ライズ、満月の夜は暗殺には向かない。
かすかに開いたドアから洩れた光に、小さな影が身じろぎする。やめるのか。思ったが少女はドアの隙間から体を滑り込ませてきた。
(…ご苦労なことだ)
心の中で呟いて、笑う。
小汚いが最低限の調度はそろった小部屋を、非日常な空気が占領する。…いや、日常か。
こおろぎの声がやんだ。
静寂の中、緊張はさらに密度を増してゆく。
足が床を踏む。音のない歩調。
(虫なら何匹でも殺せるだろうさ。だが、俺は違う)
影が止まる。石鹸でも香水でもない、甘酸っぱい匂いが鼻腔をくすぐる。
剣をもつ手が上がる直前、手を上げた。
「ふああ…」
「………っ」
大きくあくびをするそぶりをすると、少女は息をつめ、慌ただしく部屋を飛び出していく。それでも足音はしなかった。ドアは開いたままだったが。
「…67点、かな」
我ながら性格が悪いと思いつつも、評してみる。
思い返して、もう一度口元をゆるめた。
「…俺の演技力も、似たようなもんか」
前日より少しばかり早い朝。食卓にはスープやバケットが乱雑に置かれ、周囲は朝食のかしましさに満ちている。
ソフィアはちぎったパンを口に含むと、目をしばたたかせた。
「…何だか、変わったお味ですね」
当たり前だ。どう考えても中身は生だった。表面は焦げているのに。
「そう?何も変わらないと思うけど」
「だろうな」
「どういう意味?」
「…あ、あの、ケンカはやめてください」
ソフィアの手もとが、かちゃん、と鳴った。皿にスプーンが当たったらしい。一瞬、その手に目が引き付けられる。
「………」
視線を感じたのか、ソフィアは顔を赤らめて手を引っ込めた。
「……その、ライズさんに剣を教わってるんです。今」
「筋はいいわ」
「…そんな。教えかたが上手いからですよ…」
恥ずかしいのか身を縮ませる。ライズは迷うように目をさまよわせ、すこし厳しい表情になった。
「褒めてないわ。私は事実を言ったまでよ」
はい、とソフィアがほほえむ。ライズは数秒固まったあと、ふいに食事を再開した。
フォークの使い方が妙に乱暴なのは気のせいだろうか。
俺は目を細め優しい表情をつくる。
「頑張ってるんだな」
「そんな。あ、あの、今日はどうされるんですか」
「…そうだな。とりあえず出発だ。一刻も早くノエルに会わないと…光る箱なんて気味が悪いもの、これ以上持っていたくないからな俺は」
「ふふっ、意外と怖がりなんですね」
「かもな」
一瞬の注視に、振り向くかわりにほほえむ。
「…ソフィア、人形は好きか?」
「はい?」
丸っこい優しい目が見開かれる。俺はかぶりをふった。
「いや、何でもない…」
泥水をかぶって、半分黒く染まった人形。
枝に布切れを巻いただけのでく人形。
性別すらわからない。
小さな女の子は、服が汚れるのにも構わずにそれを抱いた。まるで人形の母であるかのように。
自分と同じ黒の瞳に、いっぱい涙をためて。
だめだよ。
おとうさんがつくってくれたのに、だめだよ…!!
後書き
読んでくださった方々、ありがとうございました。
同人小説って書くの初めてで(パロならちょっと書いたことが…)右も左もわかりゃしませんが、どうかよろしくお願いします。
次はこれのつづきで、その次はライズ目線になります。