第三章「五月祭」


いきなりだが、ケイゴは後悔していた。

ドルファン地区に出向いて買い物しようと思ったら、いつも以上に多くの人々でごったがえしていたのだ。

今日は5月1日。5月祭の開催日であることをケイゴは知らなかったのである。

そのため、彼はこの街中お祭りムード状態にうっとうしさを感じていた。

ケイゴ「(早々に引き上げたほうがいいな)」

買い物を済ませ、足速にサウスドルファン駅に向かう。

どの道も人がいっぱいで、ケイゴは抜けるのに苦労した。

ケイゴ「(全く、今日に限って一体どうしたというのだ?)」

ピコ「今日は、5月祭ってお祭りがあるんだって」

彼の疑問に、心の相棒が答えた。

ピコ「ソフィアもここに来てるみたいだよ。声かけたら?」

ピコの指さす先には、ソフィアが友達と楽しそうに会話しているのが見える。

ケイゴ「いや、いい。俺がいてはかえって悪いだろう」

ピコ「そうかなぁ?それに……」

もう一度、ソフィアたちに振り返る。

ピコ「もう向こうはこっちに気づいてるみたいだよ」

と、彼女が言った時には、ソフィアたちは、こっちに駆け寄って来ていた。

 

ケイゴはソフィアたちを連れて、しかたなく噴水のある広場に場所を移した。

さきほどの通りに比べて、人通りの落ち着いた場所だ。

話をするには、こういった静かな場所の方がいいに決まっている。

ここに来るまでの間に、自己紹介をした。

まず、ボーイッシュで一人称を「僕」という、ハンナ・ショースキー。

ゲルマン系には珍しい金髪で、雰囲気が多少ケイゴに似ているレズリー・ロピカーナ。

そして、レズリーのことを「お姉ちゃん」と慕うロリィ・コールウェルの三人である。

この時、ソフィアがケイゴに初めて会った時のことを、彼の行為を誇張して話したのは言うまでもない。

ハンナ「ねぇ、ケイゴってさ、この前あった傭兵隊の隊長さんとの一騎打ちに勝った人だよね?」

ケイゴ「そうだが、なぜそのことを知っている?」

ソフィア「ハンナさんたちは、私と一緒で、ドルファン学園の生徒なんです」

彼女の返事にケイゴは納得がいった。

ヤングとの試合中、人垣の中にドルファン学園の生徒が混じっていた。

おそらく、その生徒たちが試合後にいろいろと言って回ったのだろう。

ケイゴの強さは、二日間で彼が起こした件によって、すっかり城塞内外に広まってしまった(だが、彼が『ゴッドハンド』であることはまだ知られていないが)。

レズリー「へぇ、あんたがねぇ……あたしには、そうは見えないな」

彼女の言う通り、ケイゴは白人の傭兵たちに比べて筋肉がそれほどついていない。しかも、全身を黒で統一した姿だから、戦士というよりも、魔法使いのように見える。

ケイゴ「人は見かけにはよらないということだ。俺から見たら、こっちの兵士たちは過度に力をつけ過ぎている。あれでは骨格に負担がかかって、折れやすくなってしまうからな」

ハンナ「でも、強くなるには力が必要でしょ?」

ケイゴ「確かに、お前の言う通りだが、力が強さに直結する訳ではない。意志の堅さも、真の意味での強さには必要だ」

ロリィ「ロリィ、よくわかんない」

彼の持論に、ロリィは退屈な声を出す。

まだ中等部ということもあり、露骨に退屈さが出ている。

高等部の三人も、わかったようなわからないような顔をしている。

ケイゴ「祭だというのに、つまらん話をしてしまったな」

なんだか申し訳なく思ったケイゴは、取り敢えず謝った。

ソフィア「いいえ、そんなことないです」

ケイゴ「そういう風に言って貰えると助かる」

ポーカーフェイスで答えるケイゴ。

ロリィ「あっちで何かやってるよ。ねぇ、行こう」

ちょうど向こうに、野外ステージがあった。

既に人だかりができ、イベントの開始を今か今かと待っている。

レズリー「そうだな、面白そうだし。あんたも行くのか?」

ケイゴ「宿舎に帰っても誰も居ないだろうから、そうさせて貰おう」

ハンナ「決まりだね。行こう」

 

