秋も深まった11月のある日。
ピコ「ねぇ、ソフィアたちが修学旅行に行ったの知ってる?」
唐突に、ピコが言った。
ケイゴ「知っている。この前、彼女たちから聞いた」
と言って、彼はコーヒーを口にした。
行き先は、確かドルファン王国領のエドワーズ島だったと記憶している。
ケイゴ「それがどうした?」
ピコ「実はねぇ、さっき小耳にはさんだ話なんだけど……ジョアンがソフィアの跡を追っかけてったって」
ケイゴ「!!」
驚きのあまり、ケイゴはコーヒーを吹き出した。
ピコが「ちょっと、汚いよ!」と注意するも、彼の耳には届いていなかった。
ケイゴ「……それは本当だろうな?」
ポーカーフェイスを地でいく彼の顔から、殺気とも取れる気迫が滲み出ていた。
こんな表情を彼が見せるのは、ドルファンに来るまでなかったというのに。
ケイゴ「彼のことだ、何かよからぬことを考えているに違いない……ピコ、行くぞ!」
ピコ「ちょっと、待ってってば〜っ!」
「ケイゴって変わったなぁ……」と感慨に耽ける間もなく、彼女はケイゴに続いた。
エドワーズ島とドルファン本土を繋げているのは、この二つの地を行き来する定期便である。
片道だいたい2時間から3時間ほどをかけて、本土からの物資と島の生産物、そして人を運んでいる。
夏場になると、特に海水浴客の往来が激しくなるものの、それ以外の季節ではまばらだ。
秋にドルファン学園が修学旅行で訪れる理由もそこにある。
要は、夏場に修学旅行を行って、夏の太陽で浮かれた連中が生徒に手出しされたくないだけなのだけれども。
船が島の港に着いた。
ケイゴはスタッと甲板からダイレクトに着地する。
運動(戦闘?)神経抜群の彼にしてみれば造作もないことである。
ピコ「危ないでしょ!」
と、彼女が注意したが、ケイゴは全く聞いていない。
ピコ「ちょっと、無視しな……」
ケイゴが海に鋭い視線を向けていたので、彼女は何かと思って同じ方向を見た。
白い自家用の船がこちらに向かっている。
船体や帆には、真っ赤なバラがピンポイントで描かれている。
ピコ「……あれって、もしかして……」
ケイゴ「そうだな」
ジョアン「ハァ〜〜〜ハッハッ!!ジョアン・エリータス、華麗に検算!!」
その白い船が到着するなり、その持ち主であるジョアンが颯爽とケイゴの前に現れた。
ジョアン「東洋人!!貴様、さてはプロジェクトDを邪魔しに来たな!!」
ケイゴ「プロジェクトDとは何だ?それに……『検算』ではなくて、『見参』ではないのか?」
ケイゴの突っ込みに、ジョアンの顔が真っ赤になる。
周りを見てみれば、笑っている人がチラホラといる。
ジョアン「……っ!そんなことはどーでもいい!とにかく、説明しよう。プロジェクトDとは、ソフィアが暴漢に襲われそうになったところをこの僕が白馬の騎士となって退治するという、ママが考えた計画だ!!どうだ、凄いだろ?」
エッヘンと胸を張って威張り散らすジョアンだが、当然誰もそれを賞賛する者はいなかった。
ケイゴ「……お前、マザーコンプレックスか?」
ジョアン「ぼ、この僕がマザコンだとっ!!」
ジョアンの顔からみるみる理性が消えていく。
うわ言のように「僕はマザコンじゃない」と呟いている。
その声は次第に大きくなる。
そして。
ジョアン「僕はマザコンじゃなぁーーーーーーいっ!!!!!!!」
狂気の目をした彼は抜刀し、ケイゴに向かって振り回す。
ケイゴ「……だったらどうだというのだ?」
ドゴッ!!
ケイゴの掌底が、ジョアンを吹き飛ばす。
打ち所が悪かったらしく、気を失っていた。
ジョアンの、そして彼の母親の浅はかな考え。
ケイゴは今、それに怒りを覚えていた。
ケイゴ「……ソフィア、今行くぞ!!」
彼は、直感で雑木林の中に突っ込んでいった。
その頃、ソフィアはジョアンのけしかけた暴漢から逃げていた。
人気のない雑木林の中をひたすら走る。
ソフィア「きゃっ!」
しかし、地上に顔を出していた木の根につまずいてしまった。
起き上がって、振り向く。
暴漢たちはすぐそこへと迫っている。
「逃げなきゃ」と再び走りだす。
が、屈強な男とか弱い少女とでは、体力差があり過ぎた。
アッという間に追い付かれ、彼らに囲まれてしまった。
低俗で野蛮な笑いを浮かべながら、男たちはじわじわとにじり寄ってくる。
ソフィア(ケイゴさん……助けて!!)
