第二十九章 後編「黄昏は悲哀を帯びて」


ドルファン軍の兵士の間を強引にすり抜けながら、デュノス・ヴォルフガリオ率いるヴァルファ本隊は総大将のいる中央に目掛けて疾走していた。

自分たちに向けられる攻撃の嵐をすり抜け、邪魔をするものは容赦なく蹂躙し、目標を討ち取る為の特攻は全く留まる事のないように思えるほどの迫力があった。

なぜそこまで必死になるのか、ドルファン側には全く理解が及ばなかった。

それはヴァルファの一般兵や下士官にも言える事で、今となっては生き残った八騎将の三名しかその真意を知らない事であった。

しかし、この戦争でもう後がなく、こちらから仕掛けた戦争である以上はどうしても勝たねばならないという事だけはヴァルファの兵も皆理解していた。

ここまで躍起になって軍団長がドルファンを落そうとするのも、それを悟っているからだという勝手だがあながち間違っている訳でもない憶測で納得し、それを鵜呑みにしてヴァルファバラハリアンは戦っているのだ。

 

デュノス「敵将の首はもうすぐだ!皆の者、我らの意地を見せてやれい!!」

ヴァルファ兵「はっ!!」

敵将を目前にし、一気に攻勢をかけようとしたその時だった。

先頭を行くヴォルフガリオの一歩手前に大きな光の玉が飛来し、地面に物凄い勢いで激突したかと思うとその場所が爆ぜて吹き飛んだ。

衝撃波に驚いた馬が暴れだし、ヴォルフガリオを始めとしたヴァルファの特攻チームは全員馬の背から落っこちる。

デュノス「何事だ!!」

起き上がって光の玉が直撃した場所を見ると、そこには直径1メートルほどのクレーターができていた。

その中央には黒服を身にまとい、眩い金の手甲と脚絆を着けた男が立っていた。

砂埃が舞っていて顔は見えなかった。

だが、それだけで敵味方問わず彼が誰であるのかを悟った。

ケイゴ「馬では間に合わなかったのでな……ここまで飛んできて正解だった」

その男、ケイゴ・シンドウが砂埃から姿を見せる。

キリング「お主は……『ゴッドハンド』!!」

前の戦でヴォルフガリオに代わって全軍の指揮を執っていたミーヒルビスが声を挙げた。

その他のヴァルファの兵に至っては、恐怖を抱いて体の震えが止まらない者もいるようだ。

デュノス「ほう、こ奴がか!?」

噂に聞いた戦士を目前にしている事がわかると、ヴォルフガリオは驚愕の感情よりもむしろ嬉しさを含ませた調子の声で言った。

それをケイゴは無表情で聞いていた。

ケイゴ「如何にも。お前たちの奇襲作戦の真の狙いは、最初から俺たちの側の総司令官を討つ事だったとは……敵ながら恐れ入る。だが、これ以上はやらせん」

すっとケイゴは構えた。

隙はなく、あらゆる神経を研ぎ澄まし、ヴォルフガリオを睨んでいる。

ケイゴ「……参る!」

ヴォルフガリオとの間合いを詰めようとケイゴが地を蹴った瞬間、彼の近衛数名が間に割って入った。

ある者は剣を、ある者は歩兵槍を、ある者はハルバードを直進してくるケイゴに突き出す。

が、ケイゴは霊光掌を地に向けて放ち、その反作用の力で『破滅』の近衛を飛び越した。

すぐに反転し、ケイゴに一撃を与えようと近衛兵が武器を振るうが、その全てが受け流し、あるいは回避行動によって無効化されてしまう。

逆にケイゴは、受け流しや回避でできた敵の隙を突いて的確に攻撃をヒットさせていた。

ほぼ素手に近い打撃攻撃ではあるが、無駄のない筋肉の力としなやかさによって生まれる彼の攻撃は、どんなに厚い甲冑や盾を身にまとおうともダメージを防ぎきる事はできないのだ。

