第四話「謎の道化師」


パキン…パチン…。

その薄暗い場所でかすかに何かがなる音だけが木霊する。
その音が示すものは、何か。
生か。
それとも死か。
その闇の中で声だけが聞こえる。

「久しぶりだね…ドルファンも」

声の主はそう言って右手を前に差し出す。その手にはナイフが握られていた。
だが次の瞬間、ナイフから刃が飛び出る。そして的に突き刺さった。

「待っていてくれ…」

主は闇の中でそう、微笑した。

 

「ねえ先生…」
「ん、どうしたセーラ」

シュウジは家庭教師としてアルバイト(傭兵も食い扶持が必要なのだ)でピクシス家の令嬢セーラ=ピクシスの所にやってきていた。シュウジはそこで家庭教師、というよりもそこの執事であるペナダンティ卿に頼まれて病弱なセーラのために世界各地の話をして上げていた。その時、セーラが話の終わりを見計らってシュウジに声をか
けたのだ。

「先生は…その…」

セーラがそう言って口ごもってしまったので、シュウジが聞き返す。

「どうした」

だがセーラは

「いえ…何でもないです」

と言って、言うべき事を飲み込んでしまった。

「…そうか」
(………)

セーラは窓から空を見上げ、物思いにふけった。

 

「はい、おまちぃ〜!」
「……」
(シュウジ…あきらめなよ…もう…)

シュウジは無言で目の前に来た食べ物を見つめた。それは何故か。答えは簡単だった。自分が頼んだものとは違うからだ。シュウジはナポリタンスパゲティを頼んだ。だが、目の前にあるものはカルボナーラというスパゲティだった。

「じゃ、ごゆっくり〜」
「おい…」

シュウジは去ろうとするウェイトレスを呼び付けた

(だから〜あきらめなよ〜)

ピコは呆れ半分にシュウジを宥めようとする。そのウェイトレスは青い髪のポニーテールが印象的な少女だった。

「なに〜シュウジ?」
「…キャロル、俺の頼んだものと違うぞ」
「あっは〜また?ごっめーん、今度はちゃんと持ってくるからさ、きゃははは☆」

キャロルと呼ばれたウェイトレスは、そう言って笑いながらテーブルに置かれたカルボナーラを持っていく。

(やめといた方がいいよ〜、どうせまた…)
「……」

ピコの忠告にシュウジは無言だった。
そして…

「は〜い、持って来たよ〜」

と言って、キャロルが持ってきたものは

(カレーライス…)

だった。

「………」
(ほら〜、結局全然違うものが来るんだから…)
「く…」
「じゃあ、ごゆっくりぃ〜きゃははは☆」

キャロルは笑い声を残し、再び去っていった。その後姿を見つつ、

「あいつはわざとか…?」
(いや、本気だと思うよ…)
「何故、あれでずっと働いていられる…?」

とシュウジとピコはぼやいていた。
この店のウェイトレス・キャロル=パレッキーのこの行動は日常茶飯事らしい。

(そういえば、昨日カレー食べたよね?)
「……」

シュウジはそんなピコのツッコミを無視し、スプーンを取りカレーライスを食べ始めた。
それから暫くした時だった。

「きゃああああああああああ!!!!」

突如、悲鳴が周囲に叫び渡った。

「!!」
(何!?ちょっと見てくる!)

シュウジとピコが悲鳴に反応し、そのままピコは悲鳴が聞こえた方向へと飛んでいった。

「待て!」

シュウジがピコを呼び止めようとするも、既にその姿はなかった。

「く…後を追うか」
「シュ、シュウジ〜、た、大変だよぉ〜!!」

シュウジがピコの後を追おうとした時、キャロルが大急ぎで駆けつけてきた。

「どうした?」
「ひ、広場で猛獣が…」
「何?」

キャロルの言葉にシュウジが激しく反応する。

(シュウジ、大変だよ!サーカスの猛獣が逃げ出して…!君の出番だよ!)
「わかっている。行くぞ!」

戻ってきたピコの台詞を聞くや否や、シュウジは飛び出していった。ピコもすぐにやって来た方向に舞い戻るかのようにシュウジの後を追う。

(そうこなくっちゃ!って、待ってよ〜、来たばっかりなのにー!)
「あ、ちょ、ちょっと待ってよ!あ、あたしも行くってば〜!!」

そう言ってキャロルもシュウジの後を追った。

 

シュウジが広場に辿り着いた時には、猛獣たちが港西地区へ向けて疾駆していた。借り出された兵士たちが既に猛獣たちを押えにかかっていた。

ダッ!

