第八章「牙なき猛虎と裂刀」


カラン、と客が来たことを告げるベルがなった。

と同時に、この店の看板娘が「いらっしゃいませー」と元気な声で答える。

看板娘「あら、ケイゴ君」

彼女は入ってきた客が知り合いであると判断すると、営業スマイルよりも何倍も柔らかい笑顔で出迎えた。

ケイゴ「スー殿、いつものを頼む」

スー「わかったわ」

スーとケイゴに呼ばれた看板娘は、彼の注文どうりの品を持ってきた。

食パン六斤にクロワッサン八つ。

ケイゴはこの、ドルファン地区の店の常連で、注文する品もいつも決まっていた。

スー「聞いたわよ、海に出た鮫をやっつけちゃったんですってね?」

この前の鮫騒動は、ドルファン王国の中でちょっとしたニュースになっていた。

新聞の記事には、ケイゴに関する記述ももちろんあった。

ケイゴ「別に大したことじゃない。誰かが助けを求めているのを見て、放っておくことは出来ないから……ただそれだけだ」

スー「ふうん……でも、そういう考えがあるんだったら、何で傭兵になったのよ?」

と、何気なく言ったが、その直後、スーはハッとなった。

傭兵に過去を聞くことはタブーとされていることを、思い出したのだ。

だが、ケイゴは気にしてはいないような素振りで答えた。

ケイゴ「俺は、真の戦士とは何かを悟るために欧州にやって来た。そして、傭兵になればより強い奴に会えると思って、傭兵になった。それだけのことだ」

彼の答えに、スーは珍しいと思った。

だいたい、傭兵というのは、どこぞのゴロツキやら脱獄囚だとか、どちらかというと柄の悪い連中が多いが、スーの独断で見る限りケイゴはそうでないようだ。

ケイゴ「悪いが、これで失礼する」

ケイゴは、パンの詰まった袋を抱え、店を跡にした。

スーは去っていくケイゴを、窓ガラスの外から熱い視線で見ていた。

いつも、付き合うなら年上だと言い張っていたスーだったが、彼に関しては例外だった。

 

 

変わって、同じドルファン地区の商店街。

肉や野菜などが入った買い物カゴを持って、ソフィアは美味しいと評判のグラフトンパン工房へと向かっていた。

今日の夕食の献立はパングラタン。

だから、今日の献立において重要な食材の一つであるパンをここで買おうと思ったのだ。

ソフィア(早く帰って、夕食の準備をしないと……)

足早に歩いていると、ケイゴが、グラフトンパン工房の袋を抱えてこちらに歩いてくるのが見えた。

自分から声をかけようか迷ったが、その必要はなかった。彼の方から、声をかけてきたからだ。

ケイゴ「ソフィア、久しぶりだな」

この前、彼女に会ったのは2週間前だ。

そのときは確か、ライズ・ハイマーとかいう留学生が彼女らと一緒にいた。

何というか、淡白でつかみ所がなさそうな女の子で、何かを探るような目が印象的だった。

ソフィア「これ、あそこのお店のパンですよね?」

彼女は、ちょっと離れた場所にあるパン屋を差した。

ケイゴ「ああ。あそこの店員とは知り合いで、よく買いに行くんだ」

ソフィア「そうなんですか?私もこれから、あのお店に行くんですよ」

ケイゴ「ほう、本当に人気が……」

???「おい!」

ソフィアと平凡な会話をしているところに、空になった酒瓶を持った男が割って入った。

紅潮した顔といい、ふらついた足取りといい、完全に酔っている。

彼を見るなり、ソフィアは目を丸くした。

ソフィア「お父さん!」

今、眼前にいる酔っぱらいがソフィアの父であることがわかると、さすがのケイゴも驚きを露にした。

ケイゴ「ソフィアの父親?」

ソフィアの父「おい、東洋人。傭兵の分際でソフィアに近づくな!変な噂立てられたりしたら、傷付くのはソフィアなんだぞ!」

ケイゴに当たるソフィアの父親だったが、ケイゴは何も言い返さなかった。

ケイゴ(体つきを見る限り元騎士といったところだが、酔っていても尋常ならざる波動を発しているとは……彼なら)

彼は、ソフィアの父を『試す』ことにした。

ケイゴ「ほう、まともなことを言っている割には、その様か?言っていることとしていることが矛盾している」

明らかに、挑発である。

ソフィアの父親は激昂し、ケイゴの胸倉をつかみ上げる。

ソフィア「お父さん、やめて!」

すぐさまケイゴを解放するようにソフィアは自分の親に呼び掛けたが、彼はやめるどころか、自分の娘に対してまで怒鳴った!