1分もしない内に、四人の近衛兵は倒されてしまった。

そこに、ケイゴやドルファン軍にとっては丁度いい時に、ヴァルファにとっては最悪のタイミングで、傭兵隊が到着した。

ギャリック「加勢に来たぜっ!!」

すぐさまヴァルファ本隊を取り囲む。

ここに来て、ヴォルフガリオ率いる特攻部隊は孤立してしまったのだ。

キリング「この様子を見ると、私の作戦は失敗したようです。八割方負けでしょうな」

絶体絶命という状況の最中であるにも関わらず、穏やかな口調でミーヒルビスは戦況を分析した。

デュノス「すまぬ、キリング。負け戦に付き合わせてしまったようだ……」

キリング「デュノス様、もういいのです。つまらぬ悔恨は言ってくださるな」

後悔を漏らすデュノスを制し、キリングは静かに頭を振った。

キリング「ここは私にお任せ下さい。デュノス様はダナンへ……そして、時を待つのです」

デュノス「……わかった。キリング、死ぬ時は共にな」

諭すように語りかけるミーヒルビスの言葉に従い、ヴォルフガリオは一歩身を引いた。

それに合わせるようにヴァルファの近衛兵も後退する。

ギャリック「なっ!!逃げられるもんかよっ!」

キリング「そうは参りません!!」

すかさずギャリックが追い詰めようと囲みを狭めてゆくが、キリングはそれを気にもしていないという様子で紋章を発動させた。

囲みを作っていたドルファン傭兵隊の体が突如質量を失い、宙に浮き始める。

空中で身動きできずにもがいている兵や馬の下を、デュノスたちが駆け抜けて行く。

ギャリック「な、なんだこりゃあっ!!」

ケイゴ「重力場反転の紋章術だ。相手を宙に浮かせてしばらくしたら落すという、強力な術の一つだ」

混乱して何が起こったのかわかっていない状況のギャリックに、ケイゴが説明した。

ギャリック「ケイゴ、何でお前はなんともねぇんだ?」

驚く事も慌てる事もせずに宙に浮いているケイゴに、ギャリックがふと疑問を投げ掛ける。

ケイゴ「俺には気翔翼があるからな」

ギャリック「へっ?」

ケイゴの背中からは三対計六枚の黄金の翼が生え、迸っているのを見た瞬間、ギャリックの体に作用していた浮力が消え、まっ逆さまに落ちていった。

ギャリック「ぎゃああああああああっ!!」

そのまま地面に激突し、頭を強く打ったギャリックは痛さのあまりに飛び起きた。

ギャリック「いってぇ〜〜っ!!」

本当なら頭にたん瘤だけではすまないのだが、彼だけ一時的にギャグモードに入っていたので再起不能の重症には陥らなかった。

ケイゴ「よく助かったな……他の者は骨折やら脳震盪を起こしているというのに」

気翔翼を羽ばたかせて降りてきたケイゴも、相当呆れているようだ。

が、すぐに顔を引き締めて振り返った。

ケイゴ「それより、折角覚悟の上で残ってくれた相手を放っておく訳にはいくまい」

ギャリック「あ、ああ。そうだな」

二人の振り向いた先には、死神が持っているような大鎌を構えた『幽鬼』のミーヒルビスの姿があった。

 

デュノスたちを逃し、一人佇むミーヒルビス。

その周囲を取り囲んでいるのは、彼の紋章術で受けても無事で済んだドルファン傭兵部隊の兵士。

外巻きには陸軍兵の姿もある。

油断なく自分を見据えている敵兵の顔色を伺うように見遣った。

彼の目は実際には機能していない。

が、その代わりに以前から研究していた古代紋章術の技術を利用し、失った視覚を『心眼』という形で復活させたのだ。

これによってミーヒルビスは視覚を取り戻し、古代呪紋も思うがままに操れるようにもなり、さらに元からあった参謀としての作戦立案能力も手伝って、彼は『幽鬼』という二つ名で呼ばれるようになった。

変幻自在なスタイルは戦闘でも変わることは、ない。

キリング「誰か、この老いぼれの鎌に立ち向かう、若い騎士はおりませんか?」

ヴォルフガリオが一騎討ちを所望した時と同じで、なかなか前に進み出る者はいない。

そんな中、ケイゴが足を踏み出してミーヒルビスの前に歩み出た。

ケイゴ「己の主を守り、その盾となり剣となる……まさに忠臣の鏡と言って差し支えない方だな。ミーヒルビス殿」

キリング「私はそんな大層な人格ではありませんよ。私はただ、デュノス様の事を第一に考えて行動しているだけです」

ケイゴ「……それが大切な事だろう?あなたのように誰かの為にと一生懸命になれる者は立派である事には変わらない」

謙遜してゆっくり頭を振るミーヒルビスに、ケイゴは穏やかに話しかけた。

敵であるというのに、彼ら二人の間に漂っている空気は何気ない日常の1コマをそっくりそのまま抜き出してきたような、戦いの場にはあまりにも似合わないゆったりとしたものだった。

