弐「ドルファンの少女」


 初夏と言うにはまだ早いが、そろそろ日差しがはっきりとしてきた今日この頃、モリヤスは休日の市街地を歩いていた。

 先日あった野外訓練によってできた連休であったが、今日は夕方からの予定を除いてすることがなかったのだ。

「じゃ、わたしは国立公園に行くね。モリヤスは今日は遅くなるんだったね?」

 肩に乗っていたピコは羽をはばたかせ、モリヤスの目の前に来て言った。

「そうだな、あまり長居をしてもいけないだろうが、ヤング殿次第だからな。先に寝ていてくれていいよ」

「うん、わかった。気をつけて帰ってきてね!!」

「ああ、君も気をつけてな。ピコ」

 飛び去っていくピコを見送った後、モリヤスはショッピング街に向けて歩き出した。今日の招待に対する手みやげを買うための店を探すつもりでいた。

 まだ人のあまりいないビーチを抜けてショッピング街に入る。

 そこで、モリヤスは呼び止められた。

「あ、トザワさんじゃないですか」

 モリヤスが声のした方を振り向くと、四人の少女が目に入った。その中の一人に見知った顔があるのに気付く。

「ロベリンゲさん、だったね?こんにちは。あれからあの連中とは何ともないかな?」

 モリヤスが言うと、少女はうれしそうにして近よってきた。

「こんにちは、お久しぶりですね。ええ、その件ではどうもありがとうございました。前にお会いしたときは、ちゃんとしたお礼も言えずにすみませんでした。でも、私のことはソフィアでいいですよ」

「わかりました、ソフィアさん。別に礼など必要ないですよ……。それで、そちらの方々は?」

 ソフィアの後ろで物珍しそうな顔をしてモリヤスを見ている少女達をみながら、モリヤスは尋ねた。

「あ、学校の友達なんです。彼女から――」

「ボクは、ハンナ。ハンナ=ショーンスキーっていうんだ。トザワさん、でいいのかな?」

「あたしは、レズリー=ロピカーナ」

「ロリィ=コールウェルで〜す」

 つぎつぎと、自己紹介をしていく少女達。

 その元気な姿にちょっと微笑みながらモリヤスは自分も自己紹介をした。

「モリヤス=トザワといいます。いまは、ドルファンに雇われている傭兵です」

 傭兵といわれて、3人は面食らったようだった。

 長髪の少女、レズリー=ロピカーナと名乗った少女がソフィアに尋ねた。

「へぇ。剣を差してないんでわからなかったけど。ソフィア、あんたいったい傭兵なんかとどうやって知り合ったんだい?」

 傭兵に対してあまり良い印象を抱いてないせいだろう。多少、つっけんどんとした言い方にソフィアはあわてて説明した。

「トザワさんはふつうの傭兵とは違うわ。なによりわたしを助けてくれた恩人なのよ――」

 ソフィアの説明を聞きながら、ふとモリヤスはソフィアと出会ったときのことを思い出していた。

 

 ちょうどドルファンについたときのことだった。

 船を下りて、兵舎に向かおうと港を歩いていると、ソフィアが3人の柄の悪い男(俗に言うチンピラというやつだ)に囲まれている場面に出くわしたのだった。

「てめぇ、なぁに見てんだよ?文句あるのかぁ、その面はよぉ」

 3人の男の一人、髪を鶏冠(とさか)にたてた男がモリヤスに近づいてきて言った。

 他の2人も近寄ってきている。

「婦女子に対してそのような態度、感心せぬな」

 3人を視界におさめながら、モリヤスは戦言葉で告げた。

 すると、3人の態度が明らかに好戦的になった。トサカの男が、真っ先に口を開く。

「東洋人の兄ちゃんよう…カッコつけすぎると痛い目に遭うぜぇ!」

「グヘヘッ。3人に1人でかかってくるたぁ、良い度胸してるじゃねぇか」

「おまえ傭兵か?」

 3人が3様の言葉をはき、それぞれが獲物を取り出す。

 それを見て、表情を完全に消した顔でモリヤスは腰に手をやり言った。

「いかにも傭兵である。その方ら、私と事を構えるということは、それなりの覚悟をしてもらうことになるぞ」

 冷たい声色で告げ殺気を放ち始めたモリヤスに、きれいに頭を剃り上げた男が最初に反応した。

 今にも飛びかかろうとしているトサカの男を押さえて言う。

「へっ!なんかシラケちまったな。行くぞビリー、ジャック兄貴。こんな東洋人ほっとこうぜ」

「えっ?なんだよ、サム兄貴」

「いいから行くんだよ!」

 突然のことにとまどっている2人を押しやるようにして、禿頭の男はモリヤスの目の前から離れる。

「てめぇ、いつか殺してやるからな。次会うときは覚悟しとけよっ!」

「ばか!早くこい!」

 隅に消える際に捨てゼリフをはくトサカの男を引っ張り、禿頭の男はモリヤスの視界から消えた。

 モリヤスは姿勢を元に戻し、少女の方を向いた。

 ゴロツキ達よりもモリヤスの作り出した雰囲気に怯えていた少女は、モリヤスに見られているのに気付くとハッとしたように自分を取り戻し、あわててモリヤスに近寄って来て頭を下げた。

「あ、あの。あ、ありがとうございました」

「お気になさらないように。怪我などがなくてよかった」

 少女に怪我のなさそうなのを確認して、少し微笑んでモリヤスは言った。

 そのモリヤスの顔を見て頬を染めた少女は、また頭を下げて言った。

「いえ、危ないところを助けていただいて本当にありがとうございました…。今は急いでいますので何もできませんが、後で改めてお礼に伺いますので、せめてお名前だけでも教えていただけませんか?…あ、すみません。わたし、ソフィア=ロベリンゲと申します」

「私はモリヤス=トザワと申します。今日から、傭兵としてドルファンに滞在します」

 モリヤスも名を名乗り、続けた。

「何か事情がおありなのでしょうが、このような場所に女性の方が一人でいるのは控えられた方がよろしいでしょう。必ず、誰かと一緒にいられるように心がけてください。ロベリンゲさん」

 モリヤスの注意に、ソフィアは律儀にうなずいた。

「はい、気をつけます。トザワさんは外国の方なのに、きれいなルーマン語をしゃべられますね」

「そうですか?ありがとうございます。教師が良いせいでしょうね。それよりも急がれるのでしょう?」

「あ、そうでした!それでは失礼します。本当にありがとうございました!!」

「お気をつけて」

 元気よく礼を言ってソフィアが行ってしまうと、ピコがしゃべりかけてきた。

「彼女、何ともなくてヨカッタね。それにしても『教師がいいから』なんて照れるこというじゃない!」

「事実だからね。行こうか、ピコ」

「うん」

 うれしそうに肩に乗るピコをつれて、モリヤスは兵舎に向けて歩き出した。

 

「――ということなの」

 ソフィアの説明(多少誇張があったように思えた)が終わる頃には、3人の少女もモリヤスに対する興味を取り戻したようだった。

「へぇ。傭兵にもそんなのがいるんだ」

「お兄ちゃん、かっこいいんだね!」

 レズリーと彼女にひっついている赤毛の少女、ロリィが言った。

 短く刈った髪をしている少女、ハンナもモリヤスの前に出てきて

「殴り合いもしないで、そういう人たちを負かすなんて、ホントすごいよ」

 などと目を輝かせながら言った。

「あの場に他に誰もいなかったために私が助けに入ったまでです。誰か他にいれば、その方が助けに入っていましたよ」

 3人の反応にとまどいながらも、モリヤスは言った。実際にそうだと思っているようだった。

 そのモリヤスの言動を好ましく思ったのか、3人の少女からは、先ほどの傭兵であることに対する嫌悪感は霧散していた。

「いえ。あのときトザワさんが助けてくれなかったらどうなっていたか…。わたし、本当に感謝してます」

 ソフィアは、はにかみながらモリヤスに告げた。そして、気付いたように尋ねた。

「それでトザワさん。どこへ行かれるのですか?」

「ああ。夕方から知人の家に招待されていまして、そのとき持っていくものを買う店を探そうと思っています」

「そうなんですか。何か心当たりのお店があるんですか?」

「いえ、まだ時間があるので、ついでにこのショッピング街を散策してみようかと…」

「でしたら、ご一緒しませんか?私たちもこれから買い物をしようとしていたところなんです。もしよろしければ、いろいろと案内もして差し上げられますし……」

 ソフィアの提案を聞いて、モリヤスはちょっと考えた後聞いた。

「しかし、今日はご友人達との予定がおありでしょう?」

 それに対して少女達は、

「別にあたしはかまわないよ。これも何かの縁さ、一緒に行こう」

「お兄ちゃんも一緒にいこうよ」

「ボクは全然平気だよ」

 と言った。

 ソフィアはうれしそうに少女達を見てモリヤスに言った。

「みんなこう言ってますし、行きましょう。トザワさん」

 こうなっては、断っても失礼になるだろうとモリヤスも同意した。

「わかりました、よろしくお願いします。それと、私のことは呼びやすいもので呼んでいただいて結構です」

「ええ、モリヤスさん。それでは――」

 少女達は、どこが良いかを相談しながら歩き始める。

 こうして、モリヤスは4人の少女につれられて、ショッピング街を歩いていった。

 

 このあと、4人のおかげもあってよい品を手に入れたモリヤスは、ヤング宅でひとときを過ごした。

 紅茶器のセットはヤングと彼の妻であるクレアに喜ばれ、モリヤスは次の招待を受けることとなる。そして、またの来訪を約束してヤング宅を辞して、兵舎への帰路に就いたのだった。

 

 こうしてドルファンの春は過ぎ、夏が訪れようとしていた。

 7月。運命の日が迫っていた。


<あとがき>

 

お読みいただき、ありがとうございます。サキモリです

今回、第2話「ドルファンの少女」をお送りいたしました。

 

どちらかというと、無駄に長くしてしまったかとちょっと反省しています。

しかし、好きなシーンを書きたかったのと、ゲームに登場する女の子達との出会いをどうしようか考えているうちに、こんな風になってしまいました。
 

もし、こんな風にしたらよいとかご指摘がありましたら、メールででもおっしゃってくださいますよう、お願いいたします。

 

*補足

人物設定?
 

ゴロツキの3人:彼らの設定は基本的にゲームをそのまま流用しようと思っています。ただ禿頭の猫好きさんにはちょっと違った役割をお願いしようかとも思っています。

 

ソフィア&レズリー&ロリィ&ハンナ:余り一括りにしない方がよいのでしょうが、ひとまず。。彼女たちはこれからも登場願おうとは思っているのですが、果たしてどうしたものかとも思っていたりします。

 

クレア:この後、本格的に登場してもらう予定でいます。ヤング大尉と彼女はモリヤスに大きな影響を与えることとなります。


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