第二十二章 後編「『神』の力と代償」


何もない、真っ暗闇。

全くどこなのかわからないこの空間の中で、ケイゴは久しぶりに相棒の姿を見た。

顔も姿もシルエットも変わった様子はない。

が、ケイゴは目の前の彼女に、たった一つだけ違和感を感じていた。

それは、彼女の大きさだった。

六分の一サイズしかなかったが、今のピコは、ソフィアやハンナくらいの大きさで彼に向かい合っている。

ケイゴ「一体、どうなっているんだ?お前が大きくなったことといい、死んだかと思ったらおかしな場所にいつの間にか来ていたことといい……どうなっているのだ?」

自分の持っている疑問を、ケイゴが訊く。

ピコ「死ぬ直前に、君の意識を加速させて、直接君の心に話してるの。だから、どこを見渡しても何もないし、私の大きさも自由自在なの。君に『まだ死んでないよ』って言ったのもそういう理由なの」

ケイゴ「……それで、これだけのことをしなければならないほど、俺に言わなければならないことがあってこうしたという訳か」

さすがケイゴである。

察しが早い。

通常の人なら突然の連続で混乱しかねない状況であっても、持ち前の冷静さでその洞察力を失ってはなかった。

でも、冷静な人種であれば誰でもそうした予測はつけられるだろう。

ピコ「うん」

彼女は静かにうなずいた。

ケイゴを見る彼女の顔に、寂しさが漂っているのは気のせいだろうか。

ピコ「……ねぇ、最初に会ったのって、いつだったか覚えてる?」

ケイゴ「ん?……いや、覚えていない」

それはそうだ。

ケイゴにしてみれば、気が付いたら既にピコが自分の傍らにいたのだから。

「それが、どうした?」と、疑問を口にする。

ピコ「君がそう思うのも無理ないよね……だって、私は君の一部なんだもの」

ケイゴ「!!」

彼は我が耳を疑った。

ぴこガオレノイチブダト!?

そんな訳がある筈がない。

ピコはパーソナリティをちゃんと持っているし、行動制限もない。

彼女は妖精族ではなかったのか!?

ケイゴ「……どういうことだ?」

あれこれ脳みそがぐちゃぐちゃになった頭を整理した後、やっとケイゴは口を開けた。

ピコ「君が生まれた時、普通では考えられないような強い気を君は持っていたの。周りの人たちは最初は君を現人神(あらびとがみ)だって持て囃したけど、君が成長するにつれて、気を悪戯に使い初めて、皆は君を悪魔って呼んで恐れたわ……それで、君のお父さんとお母さんは、君を普通の人と同じにするために、君の力の一部を切り放したの。それが今の私よ。こうしたのは、君が大人になったとき、悪い人になってしまってもその力を使えなくするためでもあったけど、君はそうならなかった」

ケイゴ「……」

ピコの告白で、今まで胸でつかえていたものが取れたような、そんな感覚をケイゴは感じた。

そして、あることが彼の脳裏をスッと過った。

これから、ピコがしようとしていることが、彼にはわかってしまった。

今は、死ぬ直前の自分の意識を加速させている状態だ。

この状態の彼を救うには……

ピコ「……へへっ、わかっちゃった?」

テヘッと、ピコは状況には似合わない悪戯っぽい笑顔で笑った。

そんな彼女の姿が、ケイゴには返って物悲しそうに見えた。

ケイゴ「……」

ピコ「悲しいって思ったでしょ?でも、大丈夫。私たちは一つに戻るだけだから……」

結局のところ、分離されていた二つのものが一つに戻る、それだけのことだ。

でもケイゴは、一人の仲間を失ってしまうのだという認識の方が強い。

ピコ「それに、ソフィアにまだ『好き』の一言も言ってないでしょ?」

ケイゴ「……フッ、そうだな」

ケイゴは笑った。

安心したのか、ピコも一緒に笑う。

二人で笑うのはこれで最後だ。

どうせなら、このまま別れた方がいい。

ピコは、ケイゴを優しく抱きしめた。

優しく、慈愛のある抱擁。

彼の記憶にはあまりなかったが、母親に抱かれているような気分がした。

ピコの体が淡い光に包まれながら、彼の体の中に取り込まれていく。

ケイゴ(……力が……湧いてくるようだ……)

そして、加速されていた自分の意識が、元の時間の中へと戻されていく……

 

 

スパン「へへっ……さすがにちったぁ手こずっちまったが、これで『ゴッドハンド』も終わりだな」

コーキルネィファは、血の気を失って倒れたケイゴに背を向けた。

彼は余裕の表情で周囲を見回す。

スパン「さぁて、次に俺の相手になりてぇヤツはいるか?」

ドルファンの兵士・傭兵たちがコーキルネィファを遠巻きに取り囲んでいるが、士気はない。

今やドルファンで最強と謳われてもおかしくないケイゴが、やられたのだ。

当然、仇討ちを名乗り出る者はいない。

他の場所では、自分達に有利な展開で戦局を進めているが、ここだけが絶望に支配されていた。

ギャリック(クソッ!!俺なんか出てったところでどうにかなる相手じゃねぇ……)

シャオシン(そんな、ケイゴさんが……!!)