シュウジが広場を一気に駆け出す。そして剣を鞘に入れたまま薙ぎ払った。

「キャゥゥゥゥン!」

その直撃を受けて猛獣の一匹が倒された。

「あ、あんたは…!」
「下がっていろ!」
「しかし!」

食い下がろうとする兵士を、シュウジが凄まじいまでの鋭い目で睨みつけた。

「邪魔だ!!失せろ!!」
「は…」

睨みつけられた兵士は猛獣ではなく、シュウジに怯えるように下がっていく。シュウジはその目付きのまま、猛獣たちを睨みつける。その瞳はまるで修羅のようだった。怯む猛獣たちの中から一匹が歩き出してくる。白い毛と黒い毛がシマウマの如く皮膚を覆い、鋭い牙が口から突き出している…ホワイトタイガーだった。

「……」

シュウジはホワイトタイガーに意識を集中させる。
だが、その時、ピリピリした空気を破るように少女の声が響いた。

「あ、シュウジ!」
「!!」

シュウジが肩越しに声をした方向をみやると、そこにはハンナがいた。

「何をしている!雰囲気くらい読め!!」
「何って…あ!あぁ…」

ハンナが理解した時だった。

「ガオオオオオオオオ!」
「ちぃぃ!」

ホワイトタイガーはシュウジの気がそれた瞬間に、雄叫びを上げながらハンナへと駆け出した。

「うわぁぁぁぁあああ!!」
「きゃああああああ!!」

周囲の人間が悲鳴を上げて、その場から逃げ出す。だがハンナは声を上げるもそこから動こうとしない。

「ハンナ、逃げろ!!」

シュウジがハンナに呼びかけるが、ハンナはただ怯えて怯むだけだった。

「あ、駄目だよ…動かないよ…」
「ガアアアアアア!!」
「くぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

シュウジの走りが一気に勢いを増す。間一髪間に合ったシュウジが右手でハンナを突き飛ばし、左手で鞘を持ち出し、ホワイトタイガーの口先へと当てる。

ガキィィィィン!!

「ぐぅぅぅ…!」

シュウジは襲い掛かってきたホワイトタイガーに上から押さえつけられる形になった。剣のささった鞘が、今にも襲い掛かろうとする牙を押えている。

ギリギリ…!

うなり声が辺り一帯の緊迫感を加速させる。

「あいたたた…。…あ、シュウジ!」

突き飛ばされたハンナが体をさすりながら起き上がる。

「ふ!」

シュウジが右腕を鞘を持つ左腕の裏から押し上げる。ホワイトタイガーがそれに拮抗しようしたところを、シュウジが膝蹴りを思いっきり浴びせる。

「ギャゥゥゥン!」

ホワイトタイガーが怯み、横にそれた隙にシュウジが立ち上がって間合いを取る。

「ガルルルルル………」

ホワイトタイガーが立ち直り、シュウジを睨みつける。

チャキッ…

シュウジは剣を引き抜き、刃を返す。
次の瞬間、ホワイトタイガーがうなり声をあげてシュウジに迫ってきた。同時に、シュウジの刃も動き出す。

「グァオオオオオオオオ!」
「貴様にも見えるか、…翔け上がる龍の牙が!!飛天昇龍斬!!」

シュザァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!

ホワイトタイガーの顎にシュウジの刃が直撃する。そしてそのまま引きづられ、空を舞う。

ドガアアアアアア!

シュウジが着地すると同時にホワイトタイガーは地面に叩きつけられた。

「…聞こえはしないか」

その時、ちょうどピコとキャロルも広場までやってきた。

「ちょ、ちょっと、シュウジ、早いってばぁ〜…ってあれ?終わってる?」
(シュウジ、大丈夫?)

