ケイゴは病室に居た。
昨日起こった猛獣の脱走騒動で、彼は10頭もの獣を相手に闘ったのだ。
彼にとって、猛獣を相手にするのは容易いことだったのだが、戦闘中に怪我を負ってしまったのだ。
幸いなことにその怪我は大したことはなく、明日で退院できるとのことらしい。
看護婦「ケイゴさん、面会の方がいらしてますよ」
と、看護婦テディー・アデレードが面会人と一緒に部屋に入ってきた。
ケイゴ「お前たちか」
彼の前に、ソフィア、ハンナ、ロリィ、レズリー、そしてライズの五人が並ぶ。
テディー「ケイゴさん、私は失礼しますね」
ケイゴ「ああ」
他にも受け持っている患者がいるのだろう、テディーはすぐに部屋を出て行った。
ハンナ「ごめん、僕のせいで怪我させちゃって……」
申し訳なさそうにハンナが頭を下げた。
ケイゴの背中の怪我は、ホワイトタイガーに襲われそうになったハンナを庇って受けた傷だった。
ケイゴ「お前が悪い訳ではないだろう。気にする必要はない」
ハンナ「うん、ありがとう」
「気にする必要はない」と言われ、ハンナの心が軽くなる。
ソフィア「ところで、怪我の方は大丈夫なんですか?」
ソフィアが、心配そうな顔でケイゴに訊いた。
ケイゴ「それなら心配には及ばない。明日退院できるそうだ。もっとも、大した怪我ではなかったが」
ロリィ「よかったね。お兄ちゃん」
ケイゴ「ああ」
レズリー「それにしても、10頭なんてよく倒したなぁ」
ベッドの棚に置いてあった今日の朝刊の一面を、レズリーが見る。
そこにはケイゴの例の記事がデカデカと載っている。
ケイゴ「本能のみの存在など、烏合の集に過ぎん」
ライズ「そうだとしても、油断一つで生死が決まるわ。闘うことを余儀なくされた者は特に」
ケイゴ「その通りだな。俺の師匠も同じことを言っていた」
ライズの科白にケイゴはうなずき、はるか彼方にある祖国にいるであろう師に思いを馳せる。
そのときだった。
???「ケイゴ様!!」
と、ドルファンでは見慣れない着物に身を包んだ東洋人の女性が駆け込んできた。
彼女の姿を見るなり、ケイゴはわずかながらも目を見開いた。
ケイゴ「ミコト!?なぜここに?」
彼女はケイゴの問いにも答えず、彼に抱きついた。
突然のことに、ソフィアたちは呆然となっている。
ミコト「怪我で病院に運ばれたと聞いて、心配致しましたのよ!」
ケイゴ「離れろ。まだ安静にしていろと医者に言われている。それに他に人もいる」
ミコト「……あっ」
ケイゴに言われ、ミコトは周りを見回した。
アッケラカンと自分を見ているソフィアたちの姿が目に入ると、顔を真っ赤にして彼から離れた。
ケイゴ「お前が来ているということは、師も来ているのか?」
???「察しが早いな」
ケイゴの問いに、初老の老人が部屋に入って来る。
彼もまた、着物姿だった。
ケイゴ「師匠……9年ぶりだな」
???「そうだな。それにしても……」
老人はソフィアたちを見回すと、にやついた顔になった。
???「お前、ちとやり手になったな」
ケイゴ「会ってそうそうそんなことを言うのか?彼女らはそういうのではない」
ハンナ「ちょ、ちょっとタンマ!ねえ、この人たち誰なの?」
二人の会話に、ハンナが割って入る。
???「おお、これは申し訳ない。名乗りもせずに勝手にお邪魔してしまって。私は金剛武神流師範、レイイチロウ・カンザキという者です。そして……」
ミコト「私はこのレイイチロウの娘、そしてケイゴ様の許嫁のミコト・カンザキですわ」
ミコトの爆弾発言に、ハンナ、レズリー、ロリィは思わず声をあげ、ソフィアは不安そうな顔をケイゴに向けた。
ライズは一人冷静そのものである。
ケイゴ「馬鹿な?俺が日本を出ていくときに、その話はなくなった筈だろう?」
