「やあっ !」
掛け声とともに“俺”――まだ十にも満たないような子供――が竹刀を振るう。
剣は相手にまるで吸い込まれるかのようにあたる。
“俺”が嬉しそうに少し恥ずかしげに振り返る。
だが周りは水を打ったように静かになる。
「このような子供に…」
誰かが言ったその一言とともにざわめきがあふれる。
「これが──家の次期当主とは…」
「──家の恥だ」
“俺”はどうしてよいかわからなくなり、大好きな兄――先ほどの対戦相手のほうを向く。
そこには、血の池とその中心で倒れふす兄、そして…血にぬれた刀を持つ俺が立っている。
“俺”はいつのまにか二十才前の若者、俺になっていた。
これはいつもの夢だ、ただの夢だ、そう自分に言い聞かせ心を落ち着かせようとする。
だが心のざわめきは収まらず、夢はいつもと同じく進んでいく。
「おおぉおぉぉぉぅぅううぁあぁぁぁ!」
兄の口から怒りとも嘆きともとれる声が響き渡ると、血は俺の足元まで広がり血の沼となって、そこから無数の手が俺の体をつかもうと伸びてくる。
「嫌だ イヤダ! これは夢だ 夢なんだ!!」
必死に抗うが、手の数は多くつかまってしまい沼の中へと沈んでいく。
生ぬるいさびた鉄の味とにおい、ぬるっとした感触、妙に現実感があるのに、沼の中でも息ができ、赤い靄がかかってはいるが明瞭な視界がひらけている。
俺は人間だったものによって取り囲まれていた。
それは頭の割れている老婆、黒焦げの子供、腹の引き裂かれた女、体から槍を生やした兵士、上半分しかない男、死骸、屍骸、さまざまな殺され方をした人間たち。
その死体達は、その虚ろな瞳で俺をみ、動かぬはずの躯を動かし俺へとむかい、物言わぬはずの口で…「……ぉ…ぃ……ぇ………」地の底から響くかのよう…な……。
「起きろ〜 おきろ〜! オキロ!!」
…鈴をころがしたようなかわいい声で……?…??
ドルファンへと向か、船は久しぶりの天気に恵まれた。そのこともあり甲板の上には風にあたるものやなまった体を動かすもの、昼寝をするものがおりみなくつろいでいた。一人を除いては、
「おきろ〜 この寝ぼすけ!」
人の頭ほどの大きさをした少女は羽をはばたかせ、先ほどから夢見が悪いのかうなされている少年の頭の周りを大声をあげながら飛んでいる。
「ふにゃ?」
どうやら起きたようだが、寝ぼけているのか顔に今一つのしまりがない。うなされていたときは十七、八のようにみえたが、寝ぼけた顔のせいか、いまは二、三歳幼く見える。
「ふわあぁ〜〜っ ??だれ?ムシ??」
「あのね!十年来の相棒に対して『??だれ?ムシ??」』はないんじゃない!?」
妖精――ピコは怒ったように言うと、少年は、ちょっとした冗談なのに…と思いつつ話をそらす。
「まあそれはともかく、起こしてくれてありがとう」
ピコは少年の顔をしばらく心配げに見るが、からかうように言った。
「うん…こんな日差しのきついなか寝ているからうなされるんだよ。
あっ!そうそう、もうすぐドルファンに着くから…」
「ヒソカ!下りる準備をしとけよ」
いつのまにかピコたちのそばにいた長身の男が、少年に声をかけた。
短く刈り上げた銀髪、青眼の男は、いたずら好きな少年のような顔をさせながら少年を見る。
「また妖精さんとおしゃべりかい?それとも本当にあっちの世界に行ったのかな〜?」
少年は顔を赤くしながら叫んだ。
「ピコと話していたんだよ。それとファル!ドルファンではピコのこと黙ってろよ!!」
「いいじゃないか、妖精が見える上にしゃべれるなんて、みんなの羨望の的だぞ」
「憐れみの間違えだろ!知っているだろ、前のところでなんていわれてたか!!キ印あつかいだぞ、こんな虫もどきが見えるってだけで」
「また虫って言った〜〜!」
「えっ?!イヤそれは…」
「むぅ〜〜〜!!」
「ハッハハ♪」
などとファルたちとやり取りをしていると、向こうから一人の女性がやってくる。
「あの…恐れ入ります。出入国管理局のものですが」
ファルにからかわれまくられている間に、いつのまにかドルファンについていた。
入国に必要な書類に記入し、数点の注意事項を受けると、女性局員は微笑みを浮かべ言う。
「ようこそドルファン王国へ、御武運をお祈りします」
そして、三人(二人と一匹?)はドルファンの地へと下り立った。
少年の名は、ヒソカ。『九条 密』。ここドルファンに傭兵としてやってきた。――ドルファンでは傭兵であっても武勲をたてれば騎士となれる――その言葉を信じて…。