(うわあ…シュウジ、雨降ってるよ?)
「見ればわかる。いちいち言うな」
ある日の城からの帰り道の事である。
行きの道は雨は降っておらず、晴れの天候であったが、なかなか帰り道までは同じ天候を保ってはくれなかったようだ。俗に言う神の気まぐれというものであり、人には予想できない代物だ。
現代でも、天気予報というものはなかなか当たらない。
人が自然現象を予知する事が愚かなのかもしれないが…。
(傘持ってないしねえ)
「肩に捕まれ。走るぞ」
ピコが肩に捕まったのを確認せず、それだけ言うとシュウジは走り出した。
(少しは確認するぐらいしてほしいわよね…)
一応(?)しっかり肩に捕まっていたピコが呟く様にぼやいた。
ピコはどうやら相当不満が溜まっているらしい…、何時爆発するのやら。
当の本人は気にも留めてないのが悲しい所だった。
(どこ行くの?)
「ロムロ坂の喫茶店だ。アレス達が待っている」
その答えにピコは、疑問を持ったのか問い返してきた。
(酒場じゃないの?)
「アレスの用事だからな、仕方ないさ。それに、何時も酒ばかり飲んでいる訳にもいかない。それに…」
(それに?)
「シオンが…」
一瞬の沈黙。
(シオンが?)
「そこの喫茶店のある飲み物が美味しいという評判を聞いて、飲みたがっていた」
それを聞いてピコは半眼でシュウジを見やる。
辟易している様子だ。
(…何それ)
「それ以外にも、あの二人はキャロルに頼んで、何が来るかを半分楽しみにしている節がある」
(悪趣味…)
喫茶店で働いているキャロル・バレッキーは頼んだ物と持ってくる物が必ず違うと言う事で(ある意味)評判のウェイトレスだった。
実際、シュウジも何度か被害にあった事がある。
某探偵ゲームの「味覚の破壊神」にある種、通じるものがあるかもしれない。
「国立公園を突っ切るぞ」
(オッケー)
シュウジは国立公園を突っ切って、ロムロ坂までの道を急ごうとした。
だが、そのシュウジの目にふと、見覚えのある少女の姿が映った。
「ん…?誰だ?」
(シュウジ、どうしたの?誰か見える?)
黒い髪が三つ編みに編まれている。服はドルファン学園の制服のようだ。
ライズ・ハイマーだった。
ピコも誰かわかったらしい。
(あれ、ライズだよねえ?)
「ああ、間違いないな」
ライズは雨の中に倒れていた。近くには誰もいない様に見える。
この雨の中、傘を差していなかったのか、かなりずぶ濡れだ。
雨が降り出す前に外にいたのだろうか…。
更に近づくが、ライズがシュウジに気付く様子はない。
気を失っているのか。
シュウジがライズの倒れている場所に辿り付き、抱き起こす。
唇が何かの言葉を刻んでいるように見えるが。
「お、父…様…」
シュウジはライズを両腕で前に抱きかかえる。
「病院へ運ぼう。乗合馬車が近くに来ていればいいが」
(ここにいちゃわかんないよ。国立公園の外に出ないと)
「ああ」
ピコの言う通り、シュウジはライズを抱きかかえ、公園の外に出ようと走り出す。
その最中、気になってシュウジはライズを見やった。
初めてこの少女に出会ったのは、学園の前だった。
その時からシュウジは、他の同年代の少女達(ソフィアやレズリー)とは異なる独特…と言えば良いのか、存在感を感じていた。
だが、今抱きかかえている同じ少女から、その存在感は感じられない。
寧ろ儚くすら見える。まるで、信じていたものが根底から覆されたような…。
そんな事を感じていると、シュウジは国立公園から出て、道路にいた。
そして少し走ると、遠くから音が聞こえてきた。
(シュウジ、馬車の音!)