ケイゴがやられたことに、二人も相当なショックを受けていた。

そんな中、アシュレイが一人、コーキルネィファの前に出向いた。

アシュレイ(……倒せずとも、深手を負わせることぐらいは儂にもできる)

スパン「……やれやれ、今度の相手はじーさんか?」

アシュレイ「戦士に歳は要らぬじゃろうて……」

と、アシュレイが剣を抜こうとした時だった。

突如、周囲の山や河や木が緑白色の光を放ち出した。

スパン「な、何だぁ!?」

戦の最中であることを忘れ、この不思議な光景に皆の注目が集まる。

シャオシン「ケイゴさんの体が!!」

シャオシンの言葉に、またテラ河両岸が驚愕の色に包まれた。

ケイゴの体も、自然に同調して光を全身から放っていた。

ギャリック「あ……あいつ、死んだんじゃなかったのか!?」

騒然となっている中、彼の体は宙にゆっくりと浮かび上がり、自然界に存在するエネルギーを吸収していく。

光はそのまま彼を包み込み、しばらく光球が宙に浮いている状態が続いた。

そして……

???「ゥウオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

光球を破いて現れたのは、確かにケイゴだった。

そのまま落下するかと思われたのだが、背中に炎のようにほとばしる白銀の翼を、三対出し、その場に滞空する。

髪も翼の光に照らされて、銀色の輝きを見せていた。

その姿は、まるでセラフィムの如く流麗で、元から顔立ちのいいケイゴにとても似合っていた。

男性の天使というのは、こんな姿であろうというのを想像させてくれる、そんな姿だった。

ケイゴが地上、コーキルネィファのいるところに降りる。

砕けた筈の『阿修羅』が再生し、自動的に主の腕に装着される。

ただ、元通りになった訳ではない。

その手甲は黄金の輝きを放ち、新たな名前が刻印される。

それにリンクして、ケイゴの脚絆も黄金に光り出し、同じ名前が刻まれた。

武神具『明鏡止水』、それが、この手甲と脚絆の新たな名前だった。

ケイゴ「……コーキルネィファ」

スパン「てっ、てめぇ……今度こそあの世行きの馬車に送ってやる!!」

コーキルネィファが自慢の速さでケイゴに斬り込んだ。

しかし、攻撃は空しく空を斬った。

ハッと後ろに振り返ると、すぐ真後ろに、ケイゴが立っていた。

ケイゴ「……お前は何のために闘っている?」

何にも動じない、強い意志の宿った目で、ケイゴはコーキルネィファを見据えた。

 

