ケイゴがドルファン王国へ渡ってからもう4ヶ月が経った。
八月に入り、地中海沿岸にある首都城塞の日差しは強く地面を照らし、石畳の道は触ると火傷しそうな熱を帯びている。
空は青く、雲一つない晴天だ。
それなのに、ケイゴは相変わらず真っ黒なジーパンとTシャツという格好だ。
自分自身は暑くないのか、涼しい顔で歩いている。
本人は気づいていないのだが、彼の服の色が道行く人の不快感を煽っていた。
ケイゴは交差点の角にある花屋の前で立ち止まった。
色とりどりの花を一つ一つ見て回りながら、どれを持っていくにふさわしいか吟味を始める。
???「やっほ〜、ケイゴ」
ケイゴ「?ハンナか」
声がした方を向くと、両手にも余る花の束を持ったハンナがいた。
ケイゴ「お前も花を買いに来たのか?」
ハンナ「違うよ。僕はここでアルバイトしてるんだ。もともと花は大好きだし」
ケイゴ「ほう……初めて聞いたな」
意外だな、とケイゴは思った。
元気で活発で、しおらしさなど全くないようにみえる彼女でも、花が好きなところはやっぱり女の子である。
ハンナ「でも、ビックリするんだよね……おんなじクラスの男子がさ。僕が花を好きだなんておかしいって」
ケイゴ「そんなことはないと思うがな。誰だってそういうものの一つや二つはある。気にする必要はない」
ハンナ「そうだよね。それより、ケイゴこそどうしたの?デートでも行くの?」
ニンマリ顔で、ハンナはケイゴを肘でつついた。
どうやらケイゴが花束を女の子にプレゼントすると勝手に想像しているらしい。
ケイゴ「いや、そういうのではなくて、墓参りに花を持っていこうと思ってな」
首都城塞の共同墓地は、臨海地であるシーエアー地区のドルファン教会の敷地内にある。
対墓荒らし用の高い柵と上から海を見下ろせる断崖に囲まれているために、人を寄せつけない雰囲気を、ここは持っている。
???「…………」
昼間ですら人気のないこの場所に、一人の女性が墓前に佇んでいる。
周りのものと比べてその墓は真新しく、苔一つ生えていない。
女はここに眠っている者、今は亡き我が夫に問いかけた。
どうして私を置いて逝ってしまったの、と。
そこに、透き通るように白い花の束と反りの入った洋刀を携えたケイゴがやって来た。
女性は彼の姿を見上げると、彼の名を口にした。
???「……ケイゴ君」
ケイゴは彼女に言葉を返さぬ代わりに、墓前に花を供えた。
そして、鞘から洋刀を抜くと、妖しく光を反射する刀身が顔を出した。
裂刀『ファーウェル』である。
ケイゴはそれを墓前の地面に突き刺し、鞘を花の隣に寝かせた。
ケイゴ「クレア殿。確かに、大切な人を失うのは悲しい。だが、越えられない『こと』ではない筈だ」
彼の言葉にハッとなって、クレアはケイゴの顔を見た。
クレア(そういえば……)
クレアは、以前ケイゴと共に生活していたときのことを思い出した。
ケイゴに「お父さんとお母さんはどうしてるの?」と聞いたら、3歳の時に殺されてこの世にいないと答えたのだ。そのときはケイゴは平然とした顔だったが、その『こと』を越えたからこそケイゴは泣き言一つ言わずに戦場で戦っていたのではないか?そして今、再会したヤングとの死別を越えようとしているのではないのか?
ケイゴ「それに、俺たちが笑顔でいないと、ヤング殿も安心してあの世に逝けないだろう?」
初めて見るケイゴの笑顔に、クレアは不覚にもドキッとしてしまった。
あまりにも奇麗で、眩しい笑顔だったから。
ケイゴ「俺は、これで失礼する」
と言って、クレアがどぎまぎしているうちに彼は帰ってしまった。
クレア「強くて、優しい子ね……」
彼の笑顔が鮮明に脳裏に焼き付いている。
今の今まで、自分を取り巻く世界が絶望に彩られているように思えたのに、ケイゴの一言で、一条の光が差し込んで来るように感じる。
クレア(今の私は、悲しい『こと』を越えるのが大変だと思うけど、頑張って見るわ、あなた)
「がんばれよ」と『ファーウェル』の刃は煌めいた。
さてと、何かお仕事を探さないとね、などと呟きながらクレアは共同墓地を去った。
後書き
国士無双です。
クレアさんにどうしても元気出してほしくて、こんな話を書きました。
今回のケイゴの科白に、
ケイゴ「クレア殿。確かに、大切な人を失うのは悲しい。だが、越えられない『こと』ではない筈だ」
というのがありましたが、
これはガンガンコミックス桜野みねね短編集の受け売りです。
桜野先生無くして今の私なしってやつですかね?(なんか、宣伝しちゃってるような……ま、いっか)
みんなが(みつナイのキャラも読者の皆様も)ハッピーになれる、ハートフルな話を書いていきたいと思います!