ、馬車とて牛革の幌しか残さず食われるだろう。人々も、片っぱしから襲われて、身ぐるみはがれてしまう。
 金貨や銀貨、宝石類に被害が出ないのは不幸中の幸いだが、もちろん家だって大事な財産だ。
 魔法道具店(マジック・ショップ)なんて、ブラウディアの木の実やクラウレの根っこがすべて食べられた日には、目もあてられない大損害になるだろう。

 「だから――ヤツと戦うときは、ガウリイも気をつけてね。でないと服を食われて丸裸よ」
 「服を…………」

 そう呟いて、ガウリイはあたしにじっと視線を注ぐ。
 わずかに熱っぽい、それでいてどこかを見透かすような――――ん?
 こんな視線……前にもどこかであったような……って!

 すっぱこおおぉぉぉんん!!!

 思い出した瞬間、あたしは懐のスリッパで、ガウリイの後頭部をはり倒した。

 「いってえ! いきなり何すんだリナ!」
 「どやかましいいいぃぃぃぃぃ!!!!」

 頭の血管が切れるんじゃないかってぐらい、大声で叫ぶあたし。顔が赤いのは自分でもわかる。

 「あんた今、なに想像した!!??? どーせくだらないこと、想像したんでしょ!!!」
 「くっ……くだらないことって、健全な男だったら、誰だって想像することだろが!」
 「それがくだらないって言うのよ!! そこも!! またオカシなこと考えてんじゃないわよ!!!」

 そう言って、少し前を歩く兵士たちを睨みつけてやると、彼らは慌てて視線をそらす。
 ……くっそー……こいつら、やっぱり数年前と同じこと考えてたな……。

 何年か前、あたしはスイートポテトを退治するとき、彼らと協力して戦っていた。
 そのとき、あろうことか、こいつらときたら…………
 いや、やめとこう。やつらの頭の中で、どういう想像がなされたかの予想はつくが、自分の頭の中でまで、自分の人権と貞操を汚したくない。切実に。
 怒りに震えるあたしに、隊長がチラリとこちらを振り返り、すねたように言った。

 「いいではないか。やっぱり見たいんだから」
 「ええい! もっかい開き直るなああああぁぁぁぁぁ!!!」

 これだからっ……これだから、男ってやつは!
 しかも、兵士たちだけでなく、ガウリイ! あんたは保護者を自称しときながら、いったい何を不埒なこと考えてるかっっっ!!?

 頭に血がのぼりきって、ヘタをするとクラクラしてくる。
 すっかり冷静さを失っていたあたしは、近づいてくる気配にまったく気づかなかった。
 最初に気づいたのは――やはり野生のカンを持つ、ガウリイ。

 「リナっ!」

 真剣みを帯びた彼の声を耳にして、一気に頭が冷える。
 急いであたりの気配を探ると、わずかに土を這って、なにか……生き物が、こちらに向かい来る音。

 「来るぞっ!」

 ふたたびガウリイのかけた声に、やっと周囲をキョロキョロ見回す兵士たち。
 カサ、カサカサ、カササ……
 音は次第に大きくなってゆく。……近づいてきているのだ。やつが。

 ガササッ!
 茂みを割って、ひとつの影が飛び出す! あたしは口の中で唱えていた呪文を、素早く相手にぶつけた。
 しかし、見事に発動した火炎球(ファイアー・ボール)を、その大きな身体ははね返し……え!?

 グルオオォオオォォォン!
 続く雄叫び。前に聞いたスイートポテトの叫び声は、こんな地の底から響く重低音ではなかったはず。
 よくよく見れば、それは単なる野良レッサー・デーモンだった。

 「なんだ……ハズレか」
 「ビックリしたなあ。おどかすなよ」

 とたん脱力するあたしとガウリイ。
 逆に、ノドの奥で詰まったような悲鳴が、兵士たちから上がる。

 「は、は、は、は、ハズレって!! レッサー・デーモンだぞレッサー・デーモン!!」

 あー、そうか。
 そういえば、普通の兵士にとって、レッサー・デーモンは十分脅威の対象になるんだった。
 スイートポテトはスイートポテト。死んだ植物をエサにするから、服をはがれる心配はあっても、命に別状があるわけではない。
 一方、レッサー・デーモンは倒せなかったら命にかかわる。逃げたとて、向こうが殺意を持って追いかけてくれば、逃げ切れるとは限らない。

 考えてみれば、一般人にはスイートポテトよりレッサー・デーモンの方がずっと怖いだろう。
 ここんとこ、もっと強力な純魔族とばっかり戦ってきたせいで、レッサー・デーモンなんてザコ敵ぐらいにしか感じなかったけど。

