第二十二章 前編「兆し、そして目醒め」


???「……もう、君の心の中には『新しい相棒』がいるんだね……」

『彼女』は、雑木林で少女を抱き止めている青年を遠くから見つめていた。

その声には、新しいパートナーを見つけた彼に対する喜びと、彼とはもう今まで通りに付き合っていけないかもという寂しさが混ざっていた。

多少、少女に対する嫉妬もあったかもしれない。

『彼女』は、確かに彼の相棒だった。

いつも一緒で、喧嘩することもあった。

楽しいこともあった。

今まで人を寄せ付けなかった彼の、唯一気の許せる存在だった。

『彼女』は人ではなかった。

だからこそ、彼が気を許せたのかもしれない。

???「……そろそろ、私の『役目』も終わりかな」

彼との別れの時期が近づいていることは、薄々わかっていた。

でも、それ故に、別れる時の事を考えると胸が張り裂けそうになる。

???(君とのお別れは辛いけど……でもっ!!)

『彼女』は自分の気持ちを振り払うかの如く、その場を飛び去った。

 

 

俺がソフィアを暴漢から救出してから、一週間ほど経過した。

その時の戦闘以来、俺の全身から湧き出てくる闘気が微量だが、序々に上昇を始めていた。

こういう反応を体が示す時は、体内の気の循環に問題があるか、不穏な気配を感じるかのどちらかなのだが、そのどちらも感知できない。

それだけに、俺は返って不気味に思った。

何かとてつもないようなことが起こる、俺にはそれしかわからなかった。

ギャリックたちにそのことを話したが、彼らは「気のせいだ」と笑い飛ばした。

それでも、老練なアシュレイ殿には、俺のその気配の感じ方がわかったらしく、用心するようにと声をかけてくれた。

彼に言われずとも、俺はそのつもりだ。

訓練が終わり、俺は傭兵寮の自分の部屋に戻る。

ケイゴ「ピコ、帰ったぞ」

俺が帰って来たことを、ピコに知らせた。

しかし、いつもの元気のある返事は戻ってこない。

最近、ピコを見ないのだ。

いや、突然、姿を消したと言った方が正しいだろうか。

しかも、見なくなったのはエドワーズ島での一件が済んで直後だったのだ。

ケイゴ(一体、どういうことだ?俺の闘気のが何かを訴えかけたと思えば、ピコが姿を現わさなくなった。何か関連性があるに違いない)

俺ははそう思わずにはいられなかった。

俺の闘気の増幅現象とピコの失踪という事件二つが、ほぼ同時に起きたのだから。

偶然にしては何かおかしいと俺の直感は告げた。

そして、その二つをつなげる何かを、俺は小さい頃から知っていたような気もした。

だが、それが何なのかは思い出すことができなかった。

あまりにも朧気だが、俺にとって重要なことであることは間違いない。

それだけは確信が持てた。

 

それから数日、キーワードになり得る幼少の記憶を引っ張り出そうと努力したが、何の収穫も得られないまま、俺は戦場に向かった。

……そこは、雨に濡れていた。

 

ドルファン王国は、テラ河を渡って侵攻しようとするヴァルファバラハリアンの軍勢を止めるため、軍をテラ運河に派遣した。

この度の軍議での派遣決定が遅れたため、ヴァルファに侵攻を許してしまったかに見えた。

しかし、ここ数日の大雨のおかげでテラ河は氾濫しており、実質ヴァルファの部隊は足止めを食らっていた。

これを好機と見たドルファン軍は、敵のいるちょうど対岸に布陣し、相手の様子を伺うことにした。

対するヴァルファも同じく、こちらを牽制している。

そして、その状況が三日続いた。

???「あーーーーーーーーーーーっ!退屈だ!!」

ヴァルファサイドのテントでは、真紅の鎧をまとった若い騎士がどこぞに向けたらいいかわからぬ苛立ちを声に込めて手当たり次第喚き散らしていた。

ようするに、八つ当たりである。

彼は名を、スパン・コーキルネィファという。

またの名を、『迅雷』のコーキルネィファ。

八騎将中最年少の彼は、戦闘の天才である。

ネクセラリアよりも素早く戦場を駆け抜け、ライナノールよりも鋭い技の切れを持った彼はその天才の名の通り、訓練の模擬試合で軍団長以外には負けたことがない。

しかし、彼に対する評価は飽くまで戦士としてのみに留まる。

スパン「おい。いつになったら、向こう岸には攻め込めるんだ?」

四日目になってから、既にこの科白を三回くらいは繰り返している。

副官「ですから、テラ河の水位が平常時に戻るまでです」

スパン「だから、それがいつかって訊いてるんだよっ!!」

副官に、スパンは突っ込みを入れる。

そこに、同じく真紅の鎧で身を固めた老騎士が現れる。

ヴァルファバラハリアンの副団長にして作戦参謀のキリング・ミーヒルビスが現れた。

キリング「コーキルネィファ、落ち着くのだ。せめてあと三日、三日もすればテラ河を渡って攻め入ることができる」

ミーヒルビスには、老齢になってから出る研ぎ澄まされた威厳があった。

彼が盲目であることを思わせない何かを、彼は持っていた。

実際、彼は目が見えないにも関わらず、周りの状況をこと細かに理解している。

それもあって、彼は希代のロストマジシャン(超古代紋章術士)とも呼ばれている。

スパン「あ〜あ、雨が降らなかったら、一気に攻め込めたのによぉ」

八騎将にあるまじき言葉遣いで、コーキルネィファは天井を見上げた。

キリング「天候というのは常に変化するものだ。こればかりはどうしようもないぞ」

一方のミーヒルビスは冷静そのものである。

キリング(コーキルネィファには、軍の指揮をさせるのはまだ早いか……しかし、我々はこうまでしてもドルファンに勝たねばならんのですよね、デュノス様)