その音は確かにシュウジの耳にも聞こえてきた。
近づいてくるその乗合馬車の行く手にシュウジはさっと踊り出た。乗合馬車はびっくりした様に、馬をそこに止める。
馬車の操者はフードを取り、前に出てきたシュウジを怒鳴りつける。
「おい、てめえ!いきなり前に出るな!びっくりするじゃねえか!?」
「ジーン」
シュウジはその怒鳴りつけてきた女性―ジーン・ペトロモーラの名を呼んだ。
「…なんだ、あんたかよ。これはわざとか?いい度胸じゃねえか」
「ちょうどいい。こいつを病院へ運んでくれ」
「…あん?」
ジーンはシュウジが抱きかかえている少女を見る。
「…あれ、こいつは?」
「知ってるのか」
「いや、別に…ってこいつ熱あんじゃねえのか!?」
ライズの顔が赤い。シュウジがジーンに状況を説明する。
「雨の中、公園で倒れていた。早く連れて行ってくれ」
「そう言う事は最初に言え!早く後ろに詰め込め!」
ジーンにそう言われ、シュウジは手早く後ろの車の中に寝かせてやる。
そして、直ぐそこから離れジーンに話し掛ける。
「金は今度、酒場で会った時に払う」
「いらねえって!気にすんな!」
そう言ってジーンが馬の手綱を引く。
「頼むぞ」
「頼まれた仕事はしっかりやるさ。ってあんたは乗らねえのかよ?」
ジーンがシュウジに問うと、
「いや、お前に任せる。…じゃあな」
とだけ答え、シュウジはその場から離れていく。
「わかったよ、じゃあな!!後は任せろ!」
そう言って、馬車も猛スピードでその場を離れていった。
(これで一安心だね)
「そうだな」
頷きながら、シュウジは馬車が離れていった方向を見やる。
(でも、何があったのかな。あんな所で倒れてるなんて)
「さあな、何かあったんだろ」
(う〜ん…)
ピコは不思議に思い続けていたようだったが、当の本人ではない自分達には知りようがない事だと、シュウジはそう思い、考えるのを止めた。
また別の日の学園の授業が終わった放課後、ソフィアが街を歩いていると、ふと見覚えのある男性の後ろ姿が見えた。
ジョアンではない。
「シュウジさん?」
だが遠くにいるため、シュウジはさっさと気付かずにどこかへと行ってしまった。
何とはなしに、ソフィアはその後を追う。
しばらく後を追っていくと、そこはあまり人気のない林の中。
そこにシュウジが一人佇んでいる。腰から剣を抜いて。
ソフィアはその様子を見つめる。
(何をする気なんだろう)
ふと、シュウジが剣を構える。
そして刹那、林の木々がざわざわと騒ぎ始める。
(え…?)
シュウジの発する剣気に空気が反応して、木々をざわめかしている事などソフィアには理解出来るはずもない。
そして、次の瞬間。
ビクッ
「はあああああああああ!!!!」
シュウジが気を発散させる。その衝撃が周りの木々にぶつかり、葉っぱを舞い散らせる。
そして舞った葉に衝撃が衝突し、また散る。
「きゃ…」
その衝撃に、ソフィアは驚き、尻餅を付いてしまった。
その瞬間、一瞬にして周りの剣気が消滅する。
シュウジが気付いたのだ。
「誰だ?」
シュウジがそう言って声を掛けると、隠れて付いてきた負い目か、ソフィアは謝ってしまった。
「あ、す、すいません…!」
「…ソフィアか」
シュウジが剣を鞘に収め、ソフィアの元へと近寄ってくる。
それを見て、ソフィアは慌てて土をほろって立ち直した。
「どうした、こんな所に。…もしかして、付いてきたのか」
そう問われて、ソフィアは再び謝る。
「す、すみません!後、付いて来たりして…!あ、あのどこ行くのかなって気になってしまって…」
ソフィアは恥ずかしそうに頭を下げている。
だが、当のシュウジは気にする風でもなく、目を瞑って改めて切り出す。
「まあいいさ。送っていこう」
思いがけず、シュウジにそう切り出されて嬉しいのか、その反面ソフィアは更に慌ててしまった。
「え!で、でも、それはシュウジさんに悪いですから…!わ、私が勝手にやった事ですから…」
「お前が気にする事じゃない」
ソフィアはそう言われて、しゅんとなってしまった。
