第二十三章 中編「逃げる戦神、追う乙女達」


2月14日、AM11:00。

唐突だが、俺は逃げていた。

背後を振り向くと、リンダ、スーは等身大の自分のチョコレート人形を抱えて、ロリィは一見すると普通なお菓子の包みを片手に、尋常ならざる勢いで俺を追い掛けてくる。

気配を消してクレア殿の所に行ったまではよかったのだが、その後、今日に限って感覚の特化した三人にあっけなく見つかってしまった。

それで今、俺はこのような状況に陥ってしまっている。

正直この三人を軽く振り切れるだろうと思ったのだが、俺の予想はいとも簡単に裏切られた。

引き離そうと思えば思う程、彼女たちは執拗に追い掛けてくるのだ。

しかも三十分間、トップスピード状態の追いかけっこが維持され続けているのには俺も驚いた。

こんな不条理なことが、あっていい筈がない。

ケイゴ「チッ……リンダはともかく、スー殿、ロリィ、なぜそこまで走れる!!」

俺の疑問が思わず口に出てしまう。

本当に、彼女たちは一般人なのだろうか……

スー・ロリィ・リンダ「愛の力よ(なの、ですわ)!!!」

ケイゴ(愛ではなく、執念ではないのか?)

と彼女たちの返答にツッコミを入れながらも、俺はドルファン首都城塞を駆け抜ける。

その後を追尾して、三人の恋する乙女たちも負けじとスピードをあげる。

本当に、彼女たちは民間人なのだろうか……

ケイゴ(とにかく、この三人を撒かねば!)

すぐ傍にあった路地裏を見つけるなり、俺はそこに飛び込んだ。

スー「待ちなさぁーいっ!」

慌てて、三人もそこに滑り込むが、そこに、俺の姿はない。

どこかに隠れてるのだろうと踏んだ三人は俺を探し始めるが、一向に俺の姿を見い出すことはできないようだ。

それもその筈、当の本人は、彼女たちの目の前にある建物の屋上にいるのだからな。

ケイゴ「当分は時間が稼げるだろうが……」

すぐにまた見つかるであろう。

マドレーヌやソフィアへのプレゼントの無事を確認すると、俺は屋根の上を走り去った。

 

スー「まんまと逃げられたわね……」

リンダ「そのようですわね……」

遅ればせながらケイゴに逃げられたことを理解し、スーとリンダは獲物を見失ったハンターのような表情だった。

ロリィ「お兄ちゃん、ロリィのこと嫌いになちゃったの?」

ロリィに至っては涙目である。

リンダ「それにしても、あなたのせいでしてよ」

リンダが、ビシッとスーを指さした。

スー「なっ……何よ?」

リンダ「あんな芸術センスの欠片もない見苦しいチョコレートの人形を持ち出したから、ケイゴ様は逃げ出してしまったのですわよ!」

スー「あっ、あなただって同類でしょ!!」

自分のことを棚に上げて非難するリンダに、スーはキレた。

リンダ「あなたのとわたくしのを同じにして欲しくありませんわね。わたくしのは高級チョコレートで、高名な彫刻家に作らせた芸術品ですのよ?そんな子供の工作みたいなものと比べられても困りますわ」

スー「……本当のことなだけに悔しい」

実際、リンダの言う通りだったのでスーは反撃のしようもなかった。

二人のムードが険悪になる中、ロリィだけは自分の達成すべき目的を見失っていなかった。

ロリィ「お姉ちゃんたちは放っといて、と。お兄ちゃん、お兄ちゃんの居そうな場所をしらみ潰しに探すんだからね!!」

ロリィは決意をさらに強めて彼の捜索を再開した。

スー「あっ!!抜け駆けは卑怯よ!!」

リンダ「……不覚を取りましたわ。こんなことで言い争ってる場合ではありませんでしたわね」

さらにもう一足遅れて二人が気づいた頃には、ロリィの姿がなかったりする。

リンダ「こうなりましたら、最終手段ですわ」

リンダが手を二、三度手を叩くと、いきなり森林迷彩のローブをまとった怪しさ爆発な老人が現れた。

老人「お嬢様、お呼びでしょうか?」

スー「キャアッ!!な、何なのよコイツ!!」

突然現れた怪奇老人に、思わず身を引くスー。

リンダ「ザクロイド財閥に遣える紋章術士ですわ。例のアレをやって頂戴」

老人「御意に」

その紋章術士の老人は、リンダの等身大スケールチョコレート人形の背中に紋章を刻み込み、どこの国とも思えぬ言葉を唱えた。

すると、リンダのチョコ人形がヒョコッと起き上がり、人外の速度で何処かへと走り去った。

スー「な、何なのよ?」

あまりにも非常識的な出来事を目の前に、スーは呆然となる。

チョコレートの人形が動いたという事実に、相当なショックを受けたようだ。

リンダ「あのワタクシのチョコレート人形をゴーレム化してみましたの。何としてもケイゴ様にゲットされなさいという命令が紋章に刻み込まれていますから、今年のバレンタインデーはワタクシの一人勝ちですわね、オーホッホッホッホ」

