宿舎で割り当てられた部屋に、ゲイルは入った。
綺麗に整えられ、家具一式が揃っている。傭兵としてはかなり優遇過ぎるほどに。
「まあまあの部屋じゃない。これからお世話になるんだから、当然かもしれないけど」
「逆に優遇過ぎて怖いくらいだ、俺にとっては」
ピコと話をしつつ、ゲイルは背中の双剣を外し、壁に掛けた。
ベッドに横たわり、天井を見上げる。
「明日から、早速訓練か。ピコ、やっぱり鈍っているか?」
「うん。チンピラが殴りかかった時の反応がちょっと鈍かったよ」
枕元に座りつつ、ピコが答えた。
船旅で、かなり体は鈍っているようだ。軽く双剣を振り回した程度では、無意味だった。
ヴァルティス聖騎士団にいた頃のような感覚が戻るには、時間がかかるだろう。
「それにしても、さすがにチンピラ相手に双剣を振り落としたのは不味かったな」
「当たり前でしょ。騎士は、無闇に剣を抜いちゃダメ!」
「分かってるよ。……ソフィア・ロベリンゲ、か」
波止場で助けた女の子、ソフィアの事が気になっていた。
あの澄み切った青い瞳は、どこか悲しそうに思えた。自分と似ているようだった。
気のせいだとは思う。けれど、やはり気になる。
「ゲイル、もしかして一目惚れ?」
「さあな。けど、気になる」
ゆっくりと目を閉じる。今日はもう疲れた。
長い船旅の疲れを取る為に、ゲイルは休む事にした。
時刻は午前5時。まだ、日が昇り始めてたばかりだ。
すでに鎧を身につけ、双剣を背負ったゲイルは、宿舎の裏で軽く息を吸った。少し冷えた空気が肺を冷やして目を覚ますには丁度良い。
「よし……」
双剣を抜き、軽く一筋振るう。風を切り裂くような響きの良い音が流れる。船旅でかなり傷んでいると思ったが、その様子はない。
「剣が大丈夫なら、訓練も大丈夫だな」
「チェストォォォッ!」
双剣を収める瞬間、威勢の良い声がした。
辺りを見回してみる。遠くで男が棍棒を振り回していた。
日が反射していて顔や背丈が分からない。しかし、その振りは凄まじい音を生み出している。
「同じ傭兵、か…………?」
しばらくの間、棍棒を振り回す男を見ているだけだった。
午前7時。
部屋でぐっすりと眠りについている相棒を叩き起こし、訓練場へ向かう。
訓練場は、地図を見るとフェンネル地区と言うところにあるようだ。
「って、遠くないか?」
「だから、この時間帯で宿舎を出たんだろ」
まだ眠そうな相棒に対し、ゲイルは答えた。
結構早くに出たのが良いが、かなり人は多い。
近くの建物の中に入っていく。
「あれって、地図にある学園の生徒か?」
「そうだろうな。けど、早いな」
なぜか感心してしまう。そもそも、二人にとって学園と言う場所は無縁なところだったからだ。
「お前ってさ、その歳からすりゃ、学生だろ?」
「多分な。でも、今更――――」
「あの…………」
声を掛けられた。しかも、後ろから。
ゲイルとショウは同時に振り返り、その姿を確認する。
学園の制服と思われる服を着ている少女が、そこに立っていた。
「君は……ソフィアだったね。おはよう」
「お、おはようございます……」
ソフィアは少し緊張した声で挨拶し、頭を下げた。
「昨日は、本当にありがとうございました……」
「気にしなくて良いよ。それで、何か用かな?」
「あの……昨日のお礼なんですが――――あ!?」
突然、ソフィアは何かに怯えるかのように立ち去ってしまった。
ゲイルは首を傾げた。同時に何者かの気配がし、振り向く。
「ボクの〜、愛しのソフィア〜♪」
どこかのお金持ちと思える身なりの男がバラを手にして立っている。
「ん? ここに居たはずなんだが……」
そして、そのまま男は学園の中に入っていく。あれも一応ここの生徒なのだろう。
「……何だ、あれ?」
「俺が知るかよ」
とにかく、二人は訓練場へ向かう事にした。
「よく来たな、ゴロツキ共! 俺がここの主任教官であるヤング・マジョラム大尉だ!」
威勢の良い声が訓練場に響く。
「この国では陸戦において銃火器の類いはいっさい使用していない。よそで銃に慣れてきた奴は、ここでは地獄を見ることになるぞ!」
それを聞いて、ゲイルはすぐにショウの方を見た。予想通り、顔をひきつかせている。背中に巨大な銃を背負った彼の場合、これは痛い言葉のようだ。
「それとだ、剣を持つものは全て、騎士を区別なく扱われる。礼儀、教養、精神、それらも全てたたき込んでやるから、覚悟しておけ!」
まず、それは必要ないと思った。以前まで聖騎士として戦ってきたのだから当然だった。
ただ、違うのは、ここはヴァルティス聖騎士団ではないと言う事。そして、自分の立場が傭兵だと言う事だ。
「おい、そこのお前!」
ショウが呼び止められる。やはり、背中の銃はどうしても目立ったようだ。
「はっ。何でありましょうか? 大尉殿」
「この銃は、かなりの威力がある銃だな?」
「はっ。敵を一掃出来ます!」
なぜか、真面目に対応している相棒にため息をつきたいほどだった。
ヤングはショウの背中から銃を取り外す。
「とりあえず、この銃は預かっておく」
「何ぃ!?」
「敵を一掃するとなれば、かなりの威力があるんだ。味方を殺しかねん」
正論だった。ショウはがくりと肩を落とす。
ゲイルは軽く苦笑した。しかし、正論を言われては、何も抵抗できない。
「まあ、別に良いじゃないか。あの銃はお前以外に撃てる人間はいないし」
「そうだけどよ……あの銃は俺の体の一部みたいなもんだぜ…………」
とりあえず、ゲイルはショウに慰めの言葉をかけるだけだった。