序章「奇妙な二人の傭兵」


ドルファン歴D26年4月。

一人の傭兵志願者が、ドルファン国へ向かう。

 

複雑な想いと共に────。

 

 

『まもなく、本船はドルファンへ到着いたします。下船の際には…………』

アナウンスが流れる中、彼は甲板に荷物をまとめて立っていた。

背中には、二本の剣が翼のように収められており、しかも腰に刀身の横幅が一回り大きい古ぼけた剣を装備している。

彼────ゲイル=ラバーナ=ウィナーは、ドルファン国の傭兵として訪れた17歳の少年。

「やっと、ドルファンに着いたね」

隣で虫のような羽を持った小さな人間が飛び回っている。

「何だ、ピコか……」

「何だ、ピコか……って、もうちょっとアクティブなリアクションが欲しかったなぁ…………」

「『誰だ、お前は?』とでも言って欲しかったのか?」

「……アンタ、十数年も付き合ってる相棒に、そんな事言うわけ?」

隣で飛び回る妖精である少女ピコは、少し怒った口調で訊いた。

なぜか、ゲイル以外の人間には見えないらしく、ゲイルにとっては頼れる相棒だ。

「背中の双剣が、役に立つと良いね」

ピコは、ゲイルの背負っている剣に触れながら言ってきた。

「……ああ。できれば、使いたくないほどにな…………」

「……そうだね」

ゲイルの顔は悲しそうだった。いや、すでに悲しみに満ちている。

(やっぱり……まだ引きずっているよね…………)

ピコはゲイルの肩に座りながら思った。

 

 

五年前、ゲイルは大切な人を殺してしまった。

今でも、あの時の事は思い出せる。

 

(あれから、もう五年も経つんだよね…………)

あれ以来、ゲイルは剣を抜く度に躊躇っていた。

「なぜ、自分は戦うのか」と言う事を。

いつも自分に問いながら。

 

 

「おーい、ゲイル。書類を書いてくれって、管理局の人間が言っているぞ」

「ああ。分かった」

ゲイルは後ろから聞こえた友に向かって答えた。そして、渡された書類に筆を入れる。

背中に巨大な銃を背負ったゲイルの友人は、軽く欠伸をしていた。

名はショウ=カミカゼ。三年前にゲイルと知り合い、今まで共に戦ってきた相棒。

「にしても、傭兵ってのが納得しねえ」

「仕方ないだろ。最初から騎士になった人間は、相当な実力者だけだし」

書類を書き終え、ゲイルが答えた。

(相当な実力者ね。その中に、お前は入っていないのか。14歳と言う若さで”ヴァルティス聖騎士団”の副団長に成り上がったお前は?)

ドルファンを眺めるゲイルの横顔を見つつ、ショウは思った。

 

全欧最強の傭兵騎士団ヴァルファバラハリアンと互角の勢力を持つ騎士団は存在する。

その名はヴァルティス聖騎士団。その騎士団の団員は皆聖騎士であり、相当な実力者だ。

ゲイルとショウも、つい最近まで、その騎士団に所属していた。

ただ、13と言う若すぎる頃から所属していたゲイルは、何を思ったか、騎士団長になる前に、騎士団から抜けたのだ。

「お前は、ヴァルティスが恋しくないのか?」

「どうかな? けれど、後悔はしていないよ」

ゲイルは軽く微笑んで答えた。

 