リンダのトレードマークとも言うべき、高飛車笑いが路地裏に響く。

彼女の勝利は確信したも同然だった。

が、

老人「お嬢様、もう一つの人形にもゴーレム処置を施しておきましたぞ」

リンダ・スー「へっ!?」

老人の言葉に、思わず間抜けな返事を返すリンダとスー。

彼の側にあったスーの等身大チョコ人形は既にその足で起立しており、ケイゴにゲットされるべく路地裏を出ていった。

リンダ「……」

老人「リンダ様、どうかなされましたか?」

額の血管を浮き上がらせているリンダを目の前に、老人は訊いた。

自分が何をしたのかをわかっていれば、そんなことを絶対言わない筈なのだが、この呆老人は全く気づいていないようだった。

リンダ「……なんてことをしてくれましたの!!」

ドゴォッ!!

リンダの左フックが老人の腹を突き上げた。

リンダ「クビですわクビ!!もうザクロイド家の敷居を跨ぐことは許しませんわよ!!」

気絶して無惨な姿をしている老人に解雇を言い渡したリンダは、自分のチョコ人形の後を追跡しに行った。

勿論、それは自分のチョコが一番先にケイゴに届けられる様子を見届ける為である。

スー「成金のボンボン女と条件が同じなら、まだ私にもチャンスはあるわ!見てなさい、私のチョコがケイゴ君の所に一番乗りするんだからね!!」

スーも、路地裏を出て、自分のチョコゴーレムの跡を追う。

 

2月14日、正午過ぎ。

ロリィ以外のドルファン学園組はちゃんと学校にいた。

丁度昼休みなので、ハンナ、レズリー、ライズは弁当箱を広げている。

レズリー「しっかし、ロリィがあそこまでするなんてなぁ……ケイゴのヤツも困ってるんじゃないのか?」

ロリィが乙女チックパワーで授業時間中のドルファン学園から脱出したのを思い出し、レズリーは苦笑した。

ケイゴの困った顔が目に浮かぶ。

ライズ「そうね」

ライズもクスッと笑う。

『ゴッドハンド』の通り名を持つ男が14歳の少女に振り回されている姿を想像すると、非常に滑稽に思える。

ハンナ「そんなこと言ったらケイゴが可哀想だよ」

ハンナが二人を注意するが、今にも笑い出しそうなのを必死に堪えている。

そこに、うまくロリィたちを撒いたケイゴがやって来た。

しきりに周囲を警戒し、何もないことを確認する。

ケイゴ「どうやら、うまく撒けたようだな」

レズリー「もしかして、ロリィから逃げたのか?」

ケイゴ「……正確には彼女を含めて三人からだ」

レズリーのもしかしては的中していた。

しかし、さらに二人の女の子からも追われていたとは……

想像を越えたおかしさに、三人は笑わずにはいられない。

表情には出ていないが、ケイゴはムッとなる。

ケイゴ「……俺にとっては笑ってられるような事態ではなかったぞ。それよりも……」

三人の前に、ケイゴはマドレーヌの入ったバスケットを置いた。

ケイゴ「日頃の感謝を込めて……といったところだ。ロリィの分もあるから、彼女と一緒に分けてくれ」

ライズ「これ、あなたが作ったの?」

ケイゴ「ああ。最近、洋菓子類も作れるようになったのでな」

ハンナ「でも、こういう愛情込めたお菓子ってソフィアにあげた方がいいんじゃないの?」

ケイゴ「……いや、ソフィアには別のものを用意しているのでな。心配は無用だ」

レズリー「別のものってなんだよ?」

ケイゴ「匿秘事項だ」

昨日と同様のことを言うケイゴ。

ハンナ「ふーん、じゃ後でソフィアに聞いてみよ……ってケイゴ、ソフィアがどこにいるかわかってるの?」

ハンナが思い出したように言う。

ケイゴ「ああ。それなら問題ない。ソフィアが今いる場所は知っている」

と言って、ケイゴはソフィアに会う為に姿を消した。

 

 

しかしその頃、リンダとスーのチョコレートゴーレムはドルファン学園に進路を執って、確実にケイゴとの距離を縮めていた。


後書き

 

なんか、戦闘の話じゃないのにまだ続きます。

それにしても、この話の主人公はそんなに優柔不断じゃないので、この手の話は書きづらいです、はい。

彼のことですから、だいたい予想はつきますよね……?

 

てなわけで、次回をお楽しみに。


第二十三章 後編へ

 

第二十三章 前編へ戻る

 

目次へ戻る