ソフィアの父「お前もお前だ!ジョアン君がいるのに、こんな東洋人風情と一緒にいるとはな!」

彼の言葉が、ソフィアにグサッと刺さった。

彼女の口元は震えている。

ソフィア「もうやめて!!」

次の瞬間、彼女の声は商店街を突き抜けた。

ケイゴも、ソフィアの父も、いつの間にか集まっていた野次馬も、沈黙する。

ソフィア「……すぐ帰るから、お父さんも家に戻って。お母さんも心配するでしょ!」

娘の叫びに、父は無言でケイゴを放した。

ソフィアの父「東洋人。今度、家の娘に近づいたら、骨の2、3本は覚悟しておけ」

と、ケイゴに言い放ち、クルリと踵を返した。

ソフィアに言われた通り、このまま帰るつもりだった。しかし……

ケイゴ「骨の2、3本か……おもしろい。だったら本気で俺の骨を折ってみろ」

ソフィアの父「なっ!東洋人の癖に……この場で折ってやる!」

ケイゴに乗せられて感情の赴くままに拳を繰り出すソフィアの父だったが、彼の攻撃は全て『阿修羅』で防がれた。

金属に何度も打ち付けた拳は、真っ赤に染まっていた。

ケイゴ「それ以上やると、手が壊れる。この続きは、日と場所を改めて行うというのはどうだ?」

突然こんな話を持ちかけられ、ロベリンゲ親子はアッケラカンとなった。

 

 

1週間後の日曜日。

フェンネル地区にある傭兵訓練所。

グラウンドには、普段見られない活気に溢れた状態だった。

お互い武器を持ち、対局している二つの影の回りを、観客(ほとんど野次馬)が取り巻いている。

ケイゴ「ソフィアの父上……いや、ロバート殿。準備はよいか?」

ロバート「そっちこそ、後で吠え面をかくなよ」

ケイゴは、いつもの格好だ。黒装束に白く映える脚絆と『阿修羅』を着けている。

対するロバートは、家の物置から引っ張り出してきた軽装の鎧をまとい、ケイゴから手渡された洋刀を提げている。

ケイゴの持ちかけた話とは、決闘というやり方でケリを着けようというものだった。

審判には、老練な傭兵アシュレイが就き、始まる直前から熱気でムンムンしている。

二人が闘志を剥き出しにしている中、ソフィアは心配そうにお互いを見守っていた。

彼女の側には、噂を聞き付けたハンナ、レズリー、ロリィの姿があった。

ソフィアの表情に、ハンナたちはどんな言葉をかけていいかわからない。

アシュレイ「始め!」

審判の合図と同時に駆け出したのは、ロバートだった。

酔っぱらいとは思えないスピードでケイゴの懐に飛び込む。

剣の切っ先で腹を貫こうとしたのだが、ケイゴはそれを『阿修羅』で弾いた。

ロバート「なっ!」

彼は剣を弾かれ、一瞬無防備状態になる。

ケイゴの足払いで宙に体が浮かんだかと思うと、次の瞬間、天地が逆転し、背中を地面に叩き付けられた。

ロバート「なっ、何が……どうなって?」

彼は突然のことに困惑しながらも立ち上がる。

と、目の前には既にケイゴの姿が迫っていた。

ケイゴ「金剛武神流、金剛掌!」

燦々と輝く右腕が、ロバートの胸を撃った。

ロバート「ぐおおおおっ!!」

彼の体は、豪快に吹っ飛んだ。

身をひるがえすも、ブランクと今のダメージで、着地に失敗する。

ロバート「くっ、なめるなよ!」

と、顔を上げると、ケイゴが上空から、足を振り上げて落下してきた。

踵から、光輝く闘気の爪がのびている。

ケイゴ「雷槌脚!」

ロバート「レイジングブレード!」

ロバートの対空技と、ケイゴの落下技が激突した。

結果は相殺である。

二人は間合いをとって離れ、お互いの隙を伺うことにした。

 

ロバート(たかが東洋人だと思っていた俺が馬鹿だったな……本気を出さないとつらくなりそうだ)

