「ぎゃ!」
腕を失ったヴァルファの騎兵小隊長は、そのまま落馬。首の骨を折って即死した。
ヴァルファ騎兵小隊は全滅した。
「さすがです。トザワさん!」
傭兵隊の年若い騎兵小隊長が、馬首を近づけながら叫んできた。彼は、若いというよりむしろ幼いと感じさせる顔をしていた。
「余り騒ぐなヴィリ。敵に気取られる」
騎士団に襲いかかっているヴァルファ部隊の側面に馬を走らせながら、モリヤスは顔見知りの傭兵に言った。
迂回運動中だったヴァルファの騎兵小隊を捕捉したモリヤスは、敵側面を抜けるのにじゃまになる彼らを先に屠っていたのだった。
「あ、すみません。でも馬で移動中なんですから余り関係ないですよ。トザワさん」
ヴィリと呼ばれた騎兵小隊長は、さすがに声を落としてはいたが大声で応えてきた。
「私の名前で反応されては困ると言っているのだ、ラングカイト」
冷たい表情をむけて、モリヤスはヴィリ、ヴィリィ=ラングカイトに言った。
それを聞いて、ちょっと顔を青ざめさせてヴィリは謝罪する。
「申し訳ありません…。不注意でした」
「気をつけるのであれば、よい」
顔を前に向けて、モリヤスは言った。
おそるおそるモリヤスの顔を見て、もうこのことに関心を示していないのを理解すると、ほっとした表情になってヴィリはモリヤスに尋ねた。
「そろそろ、突撃に適した位置に到達します。どうしますか?」
騎兵の命は、一にも二にもその速力であった。突撃の際にもそれが重要となる。あまりにも厚い敵陣に飛び込んで速力が衰え、敵陣の真ん中で立ち往生してしまっては、何の意味もない。
できるだけ薄く、それでいて効果の望める位置に突撃せねばならない。
「鋒矢隊形をとれ、突撃を行う」
敵陣を読んでいたモリヤスは指示を下した。
「了解。鋒矢隊形とります」
ヴィリが部下の傭兵達に伝える。
モリヤスを頂点にした二等辺三角形が騎兵によって形作られる。
それを確認したヴィリはモリヤスに言った。
「鋒矢隊形できました。いつでもどうぞ」
敵後方側面に到着、騎士団の相手に熱中しすぎて彼らはこちらに気付いていない。
モリヤスが、後ろを振り返らずに部隊に下命した。
「征くぞ」
後方の部隊に混乱が生じているのをみて、ネクセラリアは怒鳴る。
「なにをやっている?おい貴様、確認してこい!」
すぐに後方から、伝令が到着する。ひどくあわてていた。
「我が軍後方側面より敵騎兵隊が突撃を行いました!数名の指揮官が討ち取られたとのことです!」
「どういうことだ?パイク隊はなにをしている」
「ハッ。ちょうど後方に待機していたパイク隊の横からおそわれました。その際にパイク隊の隊長が討ち取られました。現在、他の指揮官が混乱の収拾に当たっております」
ネクセラリアの質問に、伝令が答える。
それを聞いて、ネクセラリアの思考が回転し始める。
パイク隊の指揮官が戦死した。つまり、パイク隊に的確に展開を指示できるものがいなくなったということだ。まずいな…。
そういえば、こっちの騎兵はどうしてる?