八騎将の内既に二人が死亡、一人が脱走してしまっている。

それが原因で兵の士気を下げる結果となってしまい、これから存分に戦えるかどうかは、ミーヒルビスの目には見えていた。

彼はそれでもいいと思った。

軍団長の悲願のためなら、戦争の結果がどうなろうと構わない。

既に自分は、片足を棺桶に踏み入れてしまっているから。

未だにしとしとと降る雨が、テントを濡らしていた。

これから始まる人知を越えた出来事に、憂いを帯びているかのように。

 

長期に及ぶ忍耐勝負が続くのかと思われた今回の戦いだったが、突如その色合いが変わった。

今まで睨み合いを効かせていた両者だったが、何を思ったのかヴァルファの軍が河を渡ってドルファン軍のテントに突撃してきたのだ。

ドルファンの陣営にあった大砲が暴発し、たまたまヴァルファのテントの内の一つに命中した。

それを見たコーキルネィファは血迷ったのか、幾つかの部隊を率いて行ってしまったのだ。

無論、ミーヒルビスは止めに入ったが、彼は言うことを訊かなかった。

彼らは、既に河を半分まで渡っていた。

この状況をドルファン軍が黙って見過ごすはずはない。

すぐに弓兵に攻撃命令が下る。

ドルファン将校「射て!!」

河を渡っている途中であるコーキルネィファたちは思うように身動きが取れない。

仲間が次々と馬から崩れ落ちる。

スパン「チッ、こうなったら俺様が道を開いてやるっ!」

彼は跨った姿勢から跳躍した。

幾千の矢の間を、驚異的な運動能力で回避して、ドルファン長弓部隊の背後に回った。

スパン「雑魚は消えろっ!!サンダークラッシュ!!」

全身にみなぎらせた雷光を、長弓部隊に浴びせる。

高電圧の光に、一部隊が壊滅する。

矢の雨が止み、生き残ったヴァルファの突撃部隊も遅れてドルファンの陣営に攻め込んで来る。

さらに、敵の砲撃で陣地に爆発が起こる。

こうなってしまっては、騎士団は役立たずである。

必然的に、傭兵隊の出番が回ってくる。

ケイゴ(……また逃げるのか、騎士団は)

迫り来る敵を一人ずついなしながら、彼はその様子を見ていた。

『いつものこと』なので、傭兵隊の中にそれを気にするものはいない。

『阿修羅』で迫り来る敵を叩き潰す彼のすぐ側面を、何者かが通り抜けた。

姿は見えなかった。

純粋な殺気のみを感じ取って、辛うじて回避することに成功したのだ。

スパン「テメェか、『ゴッドハンド』とかってゆーヤツは?」

殺気を放っていた者が、彼の目の前に正体を見せる。

スパン「俺は、『迅雷』のコーキルネィファだ。お前に一騎討ちを申し込む!」

ケイゴ「いいだろう、来いっ!」

ケイゴは『阿修羅』を、コーキルネィファは突き刺し用にカスタムした特殊な短剣を相手に繰り出した。

その二つは衝突し、衝撃波を生む。

ケイゴ(この男……できる!)

スパン(へぇ〜っ。さすがだけど、俺の方が上みたいだな)

一旦、両者共に後退し、間合いを取る。

スパン「行っくぜぇぇーーーーっ!」

コーキルネィファは先ほど見せた、神速の動きでケイゴに詰め寄る。

ケイゴ「クッ!」

同じように、その突撃をかわす。

だが、脇腹にはすーっと細い血の筋が一本入っていた。

スパン「よそ見すんなよっ!!」

続けて、左からコーキルネィファが攻撃してきた。

背中に赤い線が走る。

続いて、右、前、後ろ……

全方位からの攻撃に、ケイゴは苦渋を飲まされていた。

被害を最小限に抑えているものの、その彼のスピードに翻弄されている。

素早さに関しては、相手の方が一枚上手だった。

ケイゴ(……目で追ったところでどうにもならんか)

ケイゴは目を閉じて、構えを解いた。

縦横無尽なコーキルネィファの攻撃で、どんどん体に傷が増えていく。

スパン「何でぇ、もう降参か?じゃあ、死になっ!ライトニングアタック!!」

全身に稲光をまとって、神速で突進するコーキルネィファ。

一瞬でケイゴとの間合いがなくなる。

ケイゴ(今だっ!!)

