「懐かしいわね。8年ぶり、といったところかしら?」
年の頃は11、2。黒い髪をふたつに縛り、真新しい女学校の制服を着た少女は、大人びた口調でそう言った。
昔懐いていた子供の面影は容易に捜し出すことができた。
真っ直ぐで勝ち気な瞳、大人を前にして少しも怯みも媚びもしない態度、性格よりずっと可愛らしい容姿も変わらない。ただ。
───訓練された者特有の背筋の伸び、しなやかな動き。
───懐っこさのかけらもない、冷たい声音。
「……何であんたがここにいる」
めまいがした。ようやく声をしぼりだすと、少女は表情も変えずに返す。
「随分ね。仲間だからに決まってるじゃない?」
その時、長年の小さな疑問が氷解した。
最初に押し寄せた感情は───
校門の前、下校途中の女生徒たちにまぎれて、ソフィアが手をふっていた。冒険が終わってから半月しか経っていないのに、何故か旧友に会ったような気分になる。
「……久しぶりね」
耳に届く自分の声が柔らかい。
ソフィアは小首を傾げ、嬉しそうに笑う。茶色の細くて長い髪が夕日に染まってきれいだ。
「ふふっ…よかった、お元気そうで。2週間もこないから、心配してたんですよ」
「ありがとう。でも大丈夫よ、右腕の傷ももうほとんどないわ」
「よかった……」
旅から帰還して2週間もの間、別に、寝込んでいた訳ではなかった。
ただ、新聞社やクラスメイトの質問攻撃と平然とやりあえるには、時間が必要だったというだけのことだ。
……しかし、逃げていたと言うようで恥ずかしく、口にはだせない。
学校前の通りは商店街になっている。雑貨や洋服、喫茶店などの店舗が多い。オープン型の店舗からはパンや甘い焼き菓子の香りが立ち上り、女学生たちが群がっている。
ソフィアの夕食の買い物につきあいながら、こうしている
と普通の女学生になったようだ、と妙な感慨を覚えた。
「すいません、つき合っていただいて」
「いえ。勉強になるわ……」
ライズは野菜や果物を陳列した棚をぐるりと見回す。なるほど、この辺りは豊かなのだ。一般的ではない野菜などがたくさんあるということは、販売・流通の中央であるということ。オルカディアの豊かさの証拠だ。
「将来、販売のお仕事でもなさるんですか?」
「そういう訳ではないけど。まあ、いろんな経験を積むのも悪くないわね」
「───あの。仕事と言えば……私、今度お城で下働きをすることになったんです」
今思い付いたにしてはためらいがちに口に出す。
「アルバイトで?」
ソフィアは顔を赤らめ、はにかんだ笑みを浮かべる。
「はい。……お給料がすごくいいんです。その、冒険が始まった時のこと、憶えていますか?」
もちろん、覚えている。
忘れられる訳がない。
オルカディアの近衛騎士団長。彼を初めて目の前にした時の胸の高鳴りは、強い者と対待できる興奮、任務の重さに対する緊張感でしかなかった。
でも、だからこそ、彼が私を選んでくれた時、純粋に嬉しかった───
一瞬目を伏せたが、くちびるを噛んで顔をあげる。
「私、あの旅に出るためにアルバイトを全てやめたんです。それを、マクラウドさん、憶えていてくださって。城の食堂の下働きに欠員があるから、やってみないかと」
「そう。よかったわね」
「ライズさんは……マクラウドさんには会わないんですか?」
私はついと視線を逸らし、前を見る。鞄からはカタカタと短剣の鞘が当たる音がした。
「私たち庶民とは、もう接点のない人だわ」
「……すいません」
ソフィアは何故か私よりも切なげに下を向く。たやすく共感してしまう心の柔らかさに、最近では怒りよりも愛しさを感じることが多くなっていた。
でもどう対応してよいのかが解らない。多少のいらだちと、歯がゆさを感じながら言葉を返す。
「……謝らないで」
レジ近くの雑貨コーナーでは、自分たちと年のころの変わらない少女たちが、ぬいぐるみやプロマイドを見ながらはしゃいでいる。プリシラ王女や、マクラウドの物に人気があるのを知っていた。
ただ、国王の命を救った結果、彼専門のコーナーまで出来たのは見上げた商売根性と言うべきか、悪ふざけととるべきか。
どちらにせよ、象徴としてのあの人が身近にあるということは、彼がとても遠い人になったという証だ。
ぼんやりとそれを眺めていると、突然、表でざわめきと小さな悲鳴が上がった。
