壱「鬼と狼」


 内海に面した港町であるドルファンの春は美しく、古来から多くの人に愛されてきた。

 事実、この日も心地の良い春晴れに恵まれたドルファンは、その美しさと心地よさをその地にすむ人々に分け隔てなく振る舞っており、人々の心にそこはかとない幸せを感じさせていた。

 だが、市街地はともかくとして、今年ばかりは例年とは異なっているところがあった。隣国プロキアとの戦争のために徴募された傭兵隊、及び騎士団によって長らく行われていなかった軍事演習が市街地郊外のあちこちで行われていたからだった。

 プロキア内に発生したクーデターにより、プロキアは内戦状態に突入。内戦そのものは数日のうちに集結したが、新体制派による国内統治のためにプロキアはドルファンに停戦を申し込んで来ていた。しかし、停戦交渉はまだまとまっておらず、プロキアと契約していた傭兵騎士団ヴァルファバラハリアンがドルファン国内に踏みとどまっているために、未だドルファン国内は緊張状態におかれていた。

 

「どう思う、トザワ?」

 傭兵隊のドルファン軍法(法律ではなく運用システムなどのこと)教育担当官と傭兵隊指揮官を兼任しているヤング=マジョラム大尉は、傍らに立つモリヤスに尋ねた。

「最終的に負けることなどありませんが、苦戦するでしょうね、この騎士団では。相手はあのヴァルファですから」

 傭兵隊正面に対して突撃を繰り返す騎士達をみながら、モリヤスは応えた。

 この日は、騎士団第2大隊の第1中隊と傭兵隊との対抗戦が行われていた。

 まだどうなるかははっきりしていないが、プロキアとの戦争は回避できそうだった。しかし、ヴァルファバラハリアンがドルファンに対して敵対行動をとり国内に居座っている以上戦闘が発生するのも時間の問題である。

 本来この時期に対抗戦などしている暇はなく、騎士と傭兵合同による作戦行動訓練をおこない、実戦時の混乱を避けねばならないのだが、騎士側の要請に従い、こうして戦闘訓練を行っていた。

「だろうな……。だが、この国の騎士の多くはわかってないのだよ。今もこうして単なる対抗心から、無駄の多い対抗戦なんかを仕掛けてくる」

 軽い失望を含んだ声で、ヤングはつぶやいた。

 実際、騎士達の多くは実戦経験のないことに劣等感を抱いて、傭兵隊を目の敵にしていた。

「戦争をしろとはいわんが。こんな風に劣等感を感じているなら、普段からまじめに訓練を行えばいいんだ。でないから、生粋の騎士団でもあんな風に――」

パイク隊の展開をみて、あわてて急回頭しようとして混乱している騎士隊をヤングは指していった。

「まともな戦術機動すらできん」

「たしかに……」

 ドルファン騎士団の練度は確かに高くなかった。混乱が広がるばかりで収集されないのをみても、指揮官の能力もさほどではないのだろう。モリヤスは言った。

「しかし練度にも問題はありますが、重要な問題はもっと別の所にあると思いますよ」

「ん?」

 応えて振り返るヤングをみて、モリヤスは続けて説明した。

「組織の思考が古いことです。まぁ、長らく戦という戦をしてこなかったせいでもあるんでしょうが、はっきり言ってもはや彼らの望むような戦闘は起こらないでしょう。ただ騎士同士が正面から突撃しあうような場面はみることはできないと思います」

 スィーズランド傭兵隊の重装槍兵(パイク)や、まだ数は少ないが火縄銃兵(アルケビュッシャー)の存在は、あの“日の沈まぬ”帝国からも欧州最強の戦略機動軍として全欧に恐れられた軽騎兵軍の単独による存在を許さなかったのだ。いわんやこの国の騎兵隊では――。

