第十一章 後編「ケイゴの過去と今」


ハンナとレズリーと別れた後(ちなみにロリィは同級生の友だちと遊ぶといって病院を出た後に別れた)も、ソフィアは上のそらだった。

ケイゴのことが頭を過る。

彼の笑顔はどんな風だろうと想像する。

途端に、ソフィアの顔は真っ赤になった。

想像したとはいえ、頭の中に浮かんだケイゴの笑顔があまりにも綺麗だったからだ。

しかも、自分に向かって笑いかけているという設定で思い浮かべただけに、恥ずかしさも一塩だろう。

???「よお、ねーちゃん」

ソフィア「!?」

誰かに呼び止められ、振り返ったソフィアは戦慄した。

いつの間にか、人気のない倉庫街に入り込んでいて、下卑た笑いを浮かべている男たちに囲まれてしまっていたのである。

どこか逃げ道はないかと探るが、囲まれたこの状態では活路は見いだせない。

そうしている間にも、男たちはじりじりと詰め寄ってくる。

???「お主ら!何をしておる!」

そこに、初老の男性が現れた。

欧州にはない着物姿のその男は、ソフィアも知っている人物だった。

ソフィア「レイイチロウさん!」

男1「なんだぁ!?ジジイの癖にでしゃばって来んじゃねーよ!」

レイイチロウ「フン、お主らこそ、まともな生き方をした方がよいのではないか?」

男2「うるせぇ!おい、みんな!殺っちまえ!」

男たちが一斉に飛びかかってくる。

しかしレイイチロウは不敵な笑みを浮かべると、全身から眩い光を発し、残像を従えて男たちに突っ込んだ。

 

閃光。

 

ソフィアはそのあまりの光量に目をつぶった。

耳には骨を砕く音が連続で、かつ信じられない早さで聞こえてくる。

そして、10秒も立たぬうちにそれが止んだ。

恐る恐る目を開く。

そこには、亡骸となった男たちの山と、背中に『閃』という字が浮かび上がったレイイチロウの姿があった。

辺りに立ち込める血の臭いと死体の山に、ソフィアは胃の内容物を出しそうになる。

レイイチロウ「あなたは、ケイゴのお友だちの方でしたな?」

ソフィア「は、はい……」

恐怖を抱いた目で、ソフィアはレイイチロウを見上げる。

レイイチロウ「怖い思いをさせてしまったようですのでお詫び致します。ところで、少々お時間を頂けますかな?」

さっきまでの恐ろしさとはうって変わって、優しさに溢れるレイイチロウの顔があった。

 

 

洒落た喫茶店に、カンザキ父娘とソフィア、ハンナ、レズリー、ロリィ、そしてライズの五人が集まった。

レイイチロウが、ソフィアたちにケイゴについて訊きたいこと、言いたいことがあると言うのでソフィアがみんなを集め、レズリーのバイト先である喫茶店に集まったというわけだ。