この四面楚歌の状況で、ソフィアはケイゴの助けを願う他なかった。
でも、この場には彼はいない。
その彼が今すぐ飛んで来るはずがない。
それでも、ソフィアはケイゴに助けを求めた。
そして……
ケイゴ「はぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」
彼はやってきた。
雄叫びと共に現れたケイゴは、暴漢の一人の頭を鷲掴みにするとそのまま地面に打ち付けた。
光がケイゴの手から吹き出す。
土埃が舞い、一人目の犠牲者が虚空に投げ出される。
暴漢たちに戸惑いの色が出る中、彼は振り返った。
ケイゴ「……」
ギラリ、と彼の目が光を放った。
黄金のオーラが燃え盛る炎の如く揺らめいている。
今、彼を支配している怒りを象徴しているようである。
ケイゴ「……」
突如、彼は姿を消した。
暴漢1「ど、どこだっ!」
暴漢2「さ、探せ!」
ケイゴ「俺はここだ」
慌てふためく暴漢に、ケイゴが言った。
彼は、いつの間にかソフィアを抱き上げて、彼らから離れた位置に立っていた。
そして、その傍らには……
暴漢3「……あ……ああ」
彼らの仲間の一人が、全身血まみれで木の幹に体を打ち付けられていた。
これで、二人目の犠牲者である。
いつの間にやられたのだろうか。
暴漢一同に戦慄が走った。
ソフィアを降ろして、ケイゴは振り返った。
ケイゴ「……一人残らず、地獄を見せてやる」
口を開いたその瞬間に、彼は二人の暴漢を沈黙させた。
ケイゴの圧倒的優勢は変わらなかった。
数では確かに勝っていた暴漢たちだったが、秒単位でその数を減らされるという状況に歯が立たなかったのだ。
人知を越えた跳躍力に瞬発力に加え、気功を利用した一撃の破壊力の前に、彼らの成す術は皆無そのものであった。
暴漢4「化け物の相手なんて沢山だ!!」
暴漢5「逃げろーーっ!!」
やがて、敵わないと判断した者から撤退していった。
丁寧なことに、倒れた仲間を担いでいくという後片付けをしてである。
ケイゴ「……雑魚が」
男たちが去ると、ケイゴはソフィアに駆け寄った。
ケイゴ「怪我はないか?」
ソフィア「……」
ケイゴ「……どうした?」
ソフィア「……怖かった!!」
今まで押し込めていた感情を吐露し、彼女はケイゴの胸の中に飛び込んだ。
ケイゴ「……」
ケイゴは驚きも、顔を朱に染めることもせず、黙ってソフィアに胸を貸している。
ソフィアの嗚咽だけしか、静寂さを取り戻した雑木林の中では聞こえない。
どれくらいの時間が経っただろうか。
嗚咽が止んでも、ソフィアはケイゴから離れようとはしなかった。
ソフィア「あの……もう少しだけ、このままでいさせてください」
ケイゴ「……ああ」
そういえば、とケイゴは思い出した。
故郷を出る前、ミコトにも何度かこうしてやったことが何度かあった。
散々泣きじゃくった後も、彼女はずーっと抱きついていたものだった。
そんな昔の義妹と、今、自分の胸の中にいるソフィアの姿がだぶって見えた。
でも、その時と現在との自分の気持ちは全く違うものであった。
ミコトに対しては、しかたなく胸を貸してやっていただけに過ぎなかった。
けれども今は、自分もしばらくはこのままでいたいと思っている。
ソフィアが好きだから……だからこうしていたい。
彼女を守ってやりたい。
それがケイゴの素直な気持ちだった。
そして……
ケイゴ(……俺は、彼女と共に生きる。何があったとしてもな)
己の心の中に、彼は頑なに誓った。
後書き
単にケイゴがただの無表情ではないことを改めて書きたかった。
それが今回、私がやりたかったことです。
今までも、そういうケイゴが幾分か出てきました。
彼の本質は、普通の人とそんなに変わりません。
ただ、それを引き出すのがちょっと苦手なだけなのです。
『THE GOD HAND』はケイゴの心の成長記でもあるので、彼を暖かく見守ってやって下さい。