第三十章 後編「収穫祭・縁日編」


ケイゴ「……どうした?」

表彰式も終わって、ギャリック達の所に戻ってくるなり俺ははそう言わずにはいられなかった。

いつもなら笑って出迎えてくれる筈の皆が、ギャリックとライズを除いて困惑した表情で自分を見ていたのだ。

ギャリック「ん、ああ。試合中だったお前とロケットナイトの感覚が、闘気でコロシアム中に広がって観客皆を引きずり込んじまったんだよ」

苦笑しながら、ギャリックは俺に説明してくれた。

彼女達からは、俺を目の前にしてが怯えにも似た何かを見せていた。

確かに、戦闘中のあの自分の身を刃として研ぎ澄ましながら全方位に意識を集中する時の感覚の裏側には、必ず死が黄泉の門扉を開けて待ち構えている。

その恐怖に押し潰されないように、然して自らを紙一重の世界に追い込むのは容易い事ではない。

俺だってそうだ。

今回のロケットナイトとの二回目の決闘とも言うべき戦いや、全くもって油断が許されなかった。ミーヒルビス殿との死合の時は、俺の方こそ首を狩られるかも知れないと思った途端、背筋が凍りそうになった。

以前は戦いに明け暮れるあまり久しくその事を忘れてしまったが、今となっては本当なら今の方が人としていいのかも知れないと俺は思っている。

俺は想いを寄せている人が……ソフィアがいるからそう思うようになったのだろう。

でも、俺の場合、恐怖が外に出たとしても自分でしかわからないほど希薄なものでしかない。

たまたまその場に居合わせてしまった彼女達にはそこまでわかる筈がない。

レズリー「なぁ、ケイゴ……あんた、闘ってる時はいつもあんな感じがするのか?」

珍しくレズリーが、おずおずとした様子を見せていた。

勿論、恥ずかしさとかそういった類いではない。

今の俺は、親しい者達からも恐怖の対象らしい。

それを思うと、俺も余計に相手を傷つけない様に言葉を選ぶ必要があった。

ケイゴ「……ああ。戦士として戦場に出た経験がある者ならば、誰でも心の内に感じてしまう感覚だ。この感覚を酷く恐れる者には死が訪れ、逆にあまりにも慣れ過ぎると外道となる……しかし、おれはしっかりとこの対極の中庸を取っている。如何なる事があっても俺はそのどちらにもなるつもりはない」

真摯な眼差しを彼女達に向けながら、俺は心からの言葉を紡いだ。

これはソフィアを含めた彼女達に対する誓いでもあり、俺の決心でもあった。

だからこそ、しっかりと重みを持った言葉として心の内より出てきたのかも知れない。

ロリィ「ケイゴお兄ちゃん……今言った事、ホントに信じてもいい?」

しばしの沈黙の後の、ロリィの台詞は彼女達の意見を代弁するものだった。

俺はハンナ、レズリー、ロリィそれぞれの顔を伺った。

皆真剣な様子でこちらを見ていた。

こういう時は、言葉よりも目を見た方が真意がわかりやすい。

ケイゴ「ああ。我が二つ名に誓って、不必要に血に染まる事はしない」

勿論、言葉で言うのと同時に目でも訴えかける。

ロリィ「お兄ちゃん……」

ハンナ「やっぱり……ケイゴはケイゴだね!」

レズリー「そこまで言うなら、信じるよ。しっかしよくそんな気障な台詞が吐けるなぁ」

しばしの間を置いて、三人は笑顔で答えを返してくれた。

 