キリング「お若いのに、そんな考え方をしておられるとは……あなたにも、護りたい方がいらっしゃるのですね」

ケイゴ「ああ。恋人……といったようなものだ。一緒にいる内に、いつの間にか惚れてしまった」

キリング「そうですか……しかし、あまり長くお話ししている時間もありませんな」

ケイゴ「ああ。あなたのような方とは正直戦いたくないが……」

後ろめたい気持ちになりながらも構えるケイゴ。

キリング「私もです。新たな可能性を持つ者をこの手で葬ってしまうのには罪悪感を感じますよ……」

どうしようもない気持ちを、鎌の柄を強く握る事で忘れようとするミーヒルビス。

一瞬、時間が止まった。

そして一旦止まった刻が再び針を進める力を取り戻した時には、もう既に両者は間合いを詰め、第一撃目を放っていた。

ケイゴの武神具とミーヒルビスの負の力を具現化したような鎌がぶつかり合う。

懐に入り込んできたケイゴを何とか自分の得意な間合いまで離したいミーヒルビスは、鎌の柄を横にして彼に突き出した。

咄嗟の攻撃ではあるが、威嚇や隙を作るのに有効な攻撃であると言えた。

が、ケイゴは体を反転させて押し出された鎌の柄を蹴り、その反動を利用して後退した。

軽い身のこなしで着地し、ミーヒルビスを見遣る。

彼は鎌を片手に持って、空いた手をこちらに向けていた。

ミーヒルビス「彼の者を極寒の表土へ誘え!!」

ケイゴの周囲の気温が突如低下し、空気中の水分が氷となり、尋常とは思えない冷気がケイゴを襲う。

ケイゴ「……氷の呪縛では、俺は捕らえられん!!」

全身に闘気のバリアを張り巡らし、氷の紋章術から身を守る。

と同時に、余剰エネルギーも発散させ、見事氷の牢獄から脱出した。

ミーヒルビス「何と!?」

ケイゴ「氷の攻撃はライナノールとの決闘で体験済みだ。特に呪縛による攻撃は破り方さえ知れば容易い!」

脱出直後に霊光掌を放ち、ミーヒルビスの足下に命中させた。

しかし、それはすんでの所でかわされ、大地をめくり上げた。

ミーヒルビス「黄泉の国への扉よ、彼の者を導け!!」

続けて反撃に出るミーヒルビス。

今度はケイゴの足下が夜の闇とは異なる暗がりとなり、そこから黒い瘴気が吹き荒れた。

ケイゴ「なっ!?」

今度はケイゴが驚く番になった。

獲物を喰らわんと闇が迫るが、ケイゴはそれでも冷静さを失うことはない。

天神の力を解放させ、眩いばかりの黄金の闘気で闇を逆に飲み込んでしまった。

キリング「……コーキルネイファを討ったその力、ようやく出しましたか」

ケイゴ「あなた相手に、出し惜しみをしては失礼だろうと思っただけだ。ミーヒルビス殿こそ、心眼の力や術の威力一つ取ってみても驚異となるものばかりでは?」

キリング「それは、そうでしょうな。我々は突出し過ぎた力を持ってしまっていますから……」

会話を楽しんでいるようにも見えるが、この間にもなおも命のやり取りは続いていた。

ケイゴの仕掛けた体術が重い一撃となってミーヒルビスを吹き飛ばし、かと思えば彼の唱える呪紋の力が逆にケイゴを苦しめる。

一進一退の攻防は一騎討ちという枠組みを超え、どちらが先に倒れるかという耐久レースとなっていた。

始まってから既に一時間が経過している。

にも関わらず、二人はまだ平気な様子で戦いを続行していた。

ケイゴ「雷槌脚!」

キリング「させません!」

頭上に降り掛かってくる闘気の爪をミーヒルビスは鎌で薙ぎ払った。

通常ならバランスを失って隙が生じるが、空の飛べるケイゴにはあまり苦にもならないものであった。

しかし。

ケイゴ「!!」

空中で体勢を立て直しているわずかな間に、ミーヒルビスが勝負を仕掛けてきたのだ。

全身に紫色の怪しげなオーラをまとい、それを鎌の刃に集約させていた。