船がドルファン港に入航して、ゲイル達は下船した。

同じように、この国に傭兵として訪れた人間達が、ぞろぞろと降りて行く。

「それで、どこに宿舎があるんだ?」

「確か…………」

二人は先程管理局員から渡された地図を開いた。しかし、どこに宿舎があるのか分かっていない。

「え……と…………」

『シーエアー区ってところだよ』

ピコが小さな声で教えてくれた。

「シーエアー区にあるようだ」

「んじゃ、早速行こうぜ。長い船旅のせいで疲れた」

「いやっ! 放してください!」

声が聞こえた。

声帯からすれば、少女のものだ。

近くを軽く見回してみる。すると、先程降りた船の近くで、女の子がガラの悪い男達に囲まれている。

『女の子がチンピラに囲まれてるみたいね…………』

「おい、なぁに見てんだよ? 文句あるのかぁ、その面はよぉ?」

目が合ったらしく、チンピラの一人がこちらを睨んできた。

ショウが小言で何かを言ってくる。

『行こうぜ。関わると、あとで面倒になる』

『そう言っているわけにも行かないだろ』

ゲイルは睨みつけてきたチンピラに睨み返す。

「生憎、チンピラに睨まれるような事をした覚えはない。しかし、その人を放してもらわないと、さすがに、俺の気が治まらない」

「東洋人の兄ちゃんよぉ、カッコつけると痛い目に遭うぜぇ……こんな風になぁ!」

チンピラが殴りかかってくる。ゲイルは後ろに軽く下がって避けた。瞬時に背中から剣を抜き、チンピラを斬りつける。

「お、おい…………?」

ショウは「殺してどうするんだ!?」と怒鳴ろうとしたが、やめた。なぜなら、ゲイルの双剣は片刃だ。今持っている状態からすれば、相手は鈍い一撃を受けただけに過ぎない。

「ぐぅ…………」

「東洋で言うみね打ちだ。しかし、次は本気で斬るぞ」

チンピラの喉元に剣先を突き当てて、ゲイルは低い声が言う。

チンピラは額に汗を浮かべていた。

「てっ……てめぇ、いつか殺してやる……。次会う時は覚悟しとけよっ!」

自分達が不利だと理解したのか、チンピラ共は足早に逃げて行った。

ゲイルは剣を収めると、少女の方を向いた。

「大丈夫でしたか?」

丁寧な言葉で訊いてみる。少女は小さく頷いた。

「……あ、ありがとうございました。……あの、改めてお礼に伺いたいので…………」

「当然の事をしたまでさ。礼には及ばない」

「じ、じゃあ……せめてお名前だけでも…………」

頬が赤くなりつつも、少女はその澄んだ青い瞳でこちらを見ていた。

「あ……私はソフィア=ロベリンゲと申します」

「俺はゲイル。ゲイル=ラバーナ=ウィナー。こいつは、ショウ」

ゲイルに名前を呼ばれ、ショウも頬を少し掻きつつも名乗った。

「あぁ、ショウ=カミカゼだ」

「ゲイルさんにショウさん……ですね。……ゲイルさんは東洋人なんですか…………?」

ソフィアはゲイルの容姿を見ながら訊いてきた。

確かに、どこから見ても黒髪で東洋人の顔つきだが、瞳は自分と同じで澄んだ青い瞳をしている。

「半分当たり。西洋と東洋の混血さ」

「そうなんですか?」

「ああ。……それよりも、シーエアー区には、どうやって行けば良いかな?」

ゲイルは地図を出して、ソフィアに訊いた。彼女は優しく道を教える。

「ありがとう。これで、今日中に宿舎に到着できるよ」

「いいえ。……いずれ、改めてお礼に伺います。助けて頂いて本当にありがとうございました。では、急いでいますので、これで……」

ソフィアは深々と頭を下げ、そのまま立ち去ってしまった。

ショウがニヤニヤと笑ってゲイルの肩を叩く。

「可愛い子じゃねえか。良かったな」

「何でそうなる? 俺は、ただ困っているから助けただけだ」

「分かってるって。とにかく、早く宿舎に行こうぜ」

荷物を手に持ち、ショウが歩き始める。その後ろから、ゲイルも歩き出した。

『カッコイイね〜! 女の子を助けちゃってさ。よっ、色男!』

『お前まで何を…………』

ピコにまで冷やかされたせいか、ゲイルの頬は紅潮していた。

しかし、ソフィアには変な印象があった。

確かに優しい子だと思う。けれど、あの瞳はどこか悲しそうだった。何か、自分と共通するような……気のせいだろう。

ゲイルはそう思いつつも、宿舎へ歩くだけだった。

 

そして、彼が宿舎に到着して、彼女を助けた時の件で怒られたのは、余談である。


あとがき

 

一年近くも書いていなかったせいか、かなり衰えています。

そもそも、「ドルファンを後にして」の方で書かせてもらっているシリーズを完結する前に、なぜ「双剣の翼」を新編しているのだろう?

今まで書いてきた主人公ゲイルとは、設定が違っていますので、ご注意を。


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