第三十章 前編「収穫祭・武術大会編」


兵士「おりゃああああああっ!!」

ケイゴ「フンッ!」

相手が真上から振り下ろしてきた剣の刃を、ケイゴは左手の武神具で払って、すぐさま右のストレートを相手の腹に突き出した。

兵士は剣を振り払われた上に盾も持っていなかった為、その拳を防ぐ事もできずそのまま受け入れてしまった。

兵士「がっ!」

相手が呻き声をあげているのに目もくれず、ケイゴは膝蹴り、アッパー、ボディブロー、踵落とし、一文字蹴り、ハイキックと連続攻撃を浴びせた。

嵐のように襲ってくる攻撃の前になす術もなく、兵士は場外へ飛ばされてしまった。

審判「勝者、ケイゴ・シンドウ!!」

審判がケイゴの腕を取り、彼の勝利を告げる。

会場からは歓声が沸き起こり、盛り上がりは最高潮に達していた。
 

そう、ケイゴは収穫祭の武術大会に参加しているのだ。

自分の力を見せ付けるような感じがするという個人的な理由から、毎年ケイゴは武術大会の参加を断ってきた。

先のパーシル平野での戦から間もないという事もあり、ケイゴは今年も参加を断るつもりだった。

が、どうゆう訳か、プリシラ姫じきじきに武術大会の招待状が届いたのだ。

ここまでされてしまえば、断る事は許されない。

断れば、「明日、死刑台が活躍しそうね」という怒った時の彼女の口癖通り、軍法会議にかけられて討ち首にされてしまう。

ケイゴならすんなりそう事が運びはしないだろうが、結局プリシラを怒らせると後々面倒なので、こうして石畳のリングに立っているのだ。
 

ハンナ「すごいなぁ、ケイゴってやっぱり強いよねぇ」

感心した様子で、ハンナが言った。

ロリィ「だって、お兄ちゃんは私の王子様だもん!!」

それが当然と、ロリィが言い切る。

そんな妹分にレズリーはやれやれと肩をすくめながらも、彼の戦い振りに疑問を持った。

レズリー「はいはい……でもさ、ちょっとばかりやりすぎじゃねーか?秒殺ってのは……」

少なくとも、彼女の目にはあまりにも早く決着がついてしまったように見えた。

ライズ「あら、勝負が着くのはいつも一瞬の事よ。隙を見せたら死が待っている世界……その隙を見逃さず、一気に仕掛けなければこちらがやられてしまうわ」

そんなレズリーに、ライズの容赦ない言葉が返ってくる。

彼女の言う事にはいつも一理あった。

が、その言葉には同時に多くの刺も混じっているのが常だった。

ギャリック「ハハハハハ……ライズちゃんが言った事を柔らかく言うと、『チャンスを生かせ』ってこったよ。人生どういう風に転んでも、チャンスを逃したらおしまいだからなぁ」

苦笑いを見せながら、ギャリックがその刺を取り除いて言い直した。

レズリー「そうか……でも、チャンスを逃したあんたに言われてもあんまり説得力ないぜ?」

ギャリック「へ?」

ハンナ「そうだよ、君だって一回戦目でチャンス逃したじゃないか」

意外な事を言われ、ギャリックは虚ろを突かれてしまった。

 

ハンナとレズリーが言っているのは、ギャリックの一回戦目の事だ。

意気揚々とリングに上がったのはいいが、なんと対戦相手がよりにもよってケイゴだったのだ。

ギャリックは彼相手に粘って奮闘してみせたものの、最後の最後であっけなく場外に飛ばされてしまったのだ。

 

ギャリック「……仕方ねーだろ。訓練の時ですら、ケイゴ相手に戦って勝てたのは一度もねぇんだからよぉ」

ライズ「運が悪かったとしか言いようがないわね、『ドラゴンファイター』さん」

ギャリック「まあな。しっかし、ライズちゃんの口から俺の二つ名が出てくるなんて以外だねぇ」

ライズから自分の二つ名が出てきた事に思わず苦笑するギャリック。

ライズ「あなたもそこそこ有名な戦士なのよ?知ってる人は知ってるわ。まぁ、それでも『ゴッドハンド』や八騎将に比べたら、まだまだ知名度は低いけど」

ギャリック「だぁ〜かぁ〜らぁ、八騎将はともかく、俺とケイゴを比べるなよ。幾ら鍛えても、あいつはさらにその上を行くんだぜ?追いつけっこねぇよ……まぁ、それはともかくとして、ソフィアちゃんは?」