彼は、目をカッと見開いた。

ケイゴ「金剛武神流、金剛掌っ!!」

スパン「な……!?ゥガアッ!!」

黄金に輝く拳は、雷光諸共、コーキルネィファを吹き飛ばした。

が、彼は身を翻して着地する。

スパン「ハァ、ハァ……今のは効いたぜ。俺を本気にさせてくれた礼だ、最高の技でお前を殺してやるぜっ!!」

コーキルネィファはそう言って、ケイゴに飛びかかった。

ケイゴ(なっ、速度が上がっているだと!!)

さっきに比べて倍以上の速さで、コーキルネィファはケイゴを斬り刻んでいった。

それでも、ケイゴはある程度までの斬撃を受け流していた。

スパン「いい加減くたばれよ!」

ケイゴの視界から、コーキルネィファの姿が消える。

この彼の行動に、ケイゴは見覚えがあった。

消えたかと思ったら上空から強襲する技、雷槌脚と同じ動きだ。

咄嗟に防御体制に移る。

重力加速度のついた落下攻撃を回避することは不可能に近い。

だからこそ、防御に転じた方が安全は保証できる。

スパン「喰らえぇぇぇぇぇぇっ、スパークリングニードルッ!!」

高圧放電をしている短剣の刃を、ケイゴはなんとか『阿修羅』で受け止める。

スパン「なっ!」

普通だったらこれで仕留めることができたのだが、得意技を防御されて、コーキルネィファはわずかながらも隙を作ってしまった。

ケイゴ「これならどうだ!金剛武神流、破砕掌!!」

コーキルネィファの頭を掴むと、ケイゴは腕に光をまとわせ地面に打ち付けた。

一対一の勝負では、こうした方が破砕掌の効果は上がるのだ。

光の柱が天空に向けて伸びる。

スパン「……やるじゃねぇかよ……こうなったら『アレ』で殺してやるぜ!!」

破砕掌で吹き飛ばされてもなお、コーキルネィファはまだピンピンしていた。

対するケイゴはどうかというと、隙を見て反撃するのに手一杯だった。

傷自体は浅いが、幾重にも斬られた体からは多量の出血によるダメージも大きい。

それでも、彼の闘志には一時の揺らぎもなく、その目は「まだ行ける」と言っていた。

スパン「死ぬ準備は出来たな?行くぜ!!」

コーキルネィファの姿がまた消えた。

ケイゴ(……あの技か)

彼もまた同じく防御態勢、いや反撃態勢を取る。

スパン「行っけぇぇぇぇっ!スピニングスパークブレイカー!!」

確かに、コーキルネィファは全身に稲光をまとって落下してきた。

が、一回目と違い、スピンしながらの高速落下だった。

バキィィィィィィィィンッ!!

短剣を受けた『阿修羅』が砕ける。

落下に回転の力が加わったことで、破壊力が何倍・何乗も膨れ上がった結果である。

ケイゴ「しまっ……」

ガードが弾かれ、コーキルネィファの短剣がケイゴの胸を引き裂いた。

そのまま心臓にまで奥深く突き刺し、彼は刃を抜いた。

ケイゴ(不覚を取ったか……ついこの前、俺は『ソフィアと共に生きる』と誓ったのにな……)

血を傷口から吹き出しながら、ケイゴは倒れた。

 

俺は目を覚ました。

そこは……何もない場所だった。

どこもかしこも闇で覆われ、上下左右の感覚のない場所だった。

ケイゴ(……俺は、死んだのか)

俺はなぜか冷静だった。

ここが死後の世界だとしたら、絶望にうちひしがれてもおかしくない。

ここはそんな場所だ。

それでも、俺は冷静だった。

「自分は死んだのだ」と思うと俺は胸が締め付けられた。

友人や知り合いが悲しむ顔が……ソフィアの悲しむ顔が脳裏に浮かぶ。

ソフィアは気丈に振る舞っていても、弱い。

親しい者を失えば、それを引き摺り、彼女から笑顔が消えてしまうだろう。

それが現実のものとなってしまうだろうと思うと、俺の心が痛くなる。

ケイゴ「……死んでしまったら、何にもならないか」

そうだ。

こうなってしまっては、どうしようもない。

何のための誓いだ!

俺は結局、ソフィアを悲しませてしまっただけではないか!!

自分に対する苛立ちで、俺がいても立ってもいられなくなったそのときだった。

???「大丈夫、まだ君は死んでないかないよ!」

ケイゴ「!」

突然、背後から声がした。

自分のよく知っている、聞き慣れた声だった。

しばらくの間聞くことのなかった、可愛いげのある声だ。

振り返ると、やはりそこには、ピコがいた。


後書き

 

突然ですが、言っときます。

『THE GOD HAND』とみつめて本編では、ピコという存在の定義が違います。

ネタバレに関わることなのでここでどこが違うとかは言えませんが、

次回の後編でわかるでしょう。

ちなみに、主人公に関わる、しかも重要なところなので、第二十二章は今までのに比べて量が多いです。

そこのところ、よろしくです。

それでは。


第二十二章 後編へ

 

第二十一章へ戻る

 

目次へ戻る