「離せよ!おい、その子をどうしようってんだ!」
店の前で、長い金髪の気の強そうな女性徒が、オルカディア兵ともみあっている。兵士は3人。勲章らしきものがないところを見ると、下級兵士だろう。その内のひとりは、中等部の少女の手を無理に引っ張っている。足元には溶けたアイスの残骸が散らばっていた。
「ああ?このガキが悪いんだろうが!」
「ったくよう、こんなべたべたするもん……この落とし前はきっちりつけてもらうからな!」
金髪の少女は気遣わしげに、幼い少女を見やる。赤いくせっ毛の少女は大きな瞳に涙をいっぱいためて、すがるように彼女を見つめている。似てはいないが、姉妹なのかもしれない。
「子供のやったことだろ!?……判った、クリーニング代は支払うよ。だからその子を離しな」
兵士たちはお互いの顔を見合わせると、あまりよくない事を思い付いたらしい。いやらしく目配せする。
「…何なら、離してやってもいいぜ。ただし……」
少女は弾かれたように兵士を見る。
「おネエちゃんがこれから俺たちに付き合ってくれたらな」
「なっ」
「妹を助けたいだろう?」
「お姉ちゃん…駄目……」
「……ロリィ……」
回りに人が集まってきているが、1人の兵士が威嚇しているためだろう。誰も動こうとはしなかった。
……今は護身用の短剣しか持っていない。
剣があればごろつきなど相手ではないが。通常、剣の補助として使用される短剣は、どうしても1対多数の勝負には向かなかった。
おまけに相手は3人とも帯剣し、プレートアーマーを着込んでいた。反面、こっちはただの学校の制服である。
不意うちで人質を取るのが最も有効な策か。
彼らに仲間意識があればの話だが。
私はソフィアの鞄をひったくった。
「駐憲所まで走って」
「でも」
「早く!」
ソフィアは頷き、身を翻す。ふいをつかれたのか、兵士が止める間もなく姿が見えなくなる。
「ちっ!とっとと引き上げるか」
「お姉ちゃん!」
「おい!その子を離せってば!」
兵士は肩をすくめ、ロリィと呼ばれた少女を小脇にかかえる。
「駄目だねえ、お姉ちゃん、妹ひとり助けられな……うっ!?」
気づかれないように忍びよっていたライズは、すばやく兵士の背中に回り込み、首筋に短剣を押し付ける。
「その子を離さないと、真っ先に地獄を見る羽目になるわ」
人を直接殺したことはない。けれど、私は本気だった。
───もう、マクラウドはいないのだから。
「聞こえなかったの?」
ライズは鋭い声で言い放つ。剣をさらに押し付けた。切っ先が、今にもめりこみそうだ。
「ひいっ」
兵士はロリィを文字どおり落とした。彼女は仔猫のようなしなやかさで立ち上がり、金髪の少女に抱きつく。
助けが来るまでに最低10分はかかる。
ここからが執念場だ……。
「───剣を捨てなさい」
兵士たちは渋々と剣を捨てる。ライズは左足で、人質の剣を自分の体の方へ持ってゆく。
「遠くへ蹴って」
拾うか、という一瞬の兵士の気のゆらぎを読んで、ライズは首筋に手刀をたたき込む。倒れた兵士をよそに、その剣を拾いあげ、構えた。
2対1。
この間よりマシだ。
やりあう気があるのか、2人は剣を構える。
「憲兵がくる前に、逃げた方がいいと思うけど?」
「小娘にコケにされて、黙ってられっかよ……!」
「全く、馬鹿は救いようがないわね……」
剣を寝かせたとき、ソフィアの声が響いた。
後書き
第2部をお届けします。いちこです。
えーっと、これは実際には存在しない「ノーマルEDの後の物語」です。オリジナルという訳ですね。
なんか、のっけからロリィたちが絡まれてますが(笑)。
前回「プリシラの母親の名前はエリス」と書きましたが、ステラの間違いでした。すいません。でもどっかにいたよねエリス。あれぇ?
☆次章案内☆
ライズ「次章はね…バカが出てくるのよ」
ソフィア「はい?バカ、って…マクラウドさんですか?」
ライズ「あなたも結構言うわね。違うのよそれが。何故だかしらないけどオリキャラまでバカなのよ。ちなみにマクラウドは大分先まで出てこないわ。いい気味ね」
ソフィア「あの、えっと…そ、それでは、次章『第18章 新たな任務』をよろしくお願いします(ぺこり)」
ライズ「どんどん2次作品から外れていくから、見ない方が健康のためよ」
ソフィア「ライズさん〜(ーー。)」