何とか落ち込みかけた思考を持ち直し、ふと思い出したようにギャリックが訊ねた。皆の顔を改めて見回すと、今日のこのメンバーの中にはソフィアの姿は見られなかった。

ハンナ「ソフィアは今日、ジョアンと一緒だよ」

面白くないといった様子で、ハンナが言った。

ギャリック「ああ、なるほど」

それだけで、ギャリックは状況を把握した。
 

その頃、VIP席では綺麗に着飾ったソフィアが、高くて試合会場を眺めていた。

ケイゴが勝ち進んでゆく姿を見て改めて彼の強さを知り、純粋にすごいと思うのと同時に、彼が途中で無理してやられはしないかという不安で胸がはち切れそうな気持ちもしていた。

隣にはジョアンと、彼の母親であるマリエルがいる為、当然それらケイゴに対する感情を表に出す事はできない。

だから、不安やら優勝への期待やらといった思いを全て心の内のみで処理していた。

ジョアン「どうだい、ここからの眺めは?中流階級の貧民共のいる席とは大違いだろう?」

ソフィア「……ええ」

大仰な仕草で眺めを見せ付ける様に言うジョアンに、ソフィアはただ返事を返すだけだった。

ジョアン「どうしたんだい、ソフィア?ここの眺めが気に入らないのかな?それとも、今日僕が選んだ服やアクセサリーでお気に召さないものでもあったの?だったらもっと豪華な服を持ってきてあげるけど?」

元々、金にものを言わせてやりたい放題に振る舞う人種は彼女の苦手とするタイプの人間だった。

自分が何か落ち込んだ雰囲気でいると、お金に関わるものしか頭に浮かんでこないジョアンなんかいい例だ。

本当は、ハンナやレズリーといった学校の友達、ケイゴやギャリックといった傭兵の知り合いと一緒にわいわい騒いで一緒に収穫祭を楽しみたかったのに、これでは台無しだ。

ソフィア「いいえ」

ジョアン「じゃあ、何が気に入らないんだい?」

ソフィア「別に」

ライズの真似をして、しつこく聞いてくるジョアンをバッサリと切り捨てる。

彼は、ソフィアからそんな冷たい返事が返ってくるとは思っても見なかったらしく、しばしの間開いた口が塞がらない。

マリエル「しつこく女性にまとわりつく殿方は、女性に嫌われますよ」

実の母親であるマリエルも相当呆れた様子でジョアンを咎めた。

もう少し他人の気持ちを察する力があってもいいとは思うのだが、彼にはそういった感性はまるでなかった。

ジョアン「……はい、ママ」

それでも母親の注意には耳を傾けている様で、彼はシュンと身を縮めた。

その親子のやり取りを、少し離れた立場でソフィアは見ていた。

ジョアンはもう二十歳を過ぎているにも関わらず、未だに母親の言いなりを続けている。

マリエルもマリエルで、自分の子供の一挙動一挙動に対してあまりにも過剰に反応している。

ソフィアはエリータス家の家庭環境を知っている。

父親と二人の兄は早くに他界してしまった状態で、エリータス家の希望は全てジョアンに託されてしまったのだ。

それに相応しい者とする為にマリエルは息子をあまりにも大切にし過ぎ、それに応えようとする為にジョアンはあまりにも母親に従順になり過ぎ、未だに母親を頼っているのだ。

それはそれで仕方のない事だった。

ソフィアも納得しているし、だからこそないがしろにする事はできないと彼女の理性が訴えている。

が、それでも彼女はこの親子を好きにはなれなかった。

ジョアン「それよりもママ、いつもいつもこの僕を馬鹿にしている東洋人をギャフンと言わせる作戦は万全だよね?」

とりあえず反省して気を取り直したジョアンが、母親に訊ねた。

マリエル「東洋人?……ケイゴ・シンドウという傭兵の事ですね?ええ。勿論ですとも。彼に匹敵する猛者を武術大会に参加させてますから、問題ありませんよ」

と、謀を企んでいる時に浮かべる不気味な感じの強い笑みを浮かべてマリエルが言った。

マリエル「可愛い息子の婚約者をたぶらかす男には、痛い目に遭って貰いませんとね……これであなたの無念を晴せますよ、ジョアン」

ジョアン「ありがとう、ママ」

去年の修学旅行の事といい、今回の企みといい、どうしてこの二人はこんな下らない事をしているのだろう。

ソフィアの脳裏にそんな疑問が浮かんだが、その答えはわかりきっていた事だった。

ジョアンに、自分は最高の人間であり騎士である事を思い込ませる為だ。

そうでなければ、彼の自我は簡単に滅んでしまうからだ。

彼の心には欠落したものでいっぱいだ。

彼がケイゴに最初に会った時、侮辱の言葉を一言かけられただけで切れてしまった。

それだけ危ういのだ。

その脆弱さを守る為に、マリエルはジョアンに暗示にも似た言葉をかけるのだ。

弱さを偽りの鎧で守る事が正しいのかどうか、ソフィアにはわかる事ではない。

が、その為に他人を巻き込むのはあまりにも勝手過ぎるのではないだろうか。

彼らのエゴによって仕組まれた罠にケイゴがはまってしまわないようにと、ソフィアはただ心の中で祈り続ける他なかった。
 

 