「この国ではまだ鉄砲を用いてませんが、このままでは遅かれ早かれ戦闘そのものが成り立たなくなるかもしれませんね」

 モリヤスは言い終わると、ヤングから視線を騎士隊に戻した。

「そうか……。そうだろうな…」

 ヤングも同じように視線を移していった。

 そこでは、傭兵隊の騎兵小隊が突撃をかけて最後の仕上げをしていた。

 ヤングが傭兵隊の各指揮官と共にたてた作戦は、ものの見事に第1中隊から戦闘能力を奪っていた。

「何とかしなくてはならないんだがな……」

 まるで痛みを伴っているかのように小声でつぶやいたヤングは、しばらく考えているとふと顔をモリヤスに向けた。

「そういえば、おまえ今度の休暇に予定は入っているか?」

 突然聞かれたので、一瞬怪訝な顔をしたが、モリヤスは応えていった。

「いいえ。特にこれといった予定は立てていませんが」

 するとヤングは微笑を浮かべて用件を告げた。

「いや、なに。よかったらうちに食事にこないか?ハンガリア時代の命の恩人が来ていると言ったら、妻が喜んでね、一度ちゃんとした礼をかねて食事に招待したいと言っているんだが。どうだ?」

「命の恩人ですか?それはまたふっかけてくれましたね」

 ちょっと困ったような表情を浮かべてモリヤスは応えた。

 5年前、ハンガリアとプロキアの間に発生した戦争に、ハンガリア側の傭兵として参加したモリヤスは、そこでヤングと共闘したことがあった。ヤングはそのときのことを持ち出していたのだ。

「そうだ。恩人だ。何しろあのときおまえが包囲網を切り開いてくれなかったら、今頃俺はここにこうしていないからな」

 うれしそうに言い、モリヤスの肩に手をおいてヤングは続けた。

「あのときの戦鬼が、いままた俺の横にいるんだ。神様に感謝しなくちゃな!」

「“鬼”と、味方からも煙たがられていたように感じましたが」

「なぁに。人間なんて自分よりあまりに強いやつに出くわせばたいてい怖がるもんだ。だいたい俺だって“狼”なんて言われてるんだ、おまえほど強いやつはそれぐらい我慢しろ。それで、どうだ、来てくれるか?」

「そうですね……」

 そうしたやりとりをしている間に、第1中隊は完全に壊乱した。

 傭兵隊に比べ、余りにもふがいないその姿を見て第2大隊長は激怒したが、判定官の判定は“双方大被害を被り後退。結果は引き分けとする”というものだった。

 

 数日後、ヴァルファバラハリアンはドルファンに対し宣戦を布告。

 一傭兵騎士団と一国の戦争という異常な状態を迎えることとなる。

 しかし、この戦争の与える影響はドルファンに、そしてモリヤスに大きく関係してくることを、モリヤス自身も想像すらできなかった。


<あとがき>

 

『こころのちから』の1話をお送りいたしました。いかがでしたでしょうか?

 まだ女の子が登場していないので、「これは『みつめてナイト』ではない」とかいわれそうで、申し訳ないです。

 次はいろいろな女性を登場させようと思っていますので、長い目で見てやってください。

 
*補足

人物紹介
 

戸沢盛安(モリヤス=トザワ):この話の主人公の東洋人傭兵です。夜叉九郎とよばれたモデルになってもらった武将がいますので、名前を聞いたことがあるという方がいると思います。一応彼をベースにした別人になっていますので、ファンな方(もしいらっしゃるとすれば)「こんなじゃない」と怒られないようお願いします。

 

ヤング=マジョラム:言わずともしれた、傭兵隊の教官です。この話では、ハンガリアからドルファンに来たのが5年前ということで、ハンガリア時代に主人公と面識があるという設定にしました。そのほかは、ゲームと一緒にしようと思っています。

 

ゲームはベースにはしますが、ずいぶん内容は変わってくると思うので、その点もよろしくおつきあいのほどをお願いいたします。


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