レズリー「それにしても、自分のバイト先に客として来るってのはなんかなぁ……」

落ち着かない様子で、レズリーがぼやく。

ハンナ「いいじゃん、別に。それにさ、僕たちがレイイチロウさんを探す手間が省けたんだから」

レズリー「そうだな」

と、レズリーはうなずいた。

二人の立てたあの作戦は、カンザキ父娘とソフィアを会わせて、ケイゴについて話をしようというものだった。

理由は異なるが、向こうも、同じことを考えていたようだ。

レイイチロウ「それでは、この国に来てからのことを、教えてくれませんかな?」

ソフィア「……はい」

ソフィアは、今までのことを全てカンザキ父娘に打ち明けた。

倉庫街で助けられたこと。

五月際のイベントで優勝したこと。

海水浴場に出た鮫を退治したこと。

自分の父の立ち直るきっかけを与えてくれたこと。

全てを話した後、ミコトが感嘆の入った声で言った。

ミコト「さすがケイゴ様ですわ!こんなにも大活躍をなさっていたなんて……」

レイイチロウ「立派にやっているようだな、奴は」

ここまで活躍している弟子のことを訊いて、レイイチロウも鼻が高くなる。

ソフィア「……あの、ところで、ケイゴさんってどんな人だったんですか?」

レイイチロウ「ん?ああ……そうでしたな。ケイゴは、三つのとき戦で親を亡くしました。親の亡骸の前で立ち尽くしていたところに、私が声をかけて引き取った訳です。ケイゴは、幼いながらも冷静で感情を表に出すことをしませんでした。ですから、私は彼を金剛武神流の道に薦めたのです。それからわずか7年で、ケイゴは我が流派の中でも1・2を争う実力を手にしました。ミコトとも仲よくやっており、私はこのままケイゴにミコトを娶らせ、正統後継者にしようとしました……しかし」

 

 

レイイチロウ「ケイゴ。これより、金剛武神流・裏奥義を伝授する。覚悟はよいな?」

レイイチロウが、厳しい目付きでケイゴの眼の内を探る。

ケイゴ「ああ」

強い意志のこもった声が、レイイチロウの耳に戻ってくる。

レイイチロウ「まず、お前に裏奥義をかける。じっとしていろよ、少しでも動けば怪我ではすまんぞ」

ケイゴ「わかっている」

と、ケイゴはうなずく。

レイイチロウ「では、行くぞ!」

レイイチロウの体が発光し、残像を従えてケイゴに突っ込む。

全身から眩い気を放っている師が、ケイゴの目の前に来た瞬間、辺り一面がフラッシュに包まれた。

視界が奪われた状態のケイゴに、凄まじい蹴りと拳のラッシュが叩き込まれる。

気が付くと、ケイゴは地面の上で大の字になって倒れていた。

レイイチロウの背中には、『閃』という字が浮かび上がっていた。

レイイチロウ「これぞ金剛武神流裏奥義『連獄閃』だ。やってみろ」

ケイゴ「ああ」

同じように全身を光らせ、ケイゴはレイイチロウに向かっていった。

このとき、レイイチロウは、ケイゴは必ずできると思っていた。

十歳にして金剛武神流の奥義まで習得できたのだ、レイイチロウがそう思うのも無理はなかった。

しかし、何がいけなかったのだろうか?

ケイゴの連獄閃は失敗し、レイイチロウは大怪我を負ってしまったのだった。

 

 

レイイチロウ「裏奥義伝授の一週間前に、私はミコトとの縁談をケイゴに持ち出しました。多分、それが原因で失敗したのでしょう。ソフィアさん、連獄閃のあの威力を見たでしょう?」

ソフィア「え、ええ」

レイイチロウの連獄閃が頭の中で蘇る。

たった10秒もしない内に20人以上いたチンピラたちを血祭りにあげたあの技が……

レイイチロウ「裏奥義は心に迷いがあると、失敗します。あれほどの破壊力を持つ技です。失敗すれば、自分も多大なダメージを受けます。ですから、ケイゴは、自分の心を鍛練するために私に日本を出ることを申し出たのです。きっと、自分の心の整理をつけようと思っていたのでしょう」

その場の空気が、ずんと重くなる。

ケイゴには、その縁談が大きな重荷になったのだ。

妹として見ていた者が自分に好意を抱いている。

けど、兄としてしか接してやれない。

その結果、『妹』は傷付いてしまったのではないか?

恐らく、この認識がケイゴに苦悩を強いり、迷いを生じさせたのだろう。

こんな状況に陥った者たちにしか理解できない苦しみが……

そして、それがもたらした結果に、ケイゴの心は傷付いたのだ。

レズリー「あれ?でも、そんときはケイゴは10歳だったんだろ?その年で縁談なんておかしくねーか?」

ミコト「日本では、15歳で既に成人なんですの。ですから武術の流派や大名たちは、早くから許嫁を決めるのが普通ですわ」

日本の変わった風習に、ソフィアたちはうなずいた。

ケイゴからよく耳にするが、東洋圏には自分たちの知らない世界でいっぱいだということを改めて知らされる。

ミコト「ソフィアさん」

ミコトは席を立つと、ソフィアに真っ直ぐな視線を向けた。

ソフィア「はい?」

ミコト「二人きりでお話したいんですけど、いいでしょうか?」

 