闘技場を後にし、俺達は祭で露店が多く出回っている通りに出た。

毎度毎度の事だが、こんな時は当然祭の見物客でいっぱいになる。

賑やかでいいとは思うのだが、どうも俺には居心地が悪い。

ここにいるのが俺一人だったらすぐに帰る所だが、ギャリック達を置いてそそくさとこの場を去るのは躊躇われた。

色々店を歩いて回っていると、ジーン殿が大きなトロフィーを抱えながらこちらにやって来るのが見えた。

ハンナ達は露店巡りに夢中になっているので、俺が少しの間抜けても問題はないだろう。

ジーン「よう!ケイゴ」

ケイゴ「ジーン殿。そのトロフィーは?」

ジーン「ああ、これか?武術大会の裏で、馬術大会やってただろ?それに出場したら優勝しちまったんだ」

俺はジーン殿のその言葉で納得した。

彼女は、叔父の経営する牧場に身を寄せている。

御者の仕事が休み時は牧場を手伝っているそうだし、御者としての手綱捌きもなかなかのものだ。

俺も馬術の心得はあるが、やはりジーン殿は何かが違う。

まるで馬と心を通わせ、一つとなっているような感じがするのだ。

ジーン「お前こそ、武術大会優勝したんだってな」

ケイゴ「ああ。決勝でロケットナイトと当たってな。久々に冷や汗をかいた」

ジーン「へぇ……じゃ、俺はこれから仲間と飲みに行くんでな」

ケイゴ「そうか。またな」

少々足早に賑やかな通りを後にするジーン殿の背をしばらく見送ると、俺は色々な露店をせわしなく行き来している彼女達の所へ踵を返した。

 

俺が彼女達の所に戻ってくると、彼女達は両手に持ちきれないくらいの、ワッフルサンドやクレープ、アイスクリームを抱えていた。

ケイゴ「……」

その様子に俺は呆れ返ってしまい、言葉をかける事すら躊躇われた。

ライズ「どうしたの、ケイゴ」

ライズが俺に声をかける。

彼女の両手にも屋台で売られている菓子の袋があった。

その中から、彼女は焼き立てのワッフルを取り出してかじった。

ライズ「このワッフル美味しいわよ。あなたもどう」

と言って、ライズはもう一つワッフルを取り出して俺に差し出す。

ケイゴ「とりあえず、頂こう。それにしても、よくそこまで買い込んだものだな」

ワッフルを一口かじりながら、俺は再度呆れて見せた。

ハンナ「だって、どこの屋台も美味しそうなものばかりだったからさ」

ケイゴ「とは言え、何もここまで」

レズリー「堅い事言うなよ。羽目はずしてこういう事をするのもいいじゃねーか」

ギャリック「そういうこったって」

突然、今まで姿の見えなかったギャリックが串に刺さったウィンナーを何本も持って現れた。

ケイゴ「ギャリック、お前もか」

ギャリックにまでこうも馬鹿食いされると、もう呆れる事を通り越してどう言った顔を向けたらいいのかわからなくなってしまう。

これ以上呆れでも仕方がない。真顔でいよう。

ケイゴ「所で、ロリィの姿が見えないが?」

ジーン殿と軽い会話をする前にはいた筈のロリィの姿が見えなかったので、俺はそれを聞いてみた。

レズリー「えっ!?」

俺の疑問に即座にレズリーが反応し、あちこちを見回した。

どこにもロリィがいない事がわかると、レズリーの顔色がすぐさま蒼白になった。

レズリー「ホ、ホントだ……」

ライズ「呑気に食べてる場合じゃないわね。手分けしてあの娘を探しましょう」

ハンナ「って訳だから、ギャリック、これ持ってて」

ギャリック「のわぁっ!!」

ハンナ達から菓子類の詰まった紙袋を強引に預けられ、ギャリックは両手を離せない状況になってしまった。

それはどうでもいい。俺達は一刻も早くロリィを探さなければならないのだ。

ロリィは一度誘拐された事がある。またそんな事が発生してはならないのだ。

ケイゴ「俺は通りの北を探す。ライズは南、レズリーは東、ハンナは西方面を!なお、合流地点はこの広場の噴水前とする。捜索終了後、ここに戻ってくるように。では、散開!」