「…す、すみません」
「行くぞ」
「あ、あの、ほんとにすみません」
ソフィアがまた謝ってるのを聞いて、シュウジは目を開いてソフィアを見やり、そしてまた目を瞑って前方を向く。
「お前は謝ってばかりだな」
「え…」
シュウジにそう言われたソフィアは自分の言動に気付き、恥ずかしそうに俯いてしまった。
「あの、シュウジさん。あれも修行の一環なんですか?」
「まあな。たまにああでもしないと、何かに縛られているようで嫌なんだよ」
「え、縛られているって…」
ソフィアは気になって問うが、
「…お前は知らなくてもいい事だ」
と、シュウジは素っ気無く答え、それ以上の答えを拒否した。
そう答えられて、ソフィアはそれ以上何も言えなくなり、また謝ってしまった。
「あ、あの…すみません…」
しばしの沈黙。
ソフィアが改めて切り出す。
「あ、あの…シュウジさんって…お菓子とか食べますか?」
その問いに対しても、やはりシュウジは冷たく答える。
「いや、あまり食べる事はないな」
「そ、そうですか…」
その答えにソフィアはがっかりしたようだったが、シュウジには理由はわかっていなかったようだった。
「…どうかしたのか」
「い、いえ、別に…」
そうして、また会話が途切れる。
シュウジとの会話は何時もこんな感じだ。会話が続く事はあまりない。
言ってみれば、コミュニケーションが下手と言う事なんだろうが…。
ソフィアはちょっと俯き様にしている。そしてちらっとシュウジの寡黙そうな横顔を見やる。
目を多少半眼にして歩いている。
ソフィアは顔を上げて、シュウジの横顔を見る。そんなソフィアの頬は少し赤く染まっていた。
そして、その様子を遠くから見ている少女が一人…いや二人か。
「やばいわね…」
「王女様〜、早く戻りましょうよ〜」
「ちょっとプリム!少し黙ってなさいよ!」
プリシラとそのお付のメイドのプリム・ローズバンクだった。
プリシラがブツブツと何かを言っている。
「王女っていう身分はなかなか不利ね…。会う機会が少ないっていうのはあの娘と比べてマイナスポイントよね〜、どうやって挽回しようかしら」
が、プリムにとってはどうでもいい話な訳で。
いちいち王女に振り回されるのがたまらなく面倒なようだ。
「またメッセニ中佐に言われますよぉ〜」
「黙ってなさいって言ってるでしょプリム!」
プリシラは、考え事を邪魔されたくないようにプリムにどなる。
そして怒鳴られたプリムは、
「このクソ王女…」
と本人に聞こえないように呟いていた。
後書き
いや、ほんとはですね(言い訳させて下さい)
四章の途中まで出来てたんですよ。でもですね、
ハードディスククラッシュで全部吹き飛んでやる気ゼロ…。
ま、他にもやる事があったというのもありますが。
第三章一話に行く予定が第二章5・6話が追加という形で復活と相成りました。
気付いている方(見てるのか??)もいらっしゃると思いますが、
このお話は本編つまりPS「みつめてナイト」のお話にドラマCDつまりライズ視点の「みつめてナイト」も裏で展開されているという設定でお話が進んでいます。
もちろん最後までライズが主人公を知らないのは困るので、それは変えてありますが。
このお話はPS本編+ドラマCD+漫画と、メディアミックスされたみつめてナイトを全てまとめた形+オリジナルという形で進みます。
なので、ドラマCDや漫画(こっちはもうあの瞬間だけだけど)の裏でこんな風に展開されてたんだなあと思っていただければ幸いです。
よって主人公の設定も漫画にちょっと関わった設定になってます。実は。
流派を見れば一目瞭然ですけど。
ドラマCDで展開された話の「光速の獅子」としての物語の補完や、CDや漫画で登場したキャラクターの登場なども考えています。
なるべくCDや漫画の展開をなるべく変えずに、頑張りたいと思います。
(以下ネタバレ)
今回の冒頭も、ドラマCD第二巻のネタです。
ネタバレになりますが、ライズがゼールビスに真実を聞かされた後、ジーンに病院へ運ばれるシーンの東洋人傭兵視点です。