決勝戦。

石畳の上で対戦相手と顔を合わせたケイゴは、珍しく目を見開いて驚きを露にした。

背中に二対の大きな逆三角形型の大きな箱のようなものを背負い、脚絆には格子状のスリットのようなものが設けられている。

真っ白な背中の箱を直に接続しているバックパックからはチューブの様なものが伸び、脚絆に接続されていた。

装備が以前とは確かに違うが、彼は正真正銘、ロケットナイトその人であった。

以前ドルファンの騎士を狙って決闘を申し込み、ケイゴにやられるまでは常勝無敗の名を欲しいままにしていた男がその場に現れたとあって、武術大会会場は途端にどよめき始めた。

ギャリック「あ、あれがロケットナイトだぁ!!」

ロケットナイトを初めて見るギャリックは、その本人の格好にいささか拍子抜けしていた。

レズリー「あんなのにやられるなんて、ドルファンの騎士も大した事ねぇなぁ」

ライズ「あら、強さは見かけではわからないものよ。事実、ロケットナイトは近衛騎士や実力のある戦士ばかりを相手にして連勝を重ねた猛者なのよ。ケイゴが彼と戦った時、輸血が必要なくらいのダメージを負った事を考えれば、どれほど強い存在なのかわかるでしょ?」

ライズの説明にレズリーは何も言う言葉が見つからない。

確かに、ケイゴは以前のロケットナイトとの戦いで勝利を納めている。

だが、その時のケイゴは満身創痍で、決闘自体も両者疲れきった上での渾身の一撃で辛うじて勝負がついたものだ。

考えたくない事が、彼女達の思考の片隅から膨れ上がる。

ハンナ「じゃあ、ケイゴが負けるかも知れないって事?」

ギャリック「そうかもな」

ハンナがふと口にしたその不安に対し、ギャリックは曇った表情で頷いた。

ロリィ「ケイゴお兄ちゃん、負けちゃうの?」

ギャリック「いや、わからねぇ。互角の戦いは予想がつけづれぇんだ。でも、俺はケイゴに勝って欲しいけどよ。だから、ロリィちゃんも皆もケイゴを信じてやってくれよ」

ロリィ「うん!!」

しぼみかけた花が、ぱっと返り咲く様な笑顔でロリィが笑った。

ギャリック「いい娘だな」

ギャリックは彼女の頭を撫でた。
 

ケイゴ「……お前か。久しいな」

一方、石畳のフィールドでは、別に驚いた様子もなくケイゴがロケットナイトを見据えていた。

二度と死戦を交える事はないだろうと思っていた相手と、またこうして手合わせできるとは思ってもみなかった。

ナイト「そうだね。もう一度、君と勝負をしたいと思っていたら、とある人が『君をこの場で倒して欲しい』って依頼をしてくれたんだ」

満面の笑みを浮かべて、ロケットナイトは言った。

もう一度ケイゴと戦える機会を得られたのが余程嬉しいのだろう。

ケイゴ「お前のそのクライアントは、エリータスの人間か?」

対照的に、ケイゴは表情を変えずにロケットナイトを見ているだけだった。

彼のゴーグルに隠れている目から何かを探るように凝視している。

ナイト「相変わらず、君の勘の鋭さには恐れ入るよ。その通り、僕はエリータス家の当主に頼まれてね」

ケイゴ「そうか」

嘘偽りなく言うロケットナイトは、少年のように笑っていた。

これから起こる出来事に心を踊らせている、そんな期待に膨らんだ笑顔だった。

ケイゴ「経緯はどうでもいいが、もう一度お前と相見える事ができるとはな……俺も運がいいようだ」

今までの無表情が、武人らしい歓喜の表情に変わる。

ケイゴ「お前の秘密兵器、楽しみだ」

ナイト「君のあの力、もう一度見せてくれよ」

お互い笑みをこぼしながら、開始の合図を待つ。

審判「始めっ!!」

審判の合図がかかった途端、二人は目にも止まらぬ速さで間合いを詰めた。

同時に放たれた剣閃と拳が、伸びきったと同時に激しくぶつかり合う。