俺達は四方に散って、ロリィの捜索に乗り出した。

ギャリックが俺を置いていくなとか言っていたような気がするが、今はそんな事にまで構っていられる余裕はない。

俺は最悪の事態が発生しない事を望みつつ、露店の並ぶ通りの北側を目指して進んだ。
 

ロリィを探し初めてから既に二時間が経過している。

辺りは闇に染まり始めているが、祭の賑わいが衰える気配は一向になかった。

提灯や街灯の明かりが灯されてはいるが、やはり夜は夜だ。

ギャングや不良がたむろしている裏路地に一歩でも踏み入れてしまったらどうなるかは予想しなくともわかる。

一層の不安を抱え、必死になって俺はロリィを呼ぶ。

通りの露店一軒一軒の隅々まで目を凝らし、注意を全方位に向けて探した。

しかし、人は誰かを探したり、物を探したりしている時に限って目的の人や物が見つからない。ご多分に洩れず、俺もそうなってしまった。

ケイゴ「全く、ロリィはどこに行ってしまったんだ……ん?」

悪態を吐くように焦る自分の心境を吐き捨て、昂っている心を落ち着かせようと俺は近くにあったベンチに腰を下ろした。

その時、桃色の頭髪に大きなリボンをつけた少女の後ろ姿が目に入ったのだ。

髪型はウェーブがかったセミロング。

俺の記憶を探る限りではそんな髪のセッティングをする者は一人しか該当しない。

着ている衣装も探し人と一致している。

間違いない、ロリィだ。

俺は立ち上がって、彼女と思しき少女に声をかけた。

ケイゴ「ロリィ!」

ロリィ「あ、お兄ちゃん!!」

ケイゴ「全く、世話を焼かせおって、レズリー達も心配していたぞ」

ロリィ「大丈夫だよ。ロリィ、子供じゃないもん。それに……」

ケイゴ「それに?」

ロリィが振り向いたので、俺もその方へ顔を向けると、そこにはソフィアの姿があった。

ケイゴ「……ソフィア」

ソフィア「……ケイゴさん」

お互いの目が合う。

俺とソフィアはしばらく無言のまま見つめ合っていた。

ケイゴ「……ジョアンと一緒ではなかったのか?」

少し間を置いて、俺はソフィアに訊いた。

本当なら今日はソフィアは丸一日ジョアンに付き合わなければならなかった筈だ。それがどうしてここにいるのだろうか。

ソフィア「武術大会が終わるまでは一緒でした。けど、あなたが優勝したのを見て、私を残して帰ってしまったんです。それでケイゴさん達を探していたら……」

ケイゴ「ロリィが一人でいる所を見つけたという訳か」

ソフィア「はい」

もし、ジョアン達がソフィアを連れて行ってしまったら、今日こうして俺とソフィアが会う事はなかっただろう。今日ばかりはジョアンに感謝せねばな。それと、ロリィにも。

ロリィがソフィアの所まで俺を連れてきたような気がしたからだ。実際はロリィがソフィアと一緒だったのも偶然の出来事なのだろうが、そう思っても罰は当たるまい。

ケイゴ「ソフィア、ロリィ、行くぞ。皆が待ってる」

ソフィア「はい」

ロリィ「うん」

俺の予測ではもうハンナ達はあの噴水前で俺が戻ってくるのを待ってる筈だ。

俺達は、ロリィがまたはぐれないように注意しながら合流ポイントへと向かった。


後書き

 

国士無双です。

 

第三十章は収穫祭のイベントを、ゲームで体験できる武術(本当は剣術)大会編と、その後の、祭で露店や屋台が並んでいる通りでの出来事(ロリィのイベント)の二つに分けました。

どうだったでしょうか?

 

では、また次回でお会いしましょう。


第三十章 後編へ

 

第二十九章 後編へ戻る

 

目次へ戻る