ロバートはここに来て、冷静に考えられるようになっていた。

どうしようかと考えていると、不思議なことに気づいた。

剣から、周囲の状況の360度のイメージや相手の闘気の大きさが脳に伝わっていたのだ。

これならいける、と思うと、即座に行動に移した。

ケイゴ「来たか」

と、ケイゴは両手を前に突き出した。

そのとき、ロバートの脳裏に巨大な気弾が飛んでくるイメージが湧いた。

ケイゴ「金剛武神流、霊光掌!」

イメージ通り飛来してきた気の塊を、ロバートは斬り裂いた。

そのままケイゴに剣先を突き出す。

ロバート「食らえ!」

ケイゴ「はっ!」

ロバートの突きに合わせて、ケイゴは完全なる防御に転じる。

それから、不利だったロバートは突如として五分五分の勝負へと持ち込んだ。

ケイゴは刀傷を、ロバートは痣を増やしながら、戦い続けた。

お互いの吐息がぴったりと合い、まるで、踊っているようだった。

だが、ケイゴがロバートを飛び越えたときだった。

ロバートが相手の姿を追って体をひねらせた途端、騎士引退の元になった右足が痙攣を起こしてバランスを失った。

その隙を、ケイゴは見逃さなかった。

ケイゴ「はァああァァっ!」

雷槌脚の光の爪がロバートの背中を貫いた。

ケイゴは深々と食い込ませたのち、空いていた左足で彼を蹴って引き抜いた。

宙返りをしてケイゴが着地するのと、ロバートが倒れ込むのとが、同時だった。

 

 

ソフィア「お父さん、お父さん!」

ロバート「ん……んん……」

我が娘の声に答えるかのように、ロバートはゆっくりと起き上がった。

視界に、ソフィアとケイゴが入ってくる。

身体に包帯やらギプスやらが巻かれてあるのと、いかにも清潔そうな部屋から、自分が病院にいるのがわかった。

ケイゴも、腕に包帯を巻いているが、ロバートに比べ圧倒的に怪我の数は少なく、二の腕や太股に軽く巻いている程度に過ぎなかった。

ソフィア「お父さん!」

彼女は自分の父が生きているのを確認すると、大粒の涙を流して父に抱きついた。

ロバート「つっ!」

傷に障ったのか、ロバートは苦痛に顔を歪めた。

ソフィア「大丈夫!?」

ロバート「大したことない、大丈夫だ」

娘に何でもないと言い聞かせると、ロバートはケイゴに顔を向けた。

ロバート「東洋人……お前、あの剣を渡すためにわざわざ俺を乗せたのか?」

彼は、自分のベッドの脇に立てかけられている洋刀を一瞥する。

ケイゴ「そうだ。ロバート殿が最初に俺の前に現れたときに、あなたなら、この剣を使えるのではと思ったのだ。ブランクがあったとはいえ、さすがだった」

戦闘中までの刺々しいイメージはなく、穏和な口調でケイゴが言った。

ケイゴ「その剣の銘は『ファーウェル』。裂刀という二つ名を持つ魔剣だ。その力を引き出せたのなら、もう一度、騎士としての道を歩いてみるべきだ。俺は、これで失礼する」

と、ケイゴは去っていった。

ロバート「騎士としての道……か」

一度、踏み外した道に戻るのは勇気のいることだ。

もう一度同じ過ちをしないかとか、不安なことに押し潰されて、なかなかできないことだ。

しかし、『ファーウェル』を手にしたことで、もう一度やれるんじゃないかとも思い始めた。

ソフィア「お父さん。私、ケイゴさんの言う通りだと思うの。だからもう一度、頑張ってみて。私も、頑張るから」

ロバート「そうだな……」

全くだとロバートは思った。

それでも、まさか東洋人に教えられるとは思いもしなかった。

東洋人に対する考え方を改めなければならないな、と彼はファーウェルに目を向けた。


後書き

 

国士無双です。

ゲーム中で、ロバートさんのことが可愛そうに思えたので、彼に立ち直って貰おう、という前提の元に書きました。

いろんな設定を調べてみると、彼が結構強い人だったらしいので、ケイゴと互角の腕という設定にしてみました。

いかがだったでしょうか?

 

次回は、本章でもちょっとほのめかしましたが、ライズ・ハイマーが登場します。

ですので、本章と重なるところがあると思います。

ライズ中心で書くつもりなので、違った視点からみた同じ出来事というものをお楽しみ下さい。


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