ロケットナイトがすぐさま返刀で斬り返すが、ケイゴは鎬を左腕で払い、右の拳を突き出した。

ナイト「がっ!!」

ロケットナイトの顔面に右ストレートが直撃する。

その好機をケイゴが見逃す筈はない。

ケイゴはそのままジャブの連打に繋げようとしたが、右腕を引いた瞬間、ロケットナイトは背中の物体の向きを変えた。

何かの噴射口らしきものが前に向き、炎を吹いた。

ケイゴ「なっ!!」

すぐさまケイゴが身を引いた。

と同時に、ロケットナイトはその物体の火力を利用して後退していた。

背中の白いものの向きを、火を噴かせたまま元に戻し、ロケットナイトは空に上がった。

ケイゴ「前回の花火のようなものに大分改良を加えたようだな。面白い!俺も行くぞ!」

ケイゴも気翔翼を発動させ、天に翔け昇る。

ケイゴ「霊光掌っ!!」

ケイゴの両手から巨大な気弾が放たれる。

ナイト「今度の僕はただの的じゃないよ!!」

背中の物体と、脚絆の格子状のスリットから炎を吹き出し、信じられない程の機動力で回避する。

が、空中での運動能力に関してはケイゴも同様である。

回避した後のロケットナイトにすぐに肉薄し、ケイゴは体当たりをしかける。

ロケットナイトは体をひねってかわした。

ケイゴはすぐに身を翻して霊光掌を連射するが、どれも命中せず、ロケットナイトの脇を通りすぎて行く。

ケイゴ「埒があかんな」

ナイト「ああ。僕もそう思っていた所だよ。遠距離じゃ僕は攻撃できないしね」

二人は申し合わせたように接近し、直接攻撃に転じる。

一合お互いの攻撃を受ける毎に間合いを取り、もう一度攻撃を仕掛けに接近する。

その一連の動きが尋常でない速さで行われていた。

 

VIP席ではソフィアと、エリータス母子が、唖然とした表情をしながらも、息を飲む程速い闘いに釘付けになっていた。

激しくぶつかり合う二つの光は軌跡を残しながら加速し、烈火の如き戦闘を繰り広げている。

一筋の煙を吐きながら移動しているのがロケットナイト、黄金の残像を残しながら空を翔けているのがケイゴだ。

ソフィアにはこの空中戦の様子はよくわからなかったが、二人が交差する一瞬に放たれる勢いというか、気迫というものは確かに感じられた。

闘気や殺気に対して敏感に反応できるレベルに達している訳ではないが、それはリアルな感覚としてソフィアに感じられたのだ。

それは、一般観客席にいるハンナ達にも同じ事が言えた。

ギャリックやライズは別として、戦いから程遠い日常を生活している一般人には感じる事のないものを、彼ら二人の戦いはそれを武術大会に来ている一般客全てに感じさせていた。

何もかもが紙一重で決まる世界の、張り詰めた、息も詰まるような感覚が全ての人に降り掛かっているのだ。

しかし、それを認識している者はいない。

二人の常軌を逸した戦いに夢中になっているがあまり、それを認識する感覚までに意識を向ける事ができないのだ。

ロリィ「お姉ちゃん……苦しい」

レズリー「ロリィもか!? あたしもそんな感じが……!!」

ロリィがそう言うまで、レズリーも全く気づいていなかった。

途端に、息苦しさがレズリーを襲う。

ハンナ「僕も感じるけど……これって一体何なの?」

ライズ「これは、今闘っている二人の……ロケットナイトとケイゴの張り詰めた感覚よ。闘気を通じて私達全員があの二人と同じ感覚を共有してしまったの」

深くゆっくりと呼吸をして苦しさを紛らわせているハンナに、ライズが答えた。

それに一同は驚きを隠せない。

ハンナ「!! こ、こんなに息苦しい感覚、スポーツの試合でも感じた事ないよ、僕!」

ギャリック「そりゃそうだろうな……けど、覚えとけよ。これが俺達戦場で生きる者が感じている全てだ」

ギャリック自身も苦し気な表情を見せながら重々しい口調で言った。
 

 