 「はいはい、ちゃっちゃと退場してね。……黒妖陣(ブラスト・アッシュ)」

 ぼひゅっ! と空気の爆ぜる音をたて、レッサー・デーモンを中心とした空間が、闇に消える。
 身もフタもない、一瞬で終わった戦闘に、兵士たちが呆気にとられていた。
 うーん、久々すぎて新鮮かもしんない、この反応。あたしにも、レッサー・デーモンごときに驚いていた、初々しい5歳児のころが――

 「うわあああぁぁぁぁああぁぁぁ!!!」

 モノローグにひたっていたその時、突然兵士の悲鳴が響きわたる!
 声の方を見ると、なんと兵士その4が、ズルリ、と茂みに引きずりこまれる瞬間だった。
 足にからみついていたのは、緑色の触手。……いや、蔓。

 「来たわ! 今度こそやつよ!」

 叫んでから、あたしは小声で呪文を唱える。詠唱するのはもちろん、炎系の術。
 さすがに山火事はマズいし、ひとまず様子見の炎の矢(フレア・アロー)である。
 だがその前に、ガウリイが茂みへと突っ込んでゆく!

 ――だめっ!

 呪文詠唱をとぎれさせるわけにはいかない。ここは、ガウリイの機転に……!
 ……すがるのは、やめた。神サマを初めとして、存在しないモンにすがるシュミはない。
 代わりに、唱え終わった呪文を早々に解き放つ。

 「炎の矢(フレア・アロー)!」

 解放された力は、狙いを違わず進み行き、目標に向かっていく。
 ほとんどがガウリイの脇をかすめ、炎の矢が何本か彼に当たりそうにもなるが、ガウリイは驚異的な運動能力で、それらを全てよけた。
 よっしゃ足止め成功!

 「どぅわあああぁぁぁ!? おい待て、リナ、なんでオレに攻撃するんだ!」
 「なんでオレに、じゃない!! 突っ込んでってどうするのよ! あんたも身ぐるみはがれるわよ!!」

 ぜんっぜん状況をわかっていなかったガウリイに、あたしは負けじと怒鳴る。
 ガウリイはたしかに、腕のいい剣士だ。しかし、相手は数限りない大量の蔓。
 それらの攻撃を全てかわしきり、イモ本体の懐(?)に飛び込めるとは思わない。

 仮に飛び込めたとして、彼にはイモを両断、もしくは細切れにすることしかできないのだ。
 それでイモを倒したことになるか? イモや蔓の動きが止まるか?

 答えは、どう考えてもノーである。10個に切り刻んだとて、1つのイモは10個の小さなイモとなり、バラバラに動きだすだろう。ヘタすりゃ、いくつかに逃げられる。
 つまり。

 「こいつは、あたしの炎系の呪文で、完膚なきまで焼きイモにしてやんなきゃダメなのよ!」
 「そうか、わかったぞリナ」

 とたん、真剣な顔になるガウリイ。

 「お前、大きなまま焼きイモにして、独り占めする気だな!」
 「違うわああああぁぁぁぁぁ!!!」

 ぼぐっっ!

 やっぱりわかっていなかったガウリイの顎に、遠慮なくアッパーカットをくらわす。
 ガウリイが地面に倒れ伏すと同時に、茂みの中から声がした。

 「あ……あのぅ……」

 細々とした震える声に振り向くと、そこには素っ裸の……もとい、上半身をなんとか薄い鎧で覆っている、兵士その4の姿。
 あ、しまった……すっかり忘れてた。
 兵士その3がそちらへ駆け寄り、服を渡している。たぶん今回の相手が『あの』イモと知ったとき、予備の服を用意しておいたのだろう。いい心がけである。

 どうやら、あたしとガウリイが漫才じみたことをやってるうちに、炎に驚いたスイートポテトには逃げられてしまったようだ。
 とりあえず、第1戦は、完敗、か……。
 内心歯がみするあたしに、隊長が近寄ってくる。

 「それにしても、このままでは……」
 「ええ、そうね」

 このままでは、ヤツはさらに服だのなんだのを栄養にして、力をつけてしまう。持久戦は不利だ。
 なんとしても、とっとと焼き尽くすしかない。
 どうにかして、服を食われずに、ヤツの間近へ飛び込む手段はないものか。

 前回と同じく、ゴーレムの中に入り込んで、という案は、できることなら避けたい。
 あのときに引きちぎった蔓が生き残って、今回の騒動のタネになった可能性もあるのだから。

 「そうだ! こういうのはどうだろう?」

 何か思いついたらしく、隊長が目を生き生きとさせながら言う。

 「魔道士どのが、服を食われても気にせず、勇気を持って――」
 「却下。」

 脳ミソが沼の泥色にただれた意見を、速攻でなかったことにする。
 しかし、どう考えても承諾できないその意見が、あたしの脳裏にほんの少しだけ引っかかった。
 もしかして、もしかすると……

 「それより――こんな案なら、いけるかも」




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