ピコがシュウジに駆け寄る。

「大丈夫だ」
(ふぅ〜良かったぁ〜、心配したんだよ?)
「…わかってるさ」
「ハンナ、大丈夫?」

キャロルがハンナに駆け寄り、抱き起こしていた。
シュウジとピコも駆け寄る。

「…知っているのか?」
「あ、うん。ハンナは私の従兄弟」
「そうか」

シュウジがふっと微笑んで頷く。

「大丈夫だよキャロル」
「へっへ〜、良かったぁ〜☆」

ハンナの答えにキャロルが安心する。
周囲ではざわつきが続いていた。

「すげぇ…ホワイトタイガーを倒しちまいやがった…」
「なんて奴だ…」

ハンナがシュウジを見てすまなそうに謝る。

「御免ね、シュウジ…」
「気にするな、過ぎた事だ。それに傷もなかったしな」

シュウジのその台詞にハンナが目を丸くする。それを見てキャロルがハンナに聞く。

「あれ〜どうしたの、ハンナ?」
「へ?あ、いや、シュウジにそんな風に言われるなんて思ってなかったから…」
「きゃははは、な〜るほどね〜、きゃははは☆」
「でも…シュウジ、あの虎、殺し…ちゃったの?」

ハンナの問いにシュウジが答える。

「…殺したのであれば、あれだけ近くにいたんだ。俺に血飛沫がかかっているはずだ」
「ほへ〜、それじゃあ…」
「…俺は刃を返して戦っていたからな」

ハンナが疑問に思って、シュウジに再び問い掛ける。

「刃を返すって?」

「俺の剣は、この国の騎士や俺以外の傭兵が使う両刃剣…刃の双方どちらでも斬れるものと違い、片刃の片方でしか斬れない、俺の生まれた国の独特の剣だからな。ホワイトタイガーは気絶しているだけだ」

そう言ってシュウジがホワイトタイガーを見やる。確かにホワイトタイガーの皮膚には衝撃による少量の血は出ているものの、致命傷となるだけの量には程遠い。

「すんごぉい…」

キャロルがそう言ってシュウジに感心したその時だった。

「!」

シュウジが何かを感じ取った。刹那、何者かがシュウジに近づいてくる。それはサーカスの道化師だった。

「素晴らしい…ドルファンは良い騎士を…、おっと失礼…東洋の方でしたか」
「…」

シュウジが無言で左手をキャロルとハンナの前に差し出す。まるで守るか、制すかのように。

「シュウジ?」
「まさに『虎殺し』といった感じですねえ…」
「虎殺し…か。殺してはいないがな」

シュウジが睨みつけるように言葉を返す。

「おやおや、そうでしたな…。ただ…」
「…」

道化師が言葉を続ける。

「英雄気取りはケガの元です…ご注意を」
「…俺がそんな酔狂な奴に見えるのか?」
「これはこれは…失礼。それではまた…」

そう答えて道化師は、その場から静かに立ち去った。

(シュウジ…どうしたの?)
「いや…」
(何だ…?今無意識に左手で制し…いや守ろうとした。一体奴は何者だ…)

シュウジが考えを巡らす。

(ただのピエロではあるまい…)

脱走した猛獣達は順次取り押さえられ、猛獣騒動も夕刻には幕を閉じていた。
だが、シュウジはそんな事よりも直後に会った道化師の方が気になっていた。

 

そして季節は巡り、シュウジのドルファンでの生活は二年目を迎える…。


後書き

 

…まさか、ここでセーラとキャロルが出るとは自分でも全然思ってませんでした(苦笑)。

ハンナは出そうと思ってましたが(本編のイベント関連上)

主人公、動物虐待…(爆)

というか友人出てないじゃん!!!ぼくちゃんびっくらこいたでだんな。

セーラはまあ、出そうかなとは思いましたが…(でもその前に書き上げてしまって慌てて追加したけど)。

主人公の必殺技には今回の様に、「技名」の前に「名乗り」があります。

必殺技はこれだけではないので、これからも「名乗り」の入っている技が出てくることでしょう。


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