特設ステージの裏では、このイベントの責任者があたふたしていた。

このイベントの参加定員が一人足りないのだ。

開始時間をとうに過ぎてしまっているにも関わらず、見物客にお詫びすることすら忘れている。

責任者「……困ったな……ん?」

彼がちらりと外を見ると、見物客の中の一人の若者が目に入った。

年頃の女の子たちと会話している彼は端正かつシャープな顔立ちと、全身を髪と同じ色で統一したスタイルで、独特の雰囲気を持っていた。

責任者は「彼しかいない!」と思うと、ステージ裏から飛び出した。
 

責任者「お〜い、そこの君!」

彼が目をつけた参加候補に声をかけた時、候補は連れてきた少女たちと一緒に帰ろうとしている所だった。

ケイゴ「俺のことか?」

何か用か?と、参加候補が振り返る。

そう、責任者が目をつけていたのは、ケイゴだったのである。

彼の目は鋭く、責任者は思わずビクッとなる。

責任者「な、なぁ、君はナイスガイコンテストに出てみないかい?」

それを聞いたソフィアたちは「ええーっ!!」と驚きの声をあげるが、当然5月祭のことを詳しく知らないケイゴは、首を傾げた。

ケイゴ「ナイスガイコンテスト?」

責任者「誰もが振り返らずにはいられない、とってもクールな男を決めるイベントで、私はその責任者だ。そこのステージでこれからやろうと思ってるんだけど、どうしてもあと一人居ないとダメなんだ。出てくれない?」

責任者のどこか砕けた雰囲気が気に食わないケイゴはくるりと踵を返す。

ケイゴ「悪いが、俺はそんな下らんことに興味はない」

と、軽くあしらって、そのまま帰ろうとするケイゴ。

だが、コンテスト優勝者には、賞金が送られると看板に書いてあったのを見つけたハンナとレズリーは、慌ててケイゴを引き留めた。

ハンナ「ちょっ、ちょっと待ってよ」

レズリー「優勝したら賞金が出るんだってさ。傭兵ってそんなに金稼げないんだろ?生活費は多いに越したことはないと思うぜ」

当然、これは嘘である。

ハンナとレズリーは、ケイゴがもし優勝したら、その金で欲しいものを買って貰おうと思ったのだ。

ケイゴ「それもそうだな」

と、彼は腕組みをして考える。

特に、ケイゴの国の調味料を個人で輸入するのは、とてつもなく金が要る。

そうでなくとも、肉体を維持する生活をするのには、色々な面で気を遣わねばならないのだ。

それだけでもケイゴは金を大分費やしている。

ケイゴ「わかった。そういうことなら」

責任者「じゃあ……」

ケイゴ「参加する、案内しろ」

こうして、ハンナとレズリーの説得に簡単に乗ってしまったケイゴは、ナイスガイコンテストに出ることになった。

 

司会「今年のナイスガイは……ケイゴ・シンドウさんです!おめでとう!」

ケイゴは、優勝したにも関わらず、さして嬉しそうな表情も見せず、無表情で優勝トロフィーを受け取った。

呆然となって見るハンナとレズリー。

まさか、ホントに優勝してしまうなんて思っても見なかったから当然だ。

その横では、ソフィアとロリィが、ケイゴの優勝を心から喜んでいた。

ケイゴが一体、どんなことをしたのかというと、巨大な氷柱を三段重ねにしての氷割りだった。

見事に全てを真っ二つに割り、大成功を収めたのだ。

徒手で戦うなんてことは西洋ではないから、観客はもちろんのこと、審査員までもがスタンディングオベーションで、歓声が終わった後も続いていた。

ソフィア「おめでとうございます。ケイゴさん」

ロリィ「ケイゴお兄ちゃんって、すごいんだね!」

ケイゴ「別に大したことではない」

そうは言うものの、氷割りができるというのは彼の国でもすごいことである。

それをやってのけるケイゴは、やっぱりただ者ではない。

ハンナ「ねぇ、ケイゴに何買って貰おうか?」

レズリー「そうだな……」

一方で、捕らぬ狸の皮算用をしている二人。

こうして、ケイゴの5月祭は幕を閉じた。
 

 

その一週間後、ハンナとレズリーがケイゴにおねだりしようと訪ねて来たが、彼は既に優勝賞金で故郷の調味料を買えるだけ買ってしまってたため、二人の計画がパーになってしまったことを追記しておく。


後書き

 

今回は、ソフィアと仲間たちを出そうと思ったら、こんなんなりました。

ついでに5月祭のナイスガイコンテストもやっちゃえってな具合です。

登場人数が多くて、あんまり各キャラの味をだせませんでしたが、ハンナたちそれぞれのイベントも書く予定なので、楽しみにしてください。


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