 

場所は変わって並木通り。

さっきいた喫茶店の近くにあり、デートスポットとしても人気のある場所である。

その場所に、二人の影が裸の木の根元に腰を下ろした。

ミコト「私、気づいていたんです」

ソフィア「?」

ミコト「また9年前と同じことを言われるってことを……」

膝に埋めた顔を上げ、ミコトはソフィアに向いた。

ミコト「でも、今度は喜んで私を抱き止めて下さるかも知れないという気持ちもありました。わずかな私の希望でした。でも、ケイゴ様は未だに心の整理がつかず、笑顔を見せないまま……」

彼女は、雲一つない青空を仰ぐ。

ソフィア「でも……なんだか羨ましいです。いつもケイゴさんと一緒だったんですよね?」

ミコト「そうですわ、でもね、ソフィアさん。一緒にいるからこそ、辛いこともありますのよ」

ソフィア「あ……」

ミコトの言わんとしていることを悟り、ソフィアは閉口する。

ケイゴが9年前から直面している問題だ。

ミコト「多分、私とケイゴ様の距離はこれ以上縮みませんわ。お互い……もうこれが限界。でも、ソフィアさんだったら、私よりもケイゴ様に近づけるかも知れませんわ」

ソフィア「え?」

「どうして?」とソフィアはミコトに問いかける。

ミコト「どうしてって……だからですわよ」

ソフィア「……」

返って来た答えに、ソフィアは耳の裏まで真っ赤になった。
 

 

翌日。

カンザキ父娘の見送りに、ケイゴとソフィアの二人が波止場にやって来た。

ケイゴ「ミコト、申し訳ないな……俺とお前が別の形で出会っていれば……」

ミコト「?もう気にしてませんわよ、お兄様」

ケイゴ「ど、どういう風の吹き回しだ?突然、『お兄様』などと」

突然のことに、ケイゴは気をてらった。

自分を『お兄様』と呼ぶし、縁談を断ったにも関わらずケロリとしているし。

しかし、彼女の言葉に、ケイゴは心の中で自分を押さえ込んでいた枷が外れたような気がした。

ケイゴ「……そうだな。お前は俺の『妹』だものな」

ミコト「そうですわよ。ソフィアさん、ケイゴ様のことをよろしくお願い致しますわ」

ソフィア「はい」

レイイチロウ「ケイゴ。機会があったら、また来るからな」

ケイゴ「ああ。その時までに、必ず連獄閃を体得して見せる」

彼の頼もしい表情に、レイイチロウの口元が緩む。

レイイチロウ「それじゃあ、次会うときが楽しみだな」

と、彼は船に乗り込んだ。

汽笛の音を合図に、カンザキ父娘を乗せた日本行きの帆船が離れていく。

ミコト「お兄様、ソフィアさん。またお会いしましょう!」

ケイゴ「ああ」

ソフィア「はい」

ミコトとの約束を誓い、二人は帆船を見送った。

遠ざかる船を見ながら、昨日彼女が言ったことを、ソフィアは思い出した。

 

ケイゴさん、あなたのこと好きみたいですから。

 

相手のことが何でもわかるのは、ずっと一緒にいたからだ。

自分もケイゴのことを何でもわかってあげられるようになりたいと思う、ソフィアだった。


後書き

 

どうも、国士無双です。

 

どうだったでしょうか?こういうの書くの苦手で苦手で……

(実は戦争があるという理由だけでみつナイを買ってしまった)

でも、ケイゴとソフィアの幸せという美しくも熱く気高い目標のためならば、たとえ火の中水の中!てなわけなんですよ(どういうわけだ?)

ちなみに今回のゲスト、ミコトちゃんは、神谷薫をおしとやかにした感じ、レイイチロウ師範はクロウ・リードをモデルにしています。

この二人、もしかしたらまた出てくる可能性大、活躍するかも?

 

ところで、第十一章で、D26年度は終了です。

そこで次回は、この1年を振り返れ!

インターミッション『ケイゴ・シンドウの羨ましい生活』を予定しています。

お楽しみに!


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