やれやれと言った感じで、ゲイルはショウとマリーゴールド地区を歩いていた。
ただ、ショウがコーヒーを飲みたいと言って無理に同行させられているが。
「それで? どこだよ、見つけた喫茶店って?」
「……むむ、忘れた」
相棒の答えを予想していたのか、ゲイルは肩を落とした。
「ショウ、本当に見つけたのか?」
「見つけたに決まっているだろう! ゲイル、これでも俺は吟遊詩人だ」
「騎士だよ、お前は……」
何を訳の分からない事を言うのか、ショウは本当に馬鹿だと思う。
確かに、三年前に知り合った時から「うるさい奴」だと思ってはいたが。
しかし、今ではコンビを組むほど信頼しているのが不思議だ。
「少しは覚えてくれよ。しばらくは、ここで傭兵としているんだからさ」
「そりゃそうなんだけどな……地理は全く分からん」
「はぁ……」
再びため息をつく。こうなれば、地図か何かを頼るしかない。
「あれ、ゲイルさん?」
突然名を呼ばれ、ゲイルは静かに振り返る。
茶髪のロングヘア。そして、悲しそうに見えた澄んだ青い瞳が印象だった少女。
「ソフィア……?」
「ん? おお、ソフィアちゃん!」
「お二人とも、こんにちは。一体、何をしているんですか?」
心強い味方出現。ショウは思わずガッツポーズを取る。
「ソフィアちゃん、良い所に来てくれた! 喫茶店の場所を教えてくれ!」
「喫茶店、ですか? ええ。良いですけど」
そんなわけで、彼ら三人は喫茶店に行く事になった。
コーヒーが飲みたいとか言っておきながら、ショウはパフェを頼んでいた。
「コーヒーじゃなかったのか?」
「そう思ったけどよ、こっちの方が美味そうだ」
「あのな……」
ウェイトレスが注文を待っているようだったので、とりあえず注文をする。
ソフィアには、お礼と言う事でショウが紅茶を奢る事にしていた。
「ショウさんは、コーヒーが好きなんですか?」
「おう。やっぱ、男はブラックだろ。ゲイルみたいに紅茶派じゃねぇよ」
「悪かったな。紅茶の方が落ち着くんだよ」
ゲイルさんは紅茶派なんですね……意外でした。コーヒーが好きそうに思ったんですけど」
彼女の言葉にゲイルは苦笑する。
そして、何かに気づいたのか、ソフィアが口を開いた。
「そう言えば、ゲイルさん、いつもと服装が違いますね?」
確かに、いつもとは違う。今日は剣を一本しか持っていないのだ。
イルは日常生活では極力剣を持つ事を避けている。その為、剣も一本だ。双剣の一本を腰に収め、他は宿舎に置いている。
「普通に生活する時は鎧を付けないようにしているんだ」
「ってか、鎧は重いからな。こう言う時に身につけてても意味がねぇんだよ」
「そうなんですか……」
珍しかったのだろうか、ソフィアは不思議そうな顔で紅茶を飲んでいた。
ゲイルは彼女の瞳を見ていた。今まで感じた悲しさはない。何故だろう?
「どうかしましたか?」
こちらに気づいたのか、ソフィアが訊いて来る。ゲイルは首を横に振った。
「いや、何でもないよ。それよりも、ソフィアはどこか行くんじゃなかったの?」
「いえ、ただのお散歩です」
「だったら、色んなところを教えてくれよ」
「ちょっと待ちたまえ!」
ショウの言葉の後に続くかのように、どこからか声が聞こえてきた。
ソフィアの表情が曇る。
そこには、派手に着飾った男の姿。バラを手にしている。
間違いない、初日の訓練に行こうとしていた時に見た奴だ。
腰に剣を収めていると言う事は騎士なのだろう。
「ジョアン=エリータス、華麗に見参!」
『馬鹿か、あいつ? 自分で華麗にとか言ってよ……』
『さあ……』
ジョアンと名乗る男は、手にしているバラをソフィアの前に差し出した。
そして、彼の後ろに一人の騎士が立っている。ショウと同じ東洋人だ。
腰には剣と東洋で言う刀を身につけている。
「決まっただろ?ソフィア」
「ジョアン!?」
「まさか、知り合いか……?」
ショウの言葉に、ソフィアは小さく頷いた。
ジョアンはソフィアを見つめていた。
「ソフィア……ヒドイじゃないか。僕の誘いを断っておきながら、こんな奴等と一緒だなんて……」
「そ、それは……」
「君の父上が知ったら、さぞ悲しむと思うよ」
口ごもる彼女に、彼はきつい一言を放った。
ゲイルはソフィアの瞳に目が入った。あの時見せた悲しい瞳だ。どうやら、こいつが元凶のように思える。
「ごめんなさいジョアン……。以後……気をつけます」
立ち上がり、頭を下げるソフィア。
「まぁいい……」
そう言いつつ、ゲイルとショウを睨む。
「ところでそこの東洋人共! 教えてやろう!! この僕は貴族中の貴族、エリータス家の三男だっ! その婚約者と出歩こうとは…。天が許してもこの僕が許さん! 大体、貴様等はソフィアの何なんだ?」
「東洋人呼ばわりすんじゃねぇよ。俺はソフィアちゃんの友人だが、ゲイルは恋人候補だ」
「はぁ!?」
「え……!?」
ショウの言葉に、ゲイルとソフィアは驚いた。
と言うか、突然ふざけた事を言っているのはショウだ。
「し、ショウ!?」