精神力が大量に必要な大技をこんな短時間で準備できる筈はない。

キリング「汝の魂に、死の安らぎを!!」

ミーヒルビスが鎌を振り上げた瞬間、ケイゴはこの現象の起こった理由を解した。

『早口』。

早口言葉の早口ではない。

精神統一によって呪紋の詠唱とその紋様の具現化を図る言霊である。

これを利用すれば、どんな大呪紋であっても一瞬で発動できるのだ。

虚ろを疲れた攻撃はそのまま吸い込まれるようにケイゴに直撃する。

が、ただ諸に喰らうような真似はしない。

自らに宿る闘気の力を全て解放し、己が肉体を蝕むおぞましい力に対抗する。

ミーヒルビスの必殺の攻撃が終わって間もなく、ケイゴは力を使い果たして地に落ちた。

受け身も満足に取れず、頭からの着地ではあったがそれによる新たな怪我はなかった。

キリング「もう、戦う力を失ってしまわれたようですね。悪く思わないで下され……」

止めの一振りを天高く振り上げるミーヒルビス。

その刃が真っ直ぐ振り下ろされ、ケイゴの喉をえぐる。

だが、その感触がおかしかった事に気づき、ケイゴが倒れている場所を改めて凝視すると、焦げて真っ黒になっている大きな丸太がミーヒルビスの鎌をしっかりと挟み込んでいた。

キリング「な、こ、これは!?」

ケイゴ「変わり身の術だ」

驚いているミーヒルビスの後ろから、ケイゴ本人が姿を現わす。

ケイゴ「さすがにあの術は恐ろしい術だったが、こうする事で回避する事も可能だ。要は、『この丸太は俺である』と呪(しゅ)をかければ、どんな必殺の攻撃だろうと自然にそれてしまうものだ」

キリング「……手の内には最後の最後の切り札を何パターンを持っていた方がいい。という事ですかな?」

ケイゴ「全く、その通りだ。そして……」

キリング「ぐ……がはぁっ!!」

ケイゴが言いかけたところで、突然ミーヒルビスは口から血を吐いて倒れ込んでしまった。

ケイゴ「俺との戦いに全身全霊を込め過ぎた為に、あなたは肉体の限界を超えてしまった」

淡々と語りかけるケイゴの目の前では、雪崩れ込むように肉体を襲う激痛、吐血に苦しんでいる。

ケイゴ「もう、あなたは戦う事も、生きる事すらも叶いません」

淡々と、事実を述べるケイゴに、ミーヒルビスは苦しみを押さえて顔を上げた。

キリング「無念……このような形で命を失う事になってしまうとは……」

ケイゴ「仕方のない事です。ですが、あなたの最期の戦いの相手が俺であった事は誇りに思います」

キリング「はぁ、はぁ……私も、最期の戦いにあなたのような強き戦士と戦えた事を誇りに思います……ただ、惜しむらくは、デュノス様、共に添い遂げる事……叶いませんで……」

力を失った頭は、重力に引かれて地面にことんと落ちた。

肉体の限界を超えてまでも自分の大切な人の為に力を出し惜しみすることなく戦った一人の老兵。

その最期あまりにも鮮烈であり、また何よりも悲しさを漂わせていた事には間違いなかった。

相手として戦い、その最期を看取ったケイゴは、彼が敵兵であるという事も、もう死んでいるという事がわかっていても、ミーヒルビスに向かって敬礼をしたまま、その場に佇んでいた。


後書き

 

大ボリューム(当社比)で返ってきた国士無双です。

 

復活第一弾がキリング戦、しかもケイゴの方がちょっとやばめやばめの展開となっていたという点で、今回はちょっと風味を変えてみたという所はあります。

最初の頃のちょっとサクッとしたやつに比べ、確実に大容量かと思われます。

ちょくちょく新しい話は書けないかも知れませんが、これからも続けていきたいです。

 

では!


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