──嘘だろう?
俺はベットの上で体をのばしながら自問自答した。ベットはやや窮屈で、のばすと足首の辺りから外へ飛び出す。
(いや、俺がでかいのか?)
(小さいのは)
ため息をついて、起き上がる。
ゆっくりと歩き去っていく、ライズの背中。
小さくて──そう、きゃしゃだったのだ。元々。態度が大きいからそんなこと意識しなかったが。
ランプの光がいやに眩しい気がして位置をずらす。
光がベットの隅へと移動する。それでも部屋の四隅だけは落としこんだように暗い。
抱いた肩も、気が抜ける程細くて柔らかな──…俺は手をみつめ、おもむろに頭をかきむしった。
(……何をばかなことを)
薄暗がりのなかを一歩一歩、踏みしめるようにして私たちは歩いた。王宮の占いからの帰り道、言葉がみつからなくて、黙ってただ歩き続けている。
明日からはまた闘いの日々だ。
私は彼の広い背中をみつめた。手の届く近さにありながら、どうしても手をのばすことの出来ないそれを。
「ねえ、ひとつ聞いてもいいかしら」
何だ、と振り返った彼の目はどこまでも穏やかだ。
「もし、あなたと私が敵として出会ったら……あなたは、私を斬る?」
私はその目をみつめ返した。
……私の心なんて、どうだってよかった。
斬る、と言って。
俺もお前も剣士だろう、と。
そうすれば、少なくとも毎夜のこの手の震えは収まるだろう。
ソフィアの暖かな笑顔が脳裏に浮かんでは消える。
拳をぎゅっと握る。硬い革の感触。
(手袋)
(血を吸ったような深紅の)
……私はもう、普通の娘になどなれはしないのだから。
マクラウドは静かに告げた。
「……斬れないだろうな……」
私は口唇をかんだ。しびれているがかすかに痛い。
「騎士らしくもない答えね。──私は斬るわ」
「だろうな……」
そんな。
「分かっていて斬らないと言うの?私はあなたを斬るのに、あなたは私を斬らないというの?」
矢次ぎ早に叩きつける。しかしマクラウドは答えなかった。何もかも分かっているかのような顔で言葉を受け止めている。
ややあってから、頷いた。
「……ああ」
短い沈黙が降りる。
──どうしてそんなに落ち着いていられるの?
私は首を振った。
「ずるい人ね……」
「ずるい?」
「──何でもないの。つまらないことを聞いたわ」
言って脇を擦り抜ける。
涙が、おさえてもおさえても溢れてくる。頬を伝い髪やスカートに水滴がこぼれ落ちる。だから、立ち止まることなど出来ない。
宿の明かりが近づいてくる。
そして砂利を踏む音も近づいてくる。
「ライズ」
「……何の用」
「俺は、何があっても絶対に斬らない。……覚えておけ」
私は足を止めた。
彼がゆっくりと歩み寄ってくる足音。
背中から抱き寄せられる。身を硬くして、息を詰めた。
顔をおおう。──泣き顔など、見られたくはない。
私は、剣士だ。
剣士が──普通の娘のように、泣く筈がない。
革手袋が、濡れて柔らかくなった頬にこすれて痛む。
体が背中からじわりと暖かくなってくる。
「何も言わなくていい……」
低い声がささやく。
私は小さく頷いた。
そして立ったまま、声を殺して泣いた。
後書き
恋愛物は恥ずかしい(*^^*)
次は「第6章 守る者と守られる者(前編)」です。