観客席では不思議な現象による動揺が見られる中で、ケイゴとロケットナイトの戦いは疾風怒涛と言っても差し支えない程に激化していた。

ケイゴのあらゆる攻撃が防がれ回避され、ロケットナイトの剣撃は全ていなされ弾かれる。

二人共まだ決定打はおろか有効すら取れていない状態なのだ。

早期決着が望ましいが、このままではロケットナイトの物体のエネルギーも、ケイゴの闘気も尽きてしまう。

ケイゴ「ロケットナイト、どうしてお前と闘う時はいつも、長引いてしまうのだろうな?」

ケイゴは金剛掌、黄金の破壊の拳をロケットナイトに突き出して言う。

ナイト「さあね?僕の方こそ聞きたいよ」

ロケットナイトは光をまとった腕を回避し、剣をケイゴの喉元に突き出す。

ケイゴは素早く体を横にして切っ先をかわし、その刃を掴んだ。

ナイト「!!」

ケイゴ「ああ。だからこそ終わらせよう!」

ロケットナイトの剣を拘束したと思ったら、ケイゴは開いた手で彼の足を掴んだ。

ほんの一瞬の事だった。

あまりにも無造作な動きだったのでロケットナイトは反応できなかった。

ナイト「な、何!?」

動揺するロケットナイトの足をがっしりと拘束しながらケイゴは急降下を始めた。

重力加速度の力も受け、二人は瞬時に元いた石畳の上に戻る。

地表ギリギリで、ケイゴはロケットナイトを石畳に叩き付ける。

ずっしりと重い石で敷き詰められた筈のフィールドは、落下運動の影響もあり激しい音を立てて砕けた。

ついでに、背中の装置も爆発を起こし、さらに爆音が響く。

砂埃がロケットナイトの落ちた場所から舞い上がる。

ケイゴはそこから少し離れた場所に着地し、その砂埃が起っている場所を凝視する。

観客もゴクリと息を飲む。

審判のカウントが始まり、2カウントを数えた所で、ロケットナイトは起き上がった。

一応鎧を着ていたこともあって、爆発による火傷などは少ないようだったが、剣の切っ先は折れ、鎧の下に着込んだ服がボロボロであった。

ナイト「さすが、ケイゴ君だね……あんな危険な手に出るなんて、恐れ入るよ」

ケイゴ「勝負はいつも危険なものの筈だ。何をしようと見誤れば死あるのみだ」

ナイト「なる……ほど、けど、まだ勝負はこれから……だ」

ケイゴ「そうだな」

ケイゴが応えて戦闘が再開されるが、ロケットナイトの容態は誰の目から見てももう闘える状況ではなかった。

ふらつきながらもケイゴに剣を振りかざし、賢明に動いて見せるが、もう限界だった。

ケイゴの正拳突きを受けた途端、彼は意識を失って倒れてしまった。

ゴングが鳴り、決着がついた事を知らせる。

今まで静まり返っていた観客席から、どっと堰を切ったように歓声が沸き起こる。

 

ソフィア(ケイゴさん!)

ケイゴが無事に勝った事に、ソフィアは安堵していた。

正直展開の予測が難しかっただけに、安心したら急に気が抜けてしまった。

マリエル「!あの騎士を倒すなんて……!!本当に只者ではありませんね……」

底の知れない黒衣の拳士の姿をマリエルは一瞥すると、踵を返して出口の方へ歩き出した。

ジョアン「ママ?」

マリエル「ケイゴ・シンドウを倒す手段をこれから新たに考えましょう。ソフィアさん、わたくし達はもう帰りますので、後はお友達と一緒に楽しんでくださいね。行きますよ、ジョアン」

ソフィアにそう言うと、マリエルは急ぎ気味にVIP席を出て行った。

ジョアン「え?あ、ちょっと!!ママ、待ってよ!!」

慌てて、ジョアンも去って行く。

誰も居なくなったVIP席で、ソフィアは二回目の安堵のため息を吐いた。
 

 

一方、武術大会のフィールドでは、未だに人々の惜しみない拍手が鳴り止まず、彼の勝利を祝福していた。

審判「ケイゴさん、表彰式が始まりますが、どちらへ?」

表彰に入ろうとする審判だったが、ケイゴはそれを制した。

ケイゴ「表彰より先に、すべき事があるだろう?」

そう言うと、ケイゴは徐に歩き出し、倒れているロケットナイトの元へ向かった。

ケイゴ「無理をするな。また、相手をしてやる」

ケイゴは、ロケットナイトの体を抱え上げると、彼の耳元でそう呟いた。


後書き

 

今回、収穫祭という事でどうしても武術大会編とその後編の二つに分けて書きたかったので、結構つまってます。よーりょうが。(笑) 

まぁ、とりあえずだらだら後書きを書く訳にも行きませんのでこれで。


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