スパン「な……何……だと!?」

通常なら戦闘中にそんな問いかけなど馬鹿馬鹿しいと思うだろうが、今この場にいる者たちは、そんなことも忘れて皆息を飲んだ。

ケイゴ「お前にはないのか?……俺は守りたい人がここ、ドルファン王国にいるから闘っている。大概、金であれ名誉であれ自分の闘う理由があるだろう?」

スパン「へへっ……悪いが俺はそんなもんのために命なんか捨てねぇよ。俺は強くなりてぇから闘ってんだ」

ケイゴ「では、なぜ強くなろうと思う?名誉が欲しいから、金が欲しいから、そして守りたい人がいるから、人は強くなろうとする」

スパン「う、うるせぇ!サンダークラッシュ!!」

コーキルネィファは辺り一体に雷撃を落とした。

威力はドルファンの長弓部隊を壊滅させただけあり、大地に生えていた植物が死滅する。

しかし、ケイゴは体を白銀の光の翼で覆って、それを無効化させる。

自分の攻撃が効いていないことに、唖然とするコーキルネィファ。

ケイゴ「俺の封印されし力……気翔翼は、エネルギーの流れをある程度であれば無効化できる。何も飛ぶためだけの翼ではない」

気翔翼の輝きがさらに増し、ケイゴの神々しい雰囲気がさらにアップする。

スパン「んなら、これでどうだ!!」

コーキルネィファは自暴自棄な状態で突撃してきた。

さっきケイゴを倒したときのように動きで撹乱させて、最強の技を叩き込むしかない。

ケイゴ「同じ手は何度もかからん」

と、彼は突撃してきたコーキルネィファを捉えた。

流れるような動きで投げ飛ばす。

スパン「おっと」

コーキルネィファはとっさに身を反転させ、着地。

もはや正攻法しか手はないと踏んだ彼は、もう一度突撃する。

ケイゴもそれに応えるように突進する。

二人の得物が甲高い音を立ててぶつかり合う。

コーキルネィファは、短剣と左腕のバックラーで拳打をいなし、ケイゴは武神具『明鏡止水』で剣閃を捌いた。

スピードが互角になってしまった分、打撃力ではコーキルネィファが有利という訳にはいかなかった。

二人の立場は逆転してしまっていた。

焦りを隠せないコーキルネィファが、いても立ってもいられず先に大技を仕掛けてきた。

スパン「スピニングスパークブレイカー!!」

一回目でケイゴを一時行動不能にさせた、雷撃をまとっての回転落下攻撃がケイゴに迫る。

が、新たなる力を得たケイゴには、その攻撃を捉えるのは難しいことではなかった。

ケイゴが跳躍して空に逃げた直後、今まで彼のいた場所がえぐれた。

スパン「……なっ!!」

時既に遅し。

ケイゴ「金剛武神流……神・奥義、煌翼神霊破!!」

気翔翼の内の上と下の二対の翼がケイゴから飛び出したかと思うと、それは四つの巨大な槍に変化した。

その槍に続いて、彼自身も光をまとい、慣性の法則を無視した空間幾何学的な動きで突撃。

白銀の槍が、コーキルネィファの体を捉える。

スパン「がっ……くっ、う、動けねぇ!!」

白い光の槍の呪縛によって、コーキルネィファの体は言うことを聞かない。

そこに狙いすましたかのように、ケイゴが彼の体を『透過』した。

槍は元の姿に戻ると、主の背中に落ち着く。

華麗に舞い降りたケイゴと違って、コーキルネィファは体を支え切れず、重力に従って地面に倒れる。

ケイゴが目を閉じると、すーっと気翔翼が消えた。

武神具『明鏡止水』はそのままで、黄金の輝きを失っていないことが、今の戦闘が現実のものであるということを、皆に示していた。

「わあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」と盛大な歓声が沸き起こり、彼の元に同志の兵士が殺到した。

 

 

ギャリック「お……お前、心配させやがってぇ!!」

ケイゴ「ギャ、ギャリック、止めろ、お前らも止めないか!!」

早速ケイゴは、仲間にもみくちゃにされていた。

傭兵隊の仲間だけではなく、ケイゴに憧れる若い騎士たちも集まって一緒になって騒いでいる。

コーキルネィファが倒されたことで、ヴァルファバラハリアンは撤退を余儀なくされ、今まで戦場であった場所が一転して祝勝会会場になってしまった。

凱旋準備のために真面目に事後処理を行うスタッフは少なく、気の早い祝杯を挙げている者が多数を占めていた。

夜になってさらに盛り上がりを見せるドルファン軍の陣営から少し離れた所で、ケイゴは一人空を見上げていた。

日中と違って雲はなく、星空が広がっている。

そこに、シャオシンがやってきた。

シャオシン「ケイゴさん、やりましたね……って、どうしたんですか?何か寂しそうな顔してますけど?」

付き合いがあると、顔を見ただけでそれなりに相手がどういう表情をしているかわかるものだ。

まぁ、それに関しては、ソフィアやミコトの方が上だ。

ケイゴ「……俺とて、たまにはこういうこともある」

そう言ったとき、頬を何かが伝った。

涙だった。

一粒だけ、涙が流れた。

ピコ『こら、男の子が泣くんじゃないの!』

ケイゴ「!」

ピコの声が聞こえた気がして、ケイゴは振り返った。

だが、そこには誰もいない。

シャオシン「どうしたんですか?」

ケイゴ「……ただの空耳だ」

適当に言葉を取り繕うと、ケイゴはもう一度星空を眺めた。

ケイゴ(フッ、そうだな。俺たちは、これからも一緒だったよな)

一人で悦に入ってしまったケイゴの側で、シャオシンは首を傾げた。


後書き

 

どーだったでしょうか?

ピコの設定を大幅変更、最終回前にいなくなるという暴挙に出てみました。

まぁ、これは自分でもこうするしかないと思ったのですが……
 

ここで、やっと、ケイゴの最後の奥義が出てきました。(しかも神・奥義でしたが)

この奥義ですが、考え抜いた末に、コ○モノ○ァ+真・○ャイン○パーク+○ーベル○ヴァレス○ィ+○の翼というトンデモナイ技になってしまいました。

気翔翼も○の翼と○ァル○リーをモチーフにしています。

ちなみに、気翔翼を展開させたケイゴの状態を、『天神形態』と言います。

 

えっ?コーキルネィファはどうなったかって?

それは次回にでも。

それじゃ、次回までさよなら。


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