「き、き、貴様! 僕はエリータス家の御曹司で、彼女は……!」
カッと目を見開き、血走った目で睨みつける。どこか狂っているようだった。
剣を引き抜こうとし、ショウが素早く剣を抜いてそれを制する。
「おっと、そのまま剣抜いたら斬るぜ?」
「貴様に用などない! 僕が用のあるのは、そっちの東洋人だ! 貴様にはこいつが相手をしてやる! シュウ!」
「……はい、ジョアン様」
どこか強制的に命令されているような感覚なのか、彼の口調は重々しかった。
ショウの魔力に剣が反応し、赤熱した刀身から灼熱の炎が発されている。
「二人まとめて倒してやるよ! この魔剣フラムシュベルクでな!」
ショウはやる気満々だった。ゲイルは止めなければと思い、動こうとする。
その瞬間、シュウと呼ばれた騎士が剣を振り落とした。炎が消える。
信じられなかった。ショウの魔剣の炎を消すなど、絶対にありえるはずがない。
「へぇ、俺の魔剣の炎を消せる奴がいるとはな」
「私も、水の聖剣アクオーンの持ち主だからな」
シュウは剣を持ったまま刀を引き抜く。こいつも二刀流のようだとショウは嬉しそうだった。
しかし、厄介だ。炎は水に弱いのはもちろんの事、腕は相当なもののはずだ。
「ショウ、止めろ!」
「うるせぇ! このまま引き下がれる訳ねぇだろ!」
「ほう。威勢だけは確かなようだな」
「そう思ってるのも今のうちだぜ! 俺の炎を甘く見るな!」
両者、一瞬のうちに駆け出す。そして、剣の激しくぶつかる音が響いた。
しかし、二人の剣がぶつかる音ではない。第三者が鞘でショウの腹部を打ち、シュウの剣を止めている。
第三者であるゲイルは素早い動きで剣を跳ね除け、シュウの首元に剣を突きつける。
「……剣を収めろ」
「悪いが、収める気はない」
「収めろ。そうしない限り、俺は……あなたを斬るだけだ……!」
その時のゲイルの瞳は、まさに獣と言っても相応しい瞳をしていた。
シュウは何かを感じたのか、すぐに剣を鞘に収める。
彼の姿を見て、血走っていたジョアンが叫ぶ。
「何をやっているんだ、シュウ! さっさと片付けろ!」
「……ジョアン様、ここは引き下がりましょう。民間人の目の前で斬れば、あなた様の面目が立ちません」
「そ、そうか……ならば仕方ない」
自分の面目の為なのか、ジョアンはゲイルを見下す。
「東洋人。今後は一切、ソフィアに近づく事は許さん!」
ゲイルはジョアンを睨みつけ、ただ黙っていた。
「ソフィア、ボクのママが君をお茶に招待したいそうだ。今から、いいね?」
「……はい」
渋々とソフィアは頷く。
「さらばだ、東洋人! 家でヘソでも噛んで寝るのだな! シュウ、帰るぞ」
「はっ」
ジョアンが馬車の中に入り、シュウが馬の手綱を握った。
ソフィアは少しだけ怯えてはいるものの、怖い顔をしたゲイルに頭を下げる。
「ごめんなさい……」
「……気にしなくて良いさ」
無理に笑顔を作り、彼女を落ち着かせる。
ゲイルは彼女の乗った馬車が消えていくと、相棒の身体を起こした。そして、すぐにその顔を殴る。
シュウはすぐに謝った。
「悪い……」
「民間人の前で、いくら挑発されても剣は抜くな。傭兵は大人しくしておくしかないんだぞ。 ……俺達は、もうヴァルティスの聖騎士じゃないんだ。貴族には逆らえない」
「そうだったな……」
席に戻り、ショウは残ったパフェを一気に食い始めた。
彼の怒りも分かる。東洋人を馬鹿にするような言われ方は、ゲイルも同じようにムカついていた。
「けどよ、さっき斬るって言ったが、嘘なんだろ?」
「当たり前さ」
たとえ重傷にしたとしても、相手の命は奪わない。それがゲイルの剣だった。
腰に収めている剣に手を触れ、ゲイルは悲しい瞳になる。
「……もう、人を斬るなんて事はしないよ」
聞こえないほどの声で呟いた。
シュウは馬の手綱を引きながら、恐怖心を抱いていた。
あの時の彼の瞳は、今まで自分が感じた事のない殺気を持っている。
おそらく、彼と一騎打ちなどをしていれば、確実に殺されていた。
「恐ろしい男だ……彼は……」
今仕えているジョアンの父、聖騎士ラージン=エリータスよりも強いだろう。
もし、彼が戦場に出た場合、その場は彼のみ無傷で返り血を浴びているのだと思う。
そう、噂で聞いた事のある”鬼神のオルティリウス”のように。
あとがき
今まで書いていた「双剣の翼」なんかとは話が大違いですね。(^^;
二本の特別な剣についてご説明したいと思います。
魔剣フラムシュベルク
炎の魔力が込められた剣であり、かつての英雄が愛用していたと伝えられている。
使い手の魔力により炎を操る事が出来き、魔力次第ではマグマをも操れると言う。
ショウは偶然手に入れたわけなのだが、実のところは不明である。
水の聖剣アクオーン
水の魔力が込められた剣であり、水の神リヴァイアサンが宿っていると言われている。
使い手の魔力により水を操り、さらには雷をも通さない純水を生み出す事も可能。
さらには水の神を召喚できるらしいが、本当かどうかは不明。