「おい。こっちの騎兵隊は敵の側面をついたか?」
隣の副官に聞いた。
「いえ、まだ確認しておりません。どうやら敵の騎兵隊に食われたようです」
つまり、敵の騎兵隊はそれほどの手練れということか。
しかし騎士団の騎兵は動いているようには見えないが……。
「今回の敵に、傭兵隊がいたか?」
「は?偵察隊の報告では、後方にそれらしい旗を見たということですが。初めから後方に総予備としておかれているようで、動く気配はありませんでしたが」
「今奴らはどうしている?」
「それが……。すでに偵察は行っておりませんので、敵後方についてはわからない状態にあります」
「なに?!」
副官が応えを聞いて、ネクセラリアははじかれたように周囲を見渡した。兵がじゃまで遠くを見ることができない。
「敵傭兵隊の位置を確認してこい!今すぐだ!!」
そばにいた連絡用の騎兵が駆けていく。
そうこうしている間に、後方の混乱が増していた。
敵の騎兵が再度突撃を行ったようだった。
もどってきた騎兵が叫んだ。
「敵傭兵隊の姿、敵騎士団後方にはございません!わずかに弓兵にそれらしきものが見える程度です」
そしてその報告と同時に、部隊前方側面より喊声が上がる。
味方ではない、敵軍のものだ。
すぐに伝令がやってくる。
「部隊側面に新たな敵!敵騎士団によってできていた死角より突然現れました!!」
「おのれ!!」
ネクセラリアは、己の迂闊を呪った。
これ以上混乱しては、たとえあの弱兵の集まりであるドルファン軍が相手だとしても敗北してしまう。
なんとしても、敵の攻撃衝力を奪い取る必要がある。
「我に続け!敵傭兵隊をうち破るのだ!!」
ヤング直率の傭兵隊歩兵部隊は、ヴァルファ部隊への奇襲に成功していた。
「食い破れ!敵将を討てば、俺達の勝ちだ!」
声を上げながら、ヤングは自らも敵兵を切り倒し、味方を督戦する。
騎士団の方は、ヴァルファの猛攻を受けて、最早攻勢に出る余力を残していなかった。
しかし傭兵隊の奇襲は成功していた。ここで敵指揮官を討ち取ってしまえば、ひとまず体勢を整える時間が稼げる。
「もうすこしだ、こじ開けろ!!」
敵は混乱している。この時期を逃したら後がない。
なんとか敵陣にくさびを打ち込み、本陣に突入しようとしたとき、前方で大音声に語るものが現れた。ヤングの耳にもその声が響く。
「聞け!ドルファンの犬ども。我は疾風のネクセラリア。我が槍に挑まんとする者はいないのか!?」
懐かしい声だった。それと同時に、喜びと苦々しさのないまぜになった複雑な思いもわき上がった。
全体的に朱色で統一している装備。兜をしていないため剥き出しになっている頭部には、記憶よりもさらに精悍となっている顔があった。
ヤングは身震いした。敵方にいることはわかっていたが、いまのいままでこうして実際にまみえることに、現実味を感じていなかったのだ。
しかし、彼は現実の存在として彼の前に現れた。そして、彼の登場はドルファンにとってまたとない好機であった。
ヤングは、思いを振り切るように大声を張り上げる。
「俺が相手をしよう!ネクセラリア」
その声を聞き、相手もわずかに動揺を見せた。
ヤングの方を見、目を見開いて言った。
「ヤング?ヤングなのか!?」
相手――朱色の敵将、セイル=ネクセラリアはヤングのほうに近づいてきた。
ヤングもネクセラリアに向かって歩き出す。
「そうだ。俺だ、セイル」
二人はお互いの間合いには少しとおい位置で止まった。
自然と二人を中心として、大きな円が形作られた。戦の音がやんでいく。
「そうか…、お前がいたのだったな、ドルファンには」
ネクセラリアは、穏やかな声で言った。
ヤングを見る彼の目は、どこか寂しげな色をしていた。
「ああ。メッセニ中佐に誘いを受けてな。5年前のハンガリアの混乱期にドルファンに移った」
「聞いたよ…」
ヤングの説明に頷いて、ネクセラリアは続けた。
「知っていたはずなのにな、お前がいることは……。しかし、どこかで受け入れたくなかったのかもしれんな。本当の敵として、お前と向き合うことを…」
「俺もだ…。しかし、こうなってはやり合うしかない。ヤング=マジョラム大尉、八騎将セイル=ネクセラリア殿に一騎打ちを申し込む!」
ヤングは、騎士礼則にのっとった毅然とした姿で、ネクセラリアに言った。
ネクセラリアも表情を引き締め、槍を構える。そして応えた。
「ヤング=マジョラム大尉か……。“ハンガリアの狼”とまで言われた男が、今やたかがドルファンの一部隊長とはな。……よかろう、この勝負受けた。ハンガリア時代の決着、今ここでつけてやる!」
<あとがき>
お読みくださいましてありがとうございます。サキモリです。
「イリハ」の二つ目をお送りいたしました。
戦場で再会した親友であり好敵手であった二人。
こういった男性達は、どのような思いで戦うんでしょうね?
作っていて、私にもわからなくなるときがあります。
つぎの三つ目で、イリハ会戦は収束に向かいます。