レイイチロウ「それについてなんだがな……ミコトの奴が、私の選んだ婿候補を全て蹴ってしまってな、金剛武神流の正統継承者がいなくなりそうなのだ。そこで、ここドルファンで武勲を立てたお主に、もう一度ミコトとの件を考えて欲しくてやってきたのだ」
ケイゴ「正統後継者には別になっても構わないが、ミコトとの結婚はできない」
ミコト「ど、どうしてですの?」
ケイゴ「お前は、俺にとって妹としてしか見れない。それが理由だ。何度も言わせるな」
小さい頃から一緒だったが故に、物心ついたときから既に、年が一つ上のケイゴはミコトの兄として接していた。
それが、親密だがそれ以上は進めない関係になった原因なのだ。
ミコトは、キュッと唇を噛み締める。
レイイチロウ「……ケイゴ、明日また来る」
ケイゴ「また来ても、同じことだと思うが?」
レイイチロウ「かもな。お嬢さん方、突然押し掛けてきて申し訳なかった。それでは、失礼」
ミコトを連れて、レイイチロウは病室を後にした。
あの後、ソフィアたちも病室を去った。
病室で一人きりになったケイゴは、仰向けになって過去のことを思い出した。
レイイチロウと共に修行した日々。
ミコトと過ごした楽しい日々。
そして、レイイチロウがミコトとの縁談を持ち出された日。
彼は、自分を婿養子として拾ったらしい。
しかし、それはケイゴにとって無理な話だった。
過去の自分においても、今の自分においても。
ケイゴはミコトを妹としてしか見ていなかった。
彼女が自分に好意を抱いていることは気づいていた。
だからこそつらかった。
ミコトの思いに応えることのできない自分の心が痛む。
ケイゴ「……兄貴失格だな……すまん、ミコト」
ケイゴは窓の外に目を向けた。
外に生えている木の葉は散り、木枯らしが吹いている。
ケイゴ(俺らしくないな)
過去を顧みるのを止め、ケイゴはベッドから降りた。
一方、ドルファン地区の通り。
ソフィアは上のそらで、ボーッとしながら歩いていた。
ケイゴに抱きついたミコトという東洋人の女性。
彼女の父であるレイイチロウや、ケイゴ自身の話から、二人が仲がよかったらしいということがわかった。
自分よりも多くのときをミコトはケイゴと過ごしたのだろう。
二人の会話には、さりげなさがあった。
自分には見せてくれなかった表情がそこにあった。
彼は、そんな幼なじみを妹としてしか見れないと言っていた。
でも、ソフィアはそんなミコトを羨望の目で見ていた。
自分も、ケイゴのいろんな表情を引き出してみたいと……
ハンナ「……ィア……ソフィア!」
ソフィア「な、何?」
思考回路の迷宮から現実へとソフィアは引き戻される。
ハンナ「なんか変だよ。なんかボーッとしちゃってさ」
ソフィア「なんでもないですから、気にしないでください」
心配させまいと言い繕ったが、ソフィアはまた、ボーッと天を見上げる。
レズリー「なあ、ハンナ」
ハンナ「何?」
レズリー「やっぱりケイゴとあのミコトってやつのこと気にしてるみたいだぜ、ソフィア」
ハンナ「そうだよね。でなきゃああはならないよね?」
レズリー「ああ」
ハンナ「でも、どうするの?」
レズリー「そうだな……そうだ!こんなのどうだ?」
彼女は、ハンナの耳に自分の思いついたアイディアを打ち明ける。
それにハンナも賛成し、名付けて『ソフィアを元気にしよう大作戦』を実行に移したのだった。
後書き
おーはー、国士無双です。(慎吾ママの方じゃなくて、おはスタの方だよ)
今回は、ケイゴの過去を知る人物登場ということで戦でないのに前編・後編分けて見ました。
ミコトちゃんという存在がいながら、どうして孤独だと思っていたのか?
なぜケイゴが日本を出たのか?